BBCの緘黙記事とバイリンガル

以前の記事で書きましたが、場面緘黙啓発月だった先月、BBCのニュースサイトで5歳の緘黙児、エルシーちゃんのケースが紹介されました。

<ニュース記事の内容>

ウェールズ在住のエルシーちゃんは姉弟や家族、友達とおしゃべりするのが大好き。でも、家族以外の大人とコミュニケーションを取ることができず、9月に入学した小学校でもまだ言葉が出ていません。

「先生に本を読むことも、トイレに行きたいと言うこともできません。何かほしくても、頼むことができないんです。日常生活にかなり大きな支障があります」

エルシーちゃんは場面緘黙(症)と呼ばれる重度の不安障害。子ども140人にひとりの割合で発症します。家庭では英語とウェールズ語を話しています(注:バイリンガルの子どもは発症率が通常より高い)。

「娘は話す相手を選んでいる訳ではないの。話せる唯一の条件は、安心できるレベルまで不安が下がった時だけ。コミニュケ-ションを取るのが怖くて、緊張や不安で体が固まってしまい、声が出ないんです。恥ずかしがり屋では片づけらない、周囲のサポートが必要な症状です」

幸運なことに、家族は早い段階で問題に気付き、ヘルスビジター、言語療法士、学校の支援を受けることができました。言語療法士のローリーさんは、「質問したり、話すように圧力をかけないで」と警告。

父親のダフィドさんは、「エルシーが10代になるまで場面緘黙を引きずらないよう、早くから対処を始めました」と、早期発見・介入の重要性を強調しています。

母親のハンナさんは、もっと多くの人に場面緘黙を知ってもらおうとSNSで発信。10月末までに100マイル(160km)走ることにも挑戦しました。医師や教師、他の親から多くの反応があるそう。

記事と動画はこちら:https://www.bbc.co.uk/news/uk-wales-54731963

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イギリスのTV局は、これまでに複数の場面緘黙ドキュメンタリーを放映。場面緘黙がニュースで取り上げられることは、さほど珍しくありません。でも、ハンナさんの言葉から、まだまだ周知されていない症状なんだなと実感させられました。

私が興味を持ったのは、エルシーちゃんが英語とウェールズ語を話すバイリンガルだということ。息子もバイリンガル(小学校入学まで日本語中心)だったので、その影響がどれくらいあるのか知りたいです。

(日本ではあまり知られていませんが、ウェールズ語はケルト語派の言語で、英語とは全く違います。イギリス(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国からなる連合王国。現在でもその意識は強く、新型コロナの規制もそれぞれの異なります)。

家庭で2か国語以上の言語を話す子どもは、場面緘黙になる確率が高いことがこれまでの研究で解っています。ただ様々なケースがあるため、どの程度の割合で高くなるのか一概には言えないよう。

ヨーロッパ在住のSMiRA委員会メンバー(3か国語を話す元緘黙児の父親)が、『SMリソース・マニュアルの』共著者であるマギー・ジョンソンさんとまとめたレポート&ガイダンスがあります。それには、「イスラエルで行われた研究によると移民の子どもたちのSMの割合は通常の0.76%と比べ、2.2%と高い統計を示している(Elizur&Perednik 2003)とあります。

2015年にアメリカで発表された論文(C. A. Mulligan, J B. Hale & E Shipon-Blum)でも、上記の論文を参照していて、移民の子ども達のSM有病率はネイティブの子ども達と比べ4倍近く高い(Elizur&Perednik 2003)と?。移民と第二言語学習を組み合わせた状況を、更に調査する必要があると述べています。

また、オランダのユトレヒト病院(UMCU)で1973年から2011年の間に診断・治療した139人の緘黙児の中で、オランダ語だけを話す子ども56%、多言語を話す子ども28%、ASDが併存する子ども15%だったという報告も(Veerhoek 2011)。

ひと言でバイリンガル、多国語を話す緘黙児といっても、例えばヨーロッパ人と移民とでは状況がかなり違います。また、移民の中でも、中東やアジアなどから来たばかりの子もいれば、第二、三世代としてイギリスで生まれた子どもも。後者の中でも、家族がイギリスの風習に溶け込んでいるケースと、自国の言葉や文化を軸に暮らしているケースでは、比較が難しくなります。また、息子のようにハーフの子どもや、多国語を話す文化のある国に生まれた子もいる訳で…。

ひとつ言えるのは、抑制的な気質や恥ずかしがり屋の子どもが、学校など公の場で自信のない言葉を話さなければならない場合、不安がより大きくなるだろうということ。SMを発症するリスクがより高くなるのは理解できます。

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バイリンガルと緘黙(その1)

バイリンガルと緘黙(その2)

バイリンガル緘黙児あるある

子どもの自己評価低下を防ぐ

イギリスでは天気の悪い日々が続いています。どんより曇り空の下、雨・晴れ間のインターバルで一日にくるくる変わる天気。おまけに、午後4時頃にはもう日が暮れてしまいます。

気が滅入ってしまうような時期に、コロナ感染再爆発で2回目の全国的なロックダウン。人々のメンタルヘルスに影響しそうです。クリスマスは家族・親族と祝えるようにと政府は謳ってますが、人が移動すれば、また感染が拡大してしまう訳で…。

 

   一日にくるくる変わる天気。どんより曇り空が基本なので、晴れ間を見てウォーキングや散歩をしています

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うちは庭無しのフラット(アパート)が手狭になったため、息子が3歳になる前に現在の小さな庭付きの家に引っ越しました。前よりももっと郊外で、子育て中の家族が多く住む(今も)地区です。

赤ちゃん時代の友達とは交流を続けたかったのですが、時間が経つにつれて疎遠に…。でも、その中でひとつ年下の男の子とそのママとの交流はいまだ続いています。(息子たちが最後に会ったのは、2年前だったかな?その後も、彼のママが息子のバンドのライブに来てくれて大感激)。

また、違う幼稚園・小学校に行った日本人の友達とも、2005年頃に彼が帰国するまで家族ぐるみでお付き合いしていました。

学校で話せない緘黙児にとって、話せる同世代の子がいるのはすごく貴重だと思います。学校でしゃべれない自分の姿を知らない(と思い込んでいる)ためか、久しぶりにあってもそれまで通り話せていました。

話せないことで、緘黙児はどうしても同世代の子ども達と社会的な経験を積む機会が少なくなってしまいます。グループに入っていても、気兼ねなくおしゃべりする友達を見て「どうして自分だけ」と引け目を感じたり、意思表示できなかったり…。フラストレーションが溜まるのも無理はありません。

昔の友達でも、少し年が離れた親戚やいとこでも、習い事関連の知り合いでもいい、学校外で安心して話せる機会・人・場所があれば随分違うと思います。

「普通に話すことのできる自分」がいると感じることで、自己評価の低下を避けられるかもしれません。ひとりっ子ならなおさらです。

コロナ禍が続く中、社交の場がどんどん狭まってしまっていますが…。兄弟姉妹がいる子は、毎日家でのびのび会話したり、外で楽しく遊んだりできるといいですよね。

また、声を出しやすい場所、例えば近所のコンビニやスーパー、スポーツや習い事の場、公園、ファミレスなど、楽しみな(何か買ってもらえる・習える・食べられる・遊べる)場があるといいなと。

これもコロナ禍で難しくなっていますが、家以外で話せる場所があるのも自己評価の低下防止に繋がるかも。ちなみに、息子の場合は大型スーパーやIKEAなどでは(知り合いに会う確率が少ないと信じていたためか)普通に声を出せてました。

それから、何でもいい、熱中できることや趣味があればいいなと思います。緘黙ではありませんが、知り合いの14歳の息子さんがOCD(強迫性障害)を患い、一時不登校になってしまいました。そんな彼を救ったのがインターネットゲーム。彼の母親は時間を制限しながら息子を応援し、競技会に参加できるようサポートしました。

家から一歩も出られず鬱気味だったのですが、少しずつ気力と自信を取り戻したよう。秋に学校が再開した時には、再び登校できるようになりました。1回目のロックダウンで学校閉鎖したため、不登校が目立たずに済んだのも幸いしたかも。

好きなことがある、没頭できることがあるって凄い、と再び実感した次第です。漫画やPCゲームも馬鹿にできません。そういえば、息子が12の歳ころMinecraftのホストをしていて、赤ちゃん時代の友達とその友達や、違う中学に行ったクラスメイトと一緒に遊んでました。オンライン上でも同世代との交流ができますね。

子どもでなくても、自己評価が下がってしまうと「自分なんかダメ」と思いがち。「何か新しいことをしよう」という意欲がなくなってしまいます。子どものやりたいことや趣味を応援し、さりげなく褒めて自己評価をあげられるといいと思います。

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買い物作戦

プレイデート作戦

声を出す練習を!

同年代の友達の重要性

オンラインで緘黙支援

イギリスは先週木曜日から4週間のロックダウンに突入しました。今回は学校閉鎖がないため、週2回車で隣町にある学校に通っているのですが、ロックダウン前より外出してる人が多いような?

外での運動はOKなので、学校が終わった後に近くの森を散歩するのが楽しみ

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2015年4月に、マギー・ジョンソンさんの『小学校中・高学年&ティーンの支援(その14)』として、『どうして緘黙のティーンが短期間で話し始めるのか?』という記事を投稿をしました。(もう5年も前とは――月日が過ぎるのは本当に早い(;^_^ )

その中で、下記のような疑問を持ち、私なりにその理由を4つ考えてみました。

>さて、番外編の続きです。年が上の子への支援について、マギーさんに直接お伺いしたところ、「支援を受けたティーン全員が2、3週間で口をきくようになった」との答え。これらのティーン達は緘黙が長期間続いていたと思われるのに、すごくないですか?

実は、機会があって現在21歳の緘黙男子をオンラインで支援しています。セッションは先週で4回目。通っているカレッジで最も緊張が強く緘黙状態が酷いため、誰にどのようにサポートを求めるか、彼の気持ちを確認しながら一緒に作戦を立てている最中です。

最初はSNSでやり取りし、次にオンラインでセッションを行ったのですが、何せ一度も会ったことがない相手。セッションで初めて顔を合わせるので、声が出せるのかどうか全く予測できませんでした。とにかく、少しずつでも声を出せるようになればいいなと考えていたのです。

そこで、一番楽なコミュニケーション法を選べるよう下記のような提案をしました。

<選択肢>

  • アイコンだけの参加(顔見せしない)OK
  • ミュート機能をオンにし、こちらに自分の声が聞こえないようにしてもOK
  • メッセージでの返答・やり取り(こちらの声は聞こえる状態で)OK

私には20歳の息子がいるし、主にハイティーン達に日本語を教えている関係で、若い人とのコミュニケーションには慣れているつもり。でも、彼から見たら、知らない東洋人のおばさんな訳で…。一体どんな反応をするのか、少々心配ではありました。

そうしたら、「普通で大丈夫」という返事が…。

まずは、趣味について話そうということになりました。雰囲気が良ければ、彼のSM情報を収集し、将来やりたいことやトーキングマップ(話せる人のマップ)作りができればなと…。

当日は、不安が募ってオンライン・セッションに現れない可能性も充分あると思っていました。そうしたら、約束の時間の1分前に「今、すごく不安。ただミーティングに参加するだけでいいの?」とSNSメッセージが。

「不安だって教えてくれてありがとう。参加してくれると嬉しいよ。実は、私も緊張してるんだ」

そう返事を返した途端、彼が画面に現れました。そして、何と普通にしゃべり始めたのです!

お互いに短い自己紹介をして、すぐさま自分の状況を話してくれたのですが、まったく自然な感じで、「本当に緘黙?」と疑うほど。

彼によると、緊張が強くても大人と1対1だったら、人によっては何とか声を出せるそう。ただし、同世代のクラスメイトは全くダメ。話そうとすると、喉が締まったようになって体が硬直してしまうと…。

何とか緘黙から脱出したいという強い気持ちに加え、私の日本語訛りの英語も安心材料のひとつだったかもしれません。

一緒に計画している作戦で、カレッジが動いてくれるかどうか--彼はダメもとで自分でやってみるつもり。第三者である私と話すことで、自信をつけたり、自分の問題を客観的に見ることができたらいいなと願っています。

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マギー・ジョンソンさんの『小学校中・高学年&ティーンの支援』(その1)

どうして緘黙のティーンが短期間で話し始めるのか?

おまけ: 世界中がコロナ禍であえぐ中、アメリカでは大統領交代でひと悶着起きそうな気配…。そんな中、ワクチン完成への希望と共に、ロシアの16歳のフィギュアスケーターが大きな感動をくれました。

アレキサンドラ・トゥルソワ選手の戦うジュリエット。4回転3種類を4つ投入して、何と171.21という驚異のスコア!転んでも転んでも立ち上がる、そのファイティングスピリットが凄い!

ハミングすることの有効性

今日で10月も終わりです。コロナ禍のせいで、今年のハロウィーンは子ども達の活動も少なかったよう…。それでも、子供がいる家はジャカランタンや蜘蛛の巣などで飾りつけられ、夕方には通りから楽し気な笑い声も聞こえてきました。

    せっかくのハーフターム休みは毎日雨、雨、雨…。イギリスでは来週木曜日から2度目の全国ロックダウンが決定しました…。

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遅まきながら、10月は場面緘黙啓発の月でした。ご存じのように、ヨーロッパでは新型コロナ感染の第二波が襲来中で、メディア露出は限定的(BBCに掲載されたニュース:https://www.bbc.co.uk/news/uk-wales-54731963)。でも、その代わり(?) に、オンラインで複数のSM講習会が開催され、そのいくつかに参加することができました。

先週末の3日間は、アメリカから発信されたSMサミットに参加(当日の参加は無料だったので、大助かり)。その中で、興味深かった講演をご紹介します。要点だけかいつまんで説明しますが、聞き漏らしや誤訳もあるかと思いますので、ご容赦ください。インタビュー形式だったので、情報にムラがあります…。

セザール・ルイズ博士(Dr. Cesar Ruiz): 音声言語病理学者、嚥下・嚥下障害スペシャリスト、米ラサール大学教授

人が発する声は2種類ある。笑いや咳など、思考とは別の脳の部位で起こる非自発的なスピーチと、言おうとすることを考えながら声を出す自発的なスピーチだ。自発的なスピーチを司るのは前帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex)で、不安の影響を大きく受ける。緊張が高ければ高いほど、自発的に声を出すことに影響を及ぼし、声を出すことができなくなることもある。

喉が閉まったようになって声が出ない状態は、本人にとって非常に不快で恐ろしい。この不快な体験を繰り返さないために、子どもは声を出すことを恐れるようになる。

リサーチ:

SMクリニックで緘黙児をインタビューし、センサーを使用して体のどの部分に不快感や違和感を感じるか調査。話さなければならないプレッシャーある時、首に強い緊張が認められた。話さなくてもいい状態になると、緊張は即座に下がる。感知器で緊張度を測ることにより、場面緘黙の診断が可能となる。また、年齢が上がるにつれて、緊張が減少することが認められた。これは、話さなければ不快・不安にならないことを学習したせいと思われる。従って、早期に発見することが重要である。

治療方法:

まずは一歩引いて、話すことからスタートすることを避ける。子どもたちは話すことはできるのだから。

最初は話すことに焦点を当てるべきではなく、まず音と声で遊ばせ、自主的に声を出すことに取り組む。自分で声を出すことができるようになれば、話し始めることができる。

音声練習プログラム

  1. 体系的に音声を出す/ 音声のコントロール法
  2. 自発的に話す・質問する
  3. シミュレーション(学校ベースのシナリオ)でコミュニケーション・会話の練習

これはセラピスト、教師、緘黙児自らができるプログラムで、関わる人全てに有益。子どもが言語の問題を抱えている場合があるので、言語療法士が加わると良い。

まずは、意図して音(自発的)を出せるようにし、徐々に声の大きさや異なる音声をコントロールできるようにしていく。これにより、声が出ない状態になると感じる不快感は気にならなくなる。一旦声をスタートさせることができれば、話すことは難しくない。

どのように声をスタートさせるか子どもに教える。ハミング(口を開けずに出す音)で「フン・フフ・ンン」など、10秒間音を継続させてみる。緊張が強いとハミングするのも難しいが、まずは5秒から。長くハミングできるようになると、緊張も和らいでいく。ハミングをコントロールできるようになったら、次は指示したら音を出せるように練習する。10秒間続けて音を出せるようになれば、子どもは自信をもって対処できるようになり、不安を克服できることを学ぶ。

ハミングや口笛を吹く遊びなどをし、家庭でもゲームを続ける。「バー、バー、バー」など、子どもが出せる音を繰り返し、だんだん声を大きくしたり、やわらかくしたり。慣れてきたら、ダイヤルを回して「mmm..ママ…mmm」など間接的に言葉を出す遊びなど、安心な環境で音声ゲームを楽しむ。車や飛行機の音を真似したりするのも良い。小グループやクラスでの活動に取り入れるのも良い。

子どもが音を出し始めたら、自分の内でハミングして喉をリラックスさせる。その状態の時に「名前は?」と尋ねる。答えることができたら緊張は和らぐが、子どもは何でも言えるようになった訳ではない。学校で話す経験を積んでこなかったため、答えたり、聞いたりする練習をする必要がある。

学校を想定したシミュレーションで、更にコミュニケーションや会話の練習をする。

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実は、『場面緘黙リソースマニュアル』第二版(2016年改訂)にも、ハミング(唇を閉じたままで音声を出すこと)の有効性が書いてあります(オンライン資料の『ティーンと成人のための場面緘黙情報』から)。

「できる限り、唇を閉じたまま静かにハミングする練習をしましょう。喉の振動を感じること――これは声帯がリラックスしていることを意味します。喉が締まるように感じたら、ハミングしながら息を吐くことで喉を緩めてください。音を口ずさむことで、声を開放できます」

ハミング法、試してみる価値がありそうですね。

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その20)放課後の教室

イギリスでは先週土曜日の深夜に冬時間に切り替わり、4時半ころになるともう日暮れ。寒くて暗くて長~い冬への助走が始まりました。今週はハーフタームで1週間学校が休みなんですが、コロナ感染拡大のせいでロンドンでは家族以外の人と室内で会うことは禁止…。変わりやすい天候が続く中、日が差して来たら友達や主人を誘って近所の公園に散歩に行きます。

  

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さて、息子の緘黙記の続きです。

何とか囁き声から普通の声に移行できないものか--私が関与して学校で何か取り組みができないものかと色々考えました。そして、図々しいかなと思いつつも、担任に頼み込んで1年生の3学期から放課後の教室に入る許可をもらいました。

ただ、イギリスの教師にとって放課後は翌日の授業やイベントの準備をしたり、担当する職務等に関わったりする貴重な時間。教師によっては、週1回ほど保護者から相談を受ける日を設ける人もいますが、当時息子の担任はすごく多忙な方でした。なので、息子が緘黙を克服できるようスモールステップに関わって欲しいとは言い出せなかったのです。

ちなみに、運がいいとTAが積極的に緘黙克服のサポートをしてくれる学校もありますが、サポートは仕事の一部。放課後ではなく授業中に行われることが殆どです。SLT(言語療法士)や心理士などの専門家が学校に来る時でも、授業中に子どもを呼び出して別の小部屋でセッションをするのです。

息子の小学校では、放課後30分位なら校庭で遊ぶことが可能でした。インファント(幼児部 レセプションクラス~2年生)の間は保護者の送り迎えが必須なので、放課後の校庭は保護者と子どもたちでごったがえします。

友達を家に招いたり、招かれたりした日、またクラスが違う幼稚園時代の親友T君と校庭で遊ぶ時を避け、なるべく目立たない様に息子を呼んで、二人でこっそり校舎の中へ。

息子に教室まで案内してもらい、まずは飾ってあるポスターや図工の作品・絵を見たり、置いてある本やポスターについて質問したり。

「うわぁ、これ凄いね。今日作ったの?」「これは何?」

息子が会話の主導権を握れるよう、わざと知らないふり、判らないふりをしつつ言葉を引き出すようにしていました。

はじめは誰か入ってこないか気にして口の中でボソボソ。でも、だんだん慣れてくると体がリラックスしてくるのが判ります。そうすると、声も大きくなって普通の声で話すようになるというパターンでした。時間はだいたい15~20分位でしょうか。

私以外の人と話すわけではありませんが、「自分は教室の中でも普通に話せる」という自信を持たせたい、というのが狙いでした。

ただ、ガランとした教室で二人きりなので、それほど話は盛り上がりません。今考えれば、声を出して本読みとかすればよかったのかもしれませんが、遊び感覚・冒険感覚が大事だと思い、座ってじっくり何かに取り組むことはしませんでした。

ただ、この頃息子はビデオカメラを操作することが好きだったので、担任の許可を得てカメラを持ち込んでみたら、息子がもっとリラックスできることが判明。特別に何を撮影するという感じではなかったのですが…。

自分が被写体ではなく、撮る側(主導権を握る側)であること、カメラを持っていることが、安心材料の様でした。自分がコントロールできる立場にいたい、という緘黙児は多いと思います。

放課後の教室訪問は、だいたい週に2回くらいのペースで続けました。かなり慣れてきたところで、友達のB君にも参加してもらうと、私と二人の時よりずっと話が弾みました。ふざけて笑いあう二人を見て、ほっとしたのを覚えています。

この試みが実際にどんな効果を発揮したのか、学校でのコミュニケーションや不安の軽減、囁き越えからの脱出に役だったのかどうかは定かではありません。それでも、「教室の中で話している自分」のイメージを自分の中で少しずつ定着させることができたのでは、と思っています。

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早いもので、10月ももう後半ですね。イギリスでは雨や曇り空の日が続く中、新型コロナの感染がどんどん拡大しています…。今月末には冬時間に切り替わるため、日照時間が極端に短くなって暗い日々が続くのに、今のところ明るいニュースが全く見当たりません。それでも、深まる秋の美しい風景を楽しまないとですね。

 

住宅街を通って学校に行く途中、家々の前庭の花や植物が目を楽しませてくれます

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2006年3月には、初めてSMiRA定例会(保護者会)に親子で参加しました。当時は定例会の会場に緘黙児や兄弟姉妹が参加できる託児所が設けられ、SMiRAコミッティーのメンバーが様々な活動を準備してくれていたのです。

計画では、私は最初から講演会に参加し、主人は息子に付き添ってまず託児所へ。息子がひとりでも大丈夫そうだったら、主人も講演会に参加する予定でした。

当日は、SMiRAの拠点であるレスターまで車で北上。会場は大きな教会のホールで、緘黙児と保護者の他、学校関係者(TA他)やSLT(言語聴覚士)など70名ほどの方が参加していたように記憶しています。初めてだったので、私自身もすごく緊張していました。

肝心の講演の内容はよく覚えていないのですが(;^_^、気になったのは息子がどうしているのか。主人はいつまで経っても講演会場に現れず、ランチブレークになっても二人の姿が見つからない!どこに行っちゃったの?!

不安になってきた頃、二人が外から会場に戻ってきました。

「どうしたの?」

「参加するのが嫌だっていうから、近所を探索してたんだよ」

「え~っ、そうだったの…」

親子でバイキング式のランチを食べ、結局二人は午後からも時間を潰しに外に出て行ってしまいました。

確かに、息子は全く知らない子たちの中に入って活動することは大の苦手。でも、しぶとく会場に残っていたら、少しは場に慣れて、何か自分の気に入った遊びができていたかもしれません…。

私だったら、息子が嫌がっても一定の時間はしぶとく居座るんですが、主人は粘っても無駄とすぐ諦めるタイプ。きっと自分も居心地が悪くて、すぐに場を外してしまったものと推測できました。

(ちなみに、夫婦の子育てスタイルが違うのは良くないと、後に心理士さんに指摘されたことも)

スモールステップに挑む際は、子どもと伴走者の間での微妙な駆け引きがあります。背中を押すタイミングや言葉をかけるタイミングがとても重要。例え失敗しても、「ここまでできた。次は頑張ろう」と子どもが肯定的な気持ちになれることが大切だと思います。

この定例会では、お隣に座っていた保護者の方と少しお話ができた程度。もっともっと、情報交換したかったのですが、何せ私も元恥ずかしがり屋。でも、講演された『SM リソースマニュアル』の共著者、アリソン・ウィンジェットさんとトイレで偶然出会い、「頑張って」と声をかけていただいて嬉しかった覚えが…。

毎日子どもと向き合い、学校や子どもの友人関係で悩んでいるうちに、保護者も疲弊してきます。あまり進歩がなかったり、後退してしまったりとガッカリすることも多いかもしれません。一人で抱え込まずに、同じ悩みを抱える誰かと情報を共有できたらいいですよね。

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10月に入って、イギリスではコロナ感染が大爆発しています。先週から毎日の感染者数は1万5000人前後を行ったり来たり…。第二波では特にイングランド北部で感染が拡大し、今政府と北部の首相たちが生活保障を巡って交渉中。春のような全国的ロックダウンは経済的な打撃が大きすぎるため、政府はエリア毎のロックダウンを提案しているのですが、今後一体どうなってしまうのか見当が付きません…。

とにかく健康第一。昨日は久しぶりに晴れたので近くの公園で散歩しました

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さて、3月以来ご無沙汰していた『息子の緘黙』の続きです。1年生になってから初めてのIEPが2005年12月(1学期末)に計画され(詳しくは『息子の緘黙・幼児期5~6歳(その15)個人指導プランNo2』をご参照ください)、翌年6月にその効果を確認するミーティングが行われました。

<2005年12月~3月のIEP2 Y1・No1>  ← 1年生の最初のIEPなので、Y1 No1と訂正させていただきました。

ターゲット1:囁きで声なく、聞こえる声で大人と話す

  • 達成目標:5回  ← 達成(と書いてありますが、私が覚えている限りでは、まだ大きめの囁き声だったと思います…)

ターゲット2:質問に対して長い返答をする/ 答えにもう少し情報を加える

  • 達成目標: 5回 ← 達成

<備考>

  • TAのSとは1対1なら囁き声で毎日話しをするようになり、話せるクラスメートの数も増えた。自宅に友だちを招いて遊ばせている成果と思われる。学校に来た見知らぬ大人とも話すことができたが、担任とだと言葉が少ない。
  • 学校のフェアなどで、不安なく母親から離れて活動に参加できるようになった。
  • 自分が主導権を握れる状態を好む。

3学期に入ってもずっと囁き声が続き、どうやったら次の段階――「普通の声」に移行させることができるのか悩んでいました。また、教室ではTAやクラスメートと隣同士なら耳元で囁けるのですが、みんなの前で声を出すことはまだ難しい状態。

このミーティング、本当は3月に行われる予定だったんです。でも、色々忙しかったようで6月末にずれ込んでしまい、あと1ヶ月弱で小1も終わり…。よって、新たなIEPは次の学年への移行がテーマに。

<2006年7月~ IEP Y1・No2>

ターゲット1:TAと一緒にグループでのゲームに参加し、グループの子どもたちの前でTAに囁く

  • 達成目標:5回
  • リソース&テクニック: 型が決まっていて、シンプルなルールのゲームを選ぶ
  • 作戦: ポジティブな行動を褒め、TAは自分の耳元に囁くよう奨励する
  • 担任とTAへの提案: TAは場面緘黙のガイドラインを読んで理解を深める(ちょっと時期が遅い?(^_^;

ターゲット2:次に進むクラスの新しい担任たち(ジョブシェアで担任2人)と良い関係を築き、2年生にスムーズに移行する

  • 達成目標:新担任たちに囁き声で話せるようにし、自信をつけさせる
  • リソース&テクニック:新担任たちと1対1で接する機会を作る(メッセージを届けさせる等)
  • 作戦: 次学年への移行を最初はTAがサポート。transition book(移行のためのブックレット)を作成し、ルーティンを作る

保護者ができること: 夏休み中に新しい担任やクラス(持ち上がり)のことなど、子供と学校のことを話す。できたら休み中に、新しいクラスを訪問する。

これは、私がミーテングで提案したもの。夏休みに学校で行われるサマーキャンプに参加する予定だったので、その際に学校内に入れてもらえるようお願いしました。

この頃は、グループ活動をする際に人数が少なくて、TAや特に話しやすい子が隣にいる場合は、耳元にヒソヒソ囁くことができていました。IEP No2では、グループの人数を少し増やし、みんなの前でTAや友達に囁くことに慣れるようにするのが狙い。

また、1年生のうちに次の学年のクラス担任に慣れさせ、囁けるようにする目標も。事前に囁やけるようになっていれば、進級した際にそれほどショックを受けません。長い夏休みの間、学校のことを忘れないようにする、というのも大事な課題でした。

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その6)もうひとりの緘黙児

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その7)1学期の個別指導プラン

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その8)初めて声が出た!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その9)教室内で囁き始める

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その10)S君宅に招かれる

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その11)初めての言語テスト

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その12)誤解されてた!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その13)目からウロコ

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その14)誕生会とF君の涙

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その15)個別指導プランNo2

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その16)校庭で声が出た!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その17)緘黙息子の仮装大会

ワイト島の夏休み (その7)

のんびり夏休みを思い返しているうちに、9月も今日で終わり。季節はすっかり秋で、夜の冷え込みも激しくなり、そろそろ暖房が必須になってきそう。その間に、イギリスのコロナ感染率は上昇し続け、昨日・今日と7000人超え…😢ワイト島の夏休み記事もこれで終わりです。

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ワイト島の夏休みの最終日。午後2時半のフェリーを予約しておいたので、午前中は島の最南端にあるセントキャサリンズ・ポイントでハイキングする計画でした。岬の白い灯台を出発点に、ドラマチックな風景を見ながら丘陵を登り、14世紀に建てられた礼拝堂のあるセントキャサリンズ灯台の廃墟まで歩くつもりだったのです。

が、天候が崩れて雨になるかもというので、急遽予定を変更。ホリデー4日目の午後、「悪魔の煙突」に行く途中で通った旧シャンクリン村に行くことにしました。

 

  前日発表された新種の恐竜は、昨年シャンクリンの海岸で一般人が発見したとか。混んでるかもと思ったのですが、天気が悪いので人はまばら。

海岸をブラブラ歩いてから、先日見かけた旧ヴィレッジへ。途中、アンモナイトなどの化石を販売しているお店があって、ちょっと感動。行きついた駐車場はほぼ満杯だったのですが、一番奥に一つだけ開いたスペースを発見できました。

   かやぶき屋根とクリーム色やピンクの壁が可愛らしい旧目抜き通り

  上の写真のクリーム色の建物、ペンシル・コテッジ(カフェ&ショップ)の中庭で蟹サンド他を注文。後方のカニの模型にはテーブル番号が書いてあります

カフェの横の道を下ったところに、島最古の観光スポットと言われる美しい渓谷、Shanklin Chineがあるのですが、時間がなくて残念ながらパス。貼ってあったポスターによると殆ど毎日赤リスが出現するらしく(まあ、そう書いてあるところが多いんですが)、ああ見たかったな…。息子と一緒にその近くの森林を歩いてみたものの、赤リスとの遭遇は幻に終わりました。

ランチを食べた後は、急ぎ足でお土産探し。一軒に入るごとに並んで手を消毒…このコロナ禍、一体いつまで続くんでしょう?

カウズの波止場では「出発が遅れます」と連絡があり、私だけ車を降りて近くのショップをウロウロ。その間に家族が乗った車は私を残して搭乗!残された私は、大謝りに謝って徒歩客用の搭乗口から乗せてもらったのでした(恥)。こうして2020年の我が家の夏の旅は、ドタバタのうちに終わりを告げたのです。でも、コロナ禍の合間に夏休みを取れて、本当に良かった!ちなみに、ワイト島の感染率は第二波来襲中の今も低いままで、ほっとしています。

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ワイト島の夏休み(その6)

イギリスは先週半ばから天候が崩れ、秋晴れの汗ばむくらいの気候から雨模様の日々に。最低気温は10度を割り、夜間は暖房が必要なくらいになってきました。だんだん日が短くなっていく中、コロナ感染は大学寮を中心に拡大してここ3日間は毎日6000人を超える勢い…。コロナ感染も心配だけど、今年末にはEU離脱なのに未だEUとの交渉がまとまらず…イギリス経済は一体どうなってしまうのか、不安が募ります。

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ホリデー6日目はやっと猛暑が去り、通常運転のイギリスの天候に。一転して肌寒い曇り空の下、東部にあるベンブリッジ(Bembridge)の海岸まで行ってみました。ワイト島はヨーロッパ内で恐竜の化石が最も豊富な場所のひとつで、ペンブリッジの東に位置するサンダウンという町には恐竜博物館があります。実は、前日に1億1500万年前の白亜紀に生息していたという新種の恐竜(長さ4m)が発見されたと報じられたばかり。

   

   橋の向こうにあるのは、ベンブリッジの救命ボートステーション。波が全くない湖のような水面――気圧の関係かと思うのですが、凪の海って初めてでした

救命ボートステーションの南側の海岸をてくてく歩いていくと、昨日のライドの砂浜とは全く異なる風景。幾何学模様のような割れ目のある岩が延々と続き、火山活動でできた古代の地層なんだろうなと想像できました。ワイト島自体が白亜紀の堆積物で形成されているそうで、古代にはイングランドと地続きだったそう。この場所を恐竜が闊歩してたのかと思うと、とっても不思議。

   他の海岸では見られなかった貝殻もちらほら。浜辺にはバケツを片手に何か採っているらしい人が結構いましたが、何を採っていたのかは不明

ベンブリッジを後にして、ガーリック農場と島一番のアート&クラフトセンターと宣伝されるアレトンバーンズを覗いてみましたが、うーん今一つ。シーフードを求めて、再びライドの海岸沿いのレストランへ。

今にも雨が降り出しそうでしたが、車で移動中にパラパラ降ったくらい。テラス席で長時間待ってシーフードにありつけました。看板には蟹とロブスター(食材がある時に限る)と書かれていたものの、残念ながらロブスターはなし。

  

ランチの後は、ライドの西側にあるクア修道院へ。ファームショップとティーガーデンが再開したと知り、ちょっとわくわく。赤リスが住む森もあり、今度こそ遭えるかもと期待が膨らみました。

12世紀に設立したクア修道院はカソリックの聖ベネディクト会に属し、ゲストハウス、ビジターセンター、ショップ、アートギャラリーを併設する他、1エーカー(約0.8k㎡)の広大な敷地に農場や果樹園、牧草地や森林があります。農場では野菜と果物の栽培の他、養豚、養鶏、養蜂を行っていて、ファームショップで生産物や加工品(ジャムやチャツネなど)を販売。ホームメイドのケーキや軽食が楽しめるティーガーデンも。市民農園も設けていて、一般の人も野菜造りを楽しめるよう。ウィキによれば12人に満たない修道僧とボランティアで経営・維持を行っているとか。

小さな子ども連れの家族が多く、とってものんびりした雰囲気で、しかも無料。観光客のみでなく、地元の家族連れが敷地内でピクニックやウォーキングを楽しんだり、お茶を飲みにやってくるスポットのよう。赤レンガの壁に囲まれたウォールドガーデンの外側には養豚場があり、豚の母子3家族がそれぞれのピッグペン(ドーム型の豚小屋)で平和そうに暮らしていました。1匹の母豚に子豚が12匹くらいと、子だくさん。

 

1912年に新築した修道院は、ベルギー製の煉瓦を用い、フレンチビザンチンとムーア建築様式を組み合わせた造り。イギリスではあまり見かけないスタイルで、聖堂内はステンドグラス他の装飾が殆どありません。

林を抜けたところに、12世紀から16世紀まで続いた旧修道院跡と、旧修道院の石材を使って19世紀に建てられたクアアビーハウスがあります。後者は英国艦隊の提督だったコッチレン伯爵の邸宅で、娘はヴィクトリア女王の末娘、ベアトリス王女の侍女だったとか。

  ベアトリス王女がハネムーンを過ごし、ヴィクトリア女王も時おり訪れたというクアアビーハウス。誰が飾ったのか、ウサギの置物が…

ファームショップに入る際に名前と連絡先を記入し(コロナ感染に備え)、自家製のハチミツを購入。ティーガーデンで手作りケーキとラテをいただきました。庭園内に良く赤リスが出現するというので粘りましたが、やってきたのはコマドリだけ…。

   コロナ感染防止のためとはいえ、紙コップとバッグ入のケーキはちょっと味気ない?

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イギリスでは9月に入って学校が再スタートしたのですが、ここ2週間あまりでコロナ感染率が急上昇。先週末から毎日4000人を超える感染者が出ていて、PCR検査システムはパンク状態…。私が働く特別支援学校も再開して今3週目…学校で感染者が出ないことを祈るのみ。さて、ワイト島の夏休みの続きです。

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この日は息子の誕生日。本人の希望で、カウズ(Cowes)のマリーナにあるスパニッシュレストランとヴィクトリア女王の夏の離宮だったオズボーンハウス見学を予約してありました。猛暑は続き、朝から温度がぐんぐん上昇。まずは、北部の港町カウズに行ってマリーナと町を探索。

快晴の海は青く水面がキラキラ輝いてきれい

12時に予約しておいたスパニッシュレストラン、フロントは若いお兄さん2人だけ?どんどんお客さんがやってきて、満席状態に。一番乗りで中庭の席に着きすぐ注文したものの、ドリンから食事が出てくるまでがとっても長かった…。

          息子とお任せタパスを注文。イベリコ豚と海老、ピリ辛のポテトとオリーブ。美味しかったです

オズボーンハウスの予約は2時だったのですが、コーヒーとデザートがまたまた来ない――待った挙句、頼んだデザートは切れていて、コーヒーマシーンも故障中とのこと…。

急いでレストランを出て駐車場まで走りました。カウズとイーストカウズはメディーナ河を隔てて隣同士。通常だったら、フローティングブリッジ(浮橋)と呼ばれる船に車ごと乗り込んで、ほんの数分で渡れるのです。でもコロナ禍のせいで、車の渡しは停止中!仕方なく、ニューポート経由で河の周辺をぐるりと回って25分かけて隣町のイーストカウズへ。かなり長い河なのに、大昔からある渡し舟の歴史を重んじてか、現在でも橋がひとつもないのです…。レストラン選びをした際、Gマップでは車で5分くらいだったのに…。

15分ほど遅刻したものの、無事オズボーンハウスに入場できました。この王宮は1845~1851年の間にイタリア・ルネサンス建築の宮殿を基礎として、ヴィクトリア女王(1819~1901年)のために建築。毎年、夏になると女王一家が滞在し、1861年に夫君のアルバート公が病死した後も頻繁に訪れていたそう。

 

ヴィクトリア女王といえば、世界に植民地を拡大した大英帝国の女王。歴史の教科書などでは、最愛の夫アルバートに先立たれ喪に付した、晩年期のどっしりした肖像画でお馴染み。でも、18歳という若さで即位した彼女は145cmと小柄で、21歳で結婚してから4男5女、9人の子どもを次々と儲けた若き女王だったのです。

オズボーンハウス1階にあるダーバーの大広間 (Darbar Room)は、ヨーロッパの王族をもてなす晩餐会や舞踏会が行われた場所。インド皇帝でもあった女王のステータスを象徴するように精巧なインド式装飾が施され、特に天井のプラスター装飾が圧巻。現地から職人を呼び寄せただけありますね。この他、インドの風景・人物画のコレクションも。

 

海を見渡すテラス。広大な庭園があり、女王一家が海水浴を楽しんだ王室専用ビーチまで歩いていけるのですが、暑すぎてパス。ティーブレイクは、アフタヌーンティーではなくアイスキャンディーとカフェラテにしました。

次は、宿泊先まで戻って水着に着替え、白い砂丘で有名なライドのビーチへ。午後遅かったためか潮が満ちてごく普通の砂浜という感じでしたが、人がまばらな海で気ままに泳ぐことができました。けっこう遠くまで泳いでも、浅瀬が続いていて海底に足がつくんです。砂丘だから?これだったら、子どもでも安心。

 

      イギリスで温かい海って初めてでした。地元の人達は海水が温まる午後遅くに泳ぎに行くよう

食べて、観て、泳いで--息子の20歳の誕生日は真夏の光いっぱいの一日となりました。

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