10代で発症する場面緘黙

6月も下旬に入った今週、ロンドンは32度の猛暑日を記録中。まだロックダウン中なのにも関わらず、大勢の人々が海辺に押し寄せて、社会的距離など頭の片隅にもない様子…第二波が来ませんように!

   我が家の小さな中庭に植えた紫陽花、アナベルは今年も増殖中。夜9時過ぎまで明るいので、夕食のあと庭に出て涼んでいます

…………………………………………………………………………………………………………………………

最も場面緘黙を発症しやすい年齢は2~4歳と、イギリスでは入園や就学を経験する時期と重なります。マギーさんは、これに加えて小学校からセカンダリースクールへの移行期(11~12歳頃)に緘黙になる子がいると指摘。日本だと小学校から中学校への移行期ですね。

この年齢は多感な思春期と重なり、身体的・精神的に最も影響を受けやすい年ごろです。

イギリスの小学校はおおむね小規模で1学年1~2クラスしかないところもざら。学校職員は全校生徒だけでなく、保護者の顔と名前まで覚えていて、とてもアットホームな雰囲気。そんな家庭的な環境の小学校から、大規模なセカンダリー(12~16歳・5学年)への移行は、どの子にとっても大きな変化の時期です。

特に、Comprehensiveと呼ばれる公立校に進学する場合、全校生徒数が1000人前後に膨れ上がることも。日本の中学の様にベースになる自分の教室はなく、教科ごとに教室を移動するシステム。校舎も複数棟あり、どちらかというと大学に近い感じです。また、複数の小学校から生徒が集まるため、交友関係もより複雑に。

マギーさんとアリソン・ウインジェンズさんが共著した『場面緘黙リソースマニュアル』第二版では、場面緘黙のカテゴリーをひとつに統一(詳しくは『緘黙のカテゴリーはひとつだけ』をご参照ください)。その中で、新たに追加されたのが、認識されやすい場面緘黙 (High-profile selective mutism)と 認識されにくい場面緘黙(Low-profile selective mutism)です。

(「目立つ緘黙」と「目立たない緘黙」ともいえそうですが、日本語訳がまだ決まっていないので、直訳で高プロフィールと低プロフィールとした方がいいのかも…)

認識されにくい場面緘黙(Low-profile selective mutism)は、出席の返事や短い答え、音読などができ、学校でもなんとか声が出せる状態。促されると少しだけ話すため、周囲は場面緘黙だとは思いません。

マギーさんの説明によると、このタイプは性格的な要素が強く、同調的で人の期待に応えようとする傾向が強いとのこと。頑張って質問に応えようと、何とか単語や短い言葉を絞り出すのです。

実のところ、話さない結果への不安が話す恐怖に勝るために声が出るのですが、このバランスは微妙で、答えに自信がある時しか作用しません。

よく観察すると、声が小さい、視線を合わせようとしない、無表情、身体が硬直しているなど、極度に緊張しているのがわかります。特徴的なのは、いつまでたっても緊張が持続し、自発的に発言したり、話しかけたり、長い文章で答えたりと、普通に話せるようにならないこと。

小学生時代はこの状態で何とか切り抜けることができても、セカンダリーに入ると対応しきれなくなり、認識されやすい場面緘黙 (High-profile selective mutism)へと移行する危険があります。

たまたま環境が良く、本人の努力で症状が改善していくこともあるかもしれません。でも、声が出ているから大丈夫だろうと、支援せずに放っておくことは大変危険です。

トイレなど必然の要求を発したり、指示に従って短いメッセージが言えても、親しい友達や家族を除いては、相互的な会話をすることができません。「~(して)ください」や「ありがとう」など、何でもない依頼や挨拶も困難です。

声が出せるから緘黙症状は軽いとみなされがちですが、大きなストレスを抱えて身体的な症状が出たり、不登校になってしまう子も。話さないことに慣れて緊張が少ない緘黙児と比べ、決して軽症だとは言えません。

助けや許可を求めたり、いじめや病気を報告したり、自ら説明することができないため、同級生や教師の理解を得られにくいのです。そのため、虐めの対象になったり、無視されたりと、危険にさらされる可能性が高くなります。

子どもの人格形成に非常に大切な自己評価が下がってしまう傾向も…。また、心のバランスを崩して、二次的な不安障害を発症してしまう可能性も出てきます。

認識されやすい場面緘黙 (High-profile selective mutism)の子が、まだ緊張は続くものの、スモールステップで何とか声がでるようになった状態も、認識されにくい場面緘黙(Low-profile selective mutism)といえます。場面緘黙を完全に克服できた訳でなく、環境によっては逆戻りしてしまうケースも。

人・場所・活動に関わらず、子どもが自信をもって自由に受け答えできるようになるまで支援を止めないことが大切です。

<関連記事>

緘黙と恐怖症

どうして場面緘黙になるの?

どうして場面緘黙になるの?

6月もすでに半ばを過ぎてしまいました。イギリスではロックダウン中の4、5月と記録的に晴天が続いたのですが、6月に入った途端に例年並みの変わりやすい天候に…。毎日のコロナ感染者も死者も、まだまだ安心できるレベルまで減少しておらず、第二波が心配です。

  3週間ほど前、パーゴラの両脇に植えた白薔薇の根本に大穴が!我が家の庭に毎晩キツネがやってきて、悪戯していくのです…。苦肉の策で、キツネ除けバリケード(夜間用)を考案しました(^^;)

…………………………………………………………………………………………………………………………..

自分の子どもはいつ、どのように場面緘黙になったのか? 実は、思い当たるふしがないという保護者が多いのだそう。

今回の講演の中で、マギーさんが緘黙の引き金要因について説明され、なるほどと思いました。

家族は引き金となった出来事や原因を突きとめようと過去を遡り、「これに違いない」と見当をつけているかもしれません。でも、実はそうでない場合も多いようです。子ども自身も覚えていないかもしれません。

不安障害のひとつである場面緘黙は、恐怖症と同じメカニズムを持つ。

恐怖症を発症する3つのメカニズム

  1. Transference(転移)
  2. Modelling(モデリング)
  3. Direct Association(直接的な関連付)

1.Transference(転移)

殆どの緘黙児は話せない人・場所・活動が決まっているが、実のところ特定の人・場所・活動自体が怖いのではないことが多い。祖父母や先生など、大好きで話したいのに、喉が閉まったようになって声がでない。

この「話すこと自体が怖い」という不合理な恐怖症はどこから来たのか?

本来、恐怖を感じたのは「話すこと」ではなかったが、不安でパニック状態になっている時に、「話すこと」が恐怖の対象として結び付いてしまう(転移)ケースが多い。

引き金になる出来事が起きた際、親や家族が傍にいなかったケースが多いといい、原因がつかめないのもうなずける。

例えば、見知らぬ場所やショップなどで、子どもが親や家族を見失ったとする。子どもは頭が真っ白になり、心臓がドキドキしてパニック状態に。そんなところに、見知らぬ大人がやってきて、親切心で矢継ぎ早に質問を浴びせかけられたら?

子どもは喉が閉まったようになり、質問に応えることができず、恐怖は更に大きくなる。この「何か言わなきゃいけないのに、声が出ない」という体験が恐怖と結びついてしまう(転移)。

この恐怖体験をしばらくは忘れていることが多いが、次に親が傍にいない時に見知らぬ大人に話しかけられると、以前体験した恐怖と「声が出ない」状態が蘇る。これを何度か繰り返すうちに、子どもはどんな場面でこの恐怖に遭遇するかを学習し、極力そうなる場面を避けるようになっていく。

2. Modelling(モデリング)

子どもは頼りにしている人の言動を見て学習する。例えば、兄姉が話すことを恐れ・回避しているのをずっと見ていると、弟妹も「話すことは怖い」と思い込み避けるように。また、移民で内気な親が親族としか交わらず、家庭外(学校を含む)で英語を話したがらない様子を見て育ったケースなど。

3. Direct Association(直接的な関連付)

「話すこと」自体に恐怖を覚えたケース。例えば、話している時にからかわれたり、批判されたりした場合。また、不安な状態の時に、何かを言うよう強要されるような体験をした場合など。

<関連記事>

緘黙と恐怖症

場面緘黙と恐怖症

先週末の日曜日、3か月ぶりに息子に会いにサリー州まで車で行ってきました。大学の進級試験があったので、ロックダウン中も大学のある田舎町に残っていたのですが、友達と自由を謳歌しているよう。元緘黙の恥ずかしがり屋の息子が自立していくのは、嬉しいような淋しいような…。

  

親子3人で森の中でピクニックしてから、テムズ河沿いを歩きました

…………………………………………………………………………………………………………………………..

イギリスの幼児教育家で著者のキャシー・ブロ-ディさんが、6月1日から1週間、幼児期の話し言葉・言語・コミュニケーション(SLC: Speech, Language and Communication)に関するオンラインサミットを開催しました。

3日目にはSLT(言語聴覚士)で場面緘黙治療の第一人者と言われるマギー・ジョンソンさんが出演。場面緘黙についてわかりやすく説明し、幼児期の早期発見・介入の重要性を訴えました。その中で、特に印象に残った箇所を書き留めておきたいと思います。

●場面緘黙の発症は入園・就学前が多い

様々な研究によると場面緘黙の発症時期は、平均して2~4歳。入園や小学校入学の時期と重なる(英国では3歳で入園、4歳で就学)と言われるが、実はその前から既に発症している子が多い。

久しぶりに会った親戚と口をきかなかったり、ショップで店員に話しかけられると固まってしまったり--こうした緘黙のサインを見落としてしまう親も。子どもは側にいる親には話すので、「うちの子は恥ずかしがり屋だから」「幼稚園に入ったら大丈夫」と思いがち。親が自覚していれば、入園や就学の前に園や学校に相談できる。

園や学校では場面緘黙の研修を行い、こういう症状があるということを周知させておくことが重要。内気なだけなのか、それとも緘黙なのか、注意深く観察する必要がある。「大人しいけどそのうちに慣れる」と見守らず、すぐに行動を起こす。時間が経つほど緘黙が固定化する傾向が強い。

  • 園での子どもの不安/ 緊張度をチェック
  • 緘黙児は話すことを期待される場面での緊張が強く、視線を避けたり、身体が固まったりと、そうでない時とのコントラストが明確
  • おとなしい子は大人が近づいても緊張はそれほど強くなく、1対1だったら割と早く打ち解けて話始める
  • 保護者に家庭での普段の様子を聞き出し、園や学校での様子と比較
  • 保護者から、子どもの個性、好きなこと、得意なこと、どんな話題が好きかなど聞きだしておく

●場面緘黙を恐怖症と捉え、恐怖症の対処法と同じような支援をしていく

例えば、ヘビに対する恐怖症がある人は、極力ヘビに遭遇することを避けたがる。写真や映像を見たり、遠くにヘビを見つけただけで、鳥肌が立ったり、冷や汗が出たり、心臓がドキドキしたりする。

緘黙児も同様に、「話さなければいけない」場面に遭遇すると察知しただけで、不安が高まり、身体的な症状が出る。園や学校では固まってフリーズする傾向が強い。(みく注:緊張が高まると、感情のない能面のような顔になったり、下を向いて黙り込んでしまう子が殆どの様に思います。緘黙児は安心できる家庭ではメルトダウンを起こしますが、園や学校で騒ぎだすことは殆どありません)

緘黙の知識がなければ、教諭は話さない緘黙児をリラックスさせ言葉を引き出そうと、「ここにおいで」「何が好き?」「水遊びしようか?」と質問を浴びせかけがち。そうすると、子どもは更に緊張して押し黙ってしまう。

まずは「話す」プレッシャーを取り払うこと。子どもを放っておくのではなく仲間に入れ、自分の傍に来させて、まずは答えを必要としない言葉がけをしていく。「猫ちゃんかわいいね」「これは何かな?どうやって使うのかな」など、子どもにではなく自分に話しかけるように。

子どもが何かできたら、「上手に描けたね」「この車かっこいいね」などと声に出してコメントしていく。

子どもと信頼関係が築けたら、始めはうなずいたり、指さしできる質問からしていく。「話さなくてもいいから指さしで答えてね。準備ができたら話せばいいからね」と隠さずオープンに。話せないことを知っていることを伝えると、子どもは安心できる。

わざと間違えると、子どもはとっさに訂正してくることが多い。これが自信を与え、話すきっかけになることも。指さしやうなずきで答えられるようになったら、スモールステップで質問を次の段階へと上げていく。

恐怖症と同じで、成長することで場面緘黙が自然に治るということはない。本人が不安と向き合い克服していく必要がある。自然に治ったように見えても、実は子ども自身が頑張って話せるようになったケースが多い。良い環境と適切な支援があれば話すことへの不安が減り、声が出やすくなる。