ベルリンの夏休みの思い出(その3)

バレンタインデーも終わり、2月も半ばを過ぎました。ロンドンの街は早春の花が咲き始め、空気にも春の香りが。

さて、昨年のベルリンの夏休みの思い出の続きです。今回は戦争関連ではない観光ハイライトをご紹介します。

うちは家族旅行する際はホテルではなく、だいたいキッチン付のコテッジやアパートを借ります。その土地に住んでいるような感覚で、地元の専門店やスーパーなどで食材を買って料理するのが楽しみの一つ。

今回はベルリン中心部のミッテ区にあるメゾネット(2階層のアパート)を借りました。エレベーターがない4階建住宅の最上階ということで躊躇したものの、2LDKの他に広いスペースやバルコニーがあるのに惹かれて決めたのです。

   入口はお洒落なブティックやカフェ、レストランが並ぶ大通り。気になっていた路面電車の線路は現在使用されておらず、交通量も少ない静かな環境でした。

とはいえ、4階までの階段は想像以上に大変^^;  更に、初日に階下で大音響の音楽が鳴り響き、注意する羽目に…でも、家族それぞれ好きなことができ、暑い中、扇風機が2台置いてあって快適でした。

最寄り駅はアレキサンダープラッツとハッケシャー・マルクト駅。後者は駅周辺にレストランが並び果物などの露店もあって良い雰囲気。

  ハッケシャー・マルクト駅の北側には、お洒落なカフェやブティックが立ち並ぶアール・ヌーヴォー建築の中庭集合住宅街、ハッケシェ・ヘーフェ(Hackesche Hofe)があります

ベルリンの街を展望できるスポット

戦勝記念塔(Siegessäule)

ブランデンブルク門の西側に位置し、総面積210ヘクタールを誇るベルリン最大の公園、ティーアガルテン(Tiergarten)。公園内のロータリーにそびえ立つのが、頂上に黄金の勝利の女神像が輝く戦勝記念塔です。デンマーク戦争の勝利を記念して1872年に完成した、首都ベルリンのシンボルマーク。285段の螺旋階段を登って展望台へ。森の緑の向こうにブランデンブルグ門や街の遠景が。

ベルリン大聖堂(Berliner Dom)

世界遺産となっている博物館島に位置するベルリン大聖堂は、ネオバロック様式の壮麗な佇まい。ホーエンツォレルン王家の記念教会で、ターコイズブルーのドームまでの高さは約114m。階段を270段上り、ドームの周囲をぐるりと周って街を眺めることができます。内部の装飾やステンドグラスも必見。

ドイツ連邦議会国会議事堂(Reichstags)の屋上ガラスドーム

元ネオゴシック様式の建物を1999年に英国人建築家、ノーマン・フォスターの案で修復。事前予約が必須ですが、ガラス張りの屋上ドームは必見。ドームの階段を登りながら会議の様子を見たり、ベルリンの街を360度展望することができます。ガラス張りにすることで開かれた国会と会議の透明性を象徴しているのだとか。

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ベルリンの夏休みの思い出(その1)

ベルリンの夏休みの思い出(その2)

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ベルリンの夏休みの思い出(その2)

1月もそろそろ終わりですね。すべきことが多くあるのに、あっという間に時間が過ぎていってしまう…かなり焦っています。

さて、ベルリンの夏休みの思い出の続きです。

この旅行で訪ねてみたかった場所のひとつが、強制収容所跡でした。歴史の時間に学んだこと、アムステルダムで訪ねたアンネフランクの家、プラハで訪れたユダヤ博物館、映画で描かれたホロコースト…。そして、SMiRAの創始者でチェコからひとりイギリスに亡命された、故アリス・スルーキンさんとの会話ーーご家族はアウシュビッツ強制収容所で亡くなられました。

また、小さい頃読んだ『アンネの日記』や息子に買い与えた『The Boy in the Striped Pyjamas(縞模様のパジャマの少年)』が強く心に残っていて、ベルリン近郊に追悼博物館があると知り、是非行ってみたいと思ったのです。

ザクセンハウゼン強制収容所(Konzentrationslager Sachsenhausen)

ベルリン中央駅から北へ、電車とバスを乗り継いで1時間強。元ザクセンハウゼン強制収容所(1936~1945年)は追悼博物館として残されています。45年4月にソ連軍とポーランド軍によって解放されたこの広大な博物館も無料で、敷地の地図(無料)とオーディオガイド(€3.5)を借りて周りました。

白い司令塔を通って中に入ると、有刺鉄線がはられた壁と監視棟に囲まれた広大な敷地に、ぽつんぽつんと簡素なバラックが。中央奥にそびえ立つのは40mの記念碑ですが、それもひどく小さく見えました。殺伐とした風景の中、見学者たちはグループで言葉少なめに移動していました。

ここはアウシュビッツのように大量殺人を目的とした収容所ではなかったそうですが、9年間で20万人を収容。確認されているだけで2万3000人が強制労働、飢餓や病気、虐殺実験などで命を落としたそう…。その中には、ユダヤ人だけでなく、ロマなどの少数民族、反ナチス政治犯、同性愛者、犯罪者なども含まれていたといいます。

まず左側にあった診療バラックから見学。ここでは人体実験や女性囚人の不妊手術などが行われていたとか…。囚人たちの医療記録、彼らが描いた絵・手紙などが展示されていました。

中央にある「囚人のキッチン」がメインの展示室になっていて、1936~1945年までの収容所の様子を垣間見ることができます。印象に残ったのは囚人が着ていた青い縞のパジャマ。ゴワゴワした布地に、名前ではなく番号と印(ユダヤ人、同性愛者などの)が…人としての名前を剥ぎ取られ、人格も性格も喜びも悲しみも剥奪されてしまったんだなと…。右から2番目の写真(下)は食事として出されたパンを少しずつ貯めて作った作品(靴と花)です。

正面左側の壁の向こう側には、写真左から処刑場や遺灰の埋葬地。火葬場跡に建てられた白い建物は追悼施設となっていて、当時の設備が残され、資料が並んでいます。

全部を見て回ることはできませんでしたが、負の歴史の重みにどどっと疲れました。でも行って、自分の目で確かめることができて良かったと思います。あってはいけない現実がちゃんと存在していて、いつまたどこで現実となるか分からないから。昨日までお隣さんだった、友達だった、同僚だった人が、社会の空気の変化である日突然「忌むべき存在」となってしまう…そういうことが起こるのが戦争なんだと思います。

カイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser Wilhelm Gedächtnis Kirche)

ベルリン西部のショッピング街の近くに、1943年に空撃された教会堂と鐘楼が記念碑としてそのまま残されています。1961年には右隣にカイザー・ヴィルヘルム新教会堂を建設。2万以上のガラス窓を組み合わせた青いガラスの壁で知られています。また、新教会前のブライトシャイト広場では、2016年末に催されていたクリスマスマーケットにトラックが突っ込み、12人が死亡、50人が重軽傷を負うテロ事件が発生。広場への階段には追悼碑が設けられ、私達が訪れた時もロウソクが手向けられていました。

ポツダム会議が行われたツェツィーリエンホーフ宮殿(Schloss Cecilienhof)

1945年7月中旬~8月初頭までソ連の占領下だったポツダムのツェツィーリエンホーフ宮殿に、イギリスのチャーチル首相とアメリカのトルーマン大統領、ソ連のスターリン書記長が集合。意外にも、この宮殿はカントリーハウスの様な素朴な造り。トピアリーを配した中庭は広くはありませんが、可愛らしい雰囲気でした。ポツダム会議が行われたのは天井の高い大広間で、その両隣には各国首脳が泊まった部屋が。天気が良かったので、敷地の外の草原でピクニックランチを楽しみました。

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ベルリンの夏休みの思い出(その1)

遅まきながら、明けましておめでとうございます。元旦はゆっくり起きて、さてお雑煮でも作ろうかとのんびり構えていたら、能登半島大地震のニュースが!2日には海保機との衝突事故でJAL機が炎上している映像がトップニュース!日本では新年早々大変な年になってしまいましたね…亡くなった方々のご冥福をお祈りします。また、被災された方々、負傷された方々、家族を亡くされた方々に心からお見舞い申し上げます。

昨年の夏は家族旅行でベルリンに行ったのですが、旅行記を書いていなかったので、学校の冬休みに想い出して書き始めました。年が明けても、ウクライナ戦争もパレスチナ・イスラエル戦争(イスラエルのガザでの戦闘)も止まることを知らず…温暖化で地球が悲鳴をあげているのに、人間同士が憎み合って戦い合ってどうするのか…。ちょっと重い内容ですが、ベルリンの街に数多く残されているナチス恐怖政治や冷戦時代の爪痕をまず紹介させてください。

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戦争の過ちを繰り返さない精神

ドイツといえば、すぐ頭に浮かぶのはナチス政権とホロコースト(1933年~1945年 欧州のユダヤ人迫害・虐殺)ですよね? 首都ベルリンにはホロコーストの歴史や記憶を後世に伝える数々の慰霊碑や記念碑があります。学生や旅行者に学んでもらうためか、殆どが入場無料なのに感心しました。

ベルリンに着いた夕方は、まず冷戦時代に東西ドイツを隔てたベルリンの壁(1961~1989年)を観に、壁博物館(The Wall Museum)とイーストサイドギャラリーへ。博物館では当時の様子を写真パネルや映像で説明。西ドイツは英米仏の、東ドイツはソ連の支配下に置かれていたのは知っていましたが、東から西へと逃亡した約200名もの人たちが射殺されたとは知りませんでした…。

シュプレー河(Spree)にかかる赤煉瓦造りのオーバーバウム橋(Oberbaumbrücke)は東西ドイツを隔てる境界線でした。河沿いのミューレン通り(Mühlenstraße)に約1.3km続くイーストサイドギャラリーは、壁崩壊後の1990年に21カ国、118人のアーティストによって壁に描かれた作品が並ぶ世界最長のオープンギャラリー。特に有名なのはソ連のブレジネフ書記長と東ドイツ国家評議会議長ホーネッカーの『独裁者のキス』ですね。シュプレー河岸は市民の憩いの場となっていて、沈んでいく夕日が綺麗でした。右端は橋から見た元東ドイツの風景。

翌日は有名なブランデンブルク門((Brandenburger Tor)から出発する無料ツアーに参加。事前に予約しておいたのですが、勝手に観光名所巡りだろうと思い込んでいたのです^^;

すると、まず案内されたのが「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑(Denkmal fur die ermordeten Juden Europas)」でした。約2万㎡の敷地に、高さの異なる灰色のコンクリートブロック 2,711基がグリッド状に並ぶモノクロの光景。曇り空の下、石碑の間の狭い通路を歩いていると、なんともいえない閉塞感を覚えました。

  

    左からブランデンブルク門と自由に歩き回ったり、腰掛けたりできる記念碑。記念碑の向こう側に見えるのは国会議事堂のガラスドーム

場所が特定できないのですが、次に行ったのはロシア様式の住宅街の中にある草の茂った駐車場。ガイド氏から、「ここはヒットラーとエヴァ・ブラウンが自決した総督地下壕の跡地」と説明されてびっくり。観光地化しないため、記念碑も看板も付けずにいるんだとか。次に、元ドイツ航空省本部で現在は財務省の建物、デトレフローヴェッダーハウス(Detlev-Rohwedder-Haus)へ。建物の前には第二次世界大戦時の巨大なモノクロ写真を配した記念碑が、回廊の壁にはロシアのプロパガンダ絵画が。

                    

    左から、デトレフローヴェッダーハウスと、チェックポイント・チャーリー(東西の境界線に置かれていた国境検問所)

ツアーの最終地は敷地がベルリンの壁と面する情報センター「テロのトポグラフィー(Dokumentationszentrum Topographie des Terrors)」。ナチス政治の中枢施設の跡地に、その恐怖政治の歴史を伝える情報センターが解説されたのは2010年のこと。センター内外に写真や文書で当時の記録が残されています。

ガイドの説明によると、壁の西側は西ドイツ政府の建物で、東からの逃亡者のため、就業後にトイレの窓からロープがたらされていたそう。壁沿いに歩いてみたら、壁に穴が空いて鉄骨がむき出しになっている箇所がいくつか…。ここで熱く語ってくれた南米出身のガイド氏に20ユーロお支払いして解散。センターを見学する前に、近くのチェックポイント・チャーリーに寄ってランチとコーヒー。ヘビーな内容に備えました^^;

   

     初日の夜は疲れ果てて、壁博物館の隣のレストランでバーガーを食べました^^; 中央はベルリン名物のカリーヴルスト(カレーパウダーをかけたソーセージ)。最寄り駅の果物屋台でビタミン補強

う~ん、ベルリンに着いて約1日半、予期せずなかなかヘビーな内容!でも、ナチス政権の責任を問うだけではなく、ドイツ国民がそのプロパガンダや勢いに同調してしまったことを反省し、自国の負の歴史に正面から向き合っているんだなと感じました。ここまで徹底してるとは驚きでした。

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SM H.E.L.P. 2023 10月サミット(その3)腸内環境を改善して不安を低減

今日はクリスマスですね。いつもは義両親宅に行ってお祝いするのですが、昨年は初めてコロナ感染してしまい、自宅でのぼっちクリスマスに(夫と息子は陰性)。今年は2月に義父が亡くなり、義妹とその子ども達も一緒に義母宅に集まる予定。が、昨朝コロナ検査をしてみたら、何とまた陽性(2度目)!! 自覚症状が全くなかったので、もうビックリ!実は、土曜日に会った友達が前日に会ったクライアントがコロナ感染したと連絡がきて、念のための検査でした😲 2年連続でクリスマスにコロナ感染するなんて、めっちゃ確率低いですよね…😢 それで、今年もぼっちクリスマスとなってしまったのでした….。

      ロンドン中心地のXmasツリー。トラファルガー広場も買い物を楽しむ人でごったがえしていました

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腸内環境を改善して不安を低減

場面緘黙でなくても、不安が強い子ども/ 人は緊張するとお腹が痛くなったり、胃腸の調子が乱れたりすることが多いですよね?これまでの研究で、IBS(過敏性腸症候群)はストレスによって引き起こされたり、悪化したりすることが分かっています。

ニュージーランド在住のトニ・パクラ(Toni Pakula)さんは、心理学の修士号をはじめ、ホリスティックウエルネスのコーチ、メンタルヘルスやマイクロ栄養素のアドバイザーなど多数の資格を持つ3人の子どもの母親です。

トニさんが子育てを経験するなか、程度の差はあれ子ども全員が不安に悩まされたといいます。その中にはSM(場面緘黙)も含まれていましたが、自国ではSMに関する情報が少なく、専門家も殆どいない状態。手探りで模索していた時、「腸の健康」という概念に出会ったのだとか。

トニさんのウエブサイト:https://www.calming-voice.com/about-me

「第2の脳」と呼ばれる腸の健康は、感情やメンタルヘルスに直接影響を与えます。内臓と脳の健康、そしてメンタルヘルスは密接に繋がっており、人の感情と行動にも直結しているのです。トニさんはそれを理解することの大切さ、腸の健康の大切さを学んだといいます。

マイクロバイオロジー(微生物学)とは?

マイクロバイオロジーは微生物を研究対象とする学問。 対象によってウイルス学・細菌学・菌類学・原生動物学などに、また、応用微生物学・病原微生物学・土壌微生物学などに分けられます。 私たちの体には100兆個を超える数の微生物(主にバクテリア)が存在しており、内臓のバクテリアのバランスが取れていることが重要となります。

マイクロ栄養素とは?

マイクロ栄養素とは、毎日の生活で身体が機能するために不可欠なごく少量のビタミンとミネラル。体内に留まらず排出されるため、毎日摂取することが必要とされます。ビタミンBやオメガ3などは内臓の膜を健康に保つ他、メンタルヘルスとも密接に関係しています。

不安と内臓の関係

不安や悩みを抱えている状態だと、ストレスによって腸内バクテリアのバランスが崩れてしまいます。また、全ての栄養素は総合的に働くため、一つの要素が足りないだけでも身体は上手く機能しません。脳が上手く働くためには内臓の健康が不可欠。内臓の壁が荒れて栄養素が漏れている状態だと、栄養を吸収できず脳も働きません。

また、「幸せホルモン」と呼ばれる「セロトニン」や「ドーパミン」といった神経伝達物質を作っているのは、実は脳ではなく殆どが内蔵なのです。腸内環境が整っていないと、これらを上手く増やすことができません。

最近になって、プロバイオティックという言葉をよく聞きます。プロバイオティックスは、腸内に生息するバクテリア(善玉菌)の餌になる食品成分で、豆類や緑黄色野菜、発酵食品などオリゴ糖や食物繊維を多く含む食品に含まれています。サプリメントとしてカプセルで購入できますが、注意しなければいけないのは、内臓のバクテリアは人それぞれ異なるということ。ある人に効くからといって、他の人に効くとは限りません。トニさんは専門家に相談することを勧めています。

この続きは次回へ。

 

     老舗店フォートナム&メイソンやシャネルなどの有名ブティックのデコレーションが綺麗でした。もしかしたら、電車の中で感染したのかも…

  

      絶対に感染していないと信じていたので大ショック!症状は殆どありません。昨日マスクして慌てて買い出しに行き、本日ローストディナーを作りました

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ウィーンの旅・珍道中(その2)

滞在3日目は、ウィーンパスを思い切り活用して主に美術館巡りをする予定でした。まずベルヴェデーレ宮殿でクリムトの『接吻』を観てから、アルバティーン美術館で印象派絵画を。そこから歩いて、ホーフブルグ王宮内にある国立図書館へ。世界一美しいと言われるバロック様式の図書館は、大理石の円柱や天井画が見事。が、なんか既視感があるなと思ったら、昨年見たダブリン大学の図書館と酷似してました^^;

   宮殿内の美術館にはクリムトの『接吻』や風景画、他アーティストの作品が

 

   アルバティーン美術館では大好きなエルンストの作品も発見。豪華絢爛な図書館は高さ20m、蔵書は20万冊以上だそう

お次は、これも世界的に有名な国立オペラ座の劇場内ガイドツアーへ。30名ほどのグループだったんですが、最後にステージ前で写真撮影をしているうちに(他の人達からも頼まれた)、なんと取り残されてしまいました!! 残った6人で迷路のような廊下を右往左往し、10分位かかって外に出たのでした^^;

この時すでに午後1時半近く。オペラ座の前がホップオンバスの発着場なので、2つ先のミュージアムクォーターまではすぐ。と思いきや、友達のひとりが「このまま1周して観光スポットを全部網羅しよう」と言い出して…。

「え~っ、この暑いのに!!」と思ったものの、前日フェリーの船着き場に2人を引っ張っていったのは私…文句は言えません。プラスティックの屋根越しにガンガン陽の当たるダブルデッカーバスの2階で、耐えること1時間ちょっと(私だけ少し日陰になる席に座ったんですが^^;) それでも、暑い!暑すぎた!!

やっと美術館が集まるミュージアムクォーターで下車した時はもうクタクタ…。友達もやっぱり暑すぎたそうで、大失敗でした(バスは一方通行で循環してるので、途中で降りて引き返せない)。

まずは、世界最大のエゴンシーレ・コレクションを誇るレオポルド美術館に入ったのですが、ここでまたひと悶着。 私のパスが何故か作動せず…。なんとかゴネて入れてもらい、目的のシーレ作品群を観ることができました。他にも、クリムトやウィーン工房の工芸品なども展示されていて見どころいっぱいだったものの、もうグッタリ…。

    1階コンコースではローマ法王が回って踊るパフォーマンス(写真1枚め)が😲 シーラの作品群は風景画もお馴染みの色調と筆遣いでした

お隣の近代美術館mumokに行く前に、手前のカフェで軽食と冷たい飲み物で一息ついくと、もう動きたくな~い!友達が近代美術館に行っている間、ひとりで休憩してました^^;

  

夕方、予約してあった近くの人気レストランGlacis Beislへ。 緑がいっぱいのテラス席は雰囲気がすごく良かったんですが、うーんメニューが少ない…。伝統的なビーフグーラッシュを注文したら、味が濃くて野菜がぜんぜん入ってない….。その後、レオポルド美術館の屋上にあるテラスバーで夕陽を眺めてから帰途についたのでした。

最後の日の午前中は、オーストリアの画家・建築家、フンデルトヴァッサー(1928-2000)がデザイン・設計したクンストハウス博物館とカラフルな市営住宅のある地区へ。 残念ながら、博物館は改装中で入れませんでしたが、近隣地区で彫刻などの野外展示会を開催中。グレーを基調にした伝統的な街並みに、カラフルで遊び心あふれる建物が印象的でした。

   ガラスや金属、木材、陶器などの多様な素材遣いやミロの絵のような色遣い、曲線や不規則なラインが楽しい

ラテを飲んで一休みしてからトラムでホテルへ戻り、電車で空港へ。こうして私たちのウィーンの旅は終わりを告げたのでした。

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ウィーンの旅・珍道中(その1)

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ウィーンの旅・珍道中(その1)

学校が夏休みに入った7月21日から4日間、ウォーキング友達2人とオーストリアの首都、ウィーンに行ってきました。ウィーンを選んだのは行ったことがなかったのと、それほど暑くならないと思ったから。

  

イギリスでは7月に入ってから冷夏になったのですが、南ヨーロッパでは前代未聞の猛暑に!私達がウィーンに滞在した間は28〜34℃と、けっこう暑かったです

古都ウィーンは、神聖ローマ帝国の王位を継承し中世ヨーロッパで勢力を振るったハプスブルグ家の主要な居城都市。モーツアルトやベートーベンなどの音楽家、クリムトやシーレなどの画家が活躍した芸術の都でもありますね。

さて初日。空港からホテルまで電車で25分ほどのところ、なぜか駅名を間違えてかなり手前で下車^^; 周囲の人に聞きまくって、トラムで1時間ほど遅れてホテルへ。

 

ホテルのラウンジで遅いランチを食べて(このサンドと水で1,500円くらい!高っ!)から、再びトラムに乗って国立オペラ座へ。事前に予約しておいた街歩きツアー(無料)のガイドさんと合流。

彼女の案内でオペラ座からアルベルティーナ美術館(階段のパステル画が素敵だった)、スペイン式宮廷馬術学校、高級ブティックが集中するコールマルクトなどをそぞろ歩き。ちと疲れたので、1860年創業、宮殿の一部として使われていたという人気のカフェツェントラルへ。軽食を楽しみながらガイドさんと色々な話をしました。ウィーン生まれの彼女は建築家で、月に一度ガイドをしているのだとか。

 

    行列ができていたカフェツェントラル(写真左)は優雅な雰囲気。カイザーシュマーレン(Kaiserschmarrn 梅ソース添)というパンケーキの量が半端なかった!ケーキ類は重くて甘そうで、クリームがのったウィンナコーヒーともに触手が伸びませんでした…。日本でも有名な老舗カフェ、デメル(右)にも長い行列。ウィンドーにはお菓子作りをしているシェフの姿が

  

2日目は、ホテルでしっかり朝食を摂ったあと、まずは「ウィーンの胃袋」と称されるナッシュマルクトへ。 土曜日に立つ蚤の市も見て回りました。

ここから、ホップオン&オフバスに乗って世界遺産に指定されているショーンブルン宮殿に向かいました。 が、バスを降りたあとに大きなミス。 事前に購入しておいたウィーンパスで簡単に入場できると思いこみ、パス専用のチケットオフィスを通り過ぎて、宮殿の門をくぐり庭園(無料)で涼んだのでした。

さて宮殿内へと思った時点で、入場チケットはどこで入手するの?! と3人ともパニック! バスの停留所まで逆戻りしてチケットを発行してもらった時には、なんと2時間半待ち…。宮殿訪問の後にクリムトのアトリエを訪ねて、ドナウ河で遊覧船に乗る予定だったのに…。

この宮殿、1688年の第一案ではヴェルサイユ宮殿を凌駕するものを建てる気まんまんだったものの、ハプスブルグ家の財政難によって縮小。18世紀に完成し、1762年には鏡の間で当時7歳だったモーツアルトがマリアテレジアの前でピアノを演奏したとか。

この後、ドナウ河で遊覧船に乗るためにバスで船着場に向かうも、最後の船に間に合わず…というか船着場とガイドとでは発着スケジュールが違ってた…。

 

気を取り直して、友達がガイドブックで見つけたというアート&クラフトマーケットへ。さんざん迷ったあげく辿り着いたら、その住所にマーケットはなし。でも、雰囲気のある路地にレストランが並んでいたので、そこでウィーン名物、シュニッエルを食べることができました。お味はーーう~ん、まあまあでした^^;

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パリの空の下セーヌは流れる(その3)

3日目はまた同じカフェで同じ朝食を摂り、それからパリ西南部にあるヴァンヴ蚤の市へ。緑の木立の下に小さなストールがずらりと並び、和やかな雰囲気。ここではアクセサリーをいくつか購入。掘り出し物は、鎖が一箇所切れたみさきパールとシルバーの2連ネックレス10€でした。友達は繊細なフレンチレースのブレッドケースを購入。

     なんだか素人っぽい雰囲気の店主が多くて、掘り出し物に期待できそう。ランチは駅前のベーカリーでコーヒーとバゲットサンド

そこから地下鉄に乗って、モンマルトルに向かったのですが、ここでハプニング第3段!アベス駅につく手前で乗ってきた男女3人組が、なんとな~く怪しい雰囲気。私達は席に座らず立っていたのですが、女性の一人が私の後ろにぴったりくっついて、空席に座ろうとしないんです。そして、彼女の手が何故か私の背中に触れてる?!

ドアの近くに立っていた友達が、座っている女性になにやら警告を受けている様子。  はっと思って、後ろを振り向くとリュックの口が全開!!! えええ~っ、耳元に近いのにジッパーを開ける音が全く聞こえず、開けられたのにまったく気づかず!!

とっさに「キャッ」と叫んだら、私に張り付いてた女性はさっと席に座って知らん顔。睨んでいるうちに目的駅に着いたので降りたら、その3人組も降りて次の車両に乗り込んでいったのでした――被害者がでなかったことを祈ります…。

モンマルトルに来た目的のひとつは、高台にあるサクレクール寺院に行くこと。この日は快晴の日曜日で人が多く、陽射しが強くて気温が27度まで上昇。今まで3回行った中で最も混んでました。

    寺院を後にして、テルトル広場を通り抜け、木陰のカフェで一休み。丘を下りながらピカソの初期アトリエなどをぶらぶら散策

ハプニング第4段は、ホテルに荷物を取りに行く途中で立ち寄ったスーパーで起こりました。水を買おうと中腰になったところ、あれっ鼻血!!!

実は、私は1年以上前から鼻血に悩まされていて、パリ旅行の1週間ほど前に鼻の血管を硝酸銀で焼く処置を受けたのです。これでもう鼻血が止まると思いきや、医師にあと2回の処置が必要と言われました。その上、もっと酷くなることもあると…。

まさにその通り、以前より出血多量!!  きゃ~、どうしよう!!! 困っていると、親切な店員さんが従業員室に誘導してくれました。助かった~。

それからホテルに戻ったのですが、トイレで再び出血…。そんなこんなで、予定より少し遅れてパリ北駅に向かうことに…。

また鼻血が出たらどうしようと気が気ではありませんでしたが、無事にロンドンの我が家に戻ることができました~。なんだかハプニング続きの旅でしたが、でもやっぱりパリは素敵でした~。今もお土産を眺めては、あの素敵で自由な空間を想い出しています。

   

パリ土産はギャラリーラファイエットのエコバッグ、マカロン、立体カードなど

         星の王子様のトレーには、凱旋門のお土産屋さんで買ったパリチャームのブレスレットと蚤の市で見つけたアクセサリーたち

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ノルマンディの夏休み(その3)モネの家と庭を訪ねて

パリの空の下セーヌは流れる(その1)

パリの空の下セーヌは流れる(その2)

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パリの空の下セーヌは流れる(その2)

パリ2日目は近所のカフェで朝食を摂ってからまずは凱旋門へ。今回、初めて上まで登ってみました。次に、シャンゼリゼ通りを歩いて、老舗デパート、ギャラリー・ラファイアットの支店をのぞいてみました。

 

    カフェの朝食(左)。ランチは階下のお洒落なフードコートでベトナム料理をチョイス。生野菜とお酢ベースのソースが胃に優しい

ランチの後は、比較的新しい観光スポット、オテル・ドゥラ・マリーヌ(海軍の館)を見学。コンコルド広場に面したこの美術館は、元は王室の家具調度品の保管場所だったとか。その後、迷いながらフレンチマスタードで有名なマイユブティックへ。

   

奥に行くほど豪華絢爛になるオテル・ドゥラ・マリーヌ

そこからオペラハウスの前を通って、その歴史を19世紀まで遡る老舗デパート、ギャラリー・ラファイアット本館へ。まず屋上に登ってパリの景観を眺めてからお土産を物色しました。

      

     ネオビザンチン様式のドーム型天井が見事な建物は、1912年にオープン。左はオペラハウス

そこからパリで一番古い橋ポンヌフを渡って、シテ島へ。サント・シャペル教会の見事なステンドグラスを堪能してからマリー・アントワネットが投獄されていたコンシェルジェへ行ったのですが、特別展示会をしていて牢獄は見られず…。

      

       地下鉄ポンヌフ駅を降りて地上にあがると、草間彌生の巨大人形が登場(ルイヴィトンとのコラボ)

     

サント・シャペル教会の外観とステンドグラス

夜はホテルの近くの酒屋さん&ブラッサリーで不思議な青魚料理を食べました。後で調べてみたら、どうやらダツという名の魚の酢漬け? この後ホテルに戻ってバタンキューでした。

      

     お客さんがボトル持参でワインやビールを買いに来るお店。違う魚料理を注文したら売り切れでこのチョイスに

3日目は次に続きます。

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ノルマンディの夏休み(その3)モネの家と庭を訪ねて

パリの空の下セーヌは流れる(その1)

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パリの空の下セーヌは流れる(その1)

3年ぶりにイギリスに戻ってきた友達の希望で、先週末パリに行ってきました。前回パリに行ったのは確か息子が小学校高学年のころだったと思うので、10数年ぶり?!

ロンドンからパリまでは英仏海峡トンネルを走るユーロスターで2時間15分ぐらい。発着駅のセントパンクラス駅はうちから地下鉄で30分ほどの距離なので、飛行機よりずっと気楽。とはいえ、チケットが超値上がりしていて驚きました!

      

   今回泊ったのはパリ北駅の北側、国際色豊かな下町風の通りに佇む小綺麗なブティックホテルでした

友達がホテルのレセプションにあった除菌液を使った際、ちょっとした事件(2号)が起こりました^^;

この除菌液、長いこと誰も使ってなかったのか、ポンプの口が固まってたんですね――友達がポンプを押した途端、なぜか液が対角線上に飛んで受付のお姉さんの目を直撃!!

彼女は急いで目を洗いに行ったんですが、怒り沸騰で顧客サービスはどこへやら…。ドアをバターンと閉め、大声で文句を言いながらお手洗いに駆け込みました。しばらくして戻ってきたので、「大丈夫?」と声をかけたら、「No!!!」とすごい剣幕。

でも、目は開いてたし、病院へ行くほどでもなさそうな…。大謝りに謝ったものの無視。彼女が代わりのスタッフを見つけてくるまで、それから30分ほど説明もなくずっと待たされたのでした。

(ちなみに、前日友達の具合が悪くなり、夜10時すぎに熱を出すという事件(1号)も勃発…もう絶対に行けないと、色々考えて眠れず^^;)

やっと別の人に荷物を預け、大通りのブラッサリーでランチしてから、オルセー美術館とオランジェリー美術館へ。その後、チュイルリー公園とセーヌ河畔を散歩してから、友達の体調を考えてホテルに戻りました。

   ランチはサーモンのカルパッチョ。オルセー美術館ではルノワール、ロートレック、モネ、ドガ、ゴッホなど印象派の名画を鑑賞

    オランジェリー美術館といえば、モネの睡蓮の大作(縦2m x 横4.3m)にぐるりと囲まれた2部屋が圧巻。ベンチに腰掛けて池の水に映る光や陰影を眺めていると、とても落ち着いた気持ちに。昨年夏にジヴェルニーのモネの家と睡蓮の池を訪れていたので、感激もひとしおでした

   他にも、ルノワール、ピカソ、ユトリロ、モジリアニなどの名作がいっぱい

印象派の後にマチスを観たら、すごくモダンで新鮮でした

私達は事前にミュージアムパスを購入していったのですが、オランジェリー美術館は予約(無料で時間指定)しておいたので、長蛇の列に並ばずに済みました。

2、3日目は次に続きます。

<関連記事>

ノルマンディの夏休み(その3)モネの家と庭を訪ねて

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チャールズ国王戴冠式の連休

イギリスでは先週の土曜日、5月6日から今日8日まで、チャールズ国王の戴冠式を祝して3日間の連休でした。戴冠式の様子はTVで観た方も多いと思うのですが、その前後に私が見たイギリスの様子をお伝えしたいと思います。

戴冠式の前夜は友だちと食事をする約束でした。二人とも午後4時ころに仕事が終わったので、どうぜだったら街に出て戴冠式の準備や雰囲気を味わおうということに。

大混雑してるだろうなと思いつつ、バッキンガム宮殿に通じる街道、ザ・マルに行ってみると、あれれそんなに混んでない? 警官が大勢いましたが、割とスムーズに歩道を歩くことができました。

歩道の前列には既にテントが並び、ユニオンジャックのデザインの服や王冠を被ったダイハードな王室ファン(?) が楽しそうにおしゃべり。割と若い人が多いのに驚きましたが、王室ファンというよりも、またとない機会を楽しもうと盛り上がってる感じ?

この日は朝からの雨が止み、曇り空から太陽が顔を出して温かな午後となりました。そのせいもあって、皆さん和気あいあい。

      

街中でもお祝いムード満載。エリザベス女王の戴冠式からすでに70年経っている訳で、まあ何度も遭遇できることじゃないですよね。74歳で国王になったチャールズ3世は歴史上最年長なのだそう。ただ、カミラ王妃(Queen Consort)がカミラ王后(Queen Camilla)として戴冠されることは、知らない人が多かったよう。

戴冠式の当日は、ノーサンプトン州の田舎にある義母宅へ。ロンドンの自宅付近では国旗やバンターを飾っている家は殆どありませんでしたが、義母の住む村の周りではお祝いの飾りつけがいっぱい。

ロイヤリスト (?) の義母は、TVの前に陣取ってずーっと観てました (^^; 私はお昼の支度を早めに済ませ、ウエストミンスター寺院内での戴冠式とその後のパレードを視聴。生憎の雨でしたが、さすが長い歴史と伝統を持つイギリス、こういう式典はお手の物ですよね。

   

翌日の日曜日、近所の人が集まるストリートパーティがあって、私たちも招いてもらっていました。「何も持って行かなくてもいいのよ」と言われていたのに、直前になってやっぱり持ち寄りだということが判明。手巻きすしは前夜食べちゃったし、冷蔵庫にめぼしい食材が何もない!! 大急ぎでポテト入サラダを作り、冷凍庫に入っていたピザを焼きました(^^;

外に出てみると、ユニオンジャックの飾りのついたテーブルクロスに、チャールズ王の写真入り紙皿・コップと気合入りまくり。ご近所の皆さんの手作り料理も本格的ーーなんか非常に申し訳ない~。でも、大変美味しくいただきました♡

思いがけず戴冠式のお祝いを経験できて、とてもいい思い出になりました~。