一足早いクリスマスプレゼント?

クリスマスイヴまであと2日を切りました。イギリスでは1年で一番大きなイベントがクリスマス。家族や親戚、友人同士が集まって、プレゼントを交換し合い、クリスマスディナーを食べて盛り上がります。あとはTVで女王様のお言葉を聞いたり、飲んだり、食べたり、話したり、リラックスしたり。

我が家の今年のデコレーションはこんな感じ

が、ご存じのように今イギリスではオミクロン株の感染が激増中。特に、ロンドンでは完全にデルタ株から置き換わり、今や90%がオミクロン株なんだとか。今日の感染者数はなんと10万人を超え、未知との遭遇状態…。

2週間ほど前から、ごくごく身近で感染の話を聞くように。でも、1週間ほど前からそれが加速し始めたんです~( ;∀;)

まずは、先週末会う予定だった友達から連絡が来て、月曜日に一緒だった顧客が金曜日に感染したと…(彼女は2万円ほど支払ってPCR検査を受け、陰性でした)。

それから、オンラインの日本語の生徒さん(13歳で、自身は2か月前に学校で感染)から、今度は両親が感染して自宅療養しているとの報告。

別の友達のご主人も職場で陽性者が出て、症状は出ていないものの簡易テストをする毎日。クリスマス前に不意打ちのように陽性者が激増して、濃厚接触者も大激増。

うわ~、すぐ近くまで迫って来た~と不安になったところで、今度は我が息子が!!

先週頭の3日間、友達とロンドンに遊びに来ていたのですが(家には帰って来ず)、大学のある町に戻ったところで友達が発熱(◎_◎); PCR検査の結果、おととい陽性が判明しました(◎_◎;)

息子は先週金曜日から簡易検査ではずっと陰性だったものの、友達が陽性だったのでもう感染してるに違いない!と悲観的な気持ちになっていました…。

で、息子は昨日PCR検査に出向き、今日結果が出る予定だったのです。

心配で一日中落ち着かなかったんですが、ついさっき連絡が!

陰性でした~\(^o^)/ ヤッタ~!

これで息子は下宿先で独りぼっちのクリスマスを過ごさずに済みます。

去年のこの時期は英国由来のアルファ株が急増して、政府はクリスマスの5日前にロックダウンに踏み切りました。我が家では、通常義両親や義妹家族の家に行って一緒にクリスマスを祝うのですが、私たちが会ってプレゼントを交換したのは今年の4月。

今年は義両親宅に行って2家族でクリスマスを過ごすことになっていたのですが、息子の友達の感染で不透明に。でも、義両親に陰性の情報を伝えたところ、予定通りに来てと言われました。

念のため、出発前に全員簡易テストをして確認し、換気を徹底してコロナ感染することなくクリスマスを過ごせればと思っています。

オミクロン大感染のなか、重症化する人が少ないのが救いといえば救いかな…。私の周りで感染した人は全員軽い症状で済んでいます。オンランピラテス仲間のひとりも陽性(同じ家に住む3名全員)ながら、昨日のクラスに参加してました(;^_^A

熱や咳はそれほど酷くならず、呼吸が苦しくなったり、嗅覚・味覚に変調をきたすことも少ないよう。軽い風邪やインフルエンザに近い症状で、ピラテス仲間は2日間ほどくしゃみが出て「あれっ、風邪かな?」という感じだったそう。重症化しているのはワクチン接種をしていない人が殆どと聞いています。

症状が軽いのはやはりワクチン接種のお陰のよう。症状が軽ければそれほど恐れることもないと思うのですが、問題はオミクロン株の感染率の高さですね。入院患者が増えると医療システムがパンクしてしまうので…。

森林公園ハムステッドヒース内、ケンウッドハウスのイルミネーション

皆さんも感染に注意して、素敵なクリスマスとお正月をお過ごしください。

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湖水地方の夏休み(おまけ)ブロンテ姉妹のハワース

11月もあと数日で終わりですね。今回で、やっと湖水地方の夏休み記事が終わりです。最後まで付き合ってくださった方、ありがとうございました。


 
シャーロット・ブロンテの肖像画

湖水地方でのホリデーを終えた後は、ヨークシャーを経由して帰途に就きました。リーズの北にあるハワースという小さな町で、19世紀の英国文学に大きな影響を与えたブロンテ姉妹が育った牧師館を見学し、何年かぶりにリーズに住む友達家族と会うためです。

湖水地方の南東にあるヨークシャーへ向かう途中には、『嵐が丘』に出てくるような荒涼としたヒースの原野が広がっていました。

  

   小高い丘の上にある牧師館(左)と兄弟のブランウェルが描いた3姉妹の肖像画。牧師館の隣には父親パトリックが牧師をしていた教会がある

牧師館は現在博物館になっていて、『ジェーンエア』を書いたシャーロット(1816~1855年)、『嵐が丘』のエミリー(1818~1848年)、『ワイルドフェル屋敷の住人』のアン(1820~1849年)の3姉妹が使った家具や所持品、原稿や日記、書簡などが展示されています。

ブロンテ牧師夫妻が6人の子どもを連れてこの牧師館に引っ越してきたのは1820年のこと。 その翌年に母親のマリアが死亡し、子ども達は伯母に育てられることに。

上の姉妹4人は聖職者の子女のための寄宿学校に入学しましたが、長女マリアと次女エリザベスが結核にかかり相次いで死亡。その昔『ジェーンエア』を白黒映画で初めて見た時、カソリック寄宿学校の過酷な生活描写に驚き、本を読んでまた驚いたんですが、実体験に基づいて書かれたよう…。当時ハワースでは人々の暮らしは貧しく、平均寿命がなんと25歳未満だったとか!生後6か月未満の乳児の死亡率は41%だったというから驚きます。

 シャーロッテが描いたアンの素描とアンが描いた風景画。右は姉妹が使っていた裁縫箱

上の子ども2人を続けて亡くしたパトリック牧師は、3女シャーロット、長男ブランウェル、4女エミリー、末っ子のアンを家庭で教育しました。3姉妹が描いた絵が複数展示されていましたが、皆なかなかの腕前。当時、貧しい牧師の娘は裕福な家に嫁ぐことは望めず、自立への唯一の道は教師や家庭教師になることだったそう。そのためには、美術や音楽も極める必要がありました。

     ピアノがあるパトリック牧師の書斎。若きブロンテ姉妹が作ったミニチュア本は、虫眼鏡がないと読めないほどの大きさ

外の世界から孤立して育ったこともあり、3姉妹と第4子で長男のブランウェルは非常に仲が良かったそう。子どものころから共同で空想の物語を創って遊び、次第に複雑な物語を書くようになったのです。芸術全般に優れていたブランウェルを父親も姉妹も天才とみなし、彼の将来に大きな期待を寄せていたとか。でも、彼はアルコールとアヘンに溺れ、大成することなく31歳でこの世を去りました。

  3姉妹がそれぞれの小説を書いた応接間兼ダイニングルーム。簡素であまり飾り気がありません

3姉妹は1846年に自費で詩集を出版。当時は女流作家が認められておらず、男性名のペンネームを使っていました。1847年に『嵐が丘』(エミリー29歳の時)と『ジェーンエア』(シャーロッテ31歳の時)が出版されて大きな話題に。翌年にはアンの2作目『ワイルドフェル屋敷の住人』(28歳の時)が出版され、人気を博しました。

          階段の踊り場にある大時計(左)と簡素なキッチン(中)。シャーロットのドレスから(右)から彼女がどんなに小柄だったか伝わってきます

でも、彼女たちの小説家としての活動はとても短いものでした。エミリー(享年30歳)とアン(享年29歳)は出版から時を経ず結核で死去。ひとり残されたシャーロットは結婚したものの翌年に38歳で亡くなり、父親のパトリックが子ども達より長生きする結果に。6人の子宝に恵まれながら、誰ひとりとして子孫を残せず、ブロンテ家は途絶えてしまったのです。

少ない人生経験からあれほどドラマチックな物語を生み出した彼女たちが、そろって薄命だったのは、ハワースの気候や当時の暮らしぶりも大きく影響していたんでしょうね…。

 当時の面影を残す目抜き通りの坂道。町の向こうは長閑な田園風景

小雨が降り出しそうな曇り空の下、カフェの中庭で友達一家とランチをしながら、色々語り合うことができました。しばらく見ないうちに、子ども達が大きく成長していてビックリ。コロナ禍はまだまだ続きそうですが、時間はどんどん流れていくので、うまく息抜きをしていけるといいですよね。

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湖水地方の夏休み(その7)海辺でピクニック&ケンダル周辺

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湖水地方の夏休み(その7)海辺でピクニック & ケンダル周辺

すでに11月に入ってしまいましたね。イギリスでは冬時間に切りかわって時計を1時間進めたので、4時半をすぎるともう日暮れ。暗くて寒い冬の始まりですが、幸運にも秋晴れの日が続いています。いまだに夏休みの話題ですみません。

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ついに湖水地方のホリデー最後の日。せっかくアイリッシュ海の近くにいるので、北の海を見ておくことにしました。白羽の矢を立てたのは、ホリデーアパートから車で北西に15分ほどのところにある、アーンサイド&シルバーデール(Arnside & Silverdale)の海岸。英国の秀逸な自然美エリア(Area of Natural Beauty in England)指定地区ということで、風光明媚(?)な海岸でのんびりする予定でした。

   

ピクニック用のお弁当を作ってから、ゆっくり出発。途中、丘の上にそびえるアーンサイド城の廃墟に立ち寄ってから、海岸へに向かいました。

  干潮で水が引いた海岸に陸橋がくっきり。お弁当はお握らずとお握り

海を見渡すベンチに陣取ったまでは良かったのですが、いざピクニックを広げたら風が強くて寒っ…。いそいでお弁当を食べ終え、海岸沿いに並ぶお土産店やブティックをぶらぶら。

午後は湖水地方の入口といわれるケンダル地区へ。まずは中世に造られた要塞、シザー城(Sizergh Castle)を見学。現在ナショナルトラストが管理していますが、実は1239年から今日にいたるまで、由緒あるストリックランド家の住居なのです。

経済的な理由も大きいとはいえ、自宅に観光客がどっと押し寄せるなんて落ち着かないだろうなと思いつつ、屋敷内と広~いお庭を散策。池や野菜畑もありました。人手不足で敷地内のカフェがお休みだったので、お茶する場所を求めてケンダルの町中へ。

    イギリス最古の歴史を誇るコーヒー焙煎の老舗。古き良き外観と伝統的なコーヒー&紅茶缶が並ぶカウンター周り

ケンダルには湖がないせいか(?)、観光客はまばら。1819年からコーヒーを焙煎しているという地元の有名店、ファラー(Farrer)に入ることができました。コクのあるラテと温かいチェリーパイが美味しかったです。

ゆっくり寛いだあと、ケンダルの町を散策してから帰路に着きました。それまでアパートに面する運河を探索していなかったので、夕食後に運河に沿ってゆっくりお散歩。ナロウボートを借りて運河の旅をする人も多いのですが、私的にはちょっと…かな。

    運河の向こう側がホリデーアパート。久しぶりに夕日もお目見え

今回のホリデーは天気も思ったほどには悪くなくて(ほとんど毎日雨の予報だった)、まあまあ湖水地方を満喫できたかな…。また、天候の良い時期に再訪して、次は思い切り自然とハイキングを楽しみたいと思います。

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湖水地方の夏休み(その6)洞窟探検No2 & アンブルサイドの町

もう10月もあとわずかになってしまいました。今月は場面緘黙啓蒙の月なので、SMiRAでもアメリカのSMH.E.L.P.でもオンライン講習会を開催中。今、ビデオを視聴しながら翻訳している最中なのですが、その前に湖水地方の夏休みの続きです。

旅行6日目の朝、よし雨は降ってない!この日は息子の誕生日で、メインはアンブルサイド(Ambleside)の町の東側にある別の洞窟/採石場跡(Little Langdale/ Cathedral Quarries)に行くことでした。大聖堂(Cathedral)と名がついているからには、ケンダル洞窟よりも大きいはずと期待大。

ネットの情報によると駐車がさらに困難らしい…また早めに出て、リトルラングデール(Little Langdale)の村に向いました。またまたえらい田舎で、村に到達する手前で道脇に車を停められるスペースを発見。もう5台ほど停まっていましたが、「村の中に駐車できるかも」と、淡い期待を抱いていざ村へ。

 

    村というより集落?通り道にパブがポツンと一軒

でも、細い1本道にパブが一軒、その先にあった複数軒の家を通り過ぎると、すでに村はずれ…。仕方なく引き返し、パブでランチの予約と駐車させてもらえないか頼んでみました。が、両方ともダメ。しかたなく、また引き返して道脇の最後のスペースに車を停めたのでした。再度、ぎりぎりセーフ!

洞窟への標識がないので携帯のナビを使おうと思ったら、田舎過ぎて圏外エリア…。仕方なく、まず家の前で工事をしていた人に道を訊ねました。

緑のなかの小路をどんどん進むものの、標識もなくてなんだか不安。途中、すれ違った単独ハイカーに方向を確認、その先の分岐路を過ぎたところでまた迷っていたら、前方にカップルが。洞窟に行くところというので、彼らの後をついていくことに。

  着いたのは採掘坑の入口?携帯の灯をかざしながらイザ中へ

洞窟というよりは採石用のトンネル? ヘッドライトを点けて先へ進むカップルの後を追いました。トンネルは腰をかがめないと歩けない高さで、足元には水があるし、まっ暗でけっこう怖い。10メートルほどのトンネルを潜り抜けて外に出ると、そこには切り立った高い崖が。水が滲み出ている崖下をこわごわ這い降りると、そこが大聖堂洞窟の入口でした。

 

洞窟の手前には巨大な岩の柱があって厳かな雰囲気、めっちゃ感激

洞窟を出たところでナショナルトラストの案内板を発見。どうやら、こっちが入口だったよう(;^_^A この地方では16世紀からスレートや銅の採掘が行われ、家屋の建設が盛んだった19世に全盛期を迎えたとか。スレートは現在でも屋根瓦や壁材に使われています。

驚いたのは、1929年にビアトリクスポターがこの採石場を買い取り、没後ナショナルトラストに寄付したという事実。湖水地方の自然や当時の姿を保護・保存するために、本当に幅広い活動をしていたんですね。

   

帰り道はその起源を17世紀に遡るスレートの石橋、スレーターズブリッジ(Slater’s Bridge 長さ4.6m)へ。先ほどのカップルに再会してまた道を教えてもらい、ちゃんと行き着くことができたのでした。

 

そこから村に戻って、ランチの予約ができなかったパブへ。どんなに混んでいるかと思ったら、私たちが最初のお客でした^^; 私は鹿肉のハンバーガー、息子は定番のフィッシュ&チップス、主人はシーザーサラダでひとまず乾杯。

    

ランチの後はウィンダミア湖の北側に位置するアンブルサンドの町へ移動。まずストックベック河(Stock Beck River)の上に建つ17世紀の家、ブリッジハウス(Bridge House 残念ながら現在非公開)を外から眺め、町の西側の丘にあるストックギルの滝(Stock Grylls Force)まで歩いて登りました。

かつてはこの滝を利用した水車小屋が12軒ほどあり、布の加工や製粉などの産業が栄えていたんだとか。滝があるストックギルの森には滝をぐるりと囲むようにフットパス(歩行者用の小路)が続いていて、家族連れで賑わっていました。

最後にビアトリクスポターの常設展示があるアーミット図書館&博物館(Armitt Library & Museum)へ。ほとんど来館者はおらず、ゆっくり回ることができました。

   精密なキノコの植物画(左)やヴィクトリア時代に出版された絵本を展示。写真右は1930年、ポターと小作人のトムストーリーが羊のコンペで優勝したときのもの。

ポターは自然科学全般に興味を持ち、化石の収集や昆虫採集などもしていたんだとか。中でも真菌学研究に没頭し、キノコの植物画コレクションをこの博物館に寄贈しています。湖水地方の不動産の購入に加え、農場主として伝統農法の保護にも尽力。絶滅の危機にあった地方原産のハードウィック種の羊の保護・飼育も行っていました。絵本作家として世界的に有名ですが、多方面で才能を発揮した逞しい女性だったんだなと感動しました。

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湖水地方の夏休み(その5) 洞窟探検&詩人ワーズワースの足跡を訪ねて

10月ももう半ばを過ぎてしまいましたが、まだ夏休みの旅行の続きです。

夏休み5日目も朝から雨になりそうな曇り空。この日は早めに出発し、ウィンダミア湖とグラスミア湖の間にある小さな湖、ライダル湖(Rydal Water)を目指しました。

目的は湖ではなく、その近くにあるライダル洞窟(Rydal Cave)。かつて建材に使うスレート(湖水地方の石造りの家はこの粘板石を使用)の採石場だった人口洞窟なんですが、早めに出たのは駐車スペースを確保するため。でも、アンブルサイドの町を通る道は一本しかなくて、やっぱり渋滞していました(;^_^A

草地の中の駐車場に車を乗り入れると、20台くらいしか停められない大きさ。樹の横にひとつだけスペースを見つけて停めたんですが、ぎりぎりセーフ!

そこからライダル湖へと続く路を歩き、湖が見えてきたところで山側の小径へ。10分ほどで洞窟の入口にたどり着きました。

 

ライダル湖の南側の丘をハイキング

  入口にはかなりの人。洞窟内には水が溜まっていて、飛び石が敷いてあります

ライダル湖の岸辺を散歩してから駐車場に戻ると、空きスペースを探す車が複数台ウロウロ。見知らぬ親子連れにスペースを譲ったら、ものすごく感謝されました。この辺りからポツポツと雨が降り出し、グラスミア湖(Grasmere Water)の北畔に位置するグラスミア(Grasmere)の町に着いた頃には本降りに。ちなみに、町の大駐車場にはたっぷりスペースがありました(笑)。

グラスミアは英国ロマン派の詩人、ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth)1770~1850年)ゆかりの地。1799年、まだ無名だった29歳の時に妹ドロシー(Dorothy Wordsworth 1771~1855年)と町はずれにあるダヴコテッジ(Dove Cottage)に居を構え、ここに住んだ9年間で多くの代表作を生み出しています。

実は、15年以上前に一度訪れたことがあり、今回はワーズワースが晩年までを家族と過ごした屋敷、ライダルマウント(Rydal Mount)を訪問すべきか迷いました。でも、私のダヴコテッジの記憶は、ワーズワースの洋服や寝台を見て「当時のイギリス人は随分小柄だったんだな」と感心したことのみ….。それで、やっぱりもう一度見ておきたいと思ったのでした。

まだ12時前だったので、早くテーブルを確保しようと目についた目抜き通りのカフェへ。グラスミアの町を流れるロセイ川に面するテラス席があったのですが、案内されたのは室内のテーブルでした(このグラスミアティーガーデンズは結構有名なことが後から判明)。

 

温かいスープ&パンのランチとアップルパイ(味は普通)を食べてから、雨のなか水仙の庭(Wordsworth Daffodils Garden)やロセイ川沿いの散歩道をそぞろ歩き。それから、ワーズワースと妻が眠る聖オズワルド教会の墓地へ。

 

すると、墓地の入口になにやら長蛇の列が…。ワーズワースのお墓(写真右、左端)を詣るために並んでいるのかと思ったら、有名なジンジャーブレッドを求める行列でした(写真左)。ヴィクトリア時代のお菓子職人、セーラ・ネルソンが1854年に創業したこのお店では、当時のメイド衣装を着たスタッフがホームメイドのお菓子を販売。でも、私は生姜のお菓子があまり好きではないのでパス(;^_^A

次に、予約してあったダヴコテッジのツアーに参加。現在、ダヴコテッジはワーズワースのグラスミア(Wordsworth’s Grasmere)という組織が管理していて、ワーズワース博物館とツアーが込みになっています。

総勢12人くらい(マスク着用)が集まり、ガイドさんの話とビデオを観てから、コテッジ内へ。ダヴ(Dove)とは野生の鳩のことですが、灰色の石造りの家並みが続く通りでこの家だけが白塗。ガイドさんの説明によると、かつてはパブだったそうで遠くからでも目立つように白く塗ったのだとか。

 

かつてはパブだったという白いコテッジ。室内は当時の灯を再現して薄暗い

ワーズワースといえば、「子どもは大人の父(The Child is father of the man)」という節が出てくる『虹(The Rainbow)』が有名でしょうか?湖水地方の自然をこよなく愛し、「人が見出すことのできる最も美しい場所」と称賛した彼は、友人サミュエル・コールリッジと共に、自然を賛美する情熱的・感情的な詩で、英国文学史に新風を巻き起こしました。

 

ワーズワースを語るうえで、忘れてはならないのが妹、ドロシーの存在。自らも日記や詩を綴りながら、生涯結婚することなく献身的に兄を支え続けたのです。彼女の作品は死後出版され、その才能を認めらることになりました。

 

   ワーズワースと妹ドロシーが書き物をした書斎のテーブル。2階のドアから直接庭に出られる

庭はなだらかな斜面になっていて、上まで登ると東屋があり、ワーズワースはここで緑美しい丘や湖、町を眺めながら詩作に耽ったといいます。この日は残念ながら遠くの風景は雨にけぶって見えませんでした。

短大時代にゼミでワーズワースの詩を学んだ際、『水仙(雲になって独り彷徨う)Daffodils(I Wandered Lonely as a Cloud)』を暗記した遠い日の想い出…。イギリスに来て、早春の光の中に群れ咲くラッパ水仙を見て、「ああ、これが黄金のラッパ水仙か!」と感激したのを覚えています。できたら春にグラスミア湖畔に群れ咲く水仙を見てみたいです。

      雨に濡れてひっそり静まり返ったよそ宅の庭

そぼ降る小雨の中、当時の面影を残す町並みをゆっくり散策してから、帰途に着きました。

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湖水地方の夏休み(その4)ピーターラビットを探して

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湖水地方の夏休み(その4) ピーターラビットを探して

ホリデー4日目のハイライトは、『ピーターラビット』本の著者、ビアトリクスポター(1866 –1943)が仕事場として使った17世紀のファームハウス、ヒルトップと絵本の原画を展示しているホークスヘッド村のギャラリーを訪問すること。予報が雨だったので事前にチケットを予約しておいたのですが、運よくいいお天気に恵まれました。

湖水地方西部の田舎道をどんどん進み、「え~っ、こんな裏道から行けるの?」と心配になるような細~い道を通って(ナビが近道を選んだ?)、絵本の舞台にもなったニアソーリー(Near Sawrey)という小さな村に到着。ナショナルトラストの駐車場に車を停め、チケット売場に寄ってから歩いてすぐのヒルトップへ。

  

     ヒルトップへの標識とニアソーリー村。バス停には「ピーターラビットに注意?」の標識が

  写真左の庭から家へと進みます。途中、ミツバチが密集している花があったのですが、ポターが養蜂用に植えた木(中)だそう(名前は不明)。ファームハウスを下りたところには菜園が

良家の子女としてロンドンで生まれ育ったポター

『ピーターラビットのお話』が出版されたのは1902年、ポターが36歳の時のこと。幼少期からスコットランドの自然の中で休暇を過ごし、16歳の時に湖水地方を訪れてその魅力にとりつかれたポター。39歳の年に絵本の印税と叔母の遺産でヒルトップを購入しますが、まだまだ未婚女性の自立が難しかった時代。当初は小作人の家族を住まわせて管理を任せていたとか。

売れっ子の絵本作家となったポターは足しげく湖水地方に通い、ヒルトップだけでなく家畜や農地、土地や建物を次々と購入。この頃からナショナルトラストを支援し、湖水地方の自然環境や歴史的な遺産の保護に乗り出したのです。

47歳の時にこの地方の弁護士と結婚し、晴れてニアソーリー村に移住。近くのカッスルコテージに夫と住む傍ら、ヒルトップの2階に創作のための仕事場を構えました。

     『こねこのトムのおはなし』に登場した玄関ポーチ。応接間の暖炉と寝室の天蓋付きベッド

階段の踊り場からは村が見渡せます

    2階には『2ひきのわるいねずみのおはなし』の挿絵に使われたドールハウスや当時の陶器人形が飾られた部屋も。オリジナルグッズの特許を取るなど、ビジネスの才覚もあったんですね

ポターはまた農場主としての才覚も発揮し、伝統的な自然農法や農地の管理・保存に力を注ぐように。視力の低下もあって創作活動を断念したとされていますが、村での暮らしにすっかり慣れて農業に傾倒していったよう。家庭教師の教育を受け、庭仕事すらしたことがない箱入り娘だったことを思うと、本当にたくましいですね。

ポターが77歳で亡くなった後、16の農場と農家や家畜、4000エーカーを超える土地は彼女の遺志によりナショナル・トラストに遺贈されました。

ヒルトップを出て、ニアソーリーの村をぶらぶら散策。絵本に描かれたパブや石垣に嵌められた赤い郵便ポストなどがあって、感慨深かったです。ある家の前で手作りケーキの無人販売をしていたので、おやつに購入してホークスヘッドに行く途中立ち寄ったエスウェイト湖で食べました。

ポターが散歩したり、魚釣りをしたエスウェイト湖(Esthwaite Water)

ニアソーリーからホークスヘッド(Hawkshead)までは車で5分ほど。村の入口に手書きで「駐車場」と書かれた看板を見つけて車を乗り入れると、そこは地元の小学校(笑)。夏休み中に駐車場を開放して、お金を稼いでいるんですね(設置した料金箱に現金を入れるしくみ)。

ビアトリクスポター・ギャラリーの予約は午後だったので、まずは詩人のウィリアム・ワーズワースが寄宿したグラマースクールへ。室内の見学はせず、学生だったワーズワースがよく散歩したという教会と墓地を散策(学校に隣接)。

    今は博物館となっているホークスヘッド・グラマースクールと教会。村のアイスクリームショップには長蛇の列が

人口600人ほどのホークスヘッドはニアソーリーに比べると随分大きくて、古い石畳の通りにショップやレストランが連立しています。とはいえ、歩いてすぐ回れる大きさですが…。観光客があふれていましたが、時間制のためもあってかギャラリーはガラガラ。

 

ポターの夫、ウィリアム・ヒーリスの弁護士事務所があった建物がギャラリー。数は多くないですが、原画や手紙、写真などが飾られています。葉書大の原画は緻密なタッチや色使いが素晴らしかったです。

   

  ナショナルトラストの創始者で、湖水地方の自然保護に努めたハードウィック・ローンズリー司祭と。充実した表情がうかがえる晩年の肖像画

ホークスヘッドを後にして、次はポターが1882年に初めて湖水地方を訪れた時に宿泊したという、レイカッスル(Wray Castle)へ。城の中をぐるっと見学し(一部のみ公開)、ウィンダミア湖へと続く散歩コースを歩きました。

    ウィンダミア湖畔にたたずむネオゴシック様式の城。若き日のポターはここで湖水地方に魅了されたんですね

天気にも恵まれ、とっても得をした気分になった一日。ホリデーアパートの窓からはきれいな夕焼けが見えました。

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湖水地方の夏休み(その3) ウィンダミア湖で島巡り

9月もすでに半ばを過ぎてしまいましたね。秋が深まる前に、駆け足で夏休みの記録を綴っておきます。

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ホリデー3日目は、イングランド北東部に住む友達と合流。イングランド最大、そして湖水地方で一番大きい自然湖、ウィンダミア湖(Windermere 長さ約18km、幅約1.6km)でクルーズ船に乗りました。

私たちが選んだのは湖にうかぶ島を周回するコースで、発着は湖畔の町ボウネス(Bowness on Windermere)。天気は今ひとつでしたが、とにかく雨が降っていないのがありがたかったです。

これと同じクルーズ船で出発、所要時間は45分

   沖には無人のボートがたくさん浮かんでいました。どうやってボートまでたどり着くのか?

クルーズ船をおりた後は、景色がいいという湖沿いの小道をハイキング。やっと湖水地方らしい活動ができました~。

 

    やたら水鳥が多く、白鳥もカモもめっちゃ人懐こい。土産物店では水鳥用の餌を販売しています

 

 切り株になにやら金属が…と思ったら記念にコインが差し込んであるんです!

ショップやレストランが立ち並ぶボウネスの町中までいったものの、前日と同じく席が取れない!今回の旅行は天候が読めなくて細かな予定が組めず、事前にレストランの予約を入れてなかったんですが、こんなにも大変だとは…。

で、やっと入れたカフェの席はカウンター前の小さなテーブル。他のテーブルは空制ながら、予約のカードが立てられていました。

  

  息子が注文したピザとチキンがどーんと入った私のシーザーサラダ。なかなか美味でした

ランチの後は、高台にあるアーツ・アンド・クラフツ建築の館、ブラックウェル邸へ。腹ごなしに50分ほどかけて歩いて行ったのですが、登り坂なのでけっこうキツかったです。

 

 うまく撮れなかったので、外観とメインホールの写真をお借りしました

この屋敷は1898年から1900年にかけてアーツアンドクラフツ運動で知られる建築家、ベイリースコットによって、マンチェスターの大富豪の別荘として建てられたもの。屋敷からはウィンダミア湖が見渡せます。

      壁や暖炉回り、ウィリアムモリス柄の壁紙やカーテン、家具・調度品、ステンドグラスなど、アーツアンドクラフツの装飾や工芸デザインが随所に

ちょうど、”House of the setting Sun” と題し19世紀に海を渡ってきた日本の着物、帯、浮世絵などの展示会も開催中。日本の工芸やデザインがアーツアンドクラフツ運動に与えた影響も少なくなかったよう。

その他、雰囲気が全然あってませんでしたが、子供向けにこの屋敷の妖怪の絵探しトレイルも(『妖怪ウォッチ』と提携して描いてもらったらしい)。

屋敷をぐるっと見て回った後、館内のカフェでお茶しながら長~いおしゃべり。コロナ禍でなかなか遠方の友達と会う機会がなかったので、顔を見ながら話せたのが嬉しかったです。

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湖水地方の夏休み(その2)雨にけむるダーウェント湖

ホリデー2日目の朝、起きてみるとやはり雨でした。湖水地方といえば湖や山や渓谷など景観が美しく、世界遺産にも登録されているイギリス屈指の観光地。緑豊かな自然のなかでのハイキングが醍醐味(イギリスは平野が多くて殆ど山がありません)なんですが、いかんせん雨天ではちょっと…。

私が家族に提案したのは、湖水地方の北西部にある町、コッカーマス(Cockermouth)まで行くこと。そこで詩人ワーズワースの生家を訪ね、帰りは南下しながら湖水めぐりができたらと考えたのです。途中で古風なパブでも見つけて、美味しいランチにありつけたらと。

ところが、美しい景観を楽しみながらドライブ、という訳にはいかなかった…。

雨でけむってしまい、窓の外の景色はほとんどモノクローム。おまけに道も混んでるし。

ケズィック(Keswick)という北部の町まで行ったころ、雨がちょっと小やみに。この町では木曜と土曜日に青空マーケットが開かれるので、息子の誕生日(木)に行くつもりでした。が、息子の提案で車を降りて足をのばすことに。

まず、キャッスルリッグ・ストーンサークル(Castlerigg Stone Circle)へ。のどかな緑の牧草地に48個の岩がぐるりと円をなすこのサークルは、紀元前3000年に造られたものだとか。イングランド南部の有名なストーンヘンジと比べると規模はぜんぜん小さいですが、なんせ無料だし触ってもOKだし。

左はお借りした全体像の写真。岩は高いもので2.5mほど

着いた時は人がまばらでしたが、あとから中高年のハイカーグループがガヤガヤとやってきて、なんと古代遺跡に座ってお弁当を食べはじめたという(;^_^A 進入禁止のストーンヘンジとは雲泥の差。

小雨がふる中、次は地元のダーウェント鉛筆工場へ。1832年から続くこの会社は色鉛筆で知られ、小さな鉛筆博物館を経営しているのです。マスク着用でしたが、人が多くてちと閉口…。

 

      ギネス認定、世界最大の鉛筆(左)と精巧な細工の鉛筆削りの数々

この後、ランチを食べようとケズィックの町をさまようこと1時間。雨天のためか町は観光客であふれかえり、まだ1時になっていないのに(イギリスでは昼食はだいたい1時から)、どこも満席。結局スポーツパブでフィッシュ&チップスを食べる羽目に。うう~ん、お味は今一つ。

湖水地方の名物ってぐるりと巻いたカンバーランドソーセージくらい?今回の旅行ではそれほど美味しいものに巡り合えなかったのが残念…。

ランチの後は町の南側にあるダーウェント湖(Derwentwater)の東側を散策。ナショナルトラストが管理する石造りのアッシュネス橋(Ashness Bridge)から、ダーウェント湖のパノラマ景観が見られる高台、サプライズビューまで雨の中を歩きました。

  

イギリスの橋の写真で紹介されることが多いというアッシュネス橋。けっこう降ってるのに、カメラマンを連れて写真撮影をしている美形インド人カップルが。新婚旅行かと思ったら、ウエディングアルバム用の婚前撮影会でした~(;^_^A

サプライズビューに到達するも、湖に靄がかかって良く見えない…

が、一瞬陽がさすと、その瞬間だけモノクロからフルカラーの世界に!

 ダーウェント湖の北側にバッセンスウェイト湖(Bassenthwaite Lake)も見えます

やはり、太陽の光はメンタルヘルスに影響大だなと思わされた瞬間でした。

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湖水地方の夏休み(その1)イングリッシュローズの花園へ

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湖水地方の夏休み(その1) イングリッシュローズの花園へ

  

もう8月も終わりですね。天候不順が続いたイギリスの寒い夏は、ここに来て少し回復。今週末は3連休なので全国で野外フェスティバルが行われていて、9月から新学年が始まる学校でのコロナ感染拡大が心配されています。

イギリスではここ1か月ほど、感染者数が連日3万人を超える勢い(現在、再び世界トップ5を暴走中)。死者数は平均100人と少しずつ上昇しているものの、過去のピーク時と比べるとかなり減っているため、政府はこのままコロナとの共存政策でいくようです…。

感染がおさまっていた去年の夏と比べたら、かなり怖い状況。でも、人々の我慢にも限界があるし、経済も回さなきゃいけないし。とにかく、厳しいロックダウンが解除された夏の間にすこしでも羽を伸ばしたいというのが、みんなの本音。

私たちも息子の誕生祝をかねて湖水地方に行ってきました。この夏、国内観光はコーンウォールと湖水地方が人気だったんですが、双方とも感染率が急上昇していて、なんだかうしろめたい気持ちです…。

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私たちがホリデーを取った8月7~14日は、前半は大雨警報が出ていてほとんど雨の予報。家を出発した時点ですでに雨でした😢

ロンドンから湖水地方までは車で4時間半くらい。途中、バーミンガムの近くにあるデヴィッドオースティン社のバラ園に立ちよってお昼ごはんを食べたり、庭を散策したりする予定でした(全景がないので、興味のある方は下記のリンクをご覧ください)。

https://www.davidaustinroses.co.uk/pages/plant-centre-and-gardens

創設者のデヴィッドオースティン氏(2018年没、DAジュニアが後継者)はいわゆるイングリッシュローズの育種家。彼が生み出したバラは今やイギリスの庭に欠かせない存在で、世界中で愛されています。

 

イングリッシュローズの魅力は、オールドローズの優美な咲き姿や薫りに加え、繰り返して咲き、色のバリエーションが豊富な現代バラの特性を併せもつところ。四季咲きなので、6月に一番花が咲きそろった後も、夏から秋の終わりまで次々と花を咲かせてくれます。

ずーっと行きたかったので、すごく楽しみにしていたのですが、あいにくの雨天。なんせ花びらが多くて重いバラが多いので、雨がふると頭を垂れてしまうんですよね…。途中で大降りになったり、やんだりで、う~んもどかしい。

高速道路M1からM6に乗りかえて順調に進んでいたのに、バーミンガムにさしかかる前にいきなり大渋滞。なんと道路工事で高速道路が全面通行止になっていたという…。サテナビは何故か迂回せず、あと30分のところが1時間半もかかってしまいました。やっと渋滞を抜けて目的地に着いた時は、すでに1時半。

幸いなことに雨はやみそうだし、まずは腹ごしらえをと瀟洒なレストランへ。でも、すでに満席でした(イギリスでは通常昼食は1時頃から)…。ティールームでひとつだけ空いていたテーブルにすべりこみセーフ。余裕を持って12時半からの入場券の予約をしておいたのに、ああ残念!

サンドイッチ類しかなくて、残念感がぬぐえず…

ポツポツと雨が降るなか、紅茶とケーキで話しこんでいる夫と息子をおいてひとりバラ園へ。我が家のイングリッシュローズは二番花がまだの状態だったので、多分花が少ないだろうなとは予測してましたが、案の定かなり淋しい感じ。

    

 次に機会があったら、絶対に6月に行きたいです!

それでも、けっこう二番花が咲いていて、様々な種類のイングリッシュローズを楽しむことができました。一番花が多かったのはバラを販売しているプラントセンターかな(笑)。オリジナルグッズが並ぶギフトショップもあります。

高い塀の向こう側には温室群が並んでいて、「あの中で10年かけて新たな品種を開発したり、バラを一株ずつ育ててるんだ」と感慨深かったです。今でも手作業が中心なんだとか。

  プラントセンターでは美しく花をつけた株を販売

今回の宿泊先は、湖水地方があるカンブリア地方とその南に位置するランカスター地方の境目にある町、カーンフォース(Carnforth)。夕方、運河のマリーナ沿いにあるホリデーアパート(自炊型施設)に到着したのですが、暗証番号を受けとっていなかったことが判明し、ちょっとドタバタ。天気も悪いしこの先大丈夫かなと、ちよっと不安なスタートを切ったのでした。

地図の右下にあるのがカーンフォース。アパートのリビングからの眺め

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喜びも悲しみも

先週の日曜日は私の23回目の結婚記念日でした。ロンドン北部のハムステッドにある歴史記念館、Burgh Houseで式を挙げた私たち。記念日にはそのガーデンカフェでランチを楽しむのが恒例となっています。コロナ禍が続く中、今年も木陰のテーブルで家族そろって記念日を祝うことができました。

     イギリスは先週末から猛暑(最高気温30度前後)が続き、私が小学生だったころの日本の夏を思い出しています

下の写真はBurgh Houseの向かい側に飾られていたストリートアート。パネルの上部はピンクの造花のバラで埋め尽くされ、下部には詩/ 言葉が。読みながら、「うんうん、これって人生の哲学だなぁ」としみじみ。

   

良いことは悪いことと共に受けいれなければならない

悲しい時は微笑んで

今持っているものを愛しみ、かつて持っていたものを記憶しておこう

常に許そう、でも忘れないで

過ちから学ぼう、でも後悔はしないで

人は変わり、状況は悪くなるもの

ただ、これだけは覚えていよう――それでも人生は続く

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話は変わりますが、私が勤めている特別支援学校は先週水曜日に終業しました。5年間日本語を学んでくれたアニメ好きの教え子2人が卒業。それこそ、良い時も悪い時もつきあってきたので、とても感慨深い別れとなりました。

驚いたのは、それぞれの最後の授業で2人とも送別のギフトをくれたこと!!  ひとりは出るはずだった運動会をドタキャンして「最後だから」と授業に来てくれました。予期していなかったので、本当に感激しました。

(私からは手紙と日本食・雑貨店の商品券を贈ったのですが、彼らからなにかをもらうなんて思ってもみませんでした)

カードとポルトガル語のフレーズブックをくれた生徒は、幼少期をポルトガルで過ごしてからイギリスに移住(元は中東から?)。TVでポルトガル語版『ドラエモン』を観て育ち、日本に興味を持ったんだとか。

私が「いつかポルトガルに行きたい」と言ったのを覚えていてくれたんですね。

彼がお母さんと片面ずつびっしり書いてくれたカードには、こんな言葉が、

「日本語を始めた時は個人的にすごく大変な時期だったから、真面目にやらない時もあったし、いい生徒じゃなかった。でも、それでも忍耐強くつきあってくれたよね。日本語の授業もだけど、会話をしてる時が一番楽しかった。大好きな日本のアニメや音楽や文化について話すと、いつも興味を持って耳を傾けてくれたから」

この子は小学部の騒がしい雰囲気やクラスになじめず、うつ状態になって一時期不登校に(詳しくは『ひとりじゃない』をご参照ください)。

高等部用の別校舎ができてから登校できるようになったのですが、最初は普通の授業は無理…。そのころ何をしていたかというと、折り紙をしてたんです!

私は紙風船やツルしかできないのに、彼が興味を示すのはクノイチの短剣とか龍とかなんですよね (;^_^A ハードル高すぎ! で、動画を探して練習して、折り方の説明を英訳して。彼は手先が不器用なので、細かい部分は全部私がやらねばならず、とくかく形になるように必死だったなあ…。でも、喜んでくれるのが嬉しかったし、彼の忍者や龍についての知識には舌を巻きました。

そうこうしている内に、彼は新しい校舎と学友に馴染み、アニメ好き&日本食好きの友達ができたのでした。おまけに日本語の国家試験にも合格したんです。

もう一人の子はADHDと微細運動発達障害も併発していて、14歳ころかな、ちょっと荒れた時期がありました。私の授業では特に問題を起こしませんでしたが、一度だけフラストレーションを爆発させて壁をおもいきりパンチ!壁にボッコリ穴をあけたことが…。

どちらも今では良い思い出。来年はカレッジで新コースに挑戦しますが、学校やTAの補助はありません。その後、無事に社会に出ていけるよう、健闘を祈りたいです。

ところで、普通だったらシミジミと別れを惜しむところですが、2人とも「それじゃ、バイバイ」と、とってもドライ(;^_^A でも、そこが彼ららしいんです。

 

追記:ネットで東京オリンピック・パラリンピックの開会式音楽を担当していた小山田氏の辞任騒動を知りました。

うちの学校は高機能ASD児&ティーン専門の特別支援校で、公立校にうまく馴染めず転入してくる子も多数。この間、「好きな/ 嫌いな+名詞」の練習をしていて、たまたま「嫌いな人は誰ですか?」と生徒のひとりに訊いたんです。そうしたら、「キランです」ときっぱり。

この子は大人しくてあまり感情を外に出さず、ぱっと見ただけではASDとは判りません。前の学校ではこのキランという子にずっといじめられていたと教えてくれました。みんなに知られない様に、陰に隠れて執拗にいじめ続けたと…。

いじめられた側は、それが心の傷になって一生残ります。特に、ASD児&ティーンはフラッシュバックで追体験することが多く、嫌な記憶が昨日のことのように蘇ることも。

コロナ禍で人々の心が荒涼としている現在、誰もいじめたり、いじめられたりしないような世の中になって欲しいと心から思います。