R.I.P. パリス・ラッパー君

元緘黙の息子は、ミレニアム――2000年生まれです。大学生活をスタートするにあたり、今月末に家を出て大学の寮に入る予定。緘黙は10歳前に克服できていた(と思う)のですが、シャイなところはいまだ変わらず…。ちゃんと自立できるか心配だし、ひとり息子なので、やっぱり淋しい~😢

ところで、イギリスの国営放送BBCでは、2000年生まれの子ども25人の成長を追う教育ドキュメンタリー番組『Child of Our Time』をシリーズで放映してきました(『「思いやり」が育ってない?』でも取り上げたので、ご参照ください)。息子と同じ年に生まれた彼らの成長ぶりを垣間見ることを、とても楽しみにしています。

家庭環境、肌の色、考え方・生き方が異なる25組の家族の中に、フォコメリア(あざらし肢症)を持って生まれたアーティスト、アリソン・ラッパー(Alison Lapper)さんと息子のパリス(Parys)君がいます。身体的な障害を抱えたシングルマザーのアリソンさんは、介護者に支えられながらパリス君を育ててきました。

アリソン・ラッパーさんと14歳のパリス君

2003年にはアーティストとしての功績が認められ、MBE(大英帝国)勲章を受勲。2005年には彼女をモデルにしたマーク・クィン作の巨大な彫像がトラファルガー広場に設置され、一躍有名人に。2013年のシリーズ10では、12歳になったパリス君とアリソンさんの仲睦まじい様子が紹介されました。

最新作のシリーズ11が放映されたのは2017年春のこと。急速に変化する時代に16歳になった彼らの日常、SNS重視の交友関係、将来を決める第一歩、全国共通試験GCSEのプレッシャーなど、10名ほどの子とその家族の様子を紹介。アリソンさんとパリス君はGCSE試験と将来についての意見を述べただけ。その数分にも満たない映像からは、彼らの状況は全く伝わって来ず…。パリス君の頬がこけている様に見え、なんだか元気がない印象を受けたのでした。

そして、先週の日曜日、ネットでBBCのサイトを見ていたら、「パリス・ラッパー君が突然死」というニュースが…。

ショックでした!どうして? まだ19歳の彼に、一体何があったの?!

徐々に明らかになってきたのは、ドラッグ・オーバードーズによる事故死…。セカンダリースクール(12~16歳)に進学してから、母親の障害のことで虐めにあい、鬱と不安障害に苦しむようになっていたと。アリソンさんの手におえなくなり、16歳の時にメンタルヘルス法によって強制入院させられたようです(多分、前の記事のクリスティーナさんと同じ)。

彼がいつ麻薬を摂取するようになったのか、ヘビーユーザーだったのかどうかは、定かではありません。退院後は親元を離れて暮らしていたようですが、行政による保護やケアが行き届かず、軌道修正をすることができなかったよう…。アリソンさんは今後同じようなケースが出ないよう、制度の改善を訴えています。

実は、パリス君は息子の友達に良く似ていて、気になる存在でした。行政が反対する中、自分で子育てをしたいと頑張ったアリソンさん。色々なものと戦いながら19年間育てた息子を亡くしてしまうなんて、どんなに耐え難く苦しいことか…。

事故が起こる3日ほど前、二人は一緒に楽しい時間を過ごしたばかりだったといいます。

この先、どんな素晴らしい未来が待っていたかもわからないのに--パリス君の冥福をお祈りしたいです。

 

元緘黙のアーティスト、クリスティーナさん(その3)

今回は、クリスティーナさんが場面緘黙を啓発するために作成した動画『場面緘黙ークリスティーナの物語(Selective Mutism Christina’s Story)』をご紹介します。

この動画では、緘黙になった原因、幼少期の想い出、学校での虐め、ついには入院するに至った経緯などを写真やイメージを交えながら解説。淡々とした語りですが、辛かった時期の心の叫びが聞こえてくるよう。どん底の精神状態から這い上がり、アートへの道を切り開いた彼女ゆえに、説得力があります。

 

クリスティーナさんの緘黙は、1歳の頃におきた両親の離婚や、家族間でのトラウマになるような経験が原因で発症したそう。早期発見と、母親と学校による手厚いサポートが功をなし、小学校時代はスポーツ好きの活発な少女だったとか。学業にも遅れはありませんでした。

動画の3分20秒から、犬のコスチュームを着た6歳当時の写真が出てきます。当時は「吠えることでコミュニケーションを取ろうとした」「犬のふりをすることで話さないことを正当化していた」と…。友人の誕生パーティーで、他の女の子が全員プリンセスの衣装なのに、自分だけ犬だったことは、鮮明な記憶として残っているそう。

7歳の時に母親が再婚したため、スイスに移り住んで現地の学校へ。言葉の問題もあって初めて虐めを体験しますが、それでも友達ができ、不幸ではなかったということ。

イギリスに戻った後は、緘黙でも上手く新しい小学校馴染めたそう。でも、セカンダリースクール(12~16歳)に進学した頃から、思春期も重なって「自分はここに属していない」と大きな不安を抱えるように。12歳といえば、周囲も思春期の真っただ中で、異分子を排除しようとする傾向が強い年頃。クラスメイトは、話さず、自分たちに同調しない彼女を、異分子とみなしたんだと思います。

そんな不安に追い打ちをかけるように、一部教師の無理解も酷いものでした。ある教師は14歳の彼女をひとり教室に残し、「お前が教室にいると、腐った死体といるみたいだ」と言ったというのです…信じられない暴言!自信を打ち砕かれ、自己評価が地に落ちてしまったのも、無理はありません!

学校で固まってフリーズすることが増え、人とコミュニケーションを取ることが困難に。水を飲んだり食事をしたりすることも難しく、頭痛や腹痛に悩まされる日々。トイレに隠れることが多くなり、徐々に学校に行けなくなりました。

母親は言語療法士を含む多くのカウンセラーに助けを求めたものの、場面緘黙への理解も知識もなく、次から次へとたらい回しに。最終的に、行動に問題があって学校に行けない子どもが行く施設に案内されたとのこと…。

孤独と絶望を感じ、自暴自棄になり、普通の生活をすることが難しくなって、ついには病院の精神科に3か月入院(多分自分に危害を与える可能性があったためだと思われ、事態はかなり深刻だったよう)。ここでも緘黙を理解する専門家はいませんでしたが、精神を病む同世代の子ども達に共感し、自分を顧みることで、元気を取り戻すことができたと語っています。また、弟が生まれたことも大きな助けになりました。

学校に戻り、1年遅れで全国共通試験GCSEを受け、ほどほどの成績を取れたそう。その後、カルチャースクールのような場で、大人と一緒に水彩と油絵を学び、才能を開花させていったのです。一般的な手順を踏まずに大学入学を許可されたのは、彼女の才能あってのことでしょう。

「5年後に何をしていたい?」という質問に、15歳の彼女は「大学でアートを勉強したい」と答えたとか。その言葉通り、イーストアングリア大学でアートの修士コースまで進み、今夏は初の個展を開くまでに。

今緘黙で苦しんでいる子・人たちも、きっとクリスティーナさんのように苦しみから脱出できるはず。解ってくれる人たちは絶対どこかにいます。時間がかかるかもしれませんが、決して諦めないで。

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