SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その6)

ついに日本でもオミクロン株の一日の感染者が10万人を超えてしまいましたね…。イギリスでは、ここ3週間ほど8~11万人を行ったり来たり(1月31日は政府のサイトにデータが記載されず…何故???)。オミクロンのピークもピークアウトも早いと言われていたのに、欧米ではまだ下がりきってません…一体どうなっているんでしょう?

  

晴れの日は空が春めいてきました。学校へ向かう途中で出会う猫ちゃん

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さて、マギ-・ジョンソンさんの講演の続きです。

★保護者への助言:自らが不安を抱える17歳の娘さんを支援した経験から

「こうしてみたら? ああしてみたら?」と親が言い続けることで、子どもは親が自分に対して失望していると感じます。「今のあなたではダメだから、変わらなくちゃ」と言われているように感じてしまうのです。親が助言すればするほど、子どもは「あなたはこのままではダメ」というメッセージを受け取ることに…。

ティーンにまだ準備できていない時、親が手を差し伸べようとすると反発しがち。親への拒絶反応を起こすこともあります。

保護者ができるのは場面緘黙が恐怖症であることを説明し、いつでも支援する準備ができていると伝えること。「話すこと」だけに集中しないで。「小さなステップを少しずつ踏んでいけば、絶対克服できるよ。いつでも支援するからね」と伝え、子どもを信じて待ってください。

(なお、本人に気づかれないよう、保護者がしてあげられることはたくさんあります)

親は心配ばかりせずに、子どもと一緒に過ごす時間を楽しんで。将来が心配でも、今のこの時間を大切にして、子どもとの時間を満喫しましょう。

なんでもOKです。例えば、一緒に映画を見たり、料理をしたり、ガーデニングしたり、ウォーキングをしたり。子どもが興味を持っていることを探し出して、子どもの興味に沿って一緒に楽しみましょう。そこから「自分が変わりたい」というモチベーションが生まれてくるかもしれません。

★主導権を持たせることでティーン(子ども)は安心できる

言わないかもしれませんが、どの子も「自分はこれをやりたい」という夢を持っています。どうしたらその夢を叶えられるか――親は子どもを人として尊重し、そのままの子どもを愛してあげてください。子どもには恐怖症があるけれど、それが一生続くわけではありません。必ず克服する道を見つけられるはず。

子どもがモチベーションと緘黙を克服する決意を固めるのを辛抱強く持ちましょう。

情報は与えて、でも押しつけないこと。

★ティーンとの接触を持つための具体例:

緘黙のティーンとのセッションでは、パワポの作り方やどうしたらもっと良いプレゼンになるかを訊いたり、助言してもらったりするとか。そして、「完成したものをPCで見て欲しいから電話してもいい?いつだったら時間がある?」と自然に切り出すのです。こうして、PCを観ながら電話でコミュニケーションを取るきっかけを作るのだとか。

こういった間接的な方法だと顔を見合わせずにすむので、やり取りしやすいそう。まずPCの画面を見てもらい、修正した方がいい点を書いて送ってもらうことからでOK。

ティーンの得意な分野を見つけ、何気なく手伝いを頼むことで、自信をつけさせモチベをあげることが可能です。あくまで本人主導であることを忘れないで。

長い講演だったので、また次回(最終回)に続きます。

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第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その1)

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SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その1)

SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その2)

SM H.E.L.P.2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その3)

SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その4)

SM H.E.L.P.2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その5)

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ついに濃厚接触者に

イギリスでは1月4日に一日のコロナ感染者数が20万人とピークに達し、その後は7万~10万人前後で移行しています。それだって充分多いのに、政府は今週1月27日からプランBを解除することを決めました。

 

      6日間の抗原検査の結果(C 陰性でした~)。もうスノウドロップが開花

プランBというのはオミクロン株の感染拡大により12月から施行された規則で、リモートワークへの切り替え、要マスク、ワクチンパスポート実施という緩~いもの。

なので、これからはもう超密になる場所以外ではマスク無しでOKなのです(*_*;

(現在はワクチン接種のみに頼るプランAに逆戻りし、たとえ地下鉄やバスやスーパーでマスクをしなくても法的な拘束力なし――イギリス人は基本的にマスク嫌い――怖い、怖すぎる)

要マスクだと外産産業や旅行業界に悪影響を及ぼすらしく、ジョンソン首相が国会でプランB解除を発表した時は、保守党メンバーから「いいぞ!いいぞ!」とやんや賛同の声が…いつも人命より経済を回すことを優先しているような――企業から献金もらってるから?というか、ジョンソン首相は最初は集団免疫派だった…。

そして、つい2週間ほど前、私は濃厚接触者になってしまいました~😢

日曜日の朝、久しぶりにママ友会があって、6人(日本人は私だけ)がカフェに集合。以前と同じく外のテラス席でと思っていたら、みなさん「寒いから中で」と…。いや、あの~私は外でもいいんだけど…(が、気が弱くて言えない)。

まあ換気は良さそうだったし、店内で2時間ほど楽しくお喋りしました。

で、帰宅したその夜に、今回の会には参加しなかったママ友Aさん(ウォーキング仲間)から連絡があり、「実は、今晩コロナ陽性が判明したの」と!!

彼女は前の週末に2回目のワクチンを接種して体調不良に。その後、木曜日に歯の治療(インプラントで抗生物質)をしたところ、顔が腫れてますます体調が優れず。翌日はウォーキングをパスしてずっと休息してたのに、日曜日に喉が痛くなったとか…。

(ちなみに、彼女は日曜はママ友会ではなく、別の友達グループと会う予定だったのです。が、その会はコロナが2名出て中止になったそう。不幸中の幸いで、Aさんの家族には感染しませんでした)

あ~、一緒にウォーキングしなくて良かった。

そう胸をなでおろした私。そうしたら、翌週の火曜日の午後になって、ママ友のグループチャットがにわかに活性化。「なに?」とチェックしたら、何と日曜に会ったうちの一人が陽性に!!!!

えええ~っ!なんと、私のお隣に座っていたBさんでした😢

ついに濃厚接触者になってしまった~!

翌日・翌々日は学校で仕事の日――急いで学校のコロナ規則(政府の規則が変わる度に変わる)を読み返してみたら、「ワクチン3回接種済で無症状の場合は自宅待機しなくてOK」でした。

ただし、一週間は抗原検査をして毎日陽性にならないかチェックしなくてはなりません。私の場合は学校で検査キットをもらえるのですが、近くの薬局やオンラインでも入手可(今は無料ですが、6月からは有料(7個入£30約4600円)になるそう。高っ!)

毎朝検査をして、陰性が出るとほっとするという繰り返しの1週間。学校ではマスクとバイザーを付けてましたが、もし途中で発症して生徒や他の先生にうつしちゃったらどうしようと、気が気ではありませんでした。オミクロン株の潜伏期間は3~5日とのことなので、1週間陰性でひと安心。

でも、Aさんは会った日の朝に抗原検査をして、陰性だったんですよ~。ママ友グループは学校関係者が多くて、Bさんも小学校のTA(教育補助員)。今小学生の感染率が高いから学校で感染したんだと思うけど、いつ感染したんでしょう?月曜日に感染して、その翌日にすぐ症状が出るってあるのかな? それとも日曜日は潜伏期間中だったけど、陽性になるほどウィルスが多くなかった? う~ん、謎です。

とにかく、何とか感染を回避できました~。でも、今回のことで周囲との温度差を実感 (*_*; もう一人のウォーキング友達CさんはBさんの向かい側に座ってたんですが、自分が感染することを全く心配していなかった…。私が極力人に会わない様にビクビクしていたのに、4日目に連絡が来て「明日、ウォーキングする?」といつもと変わらず…。

まあ、野外で歩くだけだから感染の心配はない、といわれればその通りですが…。もし私が潜伏期間中だったら、うつしてしまう可能性もある訳で。そのまた逆もある訳で。

彼女は週末約束がいっぱいということでその日しか機会がなかったのですが、心配性の私はスキップしたのでした…。Cさんだけでなく、別の友達も「ワクチン3回受けてるから、感染しても大丈夫よ。軽症で済むから」と。でも、他の人にうつすのはマズいですよね?イギリス人が「コロナとの共存」の道を歩いているのはいいんですが、やっぱり他の人に感染しないようマナーは守って…と思ってしまうのでした。

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その5)

あっという間に1月も後半になってしまいました。今年のイギリスの冬は暖冬で、霜が降りる日が珍しいくらい。快晴の日には、なんとなく空気に春の気配が感じられるような…。

   冬でもあちこちに花が。イギリスには古い住宅が多く残っているのですが、この建物はヴィクトリア王朝後期のもの。間取りが大きく、高い天井と大きな窓が人気です

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さて、マギー・ジョンソンさんの講演の続きです。

★カフェで行うスライディングイン法例

1) メニューを読む (小声 → 音量を上げていく)

2) 同席者と言葉を交わす(小声 → 音量を上げていく)

3) ウェイトレスに飲み物を注文する (1単語 → 文章)

まずはその場で声を出せるかどうか、事前に声を出す練習をすると安心。カフェに入る前にハミングしてみると「できる」と判ります。まずは、テーブルについて声を出せる、お喋りができることが重要。注文するのはその後で良いのです。知っている人に何かを言うより、見知らぬ人(この場合はウエイトレス)に飲み物の名前を言う方が簡単だということを覚えておきましょう。

みく注:本人の緘黙症状や緊張の程度によって、ステップを更に細かく分けたり、省略したりできます。

親が子どもの代わりに答える習慣がある場合は、親以外の人(はなせる友達や親戚など)とトライする方がベター。親の干渉を嫌うティーンは多いので。

(保護者は代わりに答えを言う前に、笑って数秒待ってください。声が出なかったら、「はい、いいえ」で応えられる形にして質問しなおして。まずは、頷いて返事ができればOK。失敗しても気にしないこと)

★ひとり語り(Lone talking)

保護者とのスモールステップに抵抗があるというティーンや成人には、ひとり語り(Lone talking)というテクニックもあります。

ひとり語りのスモールステップには、友達や親戚の人など、保護者でない第三者が必要。「一人で本を読む/ 録音する → 読本をしている部屋に誰かをスライディングインする/ 録音したテープを誰かに聞かせる」という方法も。

実際に誰かに本を読んでいる声を聞かせる場合:

部屋で一人で声を出して本を読む → 少しドアを開けて外の人に声が聞こえるようにする → 第三者がドアを開けてゆっくり部屋に入っていく

★緘黙改善に否定的なティーン

緘黙することに慣れて、話さなくても良い状況で止まっているティーンには、どのように対処したらいいのか?

重要なのはモチベーションをあげることではありません。子どもが「話せなくても構わない。別に話したくない」と言っても、鵜呑みにしないこと。話さなければならない苦しい状況に陥ることを、恐れているだけです。

緘黙の人は「話すだろう」と誰もが期待している場で話せないことが一番怖いのです。話し始めるためには、その恐怖に打ち勝たなければなりません。実際には、モチベは既に持っているし、本心では話をしたいのです。ただ、不快で困難な状況に陥ることを恐れているのです。

もし蜘蛛の恐怖症を克服するのにタランチェラを使ったらどうでしょう?恐怖心がさらに増しませんか? 蜘蛛と同じ空間にいなければならないだけで、既に緊張がマックスに達してしまいます。

声を出すことはあくまで最終段階です。その前に「場面緘黙は恐怖症」という自覚を持たせること。それがティーンや成人の緘黙克服の要です。緘黙を克服するためのテクニックは複数あって、スライディングイン法はそのひとつ。保護者と行う人もいれば、そうでない人もいます。また、一人で行う方法もあります。実際に顔を見ながらビデオで、もしくは音声だけで行う方法もあるので、本人が「これだったらできる」と思う方法を選ぶことが大切。

マギーさんの場合は、ある子にはスライディングイン法が適していると思っても、「これとこれがある」と複数の方法を提案してみるのだとか。

重要なのはティーン本人がやり方を決めること。彼らは自分を解ってくれる人、どんな思いをしているか理解してくれる人、悩みを話せる人を欲しているのです。

またまた次回に続きます。

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第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その2)

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SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その1)

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SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その4)

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その4)

新年、明けましておめでとうございます。といっても、1月ももう10日経ってしまいましたね。今年こそは準備万端にと思っていたのに、日本語の模擬試験の準備や、今月末に迫った確定申告の締め切りなどに追われている日々です。

     バービカンアートギャラリーで開催中のイサムノグチ展。温かみのある灯にほっとひと息

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さて、マギージョンソンさんの講演の続きです。

<20代前半の場面緘黙の女性2人のケース>

緘黙に苦しんできたラーナとリサは、お互いに話しをしたいと希望していました。各自がスモールステップ法で少しずつ改善し、留守番電話にメッセージを残すところまで進歩。2人は友達になりたくて、SNSでメッセージを送りあう仲になったのです。

マギーさんが仲介するオンラインおしゃべり会では、ラーナはリサがいる前でマギーさんと話すことに成功。でも、リサはできませんでした。

2人がマギーさんと一緒に緘黙のコンファレンスに参加した際、3人で同じホテルに宿泊。マギーさんは、下記の4段階のスモールステップを実施しました。

1) ラーナをバスルームに行かせて、2分間待たせる(第1段階)

マギーさんとリサはベッドの端に座って食事のメニューについて話す。ラーナには事前に「その時が来たら、こちらに来るように呼ぶから待ってて」と指示。

2) ラーナはドアを少しだけ開けて、再び2分待つ(第2段階)

3) ゆっくりドアを開ける(バスルームから出られるだけの幅)

4) 部屋に入ってアームチェアに座る(第3段階)

5) アームチェアをベッドの近くに寄せて3人が円状に座る

6) 一緒にメニューを読む(最終段階)

最終的には、お互いが質問し合う形までもっていく。スターターは何にするか、AとBではどちらが好きかなど、話題は全てメニューに関すること。

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スライディングイン法で導き出す最初の会話は、『SMリソースマニュアル』のステージ 5(Confident Talking段階)に該当します。3人は話しているけれど、自由にコミュニケーションとっている訳ではありません。メニューは読んでいるものの、メニューに関する自由な会話ではない訳です。

言葉を引き出すためにスライディングイン法でよく行う活動のひとつに、交互に数字や日にち、曜日を順番に言うというのがあります。緘黙児(成人)は声を出していますが、それは厳密には会話といえません。脳が知っている単語を自動的に読んでいる自動スピーチ(Automatic Speech)なのです。

自動スピーチは自分で内容を考えて話すより簡単です。

1996年にマギーさんが13歳の少女、ケリーにスライディングイン法を試した際、気づいたことがありました。母娘に “I Spy”(アルファベットの文字を使ったなぞなぞ)ゲームをさせたところ、上手くいかなかったのです。

“I Spy” ゲームでは次に言うこと自分で考えなくてはならない。だから難しいのだ――そう悟ったマギーさんは、答えを読ませたり、数字や曜日など誰でもすっと出てくる言葉を順番に言うなど、まず自動スピーチから先に練習させることにしました。

また、次回に続きます。

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その3)

2021年も明日で終わりですね。去年末はアルファ株の激増でロックダウンしていたイギリス。今年はオミクロン株が激増して、本日の感染者数はパンデミック始まって以来、最多となる18万9000人を越えてしまいました!それでも、昨年に比べると重症化率が低く、死者数も少ないのが救いのひとつ。一部の科学者が指摘するように、コロナウィルスが徐々に弱毒化して、風邪のような存在になれば良いのですが…。

    

   イングランド中部のクリスマスは深い霧に包まれていました。義両親宅の近くのBrixworthの町まで歩き、その起源をアングロサクソン時代の7世紀まで遡るというAll Saint Churchを見てきました

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さて、マギー・ジョンソンさんのオンライン講演の続きです。

<ティーンと成人向けのスライディングイン法>

マギーさんがスライディングイン法を重要視するのは、最小のストレスで最速の回復を期待できるから。

ティーンや成人と子どもとの主な違いは、年齢的に場面緘黙が恐怖症だと理解できること。不運にも恐怖症になっているだけで、緘黙状態は本来の自分ではない――スモールステップ法を実践すれば、少しずつ恐怖心を克服できると理論的に理解できることです。

(みく注:ティーンや成人は緘黙を「恐怖症のひとつ」と捉え、第三者的な視点でみることができるということですよね)

脳が間違った反応をしているため、脳を再訓練して危険でないことをゆっくり学習していきます。危険がないと判断できれば、脳内でFight or Flight(戦うか逃げるか反応)の自動スイッチが入ることはありません。

例えば、大きな黒い犬が向こうからどんどん近づいてくると仮定してみてください。犬が自分に危害を加えるかもしれないと判断すると、脳は自動的にFight or Flight モードに。でも、危険はないと解れば、恐怖はなくなりパニック状態に陥ることはありません。

スモールステップに対して、「じゃあ、試してみようか」と本人が思えること、大きなプレッシャーを感じずに自分のペースで進めること――本人が「大丈夫、できる」と思えることが重要になってきます。

16歳のポーランド人の少年、サンダー君の例:

症状:2年間心理士にかかったが進歩はなく、親しい関係の祖父母にも話せなかった

母親が渡英して緘黙の研修を受け、緘黙は恐怖症だからスモールステップで克服できると説明。サンダー君は「それならできる」と同意し、まず祖母とスライディングイン法を試み、話すことに成功。翌日、祖父とも試みる予定だったが、スライディングイン法を実施することなしに話すことができた。

心理士とセッションを続けていた間、サンダー君は「原因は自分にある」と自分を責めたり、絶望したりしていました。それが、たった2日間で祖父母と話せるように!彼はその後、理解のある学校に転校し、そこで徐々に緘黙を克服することができたそう。現在は、緘黙だった過去を想像できないまでに回復しているとか。

マギーさんは、年を重ねることに緘黙が固定化して話せない人が増え、克服が難しくなる傾向があると指摘。けれど、適切な支援と本人の理解があれば、必ず克服できると語っています。まず、「緘黙は恐怖症で、克服できるもの」と理解すること。この気づきがあれば、長いセッション1回で話せなかった人と話すことも可能となるのです。

子どもの場合は、恐怖を感じさせないよう、短時間のセッションを何度も行う必要があります。プロセスを小さなセクションに分け、根気よく積み重ねるのです。親子のいる部屋にマギーさんが入り、子どもと話をするまでに平均で10セッション程度かかるそう。

一方、ティーンや成人の場合は、長いセッションを一度行うだけで話せるようになるケースも。スライディングイン法は、緘黙の程度や個々の状況に合わせてやり方や回数・時間などをいくらでも調節できるところが利点だといいます。

(次回は具体的なケースをご紹介します)

オミクロンの脅威は消せませんが、皆さん身体と心の健康に気をつけて、良い新年をお迎えください。

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SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その1)

SM H.E.L.P. 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その2)

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一足早いクリスマスプレゼント?

クリスマスイヴまであと2日を切りました。イギリスでは1年で一番大きなイベントがクリスマス。家族や親戚、友人同士が集まって、プレゼントを交換し合い、クリスマスディナーを食べて盛り上がります。あとはTVで女王様のお言葉を聞いたり、飲んだり、食べたり、話したり、リラックスしたり。

我が家の今年のデコレーションはこんな感じ

が、ご存じのように今イギリスではオミクロン株の感染が激増中。特に、ロンドンでは完全にデルタ株から置き換わり、今や90%がオミクロン株なんだとか。今日の感染者数はなんと10万人を超え、未知との遭遇状態…。

2週間ほど前から、ごくごく身近で感染の話を聞くように。でも、1週間ほど前からそれが加速し始めたんです~( ;∀;)

まずは、先週末会う予定だった友達から連絡が来て、月曜日に一緒だった顧客が金曜日に感染したと…(彼女は2万円ほど支払ってPCR検査を受け、陰性でした)。

それから、オンラインの日本語の生徒さん(13歳で、自身は2か月前に学校で感染)から、今度は両親が感染して自宅療養しているとの報告。

別の友達のご主人も職場で陽性者が出て、症状は出ていないものの簡易テストをする毎日。クリスマス前に不意打ちのように陽性者が激増して、濃厚接触者も大激増。

うわ~、すぐ近くまで迫って来た~と不安になったところで、今度は我が息子が!!

先週頭の3日間、友達とロンドンに遊びに来ていたのですが(家には帰って来ず)、大学のある町に戻ったところで友達が発熱(◎_◎); PCR検査の結果、おととい陽性が判明しました(◎_◎;)

息子は先週金曜日から簡易検査ではずっと陰性だったものの、友達が陽性だったのでもう感染してるに違いない!と悲観的な気持ちになっていました…。

で、息子は昨日PCR検査に出向き、今日結果が出る予定だったのです。

心配で一日中落ち着かなかったんですが、ついさっき連絡が!

陰性でした~\(^o^)/ ヤッタ~!

これで息子は下宿先で独りぼっちのクリスマスを過ごさずに済みます。

去年のこの時期は英国由来のアルファ株が急増して、政府はクリスマスの5日前にロックダウンに踏み切りました。我が家では、通常義両親や義妹家族の家に行って一緒にクリスマスを祝うのですが、私たちが会ってプレゼントを交換したのは今年の4月。

今年は義両親宅に行って2家族でクリスマスを過ごすことになっていたのですが、息子の友達の感染で不透明に。でも、義両親に陰性の情報を伝えたところ、予定通りに来てと言われました。

念のため、出発前に全員簡易テストをして確認し、換気を徹底してコロナ感染することなくクリスマスを過ごせればと思っています。

オミクロン大感染のなか、重症化する人が少ないのが救いといえば救いかな…。私の周りで感染した人は全員軽い症状で済んでいます。オンランピラテス仲間のひとりも陽性(同じ家に住む3名全員)ながら、昨日のクラスに参加してました(;^_^A

熱や咳はそれほど酷くならず、呼吸が苦しくなったり、嗅覚・味覚に変調をきたすことも少ないよう。軽い風邪やインフルエンザに近い症状で、ピラテス仲間は2日間ほどくしゃみが出て「あれっ、風邪かな?」という感じだったそう。重症化しているのはワクチン接種をしていない人が殆どと聞いています。

症状が軽いのはやはりワクチン接種のお陰のよう。症状が軽ければそれほど恐れることもないと思うのですが、問題はオミクロン株の感染率の高さですね。入院患者が増えると医療システムがパンクしてしまうので…。

森林公園ハムステッドヒース内、ケンウッドハウスのイルミネーション

皆さんも感染に注意して、素敵なクリスマスとお正月をお過ごしください。

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その2)

早いもので、12月もすでに中盤に入ってしまいました。仕事も生活もなんだか慌ただしくて、時間だけがびゅんびゅん過ぎていく感じ…毎年この季節になると焦るのですが、今年は高速感が半ばないです~。

    通勤途中の風景。最近では4時ごろになるともう薄暗いのですが、寒桜や赤い実が暗い季節を彩ってくれてます

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さて、マギージョンソンさんの講演の続きです。

場面緘黙児の不安は一体どこからくるのか?

その謎が解けたのは、1995年にマギーさんの娘さん(当時10歳)が酷い蟻恐怖症になり、児童心理士を受診した時のこと。心理士は恐怖症がどのように始まり、作用するかを説明したうえで、マギーさんが無意識のうちに恐怖症を強化してしまっていると忠告…。マギーさんはショックで泣きだしてしまったそうですが、同時に「あっ、場面緘黙も同じなんだ!」とピンときたそう。

不安障害は心理的な問題――恐怖やパニックは現実のものだけれど、感じる脅威は頭の中でつくられた/ 想像されたもの。現実の不安要因に対して、感じる恐怖は不合理に大きく、全くつり合いが取れていません。大きな恐怖を脳が察知すると、身体が条件反射的に反応して、冷や汗が出たり、足がすくんだり、体全体が硬直したり、パニックに陥ったり…人によって症状はさまざま。場面緘黙の場合は、喉が締まったようになり、声が出なくなるのです。

場面緘黙の人にとって、特定の人や場面で話すだろうという期待は大きな脅威。ほとんどの緘黙児には、不安を感じることなく話せる小さなサークル(安全領域/ コンフォートゾーン)がありますが、大多数の人はこの安全領域の外なのです。その人・場面を知っている期間の長い・短いは関係ありません。

子どもはすごく話したいと思っているのに、恐怖のために声がでないのだ――そう理解したマギーさんは場面緘黙の治療に恐怖症への対処法を取り入れることに。それまでにスモールステップ法が有効なのは明らかでしたが、その上に必要なものが判明したのです。

治療を始める時は、子どもに対して、どんなに怖い思いをしているか解っていると共感。自分がすることは話をさせることではなく、恐怖心を少しずつ少しずつ減らしていく助けをするのだと説明します。子どもが「できる」と思えるように、小さなステップを重ねていくことが重要です。

もう一つの大きな変化は、子どもと保護者の前で場面緘黙についてオープンに話すようにしたこと。不安について話すことで、子ども自身も自分の状態を把握できます。

また、保護者が子どもの緘黙を強化しないよう、保護者も治療チームに加えるようにしました。親の育て方のせいで子どもが緘黙になるのではないことも強調。保護者はどうして自分の子どもが緘黙になったのか見当がつかないことが多く、原因を見つけようと苦悩します。でも、保護者が不在の時に緘黙になるきっかけに遭遇していることも多いのだとか。

治療法にこれらの変更を加えたことで、子ども達の回復はかなり早まったといいます。

治療にあたっては、主にスライディングイン法とフェイディング法を使いますが、重要なのは段階的なエクスポージャー法を取り入れていること。以前はシェイピング法(段階的に発話動作を形作っていく)を使い徐々に声を出せるようにしていましたが、スライディングイン法を使うと、最小のストレスで最速で子どもを回復させることができることが解ってきました。

(またまた次回に続きます)

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大人の緘黙ー緘黙啓発月のSM H.E.L.P. から

第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その1)

第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その2)

第2回 SM H.E.L.P オンラインサミットから(その3)

SM H.E.L.P 2021年秋サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その1)

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湖水地方の夏休み(おまけ)ブロンテ姉妹のハワース

11月もあと数日で終わりですね。今回で、やっと湖水地方の夏休み記事が終わりです。最後まで付き合ってくださった方、ありがとうございました。


 
シャーロット・ブロンテの肖像画

湖水地方でのホリデーを終えた後は、ヨークシャーを経由して帰途に就きました。リーズの北にあるハワースという小さな町で、19世紀の英国文学に大きな影響を与えたブロンテ姉妹が育った牧師館を見学し、何年かぶりにリーズに住む友達家族と会うためです。

湖水地方の南東にあるヨークシャーへ向かう途中には、『嵐が丘』に出てくるような荒涼としたヒースの原野が広がっていました。

  

   小高い丘の上にある牧師館(左)と兄弟のブランウェルが描いた3姉妹の肖像画。牧師館の隣には父親パトリックが牧師をしていた教会がある

牧師館は現在博物館になっていて、『ジェーンエア』を書いたシャーロット(1816~1855年)、『嵐が丘』のエミリー(1818~1848年)、『ワイルドフェル屋敷の住人』のアン(1820~1849年)の3姉妹が使った家具や所持品、原稿や日記、書簡などが展示されています。

ブロンテ牧師夫妻が6人の子どもを連れてこの牧師館に引っ越してきたのは1820年のこと。 その翌年に母親のマリアが死亡し、子ども達は伯母に育てられることに。

上の姉妹4人は聖職者の子女のための寄宿学校に入学しましたが、長女マリアと次女エリザベスが結核にかかり相次いで死亡。その昔『ジェーンエア』を白黒映画で初めて見た時、カソリック寄宿学校の過酷な生活描写に驚き、本を読んでまた驚いたんですが、実体験に基づいて書かれたよう…。当時ハワースでは人々の暮らしは貧しく、平均寿命がなんと25歳未満だったとか!生後6か月未満の乳児の死亡率は41%だったというから驚きます。

 シャーロッテが描いたアンの素描とアンが描いた風景画。右は姉妹が使っていた裁縫箱

上の子ども2人を続けて亡くしたパトリック牧師は、3女シャーロット、長男ブランウェル、4女エミリー、末っ子のアンを家庭で教育しました。3姉妹が描いた絵が複数展示されていましたが、皆なかなかの腕前。当時、貧しい牧師の娘は裕福な家に嫁ぐことは望めず、自立への唯一の道は教師や家庭教師になることだったそう。そのためには、美術や音楽も極める必要がありました。

     ピアノがあるパトリック牧師の書斎。若きブロンテ姉妹が作ったミニチュア本は、虫眼鏡がないと読めないほどの大きさ

外の世界から孤立して育ったこともあり、3姉妹と第4子で長男のブランウェルは非常に仲が良かったそう。子どものころから共同で空想の物語を創って遊び、次第に複雑な物語を書くようになったのです。芸術全般に優れていたブランウェルを父親も姉妹も天才とみなし、彼の将来に大きな期待を寄せていたとか。でも、彼はアルコールとアヘンに溺れ、大成することなく31歳でこの世を去りました。

  3姉妹がそれぞれの小説を書いた応接間兼ダイニングルーム。簡素であまり飾り気がありません

3姉妹は1846年に自費で詩集を出版。当時は女流作家が認められておらず、男性名のペンネームを使っていました。1847年に『嵐が丘』(エミリー29歳の時)と『ジェーンエア』(シャーロッテ31歳の時)が出版されて大きな話題に。翌年にはアンの2作目『ワイルドフェル屋敷の住人』(28歳の時)が出版され、人気を博しました。

          階段の踊り場にある大時計(左)と簡素なキッチン(中)。シャーロットのドレスから(右)から彼女がどんなに小柄だったか伝わってきます

でも、彼女たちの小説家としての活動はとても短いものでした。エミリー(享年30歳)とアン(享年29歳)は出版から時を経ず結核で死去。ひとり残されたシャーロットは結婚したものの翌年に38歳で亡くなり、父親のパトリックが子ども達より長生きする結果に。6人の子宝に恵まれながら、誰ひとりとして子孫を残せず、ブロンテ家は途絶えてしまったのです。

少ない人生経験からあれほどドラマチックな物語を生み出した彼女たちが、そろって薄命だったのは、ハワースの気候や当時の暮らしぶりも大きく影響していたんでしょうね…。

 当時の面影を残す目抜き通りの坂道。町の向こうは長閑な田園風景

小雨が降り出しそうな曇り空の下、カフェの中庭で友達一家とランチをしながら、色々語り合うことができました。しばらく見ないうちに、子ども達が大きく成長していてビックリ。コロナ禍はまだまだ続きそうですが、時間はどんどん流れていくので、うまく息抜きをしていけるといいですよね。

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SM H.E.L.P. サミット マギー・ジョンソンさんの講演(その1)

11月ももう半分過ぎてしまいましたね。イギリスでは冬時間に切り替わってから日暮れが早く、時間が経つのが本当に早い気がします。

     昨年は中止になった近隣の花火大会が今年は決行。燦めく光を求めて多くの人が集いました

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場面緘黙啓発月だった先月に開催されたSM H.E.L.Pサミットでは、ティーンと大人の場面緘黙がテーマでした。印象的だったのは、イギリスで緘黙治療の第一人者と言われるSLT(言語聴覚士)マギー・ジョンソンさんの講演。その内容を数回に分けてお伝えします。

場面緘黙との出会い

マギーさんが場面緘黙と出会ったのは偶然のことでした。SLT(言語療法士)の資格を取って初めて治療にあたったのが、話さない15歳の少年。保護者も周囲もどうしていいか判らず、少年は寄宿制の特別支援学校に入れられていたとか。唯一話せる相手、母親から切り離されてしまっていたのです。

新米SLTのマギーさんの仕事は、当時「選択性緘黙(Elective Mutism)」と呼ばれていた症状を持つこの少年を話せるようにすること。初めて聞く症状名――1976年当時はまだインターネットもなく、医学事典に載っていたのは「本人が話すことを拒否している」という説明。

(「選択制緘黙」は80年代前半にDSM-III(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)に初登場しましたが、話すことへの継続的な拒否(persistent refusal to speak)とされていました)。

少年は母親と連絡を取るために、寄宿舎の公衆電話を使わなければなりませんでした。そこには他の生徒や教師がいて、話したら声を聞かれてしまいます。彼は受話器をトントン叩いて音を出すことで、母親とコミュニケーションを取っていたそう。

マギーさんは「当時は何も知識がなくて、彼と向かい合って座っていたの。私の視線をまともに受けて、長い沈黙がどんなに苦しかったことか」と回想します。

ある日のこと、沈黙し続ける彼のほほにひとすじの涙が…。それを見て、マギーさんは「話すことを拒否してるんじゃない。わざと話さないんじゃない。専門書は間違っている!」と直感したそう。でも、どうしたら助けられるのか判りませんでした。

この少年は1年後に学校を去ったそうですが、その後彼が自殺を図ったことを知り、マギーさんは大きなショックを受けました。そして、この体験こそが彼女を場面緘黙の治療法を見出すミッションへと駆り立てたのです。

この少年との出会いがなかったら、マギーさんが世界に先駆けて多くの場面緘黙児や青年、成人を助けることはなかったと思うと、運命的なものを感じます。

次の緘黙ケースは、同じように寄宿学校に入れられた8歳の男の子。この時は、まず話すことへのプレッシャーを取り除き、非言語でコミュニケーションを取るよう指示しました。子どもが話したいと思っていること、何かが話す妨げをしていること、それは不安によるものらしいと気づいたからです。

教育心理士に相談し、自分の持つコミュニケーション法の知識と心理士の持つ不安の知識を掛け合わせて、スモールステップ方式の取り組みを考案。幸いにもこれが功をなし、少年は1年半でマギーさんと話せるように。そのあと6か月で誰とでも話せるようになりました。なによりも、彼が幸せそうになったことが本当に嬉しかったとか。それ以来、学校でもクリニックでも同様の対処法を使うことにしたそう。

この間アメリカでも場面緘黙の研究が進み、1994年に発表されたDSM-IVでは症状名が「場面緘黙(Selective Mutism)」と変更され、「ある場面では継続的に話せない」という記述に。それでも、どこから不安が来るのかはまだ謎でした。

(長いので、次回に続きます)

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湖水地方の夏休み(その7)海辺でピクニック & ケンダル周辺

すでに11月に入ってしまいましたね。イギリスでは冬時間に切りかわって時計を1時間進めたので、4時半をすぎるともう日暮れ。暗くて寒い冬の始まりですが、幸運にも秋晴れの日が続いています。いまだに夏休みの話題ですみません。

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ついに湖水地方のホリデー最後の日。せっかくアイリッシュ海の近くにいるので、北の海を見ておくことにしました。白羽の矢を立てたのは、ホリデーアパートから車で北西に15分ほどのところにある、アーンサイド&シルバーデール(Arnside & Silverdale)の海岸。英国の秀逸な自然美エリア(Area of Natural Beauty in England)指定地区ということで、風光明媚(?)な海岸でのんびりする予定でした。

   

ピクニック用のお弁当を作ってから、ゆっくり出発。途中、丘の上にそびえるアーンサイド城の廃墟に立ち寄ってから、海岸へに向かいました。

  干潮で水が引いた海岸に陸橋がくっきり。お弁当はお握らずとお握り

海を見渡すベンチに陣取ったまでは良かったのですが、いざピクニックを広げたら風が強くて寒っ…。いそいでお弁当を食べ終え、海岸沿いに並ぶお土産店やブティックをぶらぶら。

午後は湖水地方の入口といわれるケンダル地区へ。まずは中世に造られた要塞、シザー城(Sizergh Castle)を見学。現在ナショナルトラストが管理していますが、実は1239年から今日にいたるまで、由緒あるストリックランド家の住居なのです。

経済的な理由も大きいとはいえ、自宅に観光客がどっと押し寄せるなんて落ち着かないだろうなと思いつつ、屋敷内と広~いお庭を散策。池や野菜畑もありました。人手不足で敷地内のカフェがお休みだったので、お茶する場所を求めてケンダルの町中へ。

    イギリス最古の歴史を誇るコーヒー焙煎の老舗。古き良き外観と伝統的なコーヒー&紅茶缶が並ぶカウンター周り

ケンダルには湖がないせいか(?)、観光客はまばら。1819年からコーヒーを焙煎しているという地元の有名店、ファラー(Farrer)に入ることができました。コクのあるラテと温かいチェリーパイが美味しかったです。

ゆっくり寛いだあと、ケンダルの町を散策してから帰路に着きました。それまでアパートに面する運河を探索していなかったので、夕食後に運河に沿ってゆっくりお散歩。ナロウボートを借りて運河の旅をする人も多いのですが、私的にはちょっと…かな。

    運河の向こう側がホリデーアパート。久しぶりに夕日もお目見え

今回のホリデーは天気も思ったほどには悪くなくて(ほとんど毎日雨の予報だった)、まあまあ湖水地方を満喫できたかな…。また、天候の良い時期に再訪して、次は思い切り自然とハイキングを楽しみたいと思います。

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