イギリスの場面緘黙支援団体、SMiRAからの声明文

もう9月も後半ですね。イギリスでは19日にエリザベス女王の国葬を終えてから、穏やかな秋の日が続いています。

 空には一面のうろこ雲。秋バラが咲く中、バラやボケの実が変わりゆく季節を感じさせます

…………………………………………………………………………………………………………………………..

先週の水曜日、9月21日にSMiRAのFBでコーディネーターのリンジーさんから声明文が発表されました。

「話したがらない(reluctant speaker*)」「話すことに回避的(reluctant talker*)」という表現に関するSMiRAからの声明

SMiRAでは、このところ場面緘黙と同じ意味あいで「話したがらない」「話すことに回避的」という表現の使用が増えてきたことに気づきました。これらの表現を使うことは、誤解を招いたり、場面緘黙の子・人たちは「話せない」のではなく「話すことを拒否している」という誤った考えを助長したりするため、有益ではありません。

会員の家族の多くは、「Selective Mutism 場面緘黙」という症状名は理想的ではないと考えています。というのも、「選択的  Selective(日本語訳は場面)」という言葉は、まだまだ混乱を招きやすいからです。Selective Mutism/ SMにおける「Selective 選択的」とは、あるものには影響を与え、他のものには影響を与えないことを意味する医学用語です。何かを選ぶときに用いる「選択」を指しているのではありません。これは重要な違いです。

「Selective Mutism  場面緘黙」という名前は、アメリカ医学界の診断統計マニュアル(DSM 5)や国際疾病統計マニュアル(ICD 11)により、国際的に認定され、診断基準が設けられています。SMiRAでは、正式に名前が変更されるまでは、この名前を使用すべきだと考えます。

これまでの研究から、場面緘黙はその複雑さ、症状の現れ方、発生に寄与する要因などの点で差異が広範囲にわたることを示す証拠が増えています。単純にタイプ分けしたり、スペクトラムだと説明できないことが明らかになってきました。従って、診断基準に適合するすべてのケースを場面緘黙(SM)と呼ぶべきです。ただし、SMiRAでは現在のところ、ジョンソン&ウィンジェットが2016年に『場面緘黙リソースマニュアル第2版』『ハンドアウト3』で定義した記述「Low Profile Selective Mutism(認識されにくい場面緘黙)」および「High Profile Selective Mutism(認識されやすい場面緘黙)」を引き続き使用します。場面緘黙は今なお見過ごされたり、誤解されがちな症状です。これらの記述を使うことで、若者が緘黙かどうか見分ける際に、話すことが困難な状況で全く無言である必要はないことを明確にすることに役立つはずです。

SMiRAでは過去30年にわたり、場面緘黙は話すことを拒否しているのではなく、(全く話せない、もしくは自由に)話すことができない不安障害としての認識を高め、風説を払拭し、場面緘黙の特性に関する誤った情報に異議を唱える努力をしてきました。今後も精力的に取り組んでいく所存です。

*speaker・talker(話し手)をより解りやすいと思われる表現にしました

SMIRA statement regarding the use of the terms ‘reluctant speaker’ and ‘reluctant talker’.

SMIRA has an increase in the terms ‘reluctant speaker’ and ‘reluctant talker’ being used as synonyms for Selective Mutism. We find the use of these terms is unhelpful, as they may be misleading, he mistaken belief that people with SM may be refusing to speak, rather than being unable to do so.

Many of our families feel that ‘Selective Mutism’ as a name for the condition is not ideal, as there is still confusion over the word ‘Selective’. In SM, ‘Selective’ is being used as a medical term to mean affecting some things and not others. It does not refer to selecting, as in making a choice. This is an important distinction.

The name ‘Selective Mutism’ has international recognition and diagnostic criteria within the Diagnostic Statistical Manual (DSM 5) and the International Classification of Diseases (ICD 11). SMIRA believes that until such time as the name is changed officially it should be the term used.

There is increasing evidence from research to suggest that SM varies widely in complexity, in how it presents and in the factors that contribute to its occurrence. It has become clear that SM cannot be simply divided into types or described as a spectrum and therefore all cases that fit the diagnostic criteria should be entitled ‘Selective Mutism’ or ‘SM’. However, at present, we will continue to use the descriptors ‘Low Profile Selective Mutism’ and ‘High Profile Selective Mutism’ as defined in the Selective Mutism Resource Manual 2nd Ed., Handout 3, Johnson & Wintgens (2016). SM is currently still an often overlooked and misunderstood condition, so we feel that the use of these terms helps to ensure that it is clear that young people do not have to be completely silent in their challenging spaces to “qualify” as having SM.

Over the past thirty years SMIRA has striven to raise awareness of SM as an anxiety disorder in which the person is unable to speak (either at all or freely) rather than refusing to speak, and to dispel myths and challenge misinformation around the nature of SM whenever possible, and we will continue to do so vigorously into the future.”

最近ではASD(自閉症スペクトラム)などの発達障害と場面緘黙を併発するケースの研究や、脳医学的な研究が進み、これまでの場面緘黙の定義が揺らぎ始めているという印象を受けます。それが上記の声明文からもうかがえますね。

もしかしたら、近い将来に場面緘黙の診断基準や定義が変更されるかもしれませんね。ただ、治療法としてCBTを利用したスモールステップ法が有効なのは同じじゃないかなと感じています。

<関連記事>

緘黙のカテゴリーはひとつだけ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 場面緘黙症へ
にほんブログ村

エリザベス女王を偲んで

ご存知のように、9月8日にエリザベス女王が亡くなられました。車で通勤中に「女王の健康状態が悪化、王族のメンバーがスコットランドのバルモラル城にかけつけている」とのニュースが流れてビックリ。そして、午後6時半頃に訃報が…。

  19日の国葬まで国中が喪に服します。街中に、インターネット上に、女王の死を悼むメッセージが溢れ、私が住む北ロンドン郊外でも電光掲示板に女王のお姿が

その2日前に、リズ・トラス氏を新首相に任命するニュース映像が流れたばかり。かなりお痩せになったなあと思いましたが、久しぶりにいつもの笑顔を見ることができたのに…。

今年6月に行われた即位70周年を記念する祝祭、プラチナジュビリーも記憶に新しく、訃報を聞いて大きな喪失感を覚えました。私は別に王室ファンではないので、それだけ大きな存在だったということですね。

エリザベス女王の長い治世が幕を閉じ、今ひとつの時代の終わりをひしひしと感じています。首相が変わり経済も悪化する中、イギリスはこれからどうなっちゃうのかなという不安も…。

  月曜日にロンドン中心部に行く用事ができ、バッキンガム宮殿まで行ってきました。グリーンパークを抜けて一方通行で宮殿前にたどりつくまで、途切れない人の波

チャーチルの時代から激変するイギリスで、唯一変わらない存在として国と王室を支えてきたエリザベス女王には尊敬の念しかありません。

私は人生の半分以上をイギリスで過ごしているのですが、ちょうど1990年代前半からチャールズ皇太子とダイアナ妃のスキャンダルが大々的に報じられ、王室の人気が急落した時期に居合わせました。

特に、ダイアナ元妃が急逝した際は、バルモラル城に籠っていた女王が批判の的に(王室メンバーは感情を表に出さないのが慣習、かつ女王はウィリアム王子とハリー王子を保護していた)。女王が国民の声に応えてバッキンガム宮殿に戻り、ダイアナ妃の追悼を述べた頃から事態が好転したように記憶しています。

  バッキンガム宮殿のゲートのみならず、近くの公園の樹木の根元にもたくさんの花束が。近隣の花店では花が売り切れ状態に

社会の変動だけでなく、子ども達が次々と巻き起こすスキャンダルが大きな心労だっただろうことは想像に難くありません。最近でもヘンリー王子夫妻の王室離脱、アンドリュー王子の児童買春スキャンダルなど、英王室を揺るがす事件が起きたものの、的確な対処の故か女王が国民の信頼を損なうことはありませんでした。優れた危機管理能力やバランス感覚をお持ちだったんでしょうね。

訃報の後で知ったのですが、幼いころは犬や馬たちに囲まれた田舎のレディーになるのが夢だったとか。ペットのコーギー犬をはじめ、競走馬のオーナーでもあった女王の乗馬好きは有名です。

            花束といっしょに敬意や感謝を表すたくさんのメッセージも。特に、熊のパディントンからみのものが多かったです

そもそも伯父のエドワード8世が退位しなかったら女王になることもなかった訳で、運命に逆らわず与えられた役割を全うされたんですね。21歳の時に「人生を国に尽くす」と宣言され、主体的にその言葉を守ってこられたんだと思います。

周囲の反対を覆して、13歳の時の初恋の相手だったフィリップ王子と結婚されたエピソードからは、忍耐強さや自分の意思を貫く強さが伝わってきます。

25歳で即位してから96歳まで、70年の在位は英国史上最長。世界的にも72年在位したルイ14世に次ぐ第2位だそう。母君のエリザベス王太后が101歳と長寿だったので、100歳まで頑張っていただきたいと願ってましたが…。

生涯現役という言葉がありますが、エリザベス女王はまさにそのお手本のよう。身体が衰弱していたはずなのに、最後の最後まで公務を行ったのがすごい!

そして、女王のユーモアのセンスも忘れられませんよね。ロンドンオリンピックでのジェームズ・ボンドとの共演、そしてプラチナジュビリーのパディントンとの共演は、女王からの贈りもののような気がしています。それまでは、クリスマスに放送される『女王のお言葉』で、真面目な面しか見えていなかったので。

どうぞ安らかにお眠りください。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 場面緘黙症へ
にほんブログ村

 

ノルマンディの夏休み(その1)

もう9月に入ってしまいましたね。イギリスは8月末からすっかり秋の気候に変わり、夜は冷えるので長袖が必要。急ぎのフリーの仕事が一段落したので、やっと夏休みの話題です。

この春からイギリスでは3年ぶりにコロナ規制が全て取り払われました。「もう面倒な証明書は要らないし、これが絶好のチャンス!」とばかりに、夏休みに海外に出る人が続出。我が家もフランス北西部のノルマンディ(Normandy)地方に行ってきました。

イギリスから車でフランスに渡るには、フェリーとユーロトンネル(汽車)の2つの方法があります。所要時間はフェリーだと1時間半、ユーロトンネルだと35分くらい。春休みにドーバー港が大混雑してニュースになったため、初めてユーロトンネルにチャレンジすることに。

まずロンドンから車でフォークストーン(Folkstone)まで行き、時間通りユーロシャトルに乗り込みました。夏休みが始まった頃は21時間遅れ(^^;という大混乱があったので、念のため食料と飲み物を持参。

     列車の中にトイレはあるものの、歩き回ったりは禁止。お昼のサンドイッチは車に乗ったまま動く列車の中で

カレーに着いてから、今回の旅の拠点となるオンフルールの町を目指して南西に下りました。行けども行けどもトウモロコシ畑と刈入れを終えた牧草地ばかり。日曜日だったためか、時折通り過ぎる村のレストランやお店は全部閉ってる?! 焦って唯一開いていたアラブ系のミニスーパーを見つけて買い物したんですが、高っ!(◎_◎

オンフルールまでは3時間弱でしたが、その近くで寄り道。アルヴィル=ベルフォス(Allouville-Bellefosse)という村(コミューン?)にあるサン・カンタン教会に行くためです。この教会の敷地内に17世紀に造られた樫の木の礼拝堂があって、その写真を見た瞬間から「絶対行くぞ!」と決めてました(なお、家族は行き先を調べるのが面倒らしく、私の選択がそのまま反映されるのです)。

牧草地がえんえんと続く田舎道をひた走りながら、一体こんなところにあの奇妙なムーミン屋敷みたいな大木があるのかなと、少々不安に…。そうしたら、あった~! ありました!!

 

  教会の片隅にエントツの様な木の家(?)が…フランス最古というこの樫の樹は、中が空洞になっていて礼拝堂が2つあるのです

   1696年に落雷で空洞になった樫の木(当時の樹齢500年?)に礼拝堂を建造。この「アルヴィルの大樫」は樹齢800~1200年と想定され、フランス歴史的記念物に指定されているとか。瓦のような部分は樹を保護するためのこけら葺き。根元近くの礼拝堂が Notre-Dame-de-la-Paix

  樹をぐるりと囲む螺旋階段を上がり、第2の礼拝堂 Chambre de l’Ermiteへ。中には木彫りのキリスト像が

   18世紀の木版画に描かれた「アルヴィルの大樫」(左)。成長してる?! 猛暑の中、緑の葉が生い茂り青いドングリがたわわに実っていて、元気なのにひと安心。人口1200人弱という可愛らしい村(右)

歴史的記念物といっても、柵がある訳でもなく、監視カメラが設置されている訳でもなく、誰でも勝手に見学できるのです。私たちがいた間、バイクでカップルがやってきた他は、地元の人も通りかからず…。帰りに開いていた近くのデリで買い物して、イギリス海峡にセーヌ河が流れ込む河口の港町、オンフルールへ。

人口8000人足らずというオンフルールの町に着いてみると、人気の観光地だということが判明。予約したアパートは旧市街地のどまん中と書いてあったのですが、まあそれほど人通りはないだろうとタカをくくっていました。が、カフェ&レストラン街のどまん中(^^;

また、出発の3週間くらい前までは雨降りの肌寒い気候になるという予報だったのがどんどん変わって、旅行中は1週間ずーっと真夏日という。この夏2度目の熱波襲来の時季に当たってしまったのでした…。

    夕方7時ごろ到着したのですが、まだまだ青空。古い灯台の近くの無料駐車場からアパートまで歩いて8分くらい

   ブティックやレストランが建ち並ぶ石畳の賑やかな通り。途中に次の通りへと続く細い坂道が。中世から残る木組みの家々が可愛らしい

 アパートはこの通りの雑貨店の2階。ベッドルームはホテル風の内装で、居心地もなかなかでした

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 場面緘黙症へ
にほんブログ村