アイスランドの夏休み(その5)

全くの季節外れになってしまいましたが、今年のうちに何とか夏休みの話を終えようと頑張ってます…。

5日目:ゴールデンサークルへと南下

5日目の8月12日は草屋根のログハウスとお別れして、南へと下る日。この日は息子の18歳の誕生日でもありました。イギリスでは18歳で成人と見なされるのですが、う~んまだまだ子供っぽい…。

さよなら、ご近所のトンガリ山

アイスランドの内陸部はほとんど人が住めないので、途中ですれ違う車もごくわずか。荒涼とした風景の中、人気の高い観光地ゴールデンサークルを目指して車を走らせました。

    途中、一本道にマイクラを止め、岩だらけの展望台へ

最初の目的地は、ユネスコの世界遺産に登録されているシンクヴェトリル国立公園(Þingvellir National Park)。ここは、930年から1798年までアイスランドの民主議会が開催された地。「こんな何もないところでどうやって?」と思ったら、議会が開かれる夏の間に各地から人々が集まり、仮シェルターを造って寝泊まりしていたそう。

     総面積約240㎢という広大な国立公園。複数の駐車場とウォーキングコースがあります

旅行1日目に、ユーラシアプレートと北アメリカプレートの割れ目(ギャウ)にかかる架け橋(『アイスランドの夏休み(その1)』をご参照ください)に行ったのですが、その割れ目が西から中央、北へとアイスランドの国土を貫いているのです。

    

高い壁の合間がギャウ。本当に地球の裂け目という感じでした~

曇り空の下、次は有名なゲイシール地熱帯へ。地下から大量の水が定期的に吹き上がる間欠泉は人気の観光スポット。代表的なグレート・ゲイシール(The Great Geysir)は噴出が最大約60mと世界的に有名でしたが、現在では殆ど活動が止まっています。その代わりに(?)、近くのストロックル間欠泉が5~10分おきくらいに20mほどの噴出を続けています。

 

  

        シャッターチャンスを待って、観光客がストロックル間欠泉の周囲をぐるりと囲みます

次は「黄金の滝」という異名をもつグトルフォス(Gullfoss)へ。ラング氷河(Langjökull)から流れこむHvítá川の上流部分にあって、最大幅が約70mというアイスランド随一の規模を誇る滝です。

    簡単なロープが張ってあるだけで、滝との距離はすぐそこ。水しぶきがすごくて大迫力

ここから、更に南のセルフォス(Selfoss)へ。今回初めてハウスシェアをしたんですが、共同キッチンは使わずにレストランで夕食。

    他が空いてなくてステーキハウスへ行ったんですが、ここが大当たりで美味しかったです。メインは各2500円くらいで、やっぱり高い!

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アイスランドの夏休み(その1)

アイスランドの夏休み(その2)

アイスランドの夏休み(その3)

アイスランドの夏休み(その4)

アイスランドの夏休み(その4)

4日目:西アイスランドで溶岩トンネル探検

北欧といえば夏の白夜で有名ですね。アイスランドでは6月下旬から1か月近く白夜となり、夜になっても太陽が沈みません。20年前の新婚旅行は7月下旬だったので、空港についたのが真夜中だったのに外が明るくて戸惑いました。今回は8月中旬に訪れたため、日暮れは夜10時ごろでしたが、漆黒の闇ではなく薄暗い感じ。天気が良い日は、朝5時くらいから太陽が輝いています(なのに、遮光カーテンが少ないのは何故?)

 

   気持ちよく晴れた朝、ご近所はこんな感じ。朝ご飯はバナナ入のグラノーラとたっぷりの紅茶 (イギリスから持参しました)

この日は、朝10時から 車で30分くらいのところにあるヴィズゲルミル溶岩洞窟ツアー(Vidgelmir Cave Tour 6,500ISK(約6,000円)を予約してありました。「ツアーの10分前に来て」と注意書きがあったのですが、主人はせっかちなので1時間前に出発。で、途中で手袋(サイトで勧めていた)を忘れたことに気付き、しばし夫婦喧嘩に…。

      洞窟への道のりは舗装されていないデコボコ道。天気がいいので氷河を抱いた山も見えました

洞窟ツアーセンターに到着すると、やっぱり私たち家族が一番乗り。待ち時間に外に出て、苔に覆われた周囲の溶岩台地を探索してみました。

   

こんな土地で作物を育てるのは絶対無理ですね…。

ツアーの時間が迫るにつれポツポツ人が集まってきましたが、10人に満たない数。ツアーガイドのイギリス人女性 (洞窟のオーナーの奥様で、ロンドン出身だとのこと) が、「普通は30人くらいのグループなのに、こんな少人数は珍しい」と笑っていました。ヘルメットを被って晴天の元いざ出発。「年間を通して、こんなに晴れたのは珍しい」とも言われ、とてもラッキーでした。

    大地にぽっかり開いた穴が洞窟の入口。中は湿っていてヒンヤリしてましたが、手袋するほどでも

アイスランド最大というこの溶岩洞窟は900年頃に形成されたものだそう(そんな洞窟を個人が所有してるところがスゴイ)。ところどころライトアップされていて、8月には珍しいという氷筍も見られました!岩の色彩がきれいで、ところどころトロールのように見える箇所も。人数が少なかったので、ガイドさんの説明も丁寧で、写真まで撮ってくれました。

           

お昼ご飯を食べるために、一端コテッジに引き返したのですが、途中に牧場(?)があって、アイスランドの馬を身近に見ることができました。馬同士の仲がとても良く、まるで笑ってるように見える馬も…。

      馬たちは小柄でずんぐりむっくりの体形。オーナーが馬を走らせている所にも遭遇しました。ポツンと立っていた白い教会が印象的でした

お昼ご飯を食べて一息ついてから、「溶岩の滝」という意味のフロインフォッサル (hraunfossar) へ。氷河から溶けた水が、約1kmに渡って川縁の溶岩台地のすき間から流れ落ちている珍しい滝です。当日ネットで調べて行ったんですが、駐車場に観光バスが何台も止まっていて、ちょっとビックリ。でも、その雄大な景色を見て納得でした。

    

こんなに大量の水が一体どこから?と目を見張ってしまいます

帰り際、アイスランドで唯一という小さな山羊ファームに寄ってみました。カフェ兼ショップがあって、石鹸や化粧品から食品や洋服類まで、ゴートミルクや山羊毛を使用した手作りの商品がいっぱい。オーナー夫人とのおしゃべりも楽しかったです(しかし、どこに行ってもみんな英語が流ちょう)

シーソーに乗る山羊なんて初めて

 農場の敷地を自由に歩き回る鶏たち。ゴートミルクのアイスクリームはなかなか美味

  夕食後ふと外を見たら、どこから来たのか牛たちがのんびり草を食んでいました

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アイスランドの夏休み(その1)

アイスランドの夏休み(その2)

アイスランドの夏休み(その3)

アイスランドの夏休み(その3)

3日目:西アイスランド、スナイフェルスネス半島(Snæfellsnes)巡り

すみません、秋も終わりの今、まだ夏休みの話題続行中です。

20年前の新婚旅行ではアイスランド南東部を回ったのですが、今回は西部へも足を伸ばしました。レイキャビクの北西に位置するスナイフェルスネス半島は、この国特有の自然や地形が集まる、アイスランドの縮小版。特に有名なスポットはありませんが、ジュール・ヴェルヌの小説『地底探検』の舞台にもなっています。

レイキャビクを出て最初の目的地は、60km北にあるフィヨルドの入り江の町、ボルガルネス(Borganes 冬はオーロラが良く見えるらしい)。観光ではなく、庶民のスーパーBonusで食料品を買い込むためでした。先回、外食がめっちゃ高い割に美味しくなかったので、今回は訪問先でキッチン付のコテッジを借りて自炊したのです。

    ボルガルネス(Borganes)の近くの風景。フィヨルドの海岸線が続きます

で、青果コーナーに行ってみてビックリ!山積みにされたニンジン、どれも一部が黒ずんでる…。こんなに傷んでるのに正貨で売ってるんだ~、と妙に感心してしまいました。

空輸してトラックで運ぶと費用がかさむんでしょう。が、それにしてもイギリスの2倍くらいする割に、野菜や果物の種類が少なくて質も悪い…。バスケットに入れたのは、玉ねぎとジャガイモ、レタス、キュウリ、トマトとレモンくらい。

ふと思いついて冷凍野菜コーナーへ行ってみると、大袋入りのブロッコリー、ニンジン、カリフラワーなどのミックスベジタブルが結構お得。半島を回ってから夕方コテッジに着く予定だったので、「それまでに自然解凍できる」と冷凍のチキンやハムなども追加。ロンドンから持参した保冷バッグが役立ちました。

食料の買い出しの後、地元の有名ベーカリーが経営するカフェでコーヒータイム。コンテストで受賞したケーキの写真が飾られていたんですが、う~んセンスが40年くらい古い感じ…。でも、レーズン入のボール型ドーナツは甘さ控えめで、懐かしい素朴な味でした。

そこから、いざスナイフェルスネス半島へ。半島の南側の一本道を通って西の先端部をぐるっと回ったんですが、それほど人気の観光地ではないので、すれ違う車はごく僅か。20年前の旅を想い出しました。

     だだっ広い荒野にキザキザ尖った山や高台があって、ときおり農場(放牧中心)がポツンポツンと点在。お隣の家まで車で何分?

    

赤茶けた大地から天然の炭酸水が湧き出ているOlneldaの農場。中央の蛇口からボトルに水を汲んで、備えつけの料金箱に200ISK(約180円)投入。やや強めの炭酸水でした。

     行けども、行けどもこんな風景

ピラミッド型の山、スターパフェル(Stapafell)を越えて、半島の西端部にあるアルナルスタピ(Arnarstapi)村のビジターセンターに到着。

まずはレストランで腹ごしらえ。ロブスタースープ2400 ISK(約2200円)は煮詰めすぎたのか、超しょっぱかった!息子のフィッシュ&チップス(この旅3回目)2600 ISK(約2400円)は初めてレモン付!野菜が高いためか、サラダ等の付け合せは全くありませんでした。

村の入口には半分人間、半分トロールの巨大な石像が

  岸辺は断崖絶壁。六角形の柱状節理や板状節理など、火山岩独特の形状が大迫力

次は車ですぐのヘトルナルHellnarへ南下

  

      浜辺へ降りると足元はゴロゴロ大きな石だらけ(右の写真、私の靴が判るでしょうか?)

   

浜を囲む奇怪な形状の崖。海へと流れ込んだ溶岩の形がくっきり残っています

次は、半島の先端部分にあるスナイフェルスヨークトル国立公園の駐車場に車を止めて、切り立ったフィヨルドの断崖Pufubjarg cliffsの上を散歩。

  

遠くに見えるのはロゥンドランガル(Lóndrangar)と呼ばれる2つの巨大な岩

  

   半島先端の中央にそびえ立つスナイフェルスヨークトル(Snæfellsjökull)火山。すっぽり雲に覆われていましたが、一時天候が回復して氷河が見えました

      半島の先端をぐるりと回り、野鳥のパラダイスというリフ(Rif)の漁港へ。でも、風が強くて寒かったのですぐに退去

 

     リフの近くにある滝Svöðufoss。背景には雄大なスナイフェルスヨークトル火山がそびえ立っているはずが、雲に隠れて全く見えず…残念

さよなら、雲の向こうの火山

ここからは、元来た道を一路ウエストカントリーのコテッジへ。レイクホルト(Reykholtの村から更に北東に入ったところにあったんですが、アイスランドの内陸部って、人が住めない山岳地帯や高原台地なんです。行けども、行けども何もない…。道は途中から無舗装の砂利道になり、サテナビも使えない…。

   心細くなった頃、農家が見えました。更に、先に進むと、

    ありました~!大草原の小さな家ならぬ、大高原の小さな草屋根ログハウス。6時過ぎてるのに天気も回復!

中は意外に広くて快適。IKEAの家具ではなく、ファームハウス風だったのがGood

レースのカーテンもいい感じで、マリメッコのクッション:)

       

 ベッドルームの上にロフトスペースもあって、キッチンはオーブン付

ただひとつの難点は、トイレ&シャワールームが入口の横にあって、一度外に出ないと行けないこと。真夜中でも真っ暗にはなりませんが、やっぱり怖かったです!

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アイスランドの夏休み(その1)

アイスランドの夏休み(その2)

アイスランドの夏休み(その2)

2日目:レイキャビク市内観光

旅行2日目は、観光スポットや公共プール、市内バスなどが無料・割引になるレイキャビク・シティカード(24時間で約3,500円)を購入。なにせ物価がめっちゃ高いので、まともに払っていたらお財布が持たないのです。カードを利用して午前中は徒歩で市内観光、午後からは北東部沖にあるヴィーズエイ島(Viðey) へのボートトリップを楽しみました。

 

       街の中心部にあるチョルトニン湖の岸辺。空気が澄んでいるためか、どこに行っても川や湖の水面が鏡のよう

チョルトニン湖岸の市庁舎でカードを購入し、いざ出発。まずは近くにあったナショナルギャラリーに一番乗り。入口には大きなバスケットが置かれていて、その中には伝統的な室内履用の靴下が。主人と息子はこの分厚い毛糸靴下に履き替えて、館内を歩きました。

    自国アーティストの作品が中心ですが、ムンクの「病める子」にも遭遇

次は、レイキャビックのランドマーク、ハットルグリムス教会(Hallgrimskirkja) へ。j近代的なコンクリートの教会は41年かけて1986年に完成したもの。有名な大型パイプオルガンがあり、74.5mある塔はアイスランドで最も高い建造物です。でも、20年前は気軽に階段を上れたのに(無料)、現在は最上階の展望台までエレベーター+人の列+有料…で、断念。

  

繁華街をブラブラ歩き、お昼ご飯にフィッシュ&チップスを食べた後、20世紀初頭に建てられた白亜の館カルチャーハウス(The Culture House)と古い倉庫を改造したアートギャラリー(Hafnarhús)へ。

       

    デンマーク人の建築家、ヨハネス ニールセン (Johanes Nielsen)が建てたネオクラシック様式のカルチャーハウスは、かつて国立博物館だったとか。展示はそれほどではないけれど、建物自体が美しかったです

  

    Hafnarhúsでは、ポップアーティスト、エロを筆頭に、自国作家のコンテンポラリーアート作品が中心

         

   実は、作品よりも港が見える休憩スペースで飲んだ無料のコーヒーに感激。通常コーヒーは500円弱ですが、スイーツを足すと1,000円を軽く超えちゃう…イギリス以上の物価の高さなのでした

    

レイキャビクの街歩きは徒歩でじゅうぶん。壁のグラフィッティが芸術的でした

ヴィーズエイ島(Viðey)へ

オールドハーバーから、フェリーに乗ってヴィーズエイ島へと出発。港には大きな客船が多数停泊していて、北欧周遊旅行の拠点のひとつになっているよう。途中、鱗のように輝く全面ガラス張りのコンサートホール、ハルパ(Harpa)ともうひとつの船着き場に寄りました。所要時間は20分ほど。

  多数の豪華客船が湾内を行き来。小さな黄色い灯台の背後には半円の緑のマウンドがあって登っている人たちの姿が見えました

    2007年に登場したハルパ(Harpa)。アイスランドの海岸でよく見られる六角形状の岩群、バサルトロックを模ったデザインが独特

  ヴィーズエイ島が見えてきました。古い小さな教会と黒い屋根のレトロなレストラン、ヴィーズエイハウスがあります

 

  色遣いが可愛らしい教会内。青空の下、地図を片手にぶらぶら散策。午後の遠足にちょうどいいサイズの島です

総面積約1.7k㎡のこの小島は西部と東部に分かれて、150種以上の植物が茂る緑豊かな野鳥の天国です。私たちは1940年代まで漁村があったという東部を散策。小さな小学校(レプリカ?)には、村人達や漁獲した魚を干す風景など、当時の生活をしのばせる写真が。緑の草地に廃墟になった家の跡が点在していて、ちょっと物悲しい気持ちになりました。

晴天だったためか、どこまでも青い海がきれいでした

海辺を散策した後、違う道から船着き場の方に戻ろうとしたんですが、途中から小径が消失…。野草が生い茂っているのはデコボコの大地で、どんどん足場が悪くなってしまい、途中で引き返すことに。

ヴィーズエイハウスから少し北東に行くと、オノ・ヨーコさんが造ったイマジンピースタワーが。ジョン・レノンの誕生日10月9日から彼の命日12月8日まで、白い井戸を模ったモニュメントから天空に向けてライトアップ。暗い夜空に光の塔が映し出されるのだとか。

バイバイ、ヴィーズエイ島

ところで、最終のフェリーで街に戻ったらハルパ内を見学しようと張り切っていたんですが、男性陣に「スーパーが閉まっちゃう!」と止められ、結局行けずじまい…。レストランの夕食が高いので、今回は節約のためスーパーへの依存度大。地元の人達の暮らしぶりが想像できるので、旅先でスーパーをのぞくのは大好きです。

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アイスランドの夏休み(その1)

アイスランドの夏休み(その1)

もうすぐ10月も終わりですね。思いっきり時間が経過してしまいましたが、この夏息子は18歳になりました。イギリスでは成人になる年なので、私たち夫婦の結婚20周年記念を兼ねて、新婚旅行で行ったアイスランドに家族で行ってきました。

1998年当時は旅行先として人気はなく、税関で「新婚旅行です」と言ったら、「何でアイスランドなんかに?!」と驚かれたという…。行くことに決めたのは、アイスランドの歌姫、ビュークのドキュメンタリーに出てきた風景に心を奪われたから。

このビデオの背景にはアイスランドの絶景が散りばめられてます

1日目:レイキャネス半島南西部とレイキャビク

ロンドンからケブラビーク空港まで飛行機で約3時間。空港のレンタカーオフィスで1時間待たされた後(提携していたエージェントのひとつが潰れ、オフィスが大混雑)、なんとか無事にレンタカーを借りることができました。

で、車を見てビックリ。何と、20年前に借りたのと同じ、白い日産マイクラだったのです!違う車を予約しておいたのに…。

首都レイキャビクのゲストハウスは午後2時にならないとチェックイン不可。なので、まずは空港周辺のレイキャネス半島を観光することに。

    アイスランド独特のターフルーフの小屋

バイキングワールド博物館  https://www.vikingworld.is/#home

最初に9世紀のバイキング船、ゴクスタ船のレプリカがあるバイキングワールドへ。入場料の1,500ISK(約1,400円)が高いかなと迷っていると、親切な館員さんが「家族料金でいいよ」とまけてくれました~(^^;

ガラガラの館内を見学して、今回初のお昼ご飯。伝統的な羊肉のスープ、キョットスーパ(Kjötsúpa)1,200ISK(約1,100円)を選びました。さっきの館員さんが、「パンはお代わりしていいからね」と。

 伝統的な羊肉のスープ、キョトスーパ(Kjötsúpa)1,200ISK(約1,100円)。コンソメ風のスープに柔らかく煮こんだラム肉、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、キャベツなど野菜がいっぱい。今回の旅行で何度か食べましたが、パンも含めここのが一番安くて美味でした

大陸の割れ目

次はレイキャネス半島の海岸沿いを走る1本道(425号線?)を通って、ユーラシアプレートと北アメリカプレートの割れ目にかかる架け橋 Bridge of Two Continents へ。

行く道は見渡す限りの溶岩台地

 

架け橋と橋の上から海側を見た風景。右側がユーラシア大陸で左側が北アメリカ大陸?(有料ですが、地元の観光局で「2大陸横断証明書」を出してくれるそうな)

グングヴェル地熱地帯

半島の最南端 Reykjanestá(レイキャネス半島の爪先)に立つ灯台

更に南へ下った半島の最南端近くにあるのがグンヌヴェル地熱地帯(Gunnuhver)。赤っぽい地面のあちこちから蒸気がもうもうと立ち込め、腐った卵のような硫黄臭が。アイスランドの電力は地熱発電が3割、水力発電が7割と、100%再生可能エネルギーなのだそう。

  

地熱開発で、電力だけでなく家庭や企業で使う熱湯や暖房もまかなっているとのこと。だから、お湯の蛇口をひねるとゆで卵の臭い(笑)。シャワーを浴びるのに「臭いが体に移るかも」と心配になりますが、乾けば大丈夫。日本も温泉が多いので、もっと地熱発電を開発できるといいなと思います。

レイキャビクのウォーターフロント

レイキャビクのゲストハウスに腰を落ち着けた後、街の北西にあるオールドハーバーへ。というのも、主人も息子も水泳パンツを忘れたことが判明し、家主さんがスポーツショップがあると教えてくれたから。

オールドハーバーにはカフェやレストラン、ギフトショップがいっぱい

ウォーターフロントを東へ歩いてくと、バイキング船をデザインした彫刻 Solfarがあります。20年ぶりに再会できて大感激。途中、観光客がやってるのか積み石だらけのスポットがありました。

 

 

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その5)

イギリスは5月から例年になく好天の日が続き、気温もぐんぐん上昇。7月は観測史上2番目の暑さだったとか。既に8月に入ってしまいましたが、やっと「春休み」の最終回です。

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ポメリエで朝を迎え、その日はバスで「黒海の真珠」と呼ばれる海辺の町、ネセバルへ行くことに。3千年以上の歴史を持つこの町は、黒海沿岸に突き出た小さな半島にあります。旧市街地は1983年にユネスコの世界遺産リストに登録され、古代都市の遺跡があちこちに残っています。

まずはホテルの朝食で腹ごしらえ

ホテルの近くにあるバス停に行くと、ネセバル行きのバスの本数はまばら。11時発のバスを待つ間、歩いて15分ほどの塩博物館まで足を伸ばしましたが、この日はお休み…(後で判ったのですが、シーズンオフなのでバスも少なく、町の殆どの博物館は休館)。仕方ないので、近所にあったスーパーを探索して時間を潰したのでした。

   

    塩博物館の建物。浅瀬に浮かぶ白いラインは何?と思ったら、白い鳥がずらりととまっていました

        キャラメルみたいなパッケージ入りのターキッシュデライトは、ひと箱約65円と激安!

小型バスでガタガタ道を走ってネセバルに着くと、人出が多くてやっと「観光地」という雰囲気に。まずは、旧市街へと繰り出しました。

ネセバルの入口。驚くほど青い空が広がってました

 

聖ステファン教会跡とビザンチン様式のパントフラトール教会

 19世紀の典型的な木造住宅。ランチのサメのフライは、割と淡白な味

   

帰りのバスまでちょっと時間があったので、ひとりで写真撮影に繰り出したところ、夫と息子に大声で呼び戻されました。時間前ですが、ポモリエ行きのバスが来たとのこと。「あれ、このバス大型だし、料金も少し安い???」と不思議に思ったら、それには訳がありました。ポモリエも突き出た小さな半島の先っちょにある町なんですが、このバスは町の入口までしか行かないんです。

   とぼとぼ40分ほど歩いて、ホテル(ピンクの建物)に到着。携帯のグーグルマップがあって、本当に助かりました

ところで、ポモリエで泊まったのSt Georgeは、スパホテルというふれこみ。ホテル内にプール、ジム&サウナ各種があり、宿泊客は無料で利用可能とのこと。サロンでは黒海で有名な泥パックを安価で体験できるというので、楽しみにしていたんです。

結構疲れたので、夜は主人と二人で無料スパ体験。が、ずーっとつけっぱなしになっていたためか、5種類あるサウナはどれも熱すぎ!このままだと倒れるかもと思い、頑張る主人を残して私は主に12m程度のプールでパチャパチャ。結局、ソルトルームが一番寛げました。

翌日は黒海沿岸のホリデー最終日。ホテルをチェックアウトする前に、泥パック(フェイシャル)に挑戦してみました。温かい泥をハケで顔にベタベタ塗られ、簡易ベッドに横になって待つこと20分あまり。「こんな真っ黒な泥どうやって取り除くのかな?」と思っていたら、「はい、そこのシャワーで流して」と。固まった泥を一生懸命自分で落として、トリートメントは終了。

愛想のないエステシャンは泥を塗ってくれた後いなくなっちゃうし、美容のプロという雰囲気とはほど遠く…。最後に化粧水と名産のバラのクリームくらいつけてくれよ~、と思いつつ、「まあ、この料金だったらこんなものかな」とスゴスゴ部屋に戻りました。泥パックの効果は――良くわかりませんでした…。

この日はあいにくの曇り空で、町はすっぽりと霧に包まれていました。とにかく町を歩いてみようということで、ぐるっと1周してみたのですが、博物館もみーんなお休み。結局、ホテル近くのレストランで長~いランチタイムを過ごしました。

  

海にも霧がかかってぼんやりした風景。右は夏季のポモリエの海岸

    暇だし、これで最後ということもあって、とにかく食べました~。「巨大イカゲソ」を注文したら、燻製でした

イギリスと比べると物価が半分くらいなので、ブルガリアではすごく得した気分でした。空港でミネラルウォーターを買ったら、町で買っていた値段の4倍近くになっていて、カルチャーショック(笑)。

こうして私たち家族の黒海沿岸のホリデーは終わりました。今でもあの誰もいない海を恋しく想い出します。

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ブルガリア黒海沿岸の春休み(その1)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その2)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その3)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その4)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その4)

イギリスの公立学校は7月21日頃から夏休みに突入しました。授業がないので時間がいっぱい取れるはずだったのに、急な仕事が入ってしまい毎日バタバタ。春休みはすでに遠い思い出--ですが、自分の記録のために続きを書いておくことにします。

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4月8日はブルガリアの復活祭の日曜日でした。朝食は前日きれいに塗ったゆで卵、甘いパンと果物。この日は午前中にアパートを後にして、友人家族は私たちをポモリエのホテルまで送ってから、ソフィアに戻る予定でした。途中、友人(奥さん)の想い出の地だというバニャ村のカフェでランチして、自然保護地区になっているイラクリの海岸で数時間過ごそうという計画。でも、計画通りにいかないのが旅の醍醐味ですよね。

早めに荷造りし、フラットの片付けや掃除を始めた我々をしり目に、10時過ぎてからシャワーを浴びるブルガリア友…ムムム。最後にもう一度海岸まで下りて海に別れを告げ、車に乗り込んだのは既に正午近く。

「国道沿いに、元村一番のハンサム君が経営するカフェがあるの。ランチはそこよ」

そう言われて楽しみにしてたんです。なのに、行ってみたら復活祭のためかお休み…。女の子の憧れの的だった彼は、すごい美女と結婚し、めっちゃ可愛い娘に恵まれたそう。でも、二人とも中年太りで昔の面影は薄れてしまったとのこと。「彼らの過去を証明してるのが娘よ!」、ということで興味津々だったのに、ああ残念。

ちなみに、ブルガリアの女性は金髪碧眼のヨーロッパ系から黒髪茶眼のアジア系まで、本当に美女が多いんです、友人曰く、「オスマントルコ帝国時代にハーレムで美女を集めた名残り」なんだとか。

仕方ないので、もう1軒あるという村の中の小さなカフェ&雑貨店へ。そこに着くなり、彼女は昔馴染みとの抱擁+キス+昔話の嵐!小さい頃、毎年この村で夏を過ごしていたから、村人はみんな彼女のことを知ってるんだそう。

とっても長閑な村ですが、日本と同じで廃墟がチラホラ…

雑貨店で食料品を買い込み、車でイラクリの海岸にたどり着いた時には、既に午後2時を回っていました。昔(社会主義国だったころですね)は小一時間もかけて村の友だちや家族と海岸まで歩いて行ったとか。途中、アーモンドの樹林があって、両手いっぱいのアーモンドを食べながら歩いたといいます――社会主義が崩壊してアーモンド林は荒れ放題になってしまい、もうその面影も残っていませんでした。

イラクリは黒海沿岸部でまだ観光化が進んでいない数少ない海岸のひとつ。無料のキャンプ場がある他は、自然のままの海が残されているということでした。が、この日浜辺ではモダンなコンドミアムとバーを建設中。こうやって、どんどん開発が進んで、静かな海がなくなっていくんですね…。

とても天気が良かったのですが、復活祭のためもあるのか人影はまばら。早速砂浜に座って、パンとハム、チーズ、村人にもらった復活祭のゆで卵と野菜でピクニックを楽しみました。ここでも友人のストールが敷物に早変わりし、彼女が常に持ち歩いている大きなナイフが大活躍。ブルガリアのキュウリとトマトは、本当に瑞々しくて元気いっぱいの味です。

ゆったりとした河が海に流れ込んでいます

河の畔にはガマの穂が群生。河に手作りの舟をうかべて

浜辺で見つけた流木のオブジェ

  写真(下)の真ん中にある黒い星型のものは菱の実です。砂浜を歩いていた時、足の裏に鋭く尖った角がぐっさり刺さって、激痛!

食後は海や海に合流する河で遊んだり、砂浜で見つけた小石や貝でオブジェを作ったり、お喋りしたり。あっという間に時間が経ち、5時になってしまいました。でも、そろそろ腰をあげようとする私たちを尻目に、頑固なブルガリア友(運転手君)は粘る、粘る。

みんな根負けして、「まあ、いっか」と誰もいなくなった海で再び羽を伸ばしました。結局、彼らの車でホテルに着いたのは9時近くで、子供が寝てしまったため、一緒に夕飯を食べることもままならず。彼らはそのままソフィアへと向かい、家に辿り着いたのは、午前1時過ぎだったそう。

ポモリエのホテル前のプロムナードから見た夕焼けがきれいでした

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ブルガリア黒海沿岸の春休み(その1)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その2)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その3)

黒海沿岸の春休み(その3)

ブルガリアの首都ソフィア、プロヴディフについで大きいのが、黒海沿岸にある都市ヴァルナ。ホリデーアパートのあるビャラ(海の白い崖から「白」という地名がついたそう)から車で北へ45分くらいの距離です。ブルガスに比べると洗練された雰囲気なのですが、友達曰く「方言がキツイ」とのこと。その北郊外にあるアラジャ岩窟修道院(Aldadzha Monastrery)に行ってきました。

 遠くから見るとこんな感じ(左)。崖に取り付けた階段を上って岩窟修道院へ

11~12世紀に確立された修道院は、その名の通り40メートルの断崖の洞窟を利用して造られたもの。2つのレベルに分かれていて、上層階には礼拝堂が、下層階には礼拝堂、修道士の個室、台所、食堂など20の部屋があるとか(全部は公開していないよう)。入場料は5レヴァ(約340円)でした。10年前訪ねたリラ修道院のように外国人料金を取られず、高感度大。

     上層階の礼拝堂の床には旅行者が投げたコインがいっぱい(左下)。天井と壁に当時のフレスコ画が残ってます。700メートルほど行った森の中にはカタコンベ(埋葬地+初期教会)も(右下)

狭いし、冬場はめっちゃ寒そう…こんな不便なところで自給自足しながら何十人もの僧が修業を積んでたんですね。村上春樹の『雨天炎天』では、ギリシアのアトス半島でダイハードな修行生活を送るギリシア正教徒が描かれているんですが、多分似たような感じだったんだろうなと想像しました。

それからヴァルナの海辺に移動して、持参したサンドイッチやチーズでピクニック。やっぱり定番のキュウリとトマトが美味しかったです。その後、観光スポットをブラブラ巡ってから帰途につきました。

  

    街のシンボル的存在、ブルガリア正教会の生神女就寝大聖堂(中は撮影不可でした)。シーガーデン近くは歩行者天国

    復活祭で閉館していた海洋博物館の灯台。アイスはやはりヨーグルト味が美味。右はヴァルナを中心に、世界の都市名が刻まれたプレートの地図

夕方アパートに帰りつくなり、「さあ、もう一度海に行くぞ」と走っていった息子と友達。私もお茶を飲んでから行こうと思っていたら、ほどなくして戻ってきました。「潮が満ちて海岸がなくなってた~!」とのこと。

  

窓からのぞいたら本当でした。残念

ところで、前日卵を2ダースも買いこんできて不思議に思っていたら、ブルガリアではゆで卵を着色して絵を描いたり、模様を入れたりするのがイースターの風習なんだとか(イギリスでも子どもが絵を描き、転がしてぶつけ合います)。「今夜茹でておくわ」というので見ると、何とデッカイ鍋で24個全部茹でるって…。「別の卵料理を食べたい人がいるかもよ?」と言ってみたんですが、聞く耳持たず。この後、マッシュポテトに卵を入れようとした夫が激おこでした…(共産主義の時代を経験したから、自己主張が激しくなったのでしょうか?)

 

   翌朝、植物性の染料で卵を着色。イラストレーターでもある彼女の作品はさすが!

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ブルガリア黒海沿岸の春休み(その1)

ブルガリア黒海沿岸の春休み(その2)

黒海沿岸の春休み(その2)

旅行3日目、首都ソフィアに住む友人家族が車でホテルまで来てくれました。「朝早く出て午前中に着く」とのことでしたが、到着はやっぱり2時過ぎ。10年前にソフィアで会った際、「彼が15分と言ったら1時間かかる」ことを体験学習したので、我々は近所のレストランでランチしながら待ったのでした。

頑固なダンナさんはIT関係、奥さんは編集の仕事をしていて、とっても可愛いひとり娘は6歳。2年ぶりの再会を喜び合った後、彼らの車に乗り込み、ブルガスの町で休息してから黒海沿いの1本道を北上しました。途中、大規模な道路の舗装工事をしていて、砂埃をあげながら20分ほどノロノロ運転…。スーパーで食料を買い込み、イザ海辺のリゾートタウン、ビャラ(Byala)?へ。

黒海のリゾート地は、町中から海岸までホテルやショップ、大規模なリゾートコンプレックスが立ち並んでいるんですが、オフシーズンなのでどこもゴーストタウンのようでした。

 Byala の海岸に建つホリデーアパート群

我々が借りた海辺の高級アパートも、30室以上はあると思うんですが、我々と管理人の他は誰もおらず…。実は、予約の際に4軒断られ、かなり高めのアパートを借りることになったのでした。(ホリデーアパートはブルガリア人のセカンドハウスだったり、ロシア人の投資だったり。オフシーズンは管理人もいない所が多く、短期に貸すのは割に合わないよう)

         

でも、ここが大当たり!玄関と同じフロアにあるんですが、切り立った崖の上に建っているため海側から見ると5階なんです。海岸までぐるっと回って2分と至近距離で、しかも人気がないため、殆どプライベートビーチの感覚!こんな贅沢、めったに味わえるものではないですよね。

アパートから海岸へと通じる階段と道

翌日は時間が過ぎるのも忘れて、海岸を思う存分散策。友だち夫婦の案内で、岩がゴロゴロしているワイルドな場所までどんどん歩きました。彼らは何度かこの地区に来たことがあって、観光マップにない場所をいっぱい知ってるのです。

海を向いて左側と右側の風景。真ん中は頑固ものの友人

左側を行くと岩場になっていて、自然の彫刻があっちにもこっちにも

友人(奥さん)曰く、「三つ胸岩」と「トンガリ崖」

知らない間に海辺で4時間ほど過ごし、アパートに戻ったら久しぶりに眩しい光を浴びたせいか頭痛が…。遅い昼食の後、6歳のSちゃんは長いお昼寝、男性陣は昨日のスーパーへ買い出し、女性二人はおしゃべりしてシャワーを浴び、のんびりダラダラの一日を過ごしました。

こういう気分になったのって、もしかして子どもの時以来かも…。時間も何も気にすることなく、なんの目的もなく過ごす一日って、実はものすごい贅沢なのかも。今現実に戻って、つくづくそう思います。

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ブルガリア黒海沿岸のホリデー(その1)

黒海沿岸の春休み(その1)

学校の春休みを利用して、4月3日から10日までブルガリアの黒海沿岸に家族旅行してきました。うち4日間は海辺のホリデーアパートを借り、ソフィアに住むブルガリア人一家と合流。「4月はまだオフシーズンで店は半分以上閉まってるし、まだ寒くて天気が悪いよ」--事前にそう言われて覚悟してたんですが、信じられないほどの好天に恵まれ、殆ど人気のない海岸でめっちゃノンビリできました。

 

まずは、曇り空のイギリスからハンガリーの格安航空会社Wizz Airで黒海沿岸のリゾート、ブルガスへ。夜ホテルに到着してレストランで食事したら、イギリスの物価の半分以下でした。後でわかったのですが、特にここは安くてお得感満載。

  

   夕食にポテトとチキンのグリル・チーズ焼き(約400円)を選んだら、ポテトグラタンでした。朝食に必ず出てくる大切りのキュウリとトマトは、元気いっぱいの味

ブルガスはブルガリアで4番目に大きい人口20万人ほどの都市ですが、オフシーズンのためか人はまばら。5月からの観光シーズンに備え、歩行者天国になっている目抜き通り周辺では大規模な道路工事中でした~。

     

   アレキサンドロフスカ通りにそびえ立つソヴィエト軍の記念碑。共産主義国(1946~1990年)だった名残が感じられます。右のアメリカンチャーチは厳かな雰囲気でした

街の観光スポットは、駅前のアレクサンドロフスカ通り(歩行者天国)周辺と公園(シーガーデン)のある海辺に集中しています。通りをブラブラ歩きながら、行き当たりばったりで教会や博物館巡り。民族学博物館で割引チケットを勧められ、3博物館で8レヴァ(約540円)を選ぶことに。「息子さんは子供料金2レヴァ(約140円)の方が得よ」と、すごく親切でした。

            

    聖キリル&聖メトディウス大聖堂に入ったら、衣装を着た子供たちが合唱中。ブルガリアのイースター(イギリスの2週間遅れ)の行事だったよう

民族学博物館では、トラキア、スラブ、ブルガリア文明から受け継がれたモチーフが共存する各地の民族衣装を見学。ヨーロッパとアジアが繋がる位置にあるため、東洋からの影響やオスマントルコ帝国時代の名残も。工夫を凝らしたお祭りのパン各種がユニークでした。

          

     左の衣装をつけた独身男性は「クケリ」と呼ばれ、立春前に村や町に繰り出して悪霊を退治するんだそう。右は悪霊を払うハーブの束。日本の節分と似てますね

     

   なかなか充実度が高かった考古学博物館。紀元前6世紀末の赤絵式と呼ばれる古代ギリシアの陶器類もありました。ガラス器は古代ローマ時代のもの?

アレキサンドロフスカ通りから海岸までは、歩いて5分ほど。海岸沿いに続く公園、シーガーデンの近くのレストランでランチを済ませ、午後は海岸と公園でのんびり。行きは市営バスで街に出ましたが、帰りは運動もかねて2つの公園を通り抜け、30分ほどかけてホテルまで歩きました。

      リゾート地の食事はギリシア風?グリルもしくは唐揚げの魚や肉に、ポテトなどを添えたシンプルな料理が多かったです

      

     黒海と呼ばれるだけあって、深緑っぽい海。桟橋を渡って展望台(?)まで行くと、柵には何か書かれた錠前がいっぱい。恋人たちが変わらぬ愛を誓って錠を締めて行くようです。空気が澄んでいるためか陽射しがまばゆい

ところで、公園の木の枝先には、赤白の糸で作られた紐ブレスレット(?)がたくさん結ばれていました。ブルガリア人の友人に訊いたら、「マルテニッツアМартеница」のお守りで、2月頭から3月1日まで露店やショップで大量に販売するそう。3月1日はマルテニッツアの祝日で、春の始まりに幸運と健康を祈って、赤白の人形を胸につけたり、ブレスを手首に巻いたり。そして、果樹の花が咲く時期に、木の枝に結び付けるんだとか。

  

最近はナイロン製の輸入ものが増え、ビーズや金属・プラスティック製のチャーム付のものが流行中――伝統的には毛糸などの天然素材で作り、木に結び付けたお守りは鳥が巣作りに利用することも。「環境にやさしい風習だったのに、ちょっと残念」と漏らしてました。こんなところにも、商業主義の波が押し寄せてるんですね…。