サキ君の動画について(その3)-自分を信じる強さー

私はこの動画を訳していて、サキ君の学校に驚いてしまいました(動画の15:10分あたりから)。場面緘黙で9年間も話せていない生徒に、『絶対しゃべりやまないで』賞を授与しようなんて、日本の学校だったら思いもつかないでしょう。下手をしたら、保護者から訴訟を起こされかねないのでは…。

サキ君に訊いてみたところ、事前に学校側から打診され、快く承諾したのだとか。「まあ、受け狙いだよ。学校も授賞式を盛りあげなきゃいけないからね」とクールな対応。受賞のために壇上にあがったら、みんなにヤンヤ言われることは承知していた訳ですね。

サキ君がすごいと思うのは、場面緘黙に対する皮肉も軽いジョークと受け流せていたこと。普通、抑制的な気質の人って、ものごとをネガティブに考えがちですよね?実は、私もそういう傾向が強い方で、私がサキ君だったらめちゃくちゃ凹んで、学校に行くのが嫌になっていたかもしれません…。ましてや、話さないことで嫌がらせをする同級生もいた訳ですから。

きっと本人は、心のどこかに「自分は大丈夫」という自信を持ってたんじゃないかな?ミスイングランドのカースティさんに会った時も、「自分はどこも変じゃない」とずっと思っていたとききました。生まれ持った性格もあるかもしれませんが、お母さんは一体どんな育て方をしたのかなと感心します。以前、カースティさんのお母さんにその質問をしたら、「この子はこういう性格だから大丈夫」と大きく構えていたそう。子どもへの信頼がすごいですね。私なんか何かあるごとに「大丈夫かな?」とユラユラ揺らいでいたので、見習わないといけません。

ちょっと照れるかもしれませんが、親は子どもに緘黙で辛いのは解かっていること、自分が味方だということを、時々口に出して言った方がいいような気がします。態度で判るとはいえ、言葉で言ってもらえると、やはり嬉しいし、安心できると思うので。

サキ君のお母さんは息子が話さないこと(社会性がないこと?)に関しては、とても心配して手を尽くしたようです。でも、息子がティーンになってからは学校で話すことを話題にしなくなり、そのままの状態になっていたとか。だから、サキ君は自分から「話したいから心理士に会わせて」と親に切り出したのです。

自ら緘黙の克服に動き出した際、親も学校も素早く対処してくれたようですね。きっとそれまでは、「現状でOK。無理に改善させようとしない」という環境だったのでしょう。外部の心理士を巻き込んで、専門家に学校と交渉してもらうことで、うまく支援体勢が整ったのかなと思いました。

特に、年齢が上の子の場合、取り組みをする際に最も重要なのは本人の意思。周りがいくら頑張っても、本人のやる気と努力がなければ、目標を達成することはできません。自分が主導権を握り、納得しながらステップを踏んでいくことで、成功体験を実感しながら重ねることができ、それが達成感と自信につながっていくのだと思います。

ところで、サキ君が変わろうと決意した大きな理由は、「色々な国を旅したい」という夢だったんだろうなと想像していたところ、実は違っていました。それよりも、「もうこんな状態ヤダ!早くみんなと同じようにになりたい!じゃないと、もうヤバイ!」という、高校卒業が視野にはいってきた危機感の方が大きかったそう。そして最後に、「ガールフレンドも欲しかったし」と照れ笑いしながら追加。そうだよね~青春を楽しみたいのは誰も同じですよね。そして、誰もが悩み自己を確立していく時期。だからこそ、思春期まっただ中の緘黙はより複雑なんだろうなと思います。

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サキ君の動画について(その1)

サキ君の動画について(その2)

 

お知らせ

『こども脳機能バランサー』をはじめとする教育・知育ソフト、学び空間などの企画・開発を行っているレデックス社ってご存知ですか?(恥ずかしながら、私は知らなかったのですが…)同社が月2回ほど発行するメールマガジンで、『場面緘黙の子どもへの理解と対応』という連載記事が始まりました。この連載はかんもくネットの事務局メンバーが執筆を担当し、リレー方式で5回まで続く予定です。第1回目の『場面緘黙(ばめんかんもく)って何?』は私が担当させていただき、今日(29日)からレデックス社のHPで読むことができます。よろしかったら、下記のWebページをのぞいてみてくださいね。

レデックス社メールマガジン http://www.ledex.co.jp/mailmag

追伸:メルマガに登録(無料)すると、記事がメールで送られてくるので、HPより2週間早く読むことができます。

サキ君の動画について(その2)-友達の大切さ-

 

サキ君の動画を観て、次に気になったのは学校生活と友達関係です。幼少の頃は友達遊びが全くできず、両親としか話せなかったという彼。それが、緘黙だった9年間の学校生活ではちゃんと友達がいたということ。どの時点で、どうやって友達付き合いができるようになったのか――本人も覚えてないかもしれませんが、とても興味深いです。

サキ君の第一印象は、オージー出身の人には珍しく(過去の経験から、そういう偏見がありました…汗)、ちょっとナィーブで控えめな好男子というもの。自分のことばかりでなく、ちゃんと相手の話を聞き、気を遣ってくれる――近づきやすいソフトな雰囲気を持っていました。何回か会った後も、その印象は変わっていません。

多分、緘黙を克服する前も、サキ君の人柄はそれほど変わってないんじゃないかな。だから、クラスメイトも親しみやすかったと思うし、サキ君も環境に慣れて徐々に心を開くことができたのではと推測しています。担任や学校も、しゃべらない部分を含めてサキ君を受け入れていたよう。担任の対応次第でクラスの子どもたちの態度が変わってくるので、先生の姿勢が学校生活の要になってくるんじゃないでしょうか?

(しかし、サキ君自身が書いて筆談するのではなく、補助員が間に入って筆談で周囲とコミュニケーション? 補助員にはどうやって自分の気持ちを伝えてたんでしょう?――具体的にどうしていたのか、今度訊いてみたいと思います)。

話が飛びますが、「場面緘黙は小学校低学年までの方が治りやすい」というデータが出ています。これは、小さい子どもほど、物事をありのまま受け止めることができるから。よく「9歳の壁」といいますが、まだ他人をあまり意識しない時期だからでしょうね。「この子はこういう子」と自然に受け止め、全て抱擁するパワーを持っています。

私の息子は小学校のレセプションクラス(4-5歳)に入った後、2、3週間経ってから緘黙・緘動を発症しました。現在は変わりましたが、息子の学校では誕生日順に時期をずらせて入学させるという方針。早生まれで一番最後に入学した息子は本当に小さく幼くて、おしゃまな女子に抱っこされたり、お世話されたり(笑)。ある日、「なんで○○君は(課題を)やらないの?」と子どもが先生に訊ねているところに遭遇したら、若い担任は「○○君は(心の)準備ができたときにやるから、いいのよ」と当然のように即答。子どもは納得したように去っていき、私はその対応にいたく感心したのでした。

さて話を戻して、動画の18:13分、学校での取り組みをステップアップさせたあたりから、彼の学校生活の様子がうかがえます。昼休みはクラスメイトと一緒に行動せず、ひとりで図書館やスクールカウンセラーのところにいたと語っています。友達と交わらないで、どうやって交友関係を保っていたんでしょう?

本人に直接訊いてみたところ、短い休み時間は教室にいて、仲間と一緒に過ごしていたそう。だから、いつもひとりでいた訳じゃなく、ちゃんと友達付き合いがあったんです。学校行事やイベントがある時は、彼らと行動をともにしていたので、動画で話している学校主催のパーティーにも一緒に出かけたんですね。しかし、親しい仲間はサキ君が急にしゃべり始めて、本当にビックリしたことでしょう。

クラスで孤立せず、仲間がいて自分の居場所があると感じられたことで、それほど深い孤独や劣等感・絶望感を持たずにすんだのかなと思います。人それぞれなので、同じ立場でも違う風に感じる緘黙児もいるかもしれませんが…。話さなくても友達がいることが、心の安定だけでなく自信にもつながったんじゃないでしょうか。

もう2年以上前になりますが、私は『話し言葉、言語、コミュニケーションに困難を持つ子どもの支援(Supporting Children with Speech, Language & Communication Needs)』というコースを受講していました。話し言葉、言語、コミュニケーション・スキルの発達は、子どもが16歳くらいまで続くのです。緘黙児は黙っているので話す機会がないからこそ、友達同士の会話やコミュニケーションを身近で見る・体験することがすごく重要だと思います。

よく「緘黙の後遺症」という言葉を耳にしますが、職場で仕事のやり取りはできても、複数の人との何気ないおしゃべりが苦手という元緘黙の方も多いのです。なぜ三人以上のダベリングが難しいかというと、話題が決まっていない上に、自分がどこでどんなことを言えばいいのかを瞬時に判断して、会話に参加する必要があるから。場の空気を読んで、複数人の相手の反応をみながら、タイミングよく適切な態度で適切なことを言う――何気ないようでいて、実はとても高度な技術が必要です。

子どもには子どのも世界があって、流行の言葉や話題が常に変化していきます。それは大人が家で教えられるものではありません。特に、話し言葉やコミュニケーションの力は、実践によって培われる部分が大きいので、友達の存在は本当に大切だなと思います。

追伸:日本もアメリカも記録的な大雪に見舞われているようですね。どうぞお気をつけて。ロンドンは先週末まで冷え込み初雪が降ったのですが、それからまた暖冬に戻っています。

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先週日曜の風景。地面の雪はすっかり溶けてますが、雪ダルマくんは頑張ってます

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明けましておめでとうございます

サキ君の動画について(その1)

 

サキ君の動画について(その1)

前回の記事で、場面緘黙のために小3の頃から9年間学校で全く口をきかなかったサキ・ギャラクシディス君の動画をご紹介しました。多くの方が観てくださっているようで、ありがとうございます。実は、昨日本人がたまたまロンドンに来る用事があり、ついでにうちに寄ってお茶を飲んでいきました。3年前の自分を見返すのは恥ずかしいと言いつつ、緘黙に苦しむ日本の人たちの役に立てたらと喜んでくれました。この動画について少し説明したいことがあるので、ブログの先頭にあげてあります。

サキ君の家族は、祖父母の代にギリシャからオーストラリアに移民。彼はオーストラリアで生まれ育った、ギリシア系のオーストラリア人です(二重国籍を持っているので、ギリシャ人でもあります)。そのサキ君がイギリスにいると偶然知ったのは、昨年の夏のこと。マギーさんの講演で彼の動画を観て以来とても気になっていたので、「おお、これは何かの啓示かも」とコンタクトを取ったのでした。以来、時々連絡を取り合っています。

高校で話すようになったサキ君は、進学や就職は全く考えず、文字通り世界に飛び出したそう。アマゾンのジャングルやシベリア鉄道の旅をはじめ、アメリカやヨーロッパ諸国など色々な国を周ったようです。多くの場合、訪問した国のホテルなどで住み込みのバイトをしながら、次の冒険の資金をかせいだとか。現在は湖水地方のホテルで働きながら、休みを利用して各地を訪れています。

旅先からの写真を紹介するサキ君のインスタグラム:https://www.instagram.com/sakitraveller

彼はギリシャのパスポートも保持しているので、EU内の移動や就労の問題はありません。世界中どこに行っても英語は通じるし、かなりラッキーですね。でも、自分で仕事を探してお金を稼ぎ、行ってみたい国々を旅するのは、ものすごいガッツと行動力です!

実は、昨年夏に湖水地方に行く前に、うちに2晩泊まっていったのです。その時は、まだバイト先も宿泊先も全く決まってなくて、コーチも電車も予約していませんでした(当日券だと高い)。本人は「ホテルやユースホステルなどの住み込み仕事を斡旋するサイトがあるから大丈夫」と余裕たっぷり…。最終的に、何も決まらないまま「湖水地方に行ってみる。仕事がなかったら、知り合いを頼ってエジンバラに行くよ」とロンドンを後にしました。

ちなみに、移動には素人による個人タクシーのサイトを利用――これは、車で移動予定の普通の人が、同じ日に同じ目的地まで行きたい人を格安の値段で乗車させるというもの。全然知らない人の車に乗っても大丈夫なの?と心配していたら、感じの良い若い男性が、購入したばかりのピカピカの新車でやって来ました。仲良く話しながら出発する二人を見て、感心することしきり。これが9年間も話さなかった人かと思うと、感慨深いものがありました。サキ君は因習や既成概念に捕らわれない強さと、人を思いやる優しさを持っている人だと思います。

さて、動画の内容についてですが、3分55秒のところで、最後までいた小学校の説明があります。「そこでは普通の子と一緒だったけど、僕は全くしゃべらなかった」――「普通の子」という表現が気になって質問してみたら、社交性のなさが問題視され、幼少期にアスペルガー症候群と診断されたとか…。本人は、「最新のDSM-V(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル)では、アスペルガーは消失しちゃったし、気にしてないよ」とのこと(←本人の許可を得て書いています)。今だったら、DSM-Vで新たに登場した社会的(実践的)コミュニケーション障害(Social (pragmatic) communication disorder)と診断されるのかもしれませんね。

現在のサキ君と接していて、コミュニケーションに問題があるようには全く感じられません。(私はASD児のための特別支援校で2人のティーンに日本語を教えていて、他の子供達とも良く話をするんですが、みんな会話が一方的になったり話題が偏ったりする傾向があります)。素人なので判らないのですが、場面緘黙とASDの特性が類似するため(詳しくは、ASD児と緘黙児--類似する特性?(その2)をご参照ください)、ASDとの判別が難しいケースが出てくるのかも…。(グレイゾーンの場合もあるでしょうし、ASDと緘黙が併存することもあるので、専門家に診てもらって適切な支援をすることが重要だと思います)。

とにかく、幼少の頃は友達遊びができなかったというサキ君が、今では常に新たな出会いを体験し、人種や国を問わずどんどん人脈を広げているのです。9年間も学校で話せなかったなんて、嘘みたいに—。今緘黙で苦しんでいる人たちも、色々な可能性を秘めているということですね。自分を信じて、とにかく一歩を踏み出して欲しいです。

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ASD児と緘黙児--類似する特性?(その2)

DSM-Vに登場した新たなコミニュケーション障害(その1)

DSM-Vに登場した新たなコミニュケーション障害(その2)

 

明けましておめでとうございます

というか、もうすっかりお正月気分も抜けてますよね…。実は、三が日のうちに記事をあげようと思い、もう書いてあったのです。が、大幅に予定が狂いました。貼ろうと思っていた動画に字幕を合体させられず――主人に頼んだのですが、前回できたのに何故かできない! ツベの字幕作成機能を使うと、観る人が字幕ボタンを押さねばならないし…。結局、息子が学校で教わったという Movie Maker のソフトを使い、手動で1つ1つ字幕を入れなおしてました…。そして、昨夜ツベにアップするのに7時間もかかりました~。ゼイゼイ。ということで、6日前に書いた記事をそのまま載せますね。

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もう2016年です!時間が過ぎるのは本当に早いですね。昨年はなかなか思うように記事が書けなかったので、今年はもう少し頻繁に更新できるようにしようと思っています。拙いブログですが、本年もどうぞよろしくお願いします。個人的には、ここ三年ほど大殺界ではないかと思えるような出来事が色々続いたので、今年こそ良い年になるよう願わずにいられません。

でも、そんな中でも、昨年は素敵な出会いがありました。2014年7月25日の記事でお借りした動画の作成者、サキ・ギャラクシディス君に、昨夏ロンドンで会うことができたのです(詳しくは、マギー・ジョンソンさんの『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その3)をご覧ください)。

7~15歳まで9年間、学校生活を沈黙のうちに過ごしたサキ君。彼のYoutTubeビデオを観て、日本語訳をつけられたらなと考えていたら、実はサキ君がロンドンに住んでることを発見!コンタクトしてみたところ、日本語の字幕をつけることを快く承知してくれて、更に会うことになりました。

真夏の午後、約束したカフェに先に着いてちょっと緊張しながら待っていると、ビデオで見たサキ君がやってきました。第一印象は、とても繊細でナイーブな好青年という感じ。彼はギリシア人なのでかなり濃い目のお顔です――ビデオを観て「この人本当に緘黙だったの?」と感じる方も多いかもしれません。長いこと社会不安を抱え、緘黙に苦しんでいたようには見えませんよね?でも、実際はちょっと控えめで、相手の気持ちや反応にとても敏感な男の子でした。

私はアナログ人間なので字幕ソフトの使い方が解らず、なんだかんだしているうちに色々事件が起きて、時間だけがどんどん過ぎてしまいました。やっと昨年末に字幕が完成したので、今年最初の記事でサキ君のビデオを紹介させていただきますね。

なお、サキ君は昨年秋からイングランド北西部にある湖水地方のホテルで忙しく働いています。ビデオに関して何か質問があれば、サキ君自身が答えてくれるとのこと。もし良かったら、コメント欄に質問や感想をお寄せください。ビデオの内容に関しては、追って記事を書く予定です。

それでは、2016年がみなさんにとって良い年となりますように。