ニューヨーク!ニューヨーク !(その3)

滞在4日目

この日、午前中はそれぞれ単独行動することに。私はモマニューヨーク近代美術館(Museum of Modern Art)へ、友達はメトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art )へ。初めてひとりで地下鉄に乗り、割とすんなり美術館にたどりつけました。

フロアマップをもらおうと思ったら紙の地図がナイ! NYCではすでにペーパーレス文化が根付いてる?! コードをスキャンして携帯でマップを見ながら、まずは5階の常設展フロア(1880-1940年代)へ。

実家にあった美術図鑑シリーズでおなじみの印象派やシュールレアリズムなどの名画がいっぱい。ゴッホの『星月夜』やシャガールの『私と村』、マグリットの『偽りの鏡』など、懐かしい友達に会ったような感覚で、たっぷり堪能できました。ただ、エルンストの絵がある部屋が展示準備中のため立入り禁止だったのが、残念無念…。

       

   4階の常設展フロア(1940-1970年代)には、ウォーホルの『キャンベルスープ缶』やポロック、草間彌生らの作品も。

  

   カフェでズッキーニとバジルのパスタを注文し、ラテを飲んで寛いでからギフトショップへ。ティファニーでは何も買えなかったので、ここでお土産をゲット

2時半にグーゲンハイム美術館(The Guggenheim museum)前で友達と待ち合わせしていたので、1時45分ころ51stの地下鉄駅へ。アップタウン方面のホームで最初に来た電車に乗り、余裕で着けるハズだったのですが…。

ふと気づくと、何だかスピードが速い?! あれっ、これって各駅停車?! あわてて1つ目の駅で降りると、プラットホーム名は Court Sq-23st…。23stって、間違えてダウンタウン方面に乗っちゃった???

反対方向のプラットホームに行こうと思っても、ホームが見当たらない…。

一旦駅の外に出てグーグルマップでマンハッタンの地図を睨みながら23stの4、5、6系統の駅を探してウロウロ。なんだか様子が違うなぁ――なんかアジア系の人が増えてる? 近くにいた赤ちゃん連れのカップルに道をたずねたところ、

「あなたの見ているのはマンハッタンの地図だけど、ここはクィーンズよ!」

どうやらマンハッタン島から出ちゃったらしい!!! Court Sqという最寄り駅を教えてもらい、走ってプラットホームへ。電光掲示板しかない地下鉄駅とは違い、ちゃんと進行方向の各駅名が記されてました。なんと、R系統に乗ってクィーンズまで来ちゃったんですね…そういえば前日、NYC在住の友達に気をつける様言われたばかりでした(^^;

急いで友達に連絡を入れたところ、すぐ返事が来てひと安心(私は米国用、ロム専用のシムカードを使っていたのですが、友達はwifiなしだと携帯が使用できない状態だったので)。

  

約束の時間より20分ほど遅れてグーゲンハイム美術館にたどりつき、すぐ館内で友達に会うことができました(思っていたよりかなり小規模)。

当日の特別展示会はヴァシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)。螺旋状になった回廊に飾られた絵を最上階から下へと見て回りました。一部の部屋では英アーティスト、ギリアン・ウエアリングの作品展も。

美術館巡りで少々疲れたので、いったんホテルに戻って休憩。夜はカーネギーホールにピアノリサイタルを聴きに行く予定(本当はデヴィッドバーン主演の『アメリカンユートピア』を観たかったのですが、チケットが取れず…)。が、何度やってもカード支払いのところで却下され、オンライン予約ができない…。仕方ないので会場で当日券を買うことに。

NYC3回目の友達がなぜかタイムズスクエア近辺で迷ってしまい、時間が…。「もう間に合わないから止めよう」という彼女をせかし、開演時間の8時ぎりぎりにやっと会場にたどり着きました。

ものすごく運がいいことに、まだ並んでいる人がパラパラ。素早くコロナのワクチン接種証明書とIDチェックを済ませ、大急ぎで窓口へ。

「ああ、もう最上階の席しか空いてないわね…そうだ、あなた達、学生でしょ?」

「????」

一瞬訳が分からずポカンとしている私を横目に、友達がすかさず「そうです」と返答。

「学生割引で一人$10ずつね」

本来なら$39のチケットが$10に!! 超ラッキー!

中年女性の旅行者を哀れに思ったのか、それとももう最後だからオマケしてくれたのか…?!

エレベーターで最上階まで登り、そこから更に階段を駆け上がって、ちょっと怖いくらい急な傾斜のバルコニー席にたどりつきました。

    

天井にいちばん近いバルコニー席

2分くらいして演奏者、マルク=アンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin)が登場。クラシックに明るくない私はピアニストについて全く無知なのですが、超絶技巧作品や知られざる作品の演奏で有名なのだとか。

実は、本来ならハンガリー出身のピアニスト、サー・アンドラーシュ・シフのソロリサイタルの予定でしたが、怪我のため中止に。急遽アンドレ・アムラン氏がピンチヒッターで登場することになったらしいです。

演目もモーツアルトのピアノソナタ数曲から、バッハのウッタームベルグ ・ソナタ第2番、ベートーベンのピアノソナタ第3番と29番に変更。驚いたことに、2時間以上の演奏とアンコールのあいだ、楽譜なしだったんです!

演奏も素晴らしかったけど、ステージの真ん中でたったひとり黙々とピアノを弾く姿に感服しました。

こうしてNYC滞在4日目の夜が更けていったのでした。

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ニューヨーク! ニューヨーク!(その2)

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ニューヨーク!ニューヨーク!(その2)

3日目

この日はゆっくり始動することにしたので、ホテルでもらった20ドルのバウチャーで朝食を注文。ホテル内には飲食施設がないため、テイクアウトのサービスです。

朝食が届くまでの間(45分)に、ホテルの近辺で見つけたカフェへ。最初、ラテを買ったらすごく美味しくて、NYC滞在中に3回も行きました。

    4月中旬の復活祭にむけて、あちこちにイースターの飾りが。自然災害援助のチャリティをしているレストランもイースター仕様(左)

   注文した朝ご飯はこの紙袋で部屋まで配達してくれます。ジュースとミカンは前日Whole Foodで購入したもの。トーストとスクランブルエッグとバーガー?で$15+税金(¥2000以上)って高っ!  バウチャーがなかったら注文してない(^^;

朝ご飯のあと友達と合流し、まずはロックフェラーセンター(Rockefeller Centre) の展望台へ。天気は今ひとつでしたが、今度は朝のNYCを眺めることができました。

  

  エンパイアステートビルの向こうに見えるのはハドソン河(左)。前日行ったセントラルパークも一望できました(右)

  通路でちょっと迷って外に出ると、目の前に地球を支える力強いアトラウ像が。その向こうには超高層ビル群の谷間に聖パトリック教会が佇んでいました

その後、カフェで昼食を済ませて再びニューヨーカーの友達のアパートへ。彼女の案内でイースト河の船着き場まで10分ほど歩き、通勤用のフェリーに乗り込みました。

金融街の船着き場でフェリーを降りて、ウォールストリートを通り、ワールドトレードセンターの9/11メモリアル&博物館前へ。

  入館しなかったので、メモリアルは外から撮影(左)。隣にあるオキュラス(Oculus)はショッピングセンターと駅がある超モダンな建物。恐竜の骨を思わせる造りが興味深かったです

オキュラスでお茶をしてから友達に別れを告げ、私達はスタットン島への無料通勤フェリー乗り場へ。

   夕暮れ時になってから日が射してきたので、夕日に染まる自由の女神を見ることができました

この後、地下鉄でリトルイタリアまで行ってホームメイドのパスタを堪能しました。パンデミックのせいで道路沿に簡易飲食スペースを設けているレストランが多く、ちょっと寒いけどフェアリーライトやキャンドルの灯でなかなかいい雰囲気。ニューヨーカーの友達とNYC3回目の友達のおかげで、お得な観光ができて感謝、感謝でした。

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ニューヨーク!ニューヨーク!(その1)

夫のコロナ感染や旅行会社とのゴタゴタもあったのですが、私は3月28日から1週間ニューヨークに行ってきました。2年間のロックダウン後はじめての海外旅行、初めてのNYC。まるで夢の様な時間から1か月が過ぎ、写真を見返してはあの空間と時間を懐かしんでいます。

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当日も予約したタクシーが遅れたりして、無事ニューアーク空港(EWR)にたどり着いた時は本当に安堵しました。少し迷ったあと、雪がちらつくバスターミナルからマンハッタン行きの空港バスに乗車。グランドセントラル駅前でバスを降り、「高層ビルだらけ、まさしく摩天楼!」と興奮しながら、徒歩4分ほどのところにあるホテルへ。

ミッドタウンのパークアヴェニュー70番にあるホテル

なんと、私の部屋は広~い角部屋でした!大当たり!! 友達とスタンダードの Queen Sizeサイズの部屋を1部屋ずつ予約したんですが、彼女の部屋の2倍以上。バスローブや冷蔵庫までついてて、神様がこれまでの苦労を労ってくれたのかと思ってしまいました^^;

少し休憩してシャワーを浴びてから外出。まずはグランドセントラル駅構内中を見学してから歩いてタイムズスクエアへ。

駅の向こうに見える塔は、アールデコ様式が美しいクライスラービル

  映画でもお馴染みの大広間のようなコンコース。プラットホームが全く見えない設計が見事で、天井を飾る黄金の星座画が美しかったです

タイムズスクエアまでは歩いて15分かからない距離。すっかり舞い上がって写真を撮っていたら、歩道と道路の段差につまづいて転倒!数十年ぶりに膝小僧をすりむいて、大きな青あざをつくるハメに(^^; 「夜のNYCは危険」と思い込んでいたんですが、コロナのせいか観光客も少なく結構安全な感じ。ブラブラ歩き回って、夕食は行きついたパブでハンバーガーを食べましたが、味は今ひとつ…。

2日目

この日はアッパーイーストの82丁目に住む友達宅を訪ね、セントラルパークを案内してもらう計画。

  

ホテルを出てカフェを探しながらふと見上げると、晴天の空にエンパイアステートビルが。NYCにいるんだなという実感がひしひしと湧いてきました。気温はマイナス2度だけど、太陽が出てるのでそれほど寒く感じません。クロワッサンとフルーツと紅茶の朝ごはんを食べて、アップタウン方面の地下鉄に乗車。

1930年代に建てられたという友人の管理人付きアパートは明るくて、内装もおしゃれ。セントラルパークまで歩いてすぐの好立地です。この日は公園の西側72丁目にある、ジョンレノンの住居だったダコタハウスを目指して公園内をぶらぶら。

ジョンがよく散歩に訪れたという区域はストロベリーフィールズと名付けられ、モザイクタイルで造られた「イマジン」碑の周りにたくさんの人が集まってました。そこから歩いてセントラルパーク南西入口の円形交差点、コロンブスサークルへ。大規模なショッピングモール The Shops at Columbus Circle の高級スーパー、ホールフーズで果物を購入。

     円形の「イマジン」記念碑(左)とダコタハウス(中央)。1980年12月8日、このゲート前でジョンはファンに銃殺されたのです。享年40歳、5年間主夫としてヨーコとの息子ショーンの子育てをした後、音楽活動を再開した頃でした。ショッピングモールの上階から8番街へと延びる円形交差点を見下ろして(右)

今やすっかりニューヨーカーになった友達と別れた後、ホテルに戻る道すがら映画でもおなじみの公共図書館本館へ。1911年に開館したこの建物はミッドタウンのランドマーク。3階建ての巨大な建物には地階もあり、収蔵冊数は約250万冊、 24×91㎡の中央閲覧室をはじめ様々な閲覧室、オフィス、美術展示室などがあるそう。アンディーウォーホルなどのアーティストも常連だったとか。

   5番街の正面玄関、両側に2頭のライオン像が。正面入口のアスターホールは大理石造りで天井の高さは10m。右は閲覧室のひとつ

一旦ホテルに戻り、日が暮れ始めるころ歩いてエンパイアステートビルへ。風が冷たかったですが、宝石箱の様にキラキラ光るニューヨークの夜景を堪能できました。

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緘黙支援 放課後の教室でビデオを活用

イギリスでは今週から3学期が始まりました。学校へ向かう途中、八重咲の並木道が迎えてくれて心がほっこり。花と同時に出てくる葉っぱを見ると、いつも桜餅を食べたくなります。

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私は息子が小1(5歳・担任の参加なし)と小2(6歳・担任の協力あり)の時に放課後の教室訪問を試みました。その結果はというと、う~ん効果があったのか、なかったのか、明白にはいえません。

ただ、「自分は教室/ 学校で話すことができる」という概念を子どもが持つことで、自信につながったのではと思っています。また、言葉が出なくても、「不安が少ない状態で教室にいる自分」に慣れる機会では?

イギリスでは授業が終わると生徒は校舎から出ることが原則になっているので、教室に生徒が残ることはめったにありません。また、教室で翌日の授業の準備をする先生もいますが、スタッフルームに引き上げることがほとんど。

IEPに緘黙支援が入っている場合、支援セッションは原則的に放課後ではなく授業中。それは教室の片隅だったり、別室(子どもは通常の授業を抜けます)だったり。放課後は先生たちが自由に使える時間――だから、教室で担任やTAと何らかのセッションを行いたい場合は、学校側にお願いすることになります。

日本だと校則が厳しそうなので、保護者が学校内に入ること自体が難しいかもしれませんね。そして、支援が受けられるかどうかは担任次第のところが大きそう…。

担任が参加してくれるか・くれないか、セッションの回数や時間など、条件は様々でしょう。教室での活動については、これらの条件を考慮して事前に綿密な計画をたてる必要があります。

ここでは実際の活動内容は省きますが、放課後や学校の休みに教室を使わせてもらえるなら、その機会を利用してビデオ活用をお勧めしたいです。今はスマホがあるので簡単ですよね。ただし、事前に学校に許可をもらうことを忘れずに。

(なお、この設定は小学校低学年までくらいを想定しています)

ビデオ撮影のお勧め

1) 言葉が出ない場合

  • 子ども自身にスマホを持たせて、自由に好きなものを撮影させる。帰宅してから、一緒にビデオを観て撮影したものの説明をしてもらう。
  • 子どもが撮影している間、反応をみながら展示物などについて「これ図工の時間に作ったんだね」などと話しかけてみる。応答があるようなら、「〇〇の席はどこ?」「この絵はいつ描いたの?」など質問してみて。短い返答が返ってくるかもしれません。無理に答えさせようとはしないこと。

家で教室の映像を何度も見返して、教室に慣れさせる。学校のこと、クラスのこと、先生のこと、好きな友だちのことなど、子どもの様子を見ながら気軽におしゃべりできたら、不安を減少させることができるかも。

2) 言葉が出る場合

  • 教室で話している子どもの姿を撮影する
  • 子どもとおしゃべりしながら、子どもの席を含む教室のあちこちを撮影する

家で映像を何度も見返して「◯◯ちゃん、ちゃんと教室で話せてるね」と言葉がけをする。あとは1)と同様に、学校に関して楽しくおしゃべりする。

3) 担任が参加してくれる場合

  • 担任が子どもに挨拶や質問するところをビデオに取らせてもらう

家で映像を見返して、挨拶や返事の練習をする

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緘黙児の特徴のひとつに、場所・人・活動に馴染むのに時間がかかるというのがあります。夏休みなど長期の休みが入ると、それまで馴染んでいた学校環境がまたまた縁遠くなってしまうのです。新学期に学校に戻ると、またはじめからやり直す感じになることも…。

もし放課後や学校の休みに教室や校庭を使わせてもらえるなら、教室だけでなく校門、校庭、昇降口、子どもの下駄箱、廊下、トイレなど、子どもが毎日使っている場所の写真を撮ってください。その写真を使って、本人の解説が入った学校の本を作ってみてください。特に、休みの間に見返すと効果的です。

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コロナが家にやってきた!

一時、冬の天気へと逆戻りしたかのように思えたイギリスですが、また少しずつ陽光が戻ってきました。ぼんぼりの様な八重桜と遅咲きの水仙が花盛りを迎えています。

     

「コロナとの共存」という政府のスローガンが定着してきたイギリスでは、3月下旬にコロナに関する規制がすべて撤廃され、全国各地に設置されたPCR検査センターも、簡易テストの無料配布もなくなってしまいました~😢

オミクロンの変異株BA.2により感染率が13人にひとりと急上昇したのにもかかわらず、です。ワクチン接種によって重症化率が低くなったため、風邪やインフルエンザと同じ扱いにするということらしいんですが…。

現在、政府が行っているのは、75歳以上と免疫弱者を対象にした4回目のワクチン接種のみ。イギリスに入国する人は、もうコロナ陰性を証明する必要もないのです。でも、これだと海外から新たな変異株が入ってきても、早期発見できない…😱

陽気が良くなって学校の春休みも始まったので、大勢の人が街や行楽に繰り出し、海外に出始めました。今やマスクをしている人はどこに行ってもマイナリティー。そりゃ、感染が拡大してもおかしくないですよね。

と思っていたら、ついに我が家にもコロナがやってきました~!!

3月3週目の金曜日にロンドン中心部にあるオフィスに行き、夜遅くまでパブで飲んできた主人。翌週の火曜日、「夕べよく眠れなかった。ちょっと調子悪い」とポツリ。

えっ、大丈夫なの?!

次の日の朝、いつも早起きの彼がなかなか起き上がらず…。そのうえ、「喉がヒリヒリする」いうのです。これはやばい!!

私も何だか疲れていたので、2人して簡易テストを。(私は学校勤務があるので週2回テストしていたのですが、この週は人に会う機会が多くて日曜から連続でテストしてました)。

結果を見て、「あ~、2人とも陰性だった!」と安心し私は学校へ、主人は自宅の屋根裏部屋オフィスへ。

で、朝の授業を終えて主人に連絡を入れたところ、

「コーヒーを作りに階下におりてテスト結果を見なおしたら、ものすごく薄く陽性のところに線が出ていた」というのです!!

「えええっ!?」

NHS(国民健康保健)に問い合わせたら、薄くても陽性は確実とのこと😱😱😱

実は、私は3月28日から1週間ほどニューヨークに行く計画を立てていたのです。昔ハウスシェアをしていた友達がNYCに移住していて、もうひとりのシェアメイトと一緒に彼女に会いに行く予定でした。春になれば感染もすっかり鎮まっているだろうという憶測の元、計画を立てたんですが…。

主人は既にPCR検査キット(私の分も)を自宅に郵送してくれるようNHSに依頼済でしたが、一刻も早く結果を知りたくて、近所のPCR検査場に空きがないか調べてもらうことに。

その間、私は校長に連絡して、「主人がコロナ陽性かもしれないので、自宅に帰ってオンライン授業をした方がいいですか?」とお伺いを立てました。

すると、政府のガイダンスで症状がなければ自己隔離しなくてもいいから、そのまま午後の授業を続けるようにとのお達しが…。

でも、もしかしたら感染してるかもしれないし――生徒にうつしたらどうしよう😱😱

もんもんとしながら受付の女性にSNSで相談したら、「大丈夫よ、今朝陰性だったんだから。でも、心配だったら外で授業すれば?」とのアドバイス。

幸い学校の校庭は狭いけれど、池のある庭があります。とても天気がいい日だったので、庭のベンチに誘って1対1で授業をしました。直射日光が暑かった(^^;

その間に主人から「今日、5時半にPCR検査を予約できた」とのメッセージ。

慌てて個人授業のスケジュールを調整し、5時ごろ隣町のスポーツセンターにあるPCR検査場へ。2人ともN95のマスクを着け、私は助手席ではなく斜め後ろの席に座り、車の窓は開けっぱなし。

会場に着いて検査キットをもらい、自分達でサンプルを取って提出。ほんの10分で完了しました。

帰宅してから家の窓を全部開けはなして換気し、テーブルやドアノブなどを再度消毒し、タオルを変え、主人にはバスルーム付の屋根裏部屋に籠ってもらうことに。

翌日学校から帰ると、主人には既にNHSから連絡が来ていて、やはり陽性😱 😱 😱😱

出発まであと4日というタイミングで~!!!

それから私の携帯にもメッセージが届いたので、おそるおそる読んでみると、

「陰性です。でも、今後陽性になる可能性もあるので要注意」

あ~、ひとまず良かった!

急いで友達に連絡を入れ、それから出発の朝まで5日間、何度も簡易テストをしてしまいました。というのも、私は風邪をひくとすぐ喉にくるタイプで、「あっ、ちょっと喉が痛いかも」と何度も感じて青くなったからです。時期的にヘイフィーバーの季節と重なって、鼻と喉が敏感になってるし…。

屋根裏部屋に籠った主人の症状は、幸いにも喉の痛みと一日だけ夜熱が出たかもという程度で、仕事は普通に続けていました。

毎日3度の食事に加え、水、コーヒー、スナック、ビールやらをトレーでドアの前まで運び、食べ終わると下げての繰り返し。ゴム手とマスクの完全防備で挑み、食後はトレーまで泡立てて洗って、最後に消毒…疲れました~(^^;

月曜の朝11時の飛行機だったので、日曜日に旅のお連れが家に泊まることになっていたのですが、彼女から空港の近くのホテルにツインルームを予約したから一緒に泊まろうと提案が。

でも、「2人で一緒の部屋に泊まったら感染させちゃう可能性があるから」と断りました。そしたら、日曜日の検査結果次第でやはり私の家に泊まるかもと…。

アメリカに行くには、今のところ出発の24時間以内にテストをした陰性証明書が必要です。オンラインビデオで看護師に監視されながら簡易テストをして、結果をIDと共に写真に撮って送ると証明書が届くというしくみ。

彼女は午前中にテストをして陰性、私は午後テストをして無事陰性。ほっ。それからリビングを掃除して、ベッドメイクして、最寄りの駅まで車で彼女を迎えに行って、夕食の支度をして、と大忙し。

月曜の早朝、最後の簡易テストをして陰性なのを確かめてから、タクシーで空港へ。

結局、観光やショップ、レストランなどの情報を詳しくチェックしたり、旅行中の計画を立てたりすることなく、初めてのNYCへと飛び立ったのでした(^^;

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その6)特別扱いはしません

もう3月も終わりに近くなりましたね。イギリスは今週ずっと晴天が続き、気温がぐんとあがって春爛漫という感じです。

もうクリスマスローズの季節も終わりです。

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ロンドンには毎週土曜日に国語(日本語)を学ぶための補習授業校があります。駐在員のお子さんが帰国した際に困らないよう、日本の学習指導要領に準じた国語教育を行うのが目的。日本人ハーフの子も大勢通っていますが、2、3年で辞めてしまうケースがほとんど。でも、私の周りでは、ハーフで補習校に行ってない子はいなかったような…。

だから、私も6歳になった息子を2007年の4月から補習校に入学させるつもりでした。が、問題は息子の緘黙。やっと学校で少しずつ改善してきたのに、新たに補習校に入れて後退しちゃったらどうしよう。でも、日本語はちゃんと勉強させたいし…。

(ハーフだからこそ、自分のルーツと両方の言葉を持っていることが大切なのでは、と今でも考えています)

実は、息子が近所の現地校に入学した当日、「僕の英語、みんなみたいに上手くない…」と告白されてビックリ。それまで家庭では日本語中心だったのですが、自信をつけさせるために私も英語で話すことにしたのでした。

だから、日本語はみんなより遅れているだろうし、そこでまた自信を無くす可能性も充分ありました。

本人は補習校には絶対行きたくないと泣いて拒否。同時期にそれまで通っていたミュージックセンターで土曜日の楽器練習が始まる予定で、そちらを希望していました。

複雑な気持ちを抱えながら、新入生の保護者のための授業参観に参加しました。見学させてもらったのは1年生のクラス――なんだか厳しそう。まず、教室がシンとしていて、生徒達がひとりずつ個別の机に座ってきちんと前を向いている――日本では当たり前の風景だけど、久しぶりに見て軽いカルチャーショックを受けました。イギリスの小学校は机をくっつけたグループ学習で、いつもザワザワしているので。

補習校では、当てられたらまず立って、答を言ったり、本を読んだりしなければなりません。現地校では座ったままでいいし、答えられなくてもそれほど注目が集まらないので、その辺りも緘黙児には楽…。

子ども達が席順に読本を始めたところ、あるハーフの女の子が起立したまま固まってしまいました。今にも泣きだしそう…。

教室の後ろには知らない父兄(母親ばかりだったけど)がズラリ。大人たちの視線を感じて緊張感がすごかったんでしょう。教師は半泣きになった彼女に優しく声を掛けましたが、どうしても言葉がでそうになく、いったん座らせました。

一通りみんなが読み終わった後、教師が彼女に「今ならできるかな?」と声をかけたところ、小さな声ですが短い文章を読むことができました。ほっ、いい対応。

皆が耳を澄ませているところで起立して答えたり、本読みしたり――緘黙児や引っ込み思案の子には至難の業…。日本の緘黙児たちはどう対処してるんでしょう?

もうひとつ気になったのは、駐在員の子女とハーフの子とでは、やはり語学力にかなり差があること。前者はスラスラ読みますが、後者はたどたどしかったり、棒読みだったり。読みながら意味が取れているのか疑問でした(だから数年で辞めてしまうんでしょうね)。

これは、息子にはめっちゃハードルが高い!就寝前に日本語の本の読み聞かせやひらがなを書くことなどはやっていましたが、家庭で英語を話す様になったので、日本語に英語が混じるようになっていました。う~ん。

授業参観の後、補習校の校長先生とアポを取って面会に行きました。場面緘黙のことを説明して、配慮してもらおうと思ったのです。

当時は日本ではまだ場面緘黙がほとんど知られていませんでしたが、校長は「ああ、日本で教えていた時にひとりいました。結局、小学校を卒業するまで話せなかったんですが、いつ頃話せるようになるんでしょうか?」と…。えっ、話せるようになるまでずっと放っておかれたんでしょうか?!

そこで、場面緘黙は放っておくと悪化すること、気長な支援が必要なことを説明し、配慮してもらえるかどうか訊いてみたのですが…。

「補習校ではみんな同じ扱いです。特別扱いはしません」と、きっぱり断言されてしまいました。

当時は「合理的配慮」という言葉はなく、校長先生は場面緘黙は成長すれば治ると信じておられたよう。その生徒さんがその後どうなったのか――なんだか不憫でした。

息子が自分の席に立ったまま硬直して何も言えないところを想像したら、恐ろしくてとても入学なんかさせられない。息子が自信を失ってしまったら今までの努力が無駄になってしまう――もう日本語は自分で教えるしかない、と腹をくくったのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その5)持ってる先生と持ってない先生

ロシアがウクライナに軍事侵攻してから、もう2週間以上…。戦火は止むどころか、市民を巻き込んでますます激化しています。本当にもう止めて欲しい。

先週末、誕生日の前祝いをかねてサフォーク州の海辺の町へ行ってきました

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さて、息子の緘黙話の続きです。

子どもの担任が誰になるのか?――これは宝くじのようなものですよね。

緘黙についての知識があるにせよ、ないにせよ、問題を抱えている子どもにどう対応すればいいか、クラスにどう馴染ませるかは、担任の力量にかかってくるのではないでしょうか? 頭で緘黙を理解できていても、子どもはそれぞれ違うので、日々どう接するかは先生次第というところが大きいと思います。まあ、クラスの状況にも左右されますが。

「当たり」の先生は、緘黙(や他の問題)の知識がなくても、自然に察知して子どもによりそえるタイプ。対応の仕方を学ばなくてもさり気なく配慮できる、もう既に「持ってる」先生です。

息子が緘黙になった2005年当時、場面緘黙は学校関係者にも知られていませんでした。SENCOでさえこの症状名を聞いたことがあったかどうか。SMiRAの会長、アリスさんに「あなたが先生たちを啓蒙するのよ」と言われたほど。

それでも、レセプション時代(4~5歳)の担任は、滑り台事件を機に突然固まって全く話さなくなってしまった息子に対して、神対応をしてくれました。場面緘黙と判明するまで4か月ほどかかったのですが、その間も息子の不安を少しずつ少しずつ解きほぐしてくれたのです。明るくて包容力のある若い女性教師で、私よりずっと年下だったけど絶大の頼もしさ(笑)。

女の子に「先生、どうして◯◯君は(課題の活動を)やらないの?」と訊かれ、「◯◯君は準備ができたら自分でするから、放っておいてね」と。

ごくごく自然に、息子も傷つかず、質問した子どもも納得できるような受け答えをしてくれていました。

持ってる先生というのは、マニュアルがなくても自然と子どもが安心できるような対応ができるんですね。

反して、残念ながら2年生の時の担任二人は私と息子にとっては「外れ」でした。

「外れ」というと大変失礼なのですが、IEP(個別指導プラン)に則して緘黙支援をしてもらっているはずなのに、子どもへの接し方のピントがずれているというか…。お願いしても、うまく話がかみ合わない感じでした。自分の生活が忙しすぎて、緘黙について学ぶ余裕がなかったのかもしれませんが。

それが解ったのは、2学期が終わるころ。

私は1年生の時と同様クラスのボランティアに立候補し、週に一度ITの授業のお手伝いをしていました。ある日、珍しくL先生が声をかけてくれたのです。

「昨日の夕方、スーパーであなたたちを見かけたわよ」

「そうですか」

「◯◯君が大きな声でしゃべっていて、ビックリしたわ。あんなに元気よく話せるなんて。いつ学校であんな風に話すようになるのかしら?」と、まるで他人事のよう。

どうしたら学校で同じように話せるよう支援できるか――という話には全くならなかったのでした。

その少し後に、E先生からも声をかけられました。

「今日学年で劇場に行ったんだけど、◯◯君がB君と大きな声で話しているのを初めて見たわ」

「えっ、そうなんですか?」

きっと劇場内では生徒達がはしゃいで、ガヤガヤした楽しい雰囲気だったんでしょう。また、薄暗いので誰かに見られている意識がうすれ、安心感があったんだと思います。

「それで、何歳ぐらいになったら治るのかしら?」

絶句…。

E先生は、緘黙は成長したら自然に治ると信じていたよう。最初にあれだけ説明し、専門書をお貸しして、IEPに沿って取り組みをしているはずなのに、全く緘黙を理解してもらえてなかった?!

正直、ガッカリしました。

でも、緘黙児の保護者はこんなことでメゲてはいられませんよね。担任がダメなら自分ができる範囲で何とかするしかない!模索の道はまだまだ続くのでした。

追記:息子の場合、小学校時代は当りと外れの先生が半々だったかなと思っています。でも、緘黙になったレセプションクラスと1年生、それからジュニアスクールにあがった3年生(8歳になる年)の時の担任が当たりで、本当に助かりました。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その4)小2の放課後の教室

もう2月も残りわずかですね。先週からの嵐が止んで早春の気候になってきたところで、ロシアのウクライナ軍事侵攻が始まりました…。NATOや欧米の牽制でロシアが踏みとどまると思っていたのに――自分か生きている間にこんな戦争が起きるなんて、信じられません。一刻も早く停戦して欲しいです。

イギリスでは感染者数が一日4万人以下に減ってきて、2月24日からコロナ規制を全て解除。感染しても自宅待機しなくてOK(政府は5日間の待機を奨励してますが)、なんと雇用主に申告する必要もないんです(*_*; 濃厚接触者になっても連絡は来ないし、どう行動するかは本人次第。「コロナとの共存」というのは、全てが自己責任になるということで、政府は国民の良識に任せるらしい…。もう公共の場でマスクする必要もなく、4月からは無料のPCR検査と抗原検査も打ち切り(*_*; また新株がでてきても、しばらくは判らないんじゃ?!

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さて、ものすごく久しぶりに息子の緘黙の続きです。

IEPミーティングで2人の担任がしぶしぶ承知してくれた放課後の教室訪問。IEPに場面緘黙と明記されているし、事前にSMiRAの本は渡したし――なんとか協力してもらえるだろうと期待してました。

でも結論から言うと、なんだか空回りしてしまい、息子も私も担任と打ちとけるところまでいきませんでした…。担任たちの忙しさ(無関心?)もあって、両者とも尻切れトンボで終わってしまい、反省点がたくさんあります。

(ジョブシェアをしていた担任2人は、幼児の子育て中で忙しい身。放課後は勤務時間外なので、自分の時間を割きたくないという心境だったと思います。それなのに「10分くらい会話する時間を」と頼みこむなんて、今思うとほんとうに図々しいですね。でも、その時はせっかく改善してきた息子の緘黙を停滞させたくなくて、必死でした(^^; )

まず行ったのは、

1) 週に1回ずつE先生とL先生に会いに放課後の教室へ行く

2) 先生の様子をみながら挨拶して、時間がありそうだったら話し相手になってもらう

E先生の場合:

いつも忙しそうで、挨拶してからだいたい一言二言くらいで会話が続かず。先生、笑顔だけど息子の沈黙がかなりつらそう…。あとは教室の展示などをみて私が息子に質問したりしていたのですが、先生を意識して声がでなかったり、ひそひそ声になったり。長居しては悪いので、そそくさと教室を去るというパターンでした。先生に馴染ませる意図もあったのですが、ほとんど効果は見られず(先生側も馴染もうとはしてくれてなかったように感じました)。

1か月くらい経ったところで、E先生の方から「忙しいから、もう無理」と断られてしまったのでした。

L先生の場合:

自分の意見をはっきり言うL先生は、好き嫌いが解れるタイプ。ちょっと恐くてとっつきにくい印象だったのですが、何故か息子はL先生の方が安心度が高かったんですね(詳しくは『息子の緘黙・学童期(その2)』をご参照ください)。

L先生はE先生と違って、息子が返事をしなくても、どんどん話しかけてくれました。そのせいか、息子もE先生の時より返事がしやすかったよう。また、先生の息子さん(同じ学校のレセプションクラス(1年生の前の学年)が教室に来ることも多く、おいかけっこをしたりして遊ぶようになりました。これでかなり緊張が解けたと思います。

そのうちに息子が家で書いたマンガや創作文(?)をL先生に見てもらい、私はすぐ退出して教室の外で待つようにしました。その様子がどうだったのか、、先生は何も言ってくれないし、息子も何も言わないので、少しは進歩したのかしなかったのか、全く不明のまま…。それでも、L先生との10分間セッションは2学期の終わりくらいまで続いたように記憶しています。

<反省点>

・場面緘黙とは何か、放課後の活動の意味を簡潔に伝えておくべきだった

・事前に担任たちと話し合いを持ち、何をしたいか、どうしたいか明確にしておくべきだった(担任たちは放課後の教室訪問の意味が解っていなかったと思う)

・たとえ10分であっても、活動を決めスモールステップの目標を立てておくべきだった(でも、それには担任の協力が不可欠)

思い起こせば、SENCOを巻き込んでしっかり計画を立て、IEPの一部にすればば良かったですね…でも、それには関与する人全員が同じ方向を向いている必要がある訳で。ジョブシェアをしている、あまり評判の良くない担任に当たってしまったのも時の運だし、自分が上手く対応できなかった点も多くあると思います。

息子の学校では毎年担任が変わる(クラスは7年間同じ)システムだったのですが、担任にも自然に子どもに寄り添えるタイプ、勘がいいタイプというのがあるような気がします。緘黙のことを何も知らなくても、クラスの中で孤立しない様にさり気なく振舞える担任だと「当たり」かな(^^;

<関連記事>

息子の緘黙・学童期6~7歳(その1)小学2年の心構え

息子の緘黙・学童期6~7歳(その2)進歩の停滞

息子の緘黙・学童期6~7歳(その3)2年生1学期の指導プラン

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その7)

あっという間に2月も中旬ですね。昨日はバレンタインデーでしたが、イギリスでは男性が女性に赤いバラの花束を贈ったり、レストランでロマンチックなディナーを食べたり。うちの場合は、たまたま2人とも今日休みだったので、外でランチを楽しみました。

   

     先週末、すごく久しぶりに主人の友達2人(男性と女性)が泊りに来て、球根花のブーケをいただきました。赤いバラの花束よりず~っと嬉しかったです

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さて、マギー・ジョンソンさんの講演の続きです。

保護者へのアドバイス

  • 2つの重要なポイント:

1) まず、保護者は子どもの自立を応援すること。多くの親は自分たちがどれほど先回りして子どもを助けているか理解していません。自らが成功体験を重ねることで、子どもは自信をつけていくのです。その機会を奪わないよう注意して。ただ褒められたり、奨励されるだけでは、本当に自信を積み重ねていくことにはなりません。

実際のところ、ティーンは自分の親に褒められることは好きではないのです。できることは自分でやらせないと、いつまでたっても自信はつきません。

例えば、5歳の子どもに何か手渡そうとして、子どもが躊躇したとします。多くの親は自分でさっと手に取って、子どもに手渡すでしょう。でも、それは良くありません。

まず下記のような声掛けをしてみて。

① 大丈夫よ、受け取りなさい

② じゃあ、一緒に受け取ろうか?いい、1、2、3

③ じゃあ、後で受け取ろうね

セッション中に保護者が手助けしようとした場合、マギーさんは「じゃあ、あのテーブルの上に置くから、後から取りに来て」などと、子どもができそうな方法を提案するそう。

2) 子ども自身が自分で対処することが重要。だから、子どもの代わりにやってあげるのではなく、子どもがやりやすいように援助してください。子どもにとって何が難しいかを察知し、よりやりやすい方法を考えましょう。

ティーンの場合、本人が望むなら、教師やTA、保護者がメールを書くのを手助けすることに問題はありません。ただ、メールを送る時は本人にやらせること。緘黙の人は自分からものごとを始めるのが難しいからです。すぐしそうになかったら、「今送らなくてもいいよ」「送りたくなったら、送ればいいよ」と声かけをして、時間をあげましょう。その間はティーンを放っておくことが大切。

徐々に自立できるようサポートしていけば、いずれは全部自分でできるようになります。初めは非言語でOK、社会的な場面で居心地悪さや引け目を感じさせない様な配慮ができるとベスト。

例えばマックに行って、ケチャップをもらい忘れたとします。「ママ、取ってきて」と頼まれて、取りに行くのは簡単。でも、そこでやってあげないこと。

「自分で取りに行きなさい」ではなく、「ママ買い物で疲れちゃって、もう歩きたくないの。どうやって取ってくればいいか教えるね。あそこまで行って、紙カップを取ってケチャップのレバーを押せばいいのよ。大丈夫、できるよ」とアドバイスしてみて。

兄弟がいたら、一緒に取りに行くように提案してもいいでしょう。子どもがゴネたら、「別に行かなくてもいいよ。でも、ケチャップが欲しかったらあそこにあるからね」。そういって、自分は食べたり、携帯を見たりして、子どもから視線を外します。こうすると、だいたいは自分で取りに行くそう。

親は自分で気づかない内に、色々やってあげることが習慣化していることも多いのです。やってあげることで、子どもは「自分はできない」「ママがやってくれるから」と思い込んでしまい、自分から動こうとしなくなることも..。

こうしたアドバイスに対し、「あら、私息子がもう14歳になるのに学校のかばんをずっと持ち続けているわ。迎えに行くと、カバンを私の足元に置くから。それに、まだお風呂のお湯も出してあげているし…」と気づいた14歳の男の子の母親もいたとか。

なお、家庭で子どもに手伝いをさせる習慣をつけておくことも大切です。担当を決めて毎週必ずなにか仕事をさせるのでもいいし、何気なく手つだいを頼むのでもOK。例えば、食事のデリバリーを頼んだら、「テーブルにお皿を並べて」「後片付けを手伝って」という感じで。

また、子どもが自分で行動を起こすきっかけを作ることも大切。例えば、ゲーム器の乾電池をわざと切らして、「あ、ごめん、ごめん。来週オンラインショッピングする時に注文するね」とすぐには入手しないこと。子どもがゴネたら、「ここにお金があるから、角のお店で買ってくれば?大丈夫、できるよ。別に話さなくても、レジに乾電池とお金をおけばいいから」、「来週は必ず注文するから、あなた次第よ」と選択肢を与えて、子どもに決めさせるなど。

子どもが自分を信じて行動し、自信を積み重ねていけるよう支援してください。5秒ルールを作って、子どもが自分で対応できるかどうか5秒は待つようにしてみて。できない場合は、「頷き」「指差し」「はい、いいえ」など緘黙症状の度合に応じた返答ができるように誘導しましょう。

これでマギーさんの講演は終了です。振り返ると、子どもの一番近くにいる保護者がどう支援していくかが、とても重要になってきますね。以前は、家ではおしゃべりなので、親にも理解してもらえない子どもやティーンが多くいたと思います。場面緘黙の情報が増えた昨今、そういうことがないといいのですが…。

<関連記事>

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第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その2)

第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その3)

SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その1)

SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その2)

SM H.E.L.P.2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その3)

SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その4)

SM H.E.L.P.2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その5)

SM H.E.L.P.2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その6)

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その6)

ついに日本でもオミクロン株の一日の感染者が10万人を超えてしまいましたね…。イギリスでは、ここ3週間ほど8~11万人を行ったり来たり(1月31日は政府のサイトにデータが記載されず…何故???)。オミクロンのピークもピークアウトも早いと言われていたのに、欧米ではまだ下がりきってません…一体どうなっているんでしょう?

  

晴れの日は空が春めいてきました。学校へ向かう途中で出会う猫ちゃん

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さて、マギ-・ジョンソンさんの講演の続きです。

★保護者への助言:自らが不安を抱える17歳の娘さんを支援した経験から

「こうしてみたら? ああしてみたら?」と親が言い続けることで、子どもは親が自分に対して失望していると感じます。「今のあなたではダメだから、変わらなくちゃ」と言われているように感じてしまうのです。親が助言すればするほど、子どもは「あなたはこのままではダメ」というメッセージを受け取ることに…。

ティーンにまだ準備できていない時、親が手を差し伸べようとすると反発しがち。親への拒絶反応を起こすこともあります。

保護者ができるのは場面緘黙が恐怖症であることを説明し、いつでも支援する準備ができていると伝えること。「話すこと」だけに集中しないで。「小さなステップを少しずつ踏んでいけば、絶対克服できるよ。いつでも支援するからね」と伝え、子どもを信じて待ってください。

(なお、本人に気づかれないよう、保護者がしてあげられることはたくさんあります)

親は心配ばかりせずに、子どもと一緒に過ごす時間を楽しんで。将来が心配でも、今のこの時間を大切にして、子どもとの時間を満喫しましょう。

なんでもOKです。例えば、一緒に映画を見たり、料理をしたり、ガーデニングしたり、ウォーキングをしたり。子どもが興味を持っていることを探し出して、子どもの興味に沿って一緒に楽しみましょう。そこから「自分が変わりたい」というモチベーションが生まれてくるかもしれません。

★主導権を持たせることでティーン(子ども)は安心できる

言わないかもしれませんが、どの子も「自分はこれをやりたい」という夢を持っています。どうしたらその夢を叶えられるか――親は子どもを人として尊重し、そのままの子どもを愛してあげてください。子どもには恐怖症があるけれど、それが一生続くわけではありません。必ず克服する道を見つけられるはず。

子どもがモチベーションと緘黙を克服する決意を固めるのを辛抱強く持ちましょう。

情報は与えて、でも押しつけないこと。

★ティーンとの接触を持つための具体例:

緘黙のティーンとのセッションでは、パワポの作り方やどうしたらもっと良いプレゼンになるかを訊いたり、助言してもらったりするとか。そして、「完成したものをPCで見て欲しいから電話してもいい?いつだったら時間がある?」と自然に切り出すのです。こうして、PCを観ながら電話でコミュニケーションを取るきっかけを作るのだとか。

こういった間接的な方法だと顔を見合わせずにすむので、やり取りしやすいそう。まずPCの画面を見てもらい、修正した方がいい点を書いて送ってもらうことからでOK。

ティーンの得意な分野を見つけ、何気なく手伝いを頼むことで、自信をつけさせモチベをあげることが可能です。あくまで本人主導であることを忘れないで。

長い講演だったので、また次回(最終回)に続きます。

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