肌寒い6月も今日でおしまい

早いもので、6月も今日で終わりです。イギリスでは「Flaming June (燃え立つ6月) 」といって、1年で最も日が長くなり、気候の良い月のハズなんですが――今年はなんせ天気が崩れやすくて…。それに加えて、先週起こったまさかのBreixt!EU離脱が現実的になってきて、残留派が多いロンドンの空にはどんよりとした暗雲が立ち込めているかのよう。

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初夏なのに街が暗い…これからどうなっちゃうんだろう。ユニオンジャックは消滅?

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6月はバラの季節でもあるのに、雨が多くてすぐ花がダメになってしまいます。天気をみながら庭に出て、急いでバラの花がら摘み。また雨が降りそうな時は、咲きかけの花をどんどん切って、室内に飾っています。

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      ガーデンセンターで枯れかけていた時は、小さな花を咲かせていたAbraham DarbyとL.D. Braithwaite。立派に育ちすぎて、ちょっとというかかなり後悔中…

ジューンブライドに憧れるイギリス人女性も多く、6月からは野外のウエディングや披露宴がたけなわ。また、今月はロイヤルアスコット競馬やヘンリーロイヤルレガッタなど、イギリスの社交イベントも目白押しです。せっかくの野外イベントにこの天気は、本当に残念…。

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IMG_20160611_164930IMG_20160611_170914       仕事で初めてQueen’s Cupポロマッチを観戦したんですが、試合開始の2時間前から大雨!どうなることかと思っていたら、なんとか雨が止みました。でも、暗い…

今週からウィンブルドンテニス選手権も始まりましたが、世界中のテニスファンが「TVの画面が暗~い」と思ってるのでは? 今週末もなんだかお天気悪そう…。でも、太陽が顔を出せば、色彩がガラリと変わって緑が本当にきれいなんです。

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トトロが出てきそうなHighgateの森の入口。向かい側には瀟洒な家が並んでいまIMG_20160606_121502IMG_20160606_121548IMG_20160627_142611

           Highgae Woodの向かい側にある小規模なQueen’s Wood。古い家屋を改築した可愛らしいカフェがあります

同年代の友だちの重要性

前の記事で「場面緘黙の後遺症」について書きました。

やっと緘黙を克服したのに、仲間とのおしゃべりにうまく参加できない、社会的な場面での緊張がひどく人付き合いが苦手、という人が一定数いるようです。これは緘黙をひきずったまま社会に出た人に多く、早期発見・治療すれば、学校や社会生活に順応できる傾向が強いよう。

以前「発音・言語・コミュニケーションの困難を持つ子どもの支援(Supporting Children with Speech, Language and Communication Needs)」というコースを受講した際、子どもの言語の発達は18歳くらいまで続くと習いました。例えば、皮肉を理解し対応できるようになる年齢は11~16歳頃。身近で見聞きしたり、実際に使ったりと、実践を重ねるうちに自分なりの受け答えができるようになるのです。

家庭でもそうした体験はできますが、家族ではない他者との体験もとても大切。第三者の大人たちや同年代・同世代の子どもたちと接したり、コミュニケーションを取る機会が持てる場といえば、やはり学校です。そう考えると、学校は勉強するだけの場所ではないんだということが、ひしひしと感じられます。

色々な体験をしながら社会的なスキルを身に着けていく場――学校は子どもが一日の大半を過ごす社会であり世界です。何年間も通わなければならないのに、ずーっと口をきけず、ただ周囲の話を聞いているだけというのは、本当に辛い…。会話に加われないことで、会話やコミュニケーションの練習ができないだけでなく、自信を積み重ねていくことが難しいのではないでしょうか? 

不安になりやすい子どもにとって、学校環境はとても重要です。でも、どんな担任とクラスに当たるかは、誰にとっても宝くじのようなもの。学校で話せなくても、休み時間に一緒にいられる友だちがいること、クラスメイトと交わえることが、大きなポイントになってくるかと思います。友だちの有無は自己評価の問題にも関わってくるので、本当に大切です。

親が子どもの友達関係に関与できる期間は、それほど長くありません。頑張っても、せいぜい小学校の中学年くらいまででしょうか?でも、まだ小さいうちだったら、親が友達を作るきっかけを作ってあげられると思います。できたら、子どもが好意を持っている園の友達や学校のクラスメイトを頻繁に自宅に招き、一緒に遊ばせてあげてください。

私も息子が4歳半で緘黙になってから、クラスで一番好きだった子のママに協力してもらって、家に遊びに来てもらったり、一緒に公園に行ったりしました。息子は自宅だとすぐにしゃべりだしましたが、親が遊びの仲介をしなければならないケースもあるかと思います。子どもの緊張感を解くには、鬼ごっこや風船つきなど、体を使った動きのある遊びがお勧めです(『まず体を動かす遊びから』をご参照ください)。

息子の場合は、教室でまずその友達に囁くようになり、徐々に囁き声が大きくなって、話せる友達が多くなっていきました。学校側が同じグループになるよう配慮してくれたのが、功をなしたと思います。

うちでは息子が小6の時まで、だいたい週1回のペースで友達グループ(息子を入れて計5人)を家に招いていました。持ち回りで、週3回くらい順々に誰かの家に遊びに行ってたかな…。友達の家で早い夕飯(というか簡単ごはん)を食べて、6時半くらいに帰宅するんですが、友達の家族とも顔見知りになり、いい体験ができたと思っています。

子どもたちを身近で見ていて感じたのは、同世代でしか共有できない流行や文化があって、子どもだけの世界があるんだなということ。例えば、Dr Whoが流行っていた頃、グループ全員がカード集めやフィギュア集めに熱中し、番組が放送された翌日はその話で持ちきり。Dr Whoの知識がなければ話にのれないし、カードを持ってないと、ゲームの仲間には入れないんです。

こうした子ども同士の交流や会話は、親が絶対に教えてあげることができないものです。だからこそ、そのきっかけ作りを親が手伝ってあげられたらと思います。

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場面緘黙の後遺症?

まず体を動かす遊びから

 

場面緘黙の後遺症?

お久しぶりです。今月もなにかと忙しく過ごしているうちに、既に半ばを過ぎてしまいました…。ロンドンはここのところ天候不順で、雨が降ったりやんだり、かと思うと太陽が顔を出したり。一日のうちで、天気が猫の目のようにくるくる変わります。

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ご近所の黄バラが今年もいっぱい蕾をつけました

よく、「場面緘黙の後遺症」という言葉が使われます。緘黙は治っても、緘黙だった期間にコミュニケーションスキルや社会性を身につける機会を逸してしまったため、対人関係がなかなかうまくいかないというもの。

1対1だったら何とか大丈夫だけど、複数(3人以上)になると会話に入れない、どう対応していいのか判らない――特に、同年代のグループでの何気ない雑談が苦手、という人が多いようです。

本人にとっては、「会話に入れない」ことだけでなく、そんな自分への劣等感や、「友達ができない」、「信頼関係を結べない」といった孤独感や焦燥感が大きいのではないでしょうか?

緘黙になる人はもともと不安になりやすく、繊細で完璧主義の傾向が強いと思います。緘黙だけではなく、他の不安症や恐怖症(深刻になると障害に)を抱える可能性も大きいのです。それでなくても、対人関係がうまくいかなければ、誰だって不安になりますよね?

「緘黙さえ治れば」と思っていたのに、いざ話せるようになってみたら、状況はそれほど変わらなかった…。人がどう反応するかが恐くて話しかけることができない、人の目が気になって行動を起こせない—自分は駄目ってみんなに思われてるんじゃないか?

「他者から否定的な目で見られたり、否定的な評価をされることへの恐怖や不安」が非常に強く、長期間続いているようだったら、それは社会不安障害の可能性が大きいと思います。人と話さなければならない状況におかれた時、突然動悸がしたり、冷や汗がでたり、身体が震えたりという方は、パニック障害かもしれません。

 これらの不安障害がはたして「場面緘黙の後遺症」なのかどうか、「場面緘黙」だから「社会不安障害」になったのか、それとも、もともと不安症になりやすい気質ゆえに、同時に発症してしまったのか?それを分析するのは、とても難しいと思います。

 「場面緘黙」と他の「不安障害」はセットになっていることが多く、緘黙を克服できれば他の不安障害の症状も軽くなる傾向があるようですが、「場面緘黙」というのはあくまで「人前で話すことに対する恐怖や不」です。人の評価が気になってしかたないのは、場面緘黙とは別の問題なのです。

 「緘黙の後遺症だから仕方ない」と思い込んで、不安をひとりで抱え込まないようにしてください。勇気を出してカウンセリングを受けてみたり、心理士やセラピストに会って、話を聴いてもらうことで気持ちが楽になると思うのです。もちろん、セラピストとウマが合わないこともあるでしょう。でも、自分の気持ちを言葉にするって大事なことだと思います。

マギーさんのワークショップに参加した際、「悩みを打ち明けることで、本当に心が軽くなった」という話をしてくれた女性がいました。彼女も私のように外国人で、緘黙の子どもを抱えて現地の学校とやり取りするストレスや、母国の家族の問題など、色々な悩みを抱え込んでいたとか。

 そんな時、思い切ってセラピストにかかったことで、心の整理できて本当に良かったと言ってました。自分の問題を客観視できるようになり、「あなたは今イギリスに住んでいるんだから、母国の家族に対して実際にできることは限られている」というセラピストの言葉に、納得し安心できたと。

 「今まで自分がしたことの中で、最も有益だった」とも。実は、たまたま娘さんのピアノ教師との軽い会話の中でセラピーの話が出て、その時「ふ~ん、そんなに気軽に受けられるものなんだ」と感心したんだそう。

その時は自分がカウンセリングを受けるとは思いもよらなかったそうですが、イザ相談してみて前向きになれたと話す笑顔が、とても印象的でした。私も昨年色々あって、一時セラピストにかかることを考えたものの、金額に面食らってやめた経緯があるのですが、次に悩みができた時は実行したいなと思ってます。

 

緘黙児と学校

自分にとって、学校ってどんな場所だったかな?そう思い返してみると、特に小学生低学年の頃は、教師も上級生もなんだか怖ろしく、いつまでたっても馴染めない、とても窮屈な場所だったように記憶しています。

私は引っ込み思案で、文字通り内弁慶な子どもだったので、学校では絶対に地を出せず常に小さくなっていた覚えが…。小1の時、家ではしゃいでいる姿を見た担任から、「本当は、こんなに元気なのね」と驚かれたことがありました。「大人しくて、自分からはあまり話さない子」が、大笑いしながらベラベラ喋っていたので、ビックリしたんでしょうね。

先日、知人に頼み込んで、村上春樹の新書『職業としての小説家』を日本から送ってもらいました。この自伝的エッセイと称される作品には、村上春樹が小説を書く(小説家として生きる)理由や姿勢が真摯に綴られています。で、その中に『学校について』という章があって、とても共感するものがあったので、ここに書き留めておきたいと思います。

詰め込み式の教育システムを窮屈に感じていた村上さんにとって、学校で何人かの親しい友人を作れたこと、たくさんの本を読んだことが救いになったといいます。本の世界が一時的な避難場所となり、彼にとっての「個の回復スペース」であったと。

――現実の学校制度にうまく馴染めない子供たちであっても、教室の勉強にそれほど興味が持てない子供たちであっても、もしそのようなカスタムメイドの「個の回復スペース」を手に入れることができたなら、そしてそこで自分に向いたもの、自分の背丈に合ったものを見つけ、その可能性を自分のペースで伸ばしていくことができたなら、うまく自然に「制度の壁」を克服していけるのではないかと思います。しかしそのためには、そのような心のあり方 =「個としての生き方」を理解し、評価する共同体の、あるいは家庭の後押しが必要になってきます。――P210&211 第八回 『学校について』より

沈黙のうちに学校生活を送らなければならない緘黙児にとって、学校はやはりのびのびと自由に過ごせる場所ではないと思います。学校で常に不安や緊張を感じ、窮屈な思いをしている子どもだからこそ、「個の回復スペース」を持つことはとても重要ではないでしょうか?

でも、子どもの個性を伸ばし、自己評価を高めていけるような何か・場所を見つけるのは、そんなに簡単じゃないですよね?話さないことで、習い事をするにも支障がでてくるかもしれないし、学校の友だちや知り合いのいる場所を避けるかもしれないし。一番安心できる家が「個の回復スペース」になればいいですが、家にこもってばかりいては社会性が育たないし…。

ところで、習い事をさせるんだったら、なるべく早いうちに始めた方がいいように思います。小学校中学年になって周囲を意識するようになると、新たに集団に入って何かを始めるのが、結構難しくなってきます。その集団に、学校の友だちや知り合いがいる場合は特に。「やる気になった時に」と待っていると、同年代の子たちは先に進んでしまい、差を感じてしまうかもしれません。

子どもの好きなこと・得意なことを見つけ出して、伸ばしてあげる――口でいうのは簡単ですが、とても難しいです。うちは主人の仕事と趣味に影響されて、息子はすっかりPCオタクになってしまったので…。

ただ、それが漫画やPCゲームであっても、侮れないもの。もう4年ほど前ですが、息子はマインクラフトの個人サイトの管理人(?)をしていた時期があって、10人くらいの友だち・知人と一緒にバーチャルの世界で色々作って遊んでいました。また、漫画を描くのが得意な緘黙児が、漫画を友だちとのコミュニケーション・ツールにしているのを目の当たりにしたこともあります。

人に迷惑がかからなければ、何でもいいと思います。好きなもの・やりたいことがあったら、どんどん応援してあげてください。共通の趣味が、友だちとの接点になったり、なにかを始める原動力になればいいなと思います。そして、それが学校での疲弊を回復させてくれるものになればいいですね。