マギー・ジョンソンさんの講演から『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その5)

● 恐怖症はどのようにして起きるか?

パニックや激しい恐れを引き起こす何かが起こり、その恐怖が「害のない」ものや出来事と関連づけられます。次にそのものや出来事に遭遇した時、同じ恐怖やパニックの感情が蘇えります。そのものや出来事がもとの恐怖の原因ではなかったにせよ、それらを極度に嫌がるようになるのです。

恐怖症を持つ人の「怖い」という感情はリアルなものですが、それが危険かというと、そうではありません。危機感は心の中で創られたものなのです。

以下は子ネコを極端に怖がる女性の話です。どうして彼女が子ネコを危険なものと信じるようになったか、探偵になったつもりで推測してみてください。

(http://omensalam.blogspot.co.uk/2008_05_01_archive.html)

 

 

 

 

 

 

 

「この絵は、小さなネコや子ネコを見ると起きる私の反応です。普通のネコは大丈夫なのに、子ネコは死ぬほど怖い…。まずその大きさ、そしてふわふわの肌を想像しただけで、気分が悪くなるんです。

私はネコとの最悪な出会いを、今でも覚えています。それはある晴れた昼下がりのことでした。4歳だった私は、何日か病気をしたためベッドで休んでいました。そこへ、子ネコをくわえた親ネコが、生まれたばかりの子ネコの隠し場所を探して、突然私の部屋に飛び込んできたのです。母によると、私はパニックを起こして、気絶するまで叫び続けたそうです。それ以来、子ネコを見るのも触るのも全く駄目で、絵やTVで見るだけでも嫌なんです」

● ヒント

 「この絵は、小さいネコや子ネコを見ると起きる私の反応です。普通のネコは大丈夫なのに、子ネコは死ぬほど怖い…。まずその大きさ、そしてふわふわの肌を想像しただけで、気分が悪くなるんです(マギーさん注: この描写は変ですね?多分、恐怖症は柔らかくふわふわした子ネコではなく、肌に起因しているのでは?)。

私はネコとの最悪な出会いを、今でも覚えています。それはある晴れた昼下がりのことでした。4歳だった私は、何日か病気をしたためベッドで休んでいました。そこへ、子ネコをくわえた親ネコが、生まれたばかりの子ネコの隠し場所を探して、突然私の部屋に飛び込んできたのです。母によると、私はパニックを起こして、気絶するまで叫び続けたそうです(マギーさん注: 母親がすぐ彼女のところに行かなかったのは明らか。それは何故?)。それ以来、子ネコを見るのも触るのも全く駄目で、絵やTVで見るだけでも嫌なんです」

● あり得るシナリオ(マギーさんの推測)

母親は洗濯物を干すため外に出て、娘には「何かあったら窓から大声で呼びなさい」と伝えてあった。そのため、娘は家の中にひとり残され、誰かが自分の部屋に入ってくるとは考えもしなかった。ドアが開いたとき、彼女は恐怖に襲われた — 泥棒?人さらい?妖怪? ドアが開いた瞬間に、パニック反応と運命を感じた — 一体どんな恐ろしい侵入者が入ってきたのか?ドアのところに現れたのは、彼女が生まれてこのかた見たことがないもの — ピンク色でシワシワの生まれたばかりの子ネコだった – そして、無意識のうちにそれを恐怖と結びつけた。

● 篇桃体(アミグダラ)

脳の篇桃体(アミグダラ)は、恐怖反応を制御します。

恐怖を感じるとストレスホルモンを分泌し、身体に物理的な変化を与えます。例えば、心臓の鼓動が早まったり、喉の筋肉が締まるなど。これでは話せない訳です!体と喉がリラックスするよう、制御反応のスイッチを切れることができれば、言葉は楽に出てくるはずです。

● 良い知らせ

  •  場面緘黙は恐怖症
  • 恐怖症は治すことができる

*みく注: 恐怖症についての説明 → 恐怖症とは?コトバンク (http://kotobank.jp/word/%E6%81%90%E6%80%96%E7%97%87)

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ブログ開設1周年を迎えることができました

イギリスでは、先週木曜日から殆どの公立校が夏休みに入りました。そういえば、このブログを始めたのは昨年の夏休み中だったなとチェックしてみたら、昨年の7月28日がブログ開設日。細々とですが、何とか1年間続けることができました。読んでくださっている方、どうもありがとうございます。

私自身、抑制的気な質が強いためか、FBやTwitterなどのソーシャルネットワーキングはどうも苦手です。まあ、年齢的なものもありますね(汗)…。時々、こんなブログ書いてて何の意味があるのだろうと自問しつつも、やはり自己表現の場のひとつなので、今後も続けていきたいと思っています。

昨年9月から週1回のペースで研修させてもらっているASD児専門学校では、2週間ほど前に終業式がありました。18歳の3名にとっては卒業式でもあり、スタッフの激励の言葉に照れている彼らを見て、私のほうがうるうる。予期せず、ボランティアの私も両手いっぱいの大きな花束と感謝の言葉をいただきました。お世話になったクラス担任とTA達からもカードとチョコレートをいただき、大感激。教室で子ども達やスタッフとハグを交わし、3学期の最後の日を終えたのでした。

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IMG_5305            うちの庭に咲いている白アジサイのアナベルを加えてアレンジしました。                    ヒマワリ、グラジオラス、ユリ、ガーベラ、バラなどカラフルな花が多かったのですが、      活けきれず半分以上お隣へ。

9月の新学期からは、クラス担任もTAの2人もそれぞれ新しいクラスに配属されるとか。スタッフの皆さんから、「来期もまた来て」と言われ、かなり複雑な気持ちになりました…。そろそろボランティアを卒業したいと思うものの、どんどん自分の駄目さ加減が解ってくるうえ、いまだ仕事も見つからず…。

実は所属しているエージェントから、9月から近くの小学校でTAの仕事があると打診されたんです。特別支援ではなく、普通クラスの担任補佐です。でも、パートタイムとはいえ、8時半から午後1時半まで毎日勤務となると、今までやってきたフリーの仕事を続けるのが難しい…。悩んだ末にお断りしてしまい、どっぷり自己嫌悪(その前は、かなり遠方の学校の仕事が来て、どうしても車の運転に自信がなく、これも断ってしまったのでした…)。もう仕事を回してもらえないかも…。

もともと場面緘黙の子ども達を支援をしたいと思い、SENTAになりたいと思ったのですが、特別支援というとASD児のサポートが主流です。また、週2、3日のTAの仕事って殆どないような…。英語力は足りないし、他のTAのようにバシっと子どもを叱れないし、諦めた方がいいのかなと弱気になってます。

うだうだ悩む毎日ですが、天気はいいし、息子も夏休みでのんびりムード。やっと日本語を勉強する気になってくれたので、少しずつ漢字を覚えさせています。

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        息子が夏休みに入った週末、クロアチア人の友達と彼女の甥っ子たちを招いて、         手巻き寿司ランチをしました。アジとタコとイカは食べないかもと少量にしたんですが、やっぱり駄目でした。でも、生まれて初めてお刺身に挑戦した12歳と21歳男子は、サーモンとマグロをいっぱい食べましたよ。

IMG_20140727_120716        先週の日曜は、春休みに引き続き、2回目のカーブーツセール(フリマ)に挑戦。         車を止めてトランクを開けた途端、玄人バイヤーがわさわさ寄ってきて、転売できそうなものを買い叩いていきました。洋服をいっぱい詰めた大きなバッグを「全部で10ポンド(1700円くらい)だね!」と叩かれ、「いや、20ポンドじゃないと譲れない!」と戦って、勝ちました~(笑)。

IMG_20140727_132207店番中の息子。最初の10分が勝負で、後はボチボチという感じでした

IMG_20140727_133026 お昼ごはんのバーガーとチップス(イギリスではフライドポテトがチップスです)

日本は猛暑続きと聞いていますが、皆さんも体調を崩さず素敵な夏休みをお過ごしください。

マギー・ジョンソンさんの『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その4)

この3月に開催されたSMIRAコンファレンスで、イギリスの緘黙治療の第一人者、マギー・ジョンソンさんが、小学校中・高学年&ティーンのための支援方法について講演されました。その内容をKnetと拙ブログに公開する許可をマギーさんから得ましたので、概要を少しずつ翻訳してご紹介したいと思います。

なお、内容の著作権はマギーさんに属しますので、この記事の転記や引用は固くお断りします。年が上の子どもへの支援の詳細は、緘黙支援のバイブルと呼ばれるマギーさんとアリソン・ウィンジェンズさんの著書『場面緘黙リソースマニュアル(Selective Mutism Resource Manual Speechmark社)』に掲載されていますの第二版(2015年春/夏出版予定)に新項目として掲載される予定です

《緘黙に苦しむ小学校中・高学年生&ティーンの支援》

場面緘黙アドバイザリーサービス 言語療法士マギー・ジョンソン著/ ケント州コミュニティヘルスNHSトラスト

恐怖症

セカンダリースクールの子ども(12~16歳・日本では中1~高1に当たります)と、恐怖症について話し合う方法。子どもの承諾があれば、保護者、友達、兄弟姉妹も参加可能です。

<恐怖症について話し合う>

1) 怖いと感じるもの、感じないものを分類

下記の中から怖いと感じるもの、感じないものを、子どもに分類させる(正しい答えはないので、自分の気持ちに正直に答える)。

(例) サメ、水、車、トラ、ピエロ、子ネコ、橋、野菜、ボタン、警察官など

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・        怖くない                   水、ピエロ 、子ネコ、野菜、ボタン、警察官                                 怖い           サメ、車、トラ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・          2) ディスカッション1

上記に挙げた全ての項目は、現実的な危険の有無に関係なく、ある人たちにはパニックを起こす原因となります。多くの人がボタンやネコ、ある種の野菜などへの恐怖症を持っています。

脳はどんなものでも、危険なもの・脅威としてプログラミングすることができるのです。そのため、私達はパニックをおこし、恐怖を引き起こすものや出来事をなんとか避けようとします。

それと同時に、どのように対処するか学び、コントロールできると感じていれば、サメやトラなどを全く恐れない人もいるのです。

3) ディスカッション2

次に、あなた自身に起こったこと--「話すこと」をリストに加えます。

あなたは常にパニックを感じている訳ではなく、多分できるだけそれを回避することで、「話すことへの恐怖」に対処することを学んだのです--私がサメが出没する海で泳いだり、子ネコ恐怖症の人がペットショップに行くのを避けるのと同じように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
怖くない                                  水 、ピエロ、子ネコ、橋、野菜、ボタン、警察官              怖い                     サメ、車、トラ、話すこと

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      4) 結論

危険についての認識は人によって異なる。

安全と感じることができるには:
1) ルールに従う (例: 道路を横断するなど)
2) 知識と経験を得る (例: 綱渡り、ライオンの調教師など)
3) 医学的(例: 喘息、ハチ刺され、ナッツアレルギーなど)もしくは、他の恐怖症と同様に心理的にリアクションを抑制する方法を学ぶ

*みく注: マギーさんは場面緘黙を恐怖症と捕らえると判りやすいとアドバイスしています(イギリスでは場面緘黙は「人前で話すことへの」恐怖のためにおきる症状であり、心理的な病気ではないという捉え方が強いように感じます)。余談ですが、ボタン恐怖症なんて最近まで聞いたことがなかったのに、実はイギリス人のママ友がそうであることが判明。普通に2、3個ついてるのは大丈夫らしいんですが、いっぱい集まってるとゾゾッとするそうで、ボタンのついている服はなるべく避けているんだとか…。私は田舎育ちで、虫とか昆虫とか慣れているハズなのに、ミミズのようなヌメヌメした動物を見るとゾゾっときます。小学校の同級生に蝶が苦手な子がいて、彼女が神経質なまでに蝶を避けていた様子を今でも覚えています。恐怖症って不思議ですね。

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マギー・ジョンソンさんの『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その3)

緘黙を克服したサキ・ギャラクシディス君の動画

  • この動画では、22歳のオーストラリア人の青年、サキ・ギャラクシディス君が、(専門家の支援を得て)15歳の時についに決意を固め、どのように緘黙を克服したかを語っています。
  • 彼は”極端な社会不安”のため、9年もの間両親をのぞいて誰とも話しませんでしたが、今では誰とでも話しています。
  • 「自分を信じて。僕にできたんだから、君にだってできる」、というのが彼の主要メッセージです。

*みく注: 18分の長い動画の中から、マギーさんはサキ君の最大のチャレンジとなった、「学校で初めて言葉を発する」部分のみ抜き出していました。その前にも参考になるアイデアが多々あるので、簡単に説明しますね。

 サキ君は学校で全く話せなかったものの、成績はよく自負心がありました。苛めにもあったそうですが、あまり気にせず、それほど落ち込んだことはなかったとも。将来のことを考えた始めた時、どこかで「話せないバリア」を取り払わなければマズイと真剣に思い始め、それが起爆剤になったそう。少し自信がつけば何とかなると固く信じていたそうで、「本当にやりたいと思えばできる」と視聴者に語りかけています。自分で克服するんだと決心したのは14歳の頃。父親にもそう宣言して、プロの心理士に相談しました。心理士のアドバイスは、簡単なことから始めて、スモールステップで徐々に自信をつけていくというもの。経験値をあげてかなり自信がついたところで、最大のチャレンジに挑戦したことが成功の鍵だったと思います。

<サキ君の緘黙克服方法>

まずは、自分で簡単にできることから、徐々に難度をあげて経験値をあげてゆく。下記は彼が楽だと思った方法なので、それぞれが自分に合う方法を見つける必要があります。彼の人生最大のチャレンジは、学校でひとりの先生にひとこと声を発するというものでした。

  • 作戦1: 普段よりも多く、両親と話す
    学校から帰宅したら両親に話しかけ、徐々に長い会話にしていく
     
  • 作戦 2: 町に出て知らない人と話す練習(道をきく)
    多分、多くの緘黙児が感じることだと思うのですが、彼にとっては知っている人よりも、全く知らない人と話すほうが楽だったそう。「誰も僕のことを知らないし、僕が話せないことも知らない。僕も彼らを知らない」– 失敗しても安心できる状況ともいえますね。
     
  • 作戦 3: 最重要課題の決行 - 学校でひとりの先生に「ハイ」と、ひと言だけ声をかける
     

動画の10分26秒のあたりから、

「今がその時だ!何がなんでも言わなきゃ。僕はありったけの力と自信をかき集めて、最初のひと声を絞りだそうとした。たったひと言 — いうべき言葉は「ハイ」、それだけ…。数分間そこに立って何とか声を出そうとしていたら、自分の中で少しずつ自信が湧きおこってくるのを感じたんだ」

「その僅かな自信に気づくと同時に、すぐさまそれを掴んで離さないようにした。そして、なんとか声を出そうと自分を奮い立たせたんだ。やるしかなかった。己の限界を超えなきゃいけない。安全地帯にいる限り何かを成し遂げることなんかできないから、そこから出なきゃいけない。その時は、すっかり安全地帯の外だったよ!」

「本当に辛くて、ずっと緊張しっぱなしだったけど、なんとかやり終えることができた。ただ、「ハイ」という言葉を発しただけ。でもその言葉は、それほど長く考えなくても出てきた。そんな風に、実現させたんだ」

*みく注: 心理士が学校に働きかけ、ランチタイムに特定の場所で先生と出会えるようにセットアップ。予めこの挑戦について先生に説明してあり、サキ君自身もそれを知っていました。

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この3月に開催されたSMIRAコンファレンスで、イギリスの緘黙治療の第一人者、マギー・ジョンソンさんが、小学校中・高学年&ティーンのための支援方法について講演されました。その内容をKnetと拙ブログに公開する許可をマギーさんから得ましたので、概要を少しずつ翻訳してご紹介したいと思います。

なお、内容の著作権はマギーさんに属しますので、この記事の転記や引用は固くお断りします。年が上の子どもへの支援の詳細は、緘黙支援のバイブルと呼ばれるマギーさんとアリソン・ウィンジェンズさんの著書『場面緘黙リソースマニュアル(Selective Mutism Resource Manual Speechmark社)』に掲載されていますの第二版(2015年春/夏出版予定)に新項目として掲載される予定です

《緘黙に苦しむ小学校中・高学年生&ティーンの支援》

場面緘黙アドバイザリーサービス 言語療法士マギー・ジョンソン著                         ケント州コミュニティヘルスNHSトラスト

1) 自己評価をあげる - (その1)からの続き

子どもを受容する

  • 学校、そして学校外の活動などで、偏見なしに子どもをありのまま受け入れる
  • 共有体験--場面緘黙に苦しむ他の子どもやティーンと会ったり、連絡を取りあう。言語療法士に対しては、場面緘黙と訥弁の子どもを一緒に活動させたり、グループ活動を検討するよう奨励。FBやインターネット上でSMの子ども/ティーン用のグループに参加する

*みく注: 講演会では、重症の吃音に苦しむティーンの学校での受容例(教師、TA、クラスメイト)を映像で紹介。周囲の理解と支援があれば、学校に居場所ができ、モチベーションもあがることが判ります。 https://www.youtube.com/watch?v=cWeKiZS-dxM&hd=1

担任の取る態度や言葉だけでも、クラスの子ども達が受ける影響や態度は随分変わってくると思います。例えば、うちの息子(当時4歳)は緘動のため課題ができなかった時期がありました。「何でやらないの?」と訊ねるクラスメイトに、担任は「○○君は準備ができたらやるから、いいんだよ」と諭していました。自分のペースでやればいいと言ってもらえて息子も安心できたと思いますし、クラスメイトも「そういうものか」と納得したと思います。子どもがクラスで孤立しないような雰囲気を作ることは必須ですね。

2) 場面緘黙を理解し、自分でコントロールできる”症状″と捕らえる

  • 場面緘黙を外在化させるために必須 - 緘黙は彼らの個性ではない
  • 場面緘黙を克服する唯一の方法は、本人が自ら不安と向き合い、その時々に可能なステップを一歩ずつ踏んでいくこと - これは他の誰でもない、本人しかできないこと

<事例>

1) 場面緘黙とASDを併せ持つ14歳の少年

マギーさんが送ったハンドアウトを使い母親が2)を説明したところ、少年は非常に腹を立てました。(多分、誰かが話しているのを聞いたのでしょう)彼は地方自治体がこの問題に対処し、治療をしてくれるものと思い込んでいたのです。怒って部屋を飛び出し、その後この件については触れませんでした。

その週末買い物に行った際、突然彼の姿が見えなくなりました。母親がパニックに陥りそうになった時、少年は雑誌を手に戻ってきました。生まれて初めてひとりでニュースエージェントに行き、毎週取り寄せている雑誌を自分で取ってきたのです。驚く母親に、少年はすました顔で、「自分でやるようにしたら、怖くなくなるって言ったでしょ」と告げました。

2) 学生時代を通して場面緘黙に苦しみ、その後克服した若者

「最も開放されたのは、場面緘黙が自分の資質ではなく、不運にも罹ってしまった(アトピーのように)ものと捕えるようになったこと。一旦このような見方を始めると、何とかその症状と共存することを学び、さらには対処し、克服できるものと考えられるようになりました。今でも不安になりやすいですが、もはや不安が私をコントロールするのでなく、私が不安をコントロールしています」

3) 学生の頃ずっと緘黙に悩まされたが、現在は回復している若者

「-学校の外で、私の問題を知らない人たちとの間で自信をつけることに焦点を当て、怖いけれどやれそうなタスクを、難度をあげながら自分に課していきました。私のことを、ちょっと大人しい子と思っているだろう人たちと交流すればするほど、自信がつきました。それでも学校では話せませんでしたが、大学に入学して緘黙を克服することができたのです」

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マギー・ジョンソンさんの『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その1)

 

マギー・ジョンソンさんの講演から『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その1)

この3月に開催されたSMIRAコンファレンスで、イギリスの緘黙治療の第一人者、マギー・ジョンソンさんが、緘黙で苦しむ小学校中・高学年生&ティーンの支援方法について講演されました。その内容をKnetと拙ブログに公開する許可をマギーさんから得ましたので、概要を少しずつ翻訳してご紹介したいと思います。

内容の著作権はマギーさんに属しますので、この記事の転記や引用は固くお断りします。なお、年が上の子どもへの支援については、緘黙支援のバイブルと呼ばれるマギーさんとアリソン・ウィンジェンズさんの著書『場面緘黙リソースマニュアル(Selective Mutism Resource Manual Speechmark社)』で詳しくカバーされていますの第二版(2015年春/夏出版予定)に新項目として掲載される予定です

《緘黙に苦しむ小学校中・高学年生&ティーンの支援》

場面緘黙アドバイザリーサービス 言語療法士マギー・ジョンソン著                         ケント州コミュニティヘルスNHSトラスト

成功の鍵となる指標 (社会不安障害の予防)

  1.  自己評価をあげる
  2. 場面緘黙を理解し、自分でコントロールできる”症状″と捕らえる
  3. 自分が変わるための触発剤(事象/目標/人)
  4. 家庭と学校の協力的な環境
  5. 専門家を含む支援ネットワーク
  6. 話すことへの恐怖を克服する戦略

*みく注: まず自己評価をあげ、子どもを取り巻く環境を整えてから、支援を開始します。その際、子ども自身が自覚を持って場面緘黙に向き合う必要があります。第三者の大人の支援者を得、できれば専門家にバックアップしてもらい、しっかりした戦略を立てて「話す恐怖」を克服していくというのが理想。でも、全部の条件を満たすのは難しいため、できるだけ多く組み合わせて、ということ。

特別支援教育が浸透しているイギリスの学校においても、条件をそろえることはなかなか難しそうです。というのも、学業に支障がなく問題を起こさない緘黙児は、放置されてしまう傾向が強いからです。イギリスでも、特別支援の予算やマンパワーが限られているため、後回しにされるケースが多いよう。まだ特別支援制度が徹底していない日本の学校で、環境を整え、支援ネットワークを作るのは、かなりハードルが高そうです。

1) 自己評価をあげる

★大人のメンター(保護者以外の指導者・支援者)を得る

  • 純粋にその子が好きな人/子どもとの関係を楽しめる人
  • 子どもに自分の価値を解からせることができる人
  • 子どもを信じ、子どもの自信を養わせることができる人

*みく注: 保護者では関係が近すぎるため、第三者の頼れる大人との繋がりを作ることが重要とのこと。保護者以外の大人に認められることは大きな自信になります。また、将来自立していくための足がかりにもなるでしょう。

イギリスでは、運が良ければ学校でTA(教員助手)が緘黙児の支援に当たります。日本では、学校でどんな支援を受けられるかは、担任の力量による部分が大きいかもしれませんね。

学校外で親しい親戚や知人などの協力を得られるといいんですが、多忙な暮らしの中で密に連絡を取るのは難しいかもしれません…。面倒見のいい習い事の先生、信頼できる家庭教師なども助けになりそうです。

★友達関係を広げる

  • 社会的な適性の確認
  • 同世代の子どもとのふれあい/会話の経験

<友達を作る方法>

  • 目的のある活動や共通する興味を通じて
  • 大人の仲介を通して
  • (ASDが併存する場合は)場面緘黙を認識させた後、特定のソーシャルスキルや会話練習のグループを通じて

*みく注: 仲の良い友達がいるかいないかが、子どものメンタルヘルスに影響してきます。子どもが好きなこと、得意なことを伸ばすように努め、共通の趣味や目的を持つ仲間を見つけることができるといいですね。学校の友達もですが、習い事や趣味関係の友達、違う学校に通う幼馴染、従兄弟など、学校外で自分を理解してくれる同世代の子がいれば、自己評価も随分違ってくると思います。

親にはバカバカしいと思える知識が、子どもの間では尊敬されることも。例えば、ASD児専門校に遊戯王博士と呼ばれる子がいるんですが、共通事項があれば違う学年の子とでも話が弾み、方々の大会に参することで行動範囲も広がっています。何より、好きなことが生活の楽しみ・励みになっています。子どものやりたいことを尊重し、奨励しましょう。

ASDやその傾向がある子どもは、将来の円滑な人間関係を築くためにも、ソーシャルスキルを学ぶことが重要になってくると思います。

 

親戚のヴィレッジ・フェス

9月から新学期が始まるイギリスでは、夏休み前が学年末にあたります。そのため、7月は学校行事や習い事の発表会など、1年の締めになる行事が目白押し。

また、天候の良さも手伝って、7月は屋外イベントや催しが集中する月でもあります。夏休みに入ると、イギリス人はそれぞれ個々にバケーションに出かけてしまうので、行事はその前にという意図もあるのかも。

先週末は、我が家でも息子のブラスバンド演奏会と親戚の集まりがあり、車で飛び回っていました。土曜の演奏会が終わった後にノーサンプトンの夫の実家に行き、そこでスコットランドに住む義母の姉夫婦と合流して一泊。翌日、車で30分ほどの義母の実家に向かいました。

義母の実家は代々から続く地主で、現在は長男である弟が小さな村の土地や建物を管理しています。その義叔父一家が5年に一度、1週間にわたって村のフェスティバルを開催するのですが、私達は最終日(日曜)の親戚の集いに参加したのでした。

IMG_5137最終日だったのと雨天のため、駐車場も兼ねた野原はガラガラ。キャンプ組はごく僅かでした。

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野草風の可憐な花が咲き乱れる、義母の実家のコテッジガーデン。

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庭にマーキー(大テント)が設置され、テーブル席がしつらえてありました。中央にはステージがあって、音楽会やダンス会場にもなります。テーブルの花アレンジは村の友人の手によるもの。

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当日は、ランチの前に村を散策しながら教会に行き、本家の墓地に木の苗を植える予定。が、あいにくの雨でプランBに変更--3人の義叔父の音楽演奏、海を渡った祖先の話とラテンアメリカからやって来た親戚の紹介、などで盛り上がりました。

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お待ちかねのローストランチは定刻の1時から(初めてイギリスに来た当時は、12時にお腹がすいて困ったものです)。メニューはローストビーフ&ターキーとポテト、付けあわせの野菜が3種類。この他、ポーチドサーモンもありました。

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プディング(デザート)はチョコレート&レモンケーキと季節のフルーツ。地元のベーカリーで調達したチョコレートケーキが美味でした~。腹ごしらえをしたところで、ちょうど雨もあがったので村を通り抜ける1本道へ。

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1695年に建てられた村で一番古い家。横から見ると壁が湾曲してます。

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壁に藤やバラなどの吊植物を這わせた家が多数。

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義両親が結婚式を挙げた小さな教会。ちなみに、墓地に植える予定だったのは、キリストの叔父、アリアマテのヨセフに由来するという、高名な「グラストンベリーの聖なるさんざしの木(The Glastonbury Thorn)」の苗木。以前あった木が枯れてしまい、植え替えることにしたんだそう。

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村の端まで行って裏道を歩いて戻ってきた頃には、太陽が顔を出しました。義叔父の息子も大学生になるので、このフェスティバルは今年で終わりにするかもしれないと聞き、かなり淋しい…。わたしたち夫婦は1998年に結婚したので、このイベントに参加するのは今回で3度目。息子達の代まで親戚の輪が広がるよう、ずっと続けてくれたらなと願ってやみません。

 

息子の緘黙・幼児期2~3歳(その4)

息子、犬恐怖症に陥る

3歳になる少し前のこと。いつものように、日本人の友達母子と一緒に近くの公園に出かけました。

楽しそうにちょこちょこ走りまわる息子たちの後を、彼のママとお喋りしながら歩いていた時です。低木の茂みの中から、いきなり3匹の犬が飛び出して来ました! 犬に追いかけられ、悲鳴をあげて泣きながら走りだす子どもたち。

あまりに突然のことで、びっくりして咄嗟に声が出ず…。私たちは一瞬顔を見合わせて、すぐ息子たちのところに走りよりました。同時に、遠くで飼い主の声がして、犬たちは疾風のように走り去って行きました。

飼い主は私たちのところに謝罪に来ず、気づいた時には既に犬を連れて立ち去っていました。子どもの多い公園で犬を放しっぱなしにするなんて、マナー悪すぎ!(息子たちが小さかったので巨大に見えましたが、犬たちは小・中型犬でした。もしかすると、まだ仔犬で子どもたちにじゃれてたのかもしれませんね。それにしても、監督不行届きですが)

息子は割とすぐに泣きやみましたが、それ以来というもの、大の犬嫌いになってしまいました。それまでは、積極的に犬に近づくことはなかったものの、私が一緒なら撫でたり・触ったりしていたのに…。犬を見つけると、私の影にかくれたり、手をぎゅっと握るようになり、極力近づかないように。

イギリス人は犬好きが多く、ベビーカーを押しながら愛犬を散歩させてる人も多いし、公園の遊び場のゲートに犬がつながれていることもしばしば。特に、公園内は犬だらけなので、避けて通るのは楽ではありませんでした。また、息子が目ざとく見つけて警告するので、「あーまたか」とため息が出ることが多かったです。

うちの息子だけかもしれないんですが、不安の強い抑制的な気質の子どもは、恐怖症に陥りやすいんじゃないかと思っています。これまでに犬恐怖症と水恐怖症(水泳プール)を経験(ありがたいことに、どちらも治りましたが、まだ苦手意識はあるかも)。また、極度に緊張するとお腹が痛くなったり、トイレが近くなる時期がありました。

ちなみに、息子の犬恐怖症が治ったのは、仲の良い友達が犬を飼いはじめた10歳のころ。犬がいる友達宅に遊びに行くか・行かないか — 究極の選択に迫られ、遊びに行く方を選んだのです。

友達の家のラブラドールは、偶然にもとても臆病で淋しがり屋の性格。ママ友からは、「○○君(息子の名)に似てる」と言われてました(笑)。

彼女は子ども達がまとわりついても、いきなりシッポを掴んでも、決して吠えないんです。実に気立ての優しい良いワンコだったので、息子は徐々に慣れて一緒に遊べるようになりました。そのお陰か、息子はボクサータイプの大型犬がいる別の友達宅にも行けるようになり、それほど犬が怖くなくなったよう。

友達は違う学校に進み、もっと郊外に引越してしまったのですが、彼の犬には本当に感謝しています。

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息子の緘黙・幼児期2~3歳(その1)

息子の緘黙・幼児期2~3歳(その2)

息子の緘黙・幼児期2~3歳(その3)

 

ASD児と緘黙児--類似する特性?(その2)

7月6日に書いた記事の続きです。2011年に行われたマギー・ジョンソンさんのワークショップの資料を掘り起こしてみたら、ノートにこんなメモがありました。「ASD児とSM児の持つ特性はオーバーラップするところがあり、ASDとSMを併発しているケースは以前考えられていたほど少なくない」。”not so rare as previously thought” とあるので、「多くはないけれど、時々見られる」程度の感じじゃないかと思います。

これは、「日本では広汎性発達障害と診断されるSM児が多いようなんですが、イギリスではどうですか?」という私の質問に対する答えでした。ここ数年来、マギーさんは主にセカンダリー(11歳~16歳)以上の子どもの治療を担当していて、あまり改善が見られない場合は、ASDが併存しているケースが見られるとも…。

緘黙の治療効果は小学校中学年から緩やかになり、年齢があがるにつれて回復が難しくなると言われています。特に、小学校高学年から中学までは、プレ思春期と思春期が重なるため、周りの目が最も気になる時期。高校や大学進学を期に自力で立ち直るケースも多いようなので、改善が見られないからASDということではありません。特に、日本では保護者と学校・専門家が連携して治療に当たるのが難しいため、年齢が上の子の緘黙治療はより困難といえそう…。

下記は私がとったメモからの抜粋です。急いで書き写したので、間違いがあるかも…。

<SM児とASD児のオーバーラップする特性>

  1. 根本的な気質(same underlying disposition 不安になりやすい抑制的な気質?)
  2. 自分なりのルールへのこだわり(rule bound 食べ物、服装などを含む)
  3. 感覚過敏 (sensory sensitivity)
  4. 視覚的な説明やチェックリストが必要 (need visual explanation/ checklist SM児の場合、不安のため情報を受信できないこともある)
  5. コミュニケーション量の問題 (issues with communication load認識プロセスのレベルに問題があるため、一度に大量のコミュニケーションを処理できない)                           ASDを併発しているSM児の中には、多量で複雑なコミュニケーションを処理できないため、緘黙傾向に陥る子もいる。解決法 → 一度に大量の情報を与えないよう、「コミュニケーション量」を減らし、混乱しないように早めに助け舟を出す。自分で選ばせるなど、子ども自身に主導権を与える。

*注:どのSM児も1~5までの特性を全て持っているということではありません。上記の事項が類似していることが多いということだと思います。また、上記が当てはまるからといって、自閉症スペクトラムという訳ではありません。④⑤には言語の問題が含まれるかもしれませんね。

例えASDが併存する場合でも、治療や支援のアプローチは同じということ。ただ、純粋な緘黙と比べて回復はゆっくりになります。また、緘黙を克服してもASDが治る訳ではないので、ASDに対する支援も必須です。とにかく、緘黙とその背景にある問題を早期に発見し、早期介入することが大切ということでした。

うちの息子の場合を考えてみると、1、2(特に服装と髪型!)、3、そしてう~ん、同時に複数のことをするのが苦手なんですが、5 の傾向もあるのかな?視覚優位でもあるようだし…。

「ASD児に有効な支援はSM児にも役に立つことが多い」ということで、1~5 に問題がある時は下記のような対策が立てられるかなと思います。

  • 不安を減らす呼吸法や自分なりの対処方法を考えさせる
  • こだわりを責めず、徐々に納得させて自分なりに対処できるようにする
  • 新行事などがある時は、予め予定を伝えておく
  • 写真や絵、物を使って具体的に説明する
  • 指示する時は短かめに、解かりやすく
  • 一度に沢山のことを言わず、ひとつずつ順番に

もっとたくさんの対処法があると思うので、自分の子どもに合うような対策を考えられるといいですね。

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一般家庭の居間をタイムカプセルに-- The Jeffrye

イギリスの5~7月は社交シーズンと呼ばれ、上・中流階級の人々が集うイベントが目白押し。5月のチェルシーフラワーショーに始まり、ロイヤルアスコット競馬、ウィンブルドンテニス選手権、ヘンリーレガッタ・ボートレースなどなど。最後は、音楽の殿堂ロイヤルアルバートホールで行われるプロムスで、エルガー作の『希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)』を歌って幕を閉じるのです。

去る6月19日の朝、Waterloo駅から電車に飛び乗ったら、一瞬「ここは何処?」の世界に…。車内はカクテルドレス姿の着飾った若い女性と燕尾服を着込んだ男性でいっぱい。女性がみな帽子(というか髪飾り的なものが多い)をかぶっていたため、「あっ、今日はロイヤルアスコットか!」と気づいたのでした。

しかし、電車でアスコットに行くんだ~、と驚きでした。というのも、エリザベス女王が黒塗りの高級車で会場入りする様子をTVで観た印象が強く、当然車で行くんだと思い込んでたんですね。考えてみると、駐車場が混み合って大変なんでしょう。

朝からシャンペンボトルを片手に、プラスティックのグラスで乾杯したり、携帯でセルフィーを撮りまくり、写メしまくる女性たち…。Royal Enclosureのバッジをつけて、シルクハットを手にする燕尾服の男性もいるし。ドアの近くで立ったまま観察していると、近くの騒がしい女性達はロシア人でした。

また、ちょうどウィンブルドン期間中にウィンブルドン行きの地下鉄に乗ったら、周りでテニスの話をしてるのは外人ばかり…。パナマ帽をかぶって苺とシャンペンで観戦を楽しむという感じは全くない、半パンにロゴ入のリュックを背負ったダイハードなテニスファンたちでした~。

ちなみに、若者たちにとっては夏は野外フェスティバルのシーズン。マッドスライドで有名なグラストンベリーは終わりましたが、まだまだ多くのフェスが予定されています。そういえば、私も渡英したばかりの頃は、色んなとこに行ってたな~と遠い目になる今日この頃です。

社交シーズンとは全く縁のない我が家では、先週の土曜日に毎年恒例のイチゴ狩りに行ってきました。今年初の収穫は、苺1.8kgとラズベリー、ズッキーニとソラマメ、サヤインゲン、キュウリ。

IMG_5009全部で15ポンド弱だったので、日本円にすると2500円くらい

日曜日は金融街シティにアートの展示会を観にいったのですが、何と開いてませんでした…。その後、バスで今まで行ったことがなかった家の博物館、The Jeffryeへ。ここは一般家庭の居間と庭を時代別に展示しているユニークな博物館です。ロンドンの博物館はたいてい無料なのが嬉しい。http://www.geffrye-museum.org.uk/

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もともとは18世紀に鉄器豪商が地元の貧しい老人達を住まわせた私立の救貧院

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                      1785年に使われていた英国製の磁器ティーセットは、中国製を模倣したもの。当時はまだティーカップに取っ手がついてません

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婚礼を祝う親戚縁者が家に集う様子を描いた絵の一部。19世紀ごろの作品

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薄暗いですが、1890年代の居間です。暖炉の周りのタイルの模様は日本のデザインからヒントを得たものだとか。良くみると日本製(?)の陶器がいっぱい

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家具調度を保護するため屋内全体が薄暗く、途中この大きな窓があってほっとしました

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何故か建物の真ん中にカフェが。苺&チーズ入スコーンと紅茶でひと息

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1998年のロフトスタイルアパートがもう懐かしい感じ…

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ハーブガーデンの植物は実際に薬用や食用にしていたもの

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蕾や枝がモス(コケ)に覆われたようなモス系のオールドローズとアリウム

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庭からカフェを見た風景

家族連れの多い、とってものんびりした博物館でした。