第2回Selective Mutism H.E.L.Pオンラインサミットから(その2)

ぐずぐずした天気が続くなか、イギリスのバラの季節が終わってしまいました。雨の合間に出会ったバラたちの美しい姿を、ここに留めておきたいと思います。

<5月中旬に開催されたオンラインサミット、第2回Selective Mutism H.E.L.Pから>

今回のサミットでは、子どもが「話せない」ことの根底に潜む問題にスポットを当て、作業療法やサウンドセラピー、感覚統合に関わるスピーカーも招いていたのが特徴的でした。その中に、内耳にあって重力と直線加速度を司る働きをする前庭器官(vestibular system) についての話が出て、とても興味深かったです。

私が勤めている高機能ASD児とティーン専門の特別支援校には、作業療法士と言語聴覚士が常勤。生徒たちの運動能力や言語・コミュニケーション力、情緒面など総合的な発達を支援しています。今まで粗大運動などの不器用さが、前庭器官と関係しているとは知りませんでした。

◎ジョリーン・ファーナルドさん:米国の音声言語病理学者(Speech & Language Pathologist)、DIR-SMモデル(Developmental, Individual-differences, & Relationship-based model  発達段階と個人差を考慮に入れた相互関係に基づく緘黙治療のモデル)を考案し、独自の治療方を持つクリニックを運営。著書に『The Comprehensive Guide to Selective Mutism』がある。

*            *             *

ジョリーンさんが場面緘黙症と向き合うことになったのは、娘さん(今年20歳)が3歳で場面緘黙症を発症したから。それまでは大学で少し学んだ程度で、緘黙とトラウマを結びつけていたそう。でも、それが間違った知識だということにすぐ気づきました。

緘黙治療といえばCBTのエクスポージャー法が定番ですが、ジョリーンさんが最初に採用したのは、ソーシャルワーカーとの遊戯療法(箱庭療法?)。社会的な場で固まって動けなくなる娘を見て、まずは遊びで不安を下げようと考えたのです。

次に、作業療法(OT: Occupational Therapy)を追加していく過程で、大きな変化があったといいます。(作業療法は人の感情的、社会的、身体的ニーズに影響を与える障壁を下げるための療法)。

「基本的に娘の行動が全く変わったのよ。前庭は私達の身体を統制する窓口のような器官だけど、それが正常に働いていなかったのね。だから、脳から出た司令を体に伝えるシステムが上手く機能していなかった」

脳は身体が受ける感覚的な刺激を統制していますが、その情報が脳にきちんと伝わらないと、闘争か逃走か反応(fight or flight)、フリーズ反応(freeze)、疲労感覚(fatigue)のシステムが誤作動してしまうといいます。緘黙は喉がしまったような感じになって声がでないのが特徴ですが、一部の緘黙児がそうであるように娘さんも体全体が硬直。また、感情の統制がうまくいかず、学校から帰ると癇癪を爆発させ、社会的な場に出ると疲労が激しかったとか。

それ以外にも、課題が見えてきました。

「娘にはまず自分自身の感情を理解する必要があった。それから、人の感情を理解することも」(ジョリーンさんは子どもの情緒面の発達を支援することの大切さを訴えています)。

「6歳のころに人の絵を描かせてみたら、大きな頭から短い手足が直接出ているだけ。胴体も首もなかった。普段の行動からみて、空間における自分の身体の位置がきちんと把握できていないようだったわ」

作業療法を続けることで、娘さんの不安の根底に何があるかを理解できたといいます。「話せないことは氷山の一角でしかない。それがよく解ったの」と回想。そこからは、薬も考慮に入れた総合的なアプローチに目を向けたそう。その過程で出会ったのが発達心理学者、スタンレー・グリーンスパン博士によるDIRモデル(ASD児の治療プログラムとして有名)でした。

緘黙児の中には音声や言語、コミュニケーション、感覚処理、運動機能、視覚空間など様々な問題を抱えている子がいます。その複雑さ考えると、障害のすべての側面に対処するDIR/ Floortime のような包括的な治療モデルが必要。

それぞれの子どもの発達に合わせて、音声や言語、運動や感覚の処理などを含む個人差を考慮したうえで、家庭・学校・地域での相互関係を通じて、社会性や情緒面の発達をサポートしていく。それがジョリーンさんの治療方針です。

追記:

緘黙児でなくても感覚過敏があったり、ちょっと体が硬かったり・バランス感覚が悪かったり、文字を書くのが苦手だったり、というようなことがあるかと思います。イギリスの公立学校では、5歳になる歳で入学。1年目はレセプションと呼ばれ、1年生になる前の準備コースのような感じです。

この学年中に、入学した子どもたちに対して、ひとりずつ身体面・情緒面(社会面を含む)・言語面・学習面(数字の観念や指示に従えているかなど)などの発達状態を調査。気になる点がある子に関しては、SENリストに載せ、保護者に連絡を入れ対策を考えます。

例えば、息子のクラスでは35人のうち半数以上がリストに。ASDや身体的な障害を持つ子から、話し言葉が不明瞭だったり、友達に譲ることができないといった情緒的な面まで幅広くカバーされていたよう(息子ももちろん入っていて、小児クリニックで診察を受けたため、IEPは「アクション+」という評価でした)。

SENリストに乗った子は、学期中は要観察。問題がないと分かるとリストから外され、レセプションが終わるころには半数以下になりました。

学校とNHS(国民保健制度)が連携しているため、気になるところがあれば学校を通じて保護者や医療機関に連絡が行きます。家庭では少々問題があってもそれを個性と捉え、保護者が気づかないこともあるかと思うので、このシステムは利点が多いと思います。

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第2回  場面緘黙H.E.L.P.オンラインサミットから(その1)

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第2回 場面緘黙 H.E.L.Pオンラインサミットから(その1)

イギリスでは相変わらず雨模様のさえない天気が続いています。それでも、昨年コロナで中止になったイベントが、今年はポツポツ再開されるように。先の日曜日、昔住んでいた町のフェスティバルで個人宅の庭が複数公開されたので、曇り空のもと庭巡りに行ってきました。

<5月中旬に開催されたオンラインサミット、第2回Selective Mutism H.E.L.Pから>

◎ゲイ・ジェイムスさん:保護者で緘黙本『Living beyond Silence』の著者

ジェイムスさんの息子、トレバー君が場面緘黙を発症したのは4歳のころ。今から20年近く前のことで、アメリカでもまだ専門家は殆どいませんでした。

別州で緘黙治療の経験がある小児心理士を探し当て、まず「しゃべるか、しゃべらないかで大騒ぎしないこと」とアドバイスを受けました。残念ながら治療はうまく行かず、自ら支援に乗り出すことに。多くの資料を参考に、手探りしながら下記の支援を行っていきました。

最初に行ったこと(幼児期)

  • エクスポージャー法で不安に向き合う機会を多く作る
  • フラストレーションを発散できるよう、スポーツクラブなどに参加させる
  • 同年代の子どもと接する機会を作る

友人や家族への説明

  • いくら説明しても解ってくれない人はいる。全員を説得するのは無理
  • 緘黙児は周囲の反応に敏感なので、子どもがいる場では話題を変える(「今日は話すの?」と的外れな反応をし続ける人もいたとか

園・学校が楽しいところだと教える

  • 兄がいたため、学校がどんなに楽しいかを話して聞かせていた(話さなくても友達は多かったそうで、「いい聞き手だったんだと思う」と回想)

園・学校と情報を共有する

  • 園の先生たちが緘黙に気づき、どうしたらいいか訊ねてきた(「無理に話させないこと」と伝えることができた)

帰宅後のメルトダウン(怒りやフラストレーション)対策

  • 一人になれる時間・空間が必要
  • 子どもの気持をなだめてくれる活動・対象を探す(好きだった絵を習わせ、音楽や身体を動かす活動にも参加させた)
  • 猫を飼うことで、帰宅を待ちわびるようになった

家では普通に行動し話せているのに、なぜ外では他の子と同じようにできないのか?自分の子どもに障害(心の病)があると認めるのが難しかったそう。

大きなターニングポイントが来たのは7歳のころ。誰とでも話せる訳ではありませんでしたが、先生から名前を呼ばれると応えられるように。それからも、親子での取り組みは長く続きました。

ジェイムスさんの著書『Living beyond Silence』の表紙は、グラフィックアーティストになったトレバー君の手によるもの。闇の中に立つ少年は、自分が緘黙だった頃のイメージを描いたそう。その先には明るい光があり、適切なステップを踏めば未来は明るいことを暗示しています。

現在、トレバー君は家を出て自立し、主に音楽活動を通して世界中を旅しているとか。話すことには全く問題はありませんが、緘黙は不安障害のひとつ。将来も不安が消え去ることはないだろうとジェイムスさんは考えています。

ジェイムスさんの話で特に印象に残った箇所:

1) 場面緘黙の資料や情報を集めた時、息子の立場で考えることができるようになった。大きな不安のために、声が出せないのだと共感できた。子どもがどれだけ苦しい思いをしているか――まず共感してあげることが重要。「あなたの気持ちは分かるよ」「長い間声を出せなくて、フラストレーションがたまるよね」など、頻繁に声掛けすること。

2) 子どもの気持ちを蔑ろにしないよう十分注意が必要。不安を感じたり、人目を気にしたりする子どもに、「そんなこと気にしなくていい」「そんな風に思わなくていい」というのは逆効果。自分の子どもでも、人として尊重してあげて欲しい。

3) 自分達だけで治すのは無理。子どもが不安に感じる場面で話すチャレンジをするには、周囲の協力が必要不可欠。保護者だけでは解決できない問題なので、話せる人のサークルに参加したり、第三者の専門家を巻き込むことが重要。

(ここからは私の感想です)

大人でもそうですが、口に出して共感してもらえると嬉しいものです。特に、今は世界中がコロナ禍であまり明るいニュースがない状況。緘黙児は周囲の空気に敏感なので、自分を取りまく不穏な空気に大きな不安を感じているかもしれません。厳しいロックダウンを何度も繰り返してきたイギリスでは、専門家が子どものメンタルヘルスの悪化に警鐘を鳴らしています。

日本には言葉に出さずに人の気持ちをくみとる文化が根付いていますよね?はっきり言うと角が立つことも多いし、親しい仲だと「そんなの言わなくても解る」と思いがち。反対に、欧米では「ちゃんと言わないと伝わらない」文化で、カルチャーチョックを受けたことも多くありました。「言ったもん勝ち」感も強いです(笑)。

イギリスでは母親が子どもに対して、「愛してるよ」「ダーリン」などと、常に愛情を言葉で表現します。子どもが何かできた時は、もうべた褒め(笑)。初めて見た時はちょっと抵抗感があったのですが、子どもが安心でき、自信を持つのに寄与してるかなと。「一度言ったからもう解っているはず」と思わず、何度でも言葉がけをして安心させてあげたいものです。

なお、この記事はかんもくネットが発信しているnoteの記事に手を加えたものです。

https://note.com/kanmoku_net/

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どうして場面緘黙になるの?

6月もすでに半ばを過ぎてしまいました。イギリスではロックダウン中の4、5月と記録的に晴天が続いたのですが、6月に入った途端に例年並みの変わりやすい天候に…。毎日のコロナ感染者も死者も、まだまだ安心できるレベルまで減少しておらず、第二波が心配です。

  3週間ほど前、パーゴラの両脇に植えた白薔薇の根本に大穴が!我が家の庭に毎晩キツネがやってきて、悪戯していくのです…。苦肉の策で、キツネ除けバリケード(夜間用)を考案しました(^^;)

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自分の子どもはいつ、どのように場面緘黙になったのか? 実は、思い当たるふしがないという保護者が多いのだそう。

今回の講演の中で、マギーさんが緘黙の引き金要因について説明され、なるほどと思いました。

家族は引き金となった出来事や原因を突きとめようと過去を遡り、「これに違いない」と見当をつけているかもしれません。でも、実はそうでない場合も多いようです。子ども自身も覚えていないかもしれません。

不安障害のひとつである場面緘黙は、恐怖症と同じメカニズムを持つ。

恐怖症を発症する3つのメカニズム

  1. Transference(転移)
  2. Modelling(モデリング)
  3. Direct Association(直接的な関連付)

1.Transference(転移)

殆どの緘黙児は話せない人・場所・活動が決まっているが、実のところ特定の人・場所・活動自体が怖いのではないことが多い。祖父母や先生など、大好きで話したいのに、喉が閉まったようになって声がでない。

この「話すこと自体が怖い」という不合理な恐怖症はどこから来たのか?

本来、恐怖を感じたのは「話すこと」ではなかったが、不安でパニック状態になっている時に、「話すこと」が恐怖の対象として結び付いてしまう(転移)ケースが多い。

引き金になる出来事が起きた際、親や家族が傍にいなかったケースが多いといい、原因がつかめないのもうなずける。

例えば、見知らぬ場所やショップなどで、子どもが親や家族を見失ったとする。子どもは頭が真っ白になり、心臓がドキドキしてパニック状態に。そんなところに、見知らぬ大人がやってきて、親切心で矢継ぎ早に質問を浴びせかけられたら?

子どもは喉が閉まったようになり、質問に応えることができず、恐怖は更に大きくなる。この「何か言わなきゃいけないのに、声が出ない」という体験が恐怖と結びついてしまう(転移)。

この恐怖体験をしばらくは忘れていることが多いが、次に親が傍にいない時に見知らぬ大人に話しかけられると、以前体験した恐怖と「声が出ない」状態が蘇る。これを何度か繰り返すうちに、子どもはどんな場面でこの恐怖に遭遇するかを学習し、極力そうなる場面を避けるようになっていく。

2. Modelling(モデリング)

子どもは頼りにしている人の言動を見て学習する。例えば、兄姉が話すことを恐れ・回避しているのをずっと見ていると、弟妹も「話すことは怖い」と思い込み避けるように。また、移民で内気な親が親族としか交わらず、家庭外(学校を含む)で英語を話したがらない様子を見て育ったケースなど。

3. Direct Association(直接的な関連付)

「話すこと」自体に恐怖を覚えたケース。例えば、話している時にからかわれたり、批判されたりした場合。また、不安な状態の時に、何かを言うよう強要されるような体験をした場合など。

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緘黙と恐怖症

早期発見・治療の重要性

あっという間に時間が過ぎて、またまた更新の間が空いてしまいました。ふと気づいたらすでに5月も半ばちかく――いつの間にか前庭のイングリッシュローズの一番花が咲いてました。ここのところ20度を超える日が続き、春爛漫の花薫るような気候です。

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Mary Rose の一番花。今年はピンクの色がちょっと濃いみたい

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ご近所を歩いていると、色々な花との出会いがあります

ところで、しばらくブログを見ないうちに、いきなり文字の色が薄くなっているのに気づきました。字がボヤケてしまい、読みにくくてすみません!多分、WordPressをアップグレードした段階で問題が生じたと思うのですが、主人にきいても原因が判らず…。どうしようもないので、今回は太字にしてみました。

さて、4月20日に参加した場面緘黙ワークショップでは、「障害(disorder)」という言葉がすごく引っかかりました。Hクリステンセンによる研究データ(『場面緘黙のワークショップに行ってきました』を参照ください)を見ると、「分離不安障害」や「社会不安障害」など、併存する症状には殆ど “障害(Disorder)” という言葉がついています。

クリステンセンの論文の抄録をチェックしたところ、対象となった54名の子どもの年齢には触れてないよう。発症年齢を考えると、3~12歳くらいと思うんですが…。併存する障害があるかないかの判断は、DSM4を基準にして、子どもへのアセスメントと親への調査を通して行われたとあります。

併存している症状が、厳密に「障害」と名がつくほど深刻だったのか?話さない子どもに対して厳正な診断ができたのかどうか?また、何歳くらいの子どもが多かったのか?いろいろ気になります。

これに対して、年齢順に併存症をならべたマギーさんとアリソンさんのデータを見ると、最初の4項目(年齢が幼い順から)は「分離不安」や「全般性不安」など、”障害(Disorder)”という言葉がついていません。

「~症」と「障害」の違いについてマギーさんに質問したところ、「簡単にいうと、深刻な症状が長期に渡って持続し、生活に支障をきたすレベルが『障害』」ということ。例えば、「社会不安障害」だと、DSM-Vでは深刻な社会不安の状態が6ヶ月以上続く場合と定義されています(詳しくは『専門家に相談する必要性?』をご参照ください)。

2年ほど前に、《9歳の壁》について書きました(詳しくは『告知するかしないか(その3)』をご参照ください)。小学校の中・高学年になると、場面緘黙の治療は難しくなるといわれています。その理由は、プレ思春期に入る9歳頃から、子どもはものごとを対象化してみることができるようになり、自分と周囲を意識しはじめるため。その時点で、すでに何年も緘黙状態が続いて「話さない子」のイメージが固定化してしまい、自意識も強くなるため、話し始めることがより困難になるのです。

マギーさんとアリソンさんのデータにも年齢は書かれてないのですが、子どもが自分を客観視できるようになり、周囲と比べることが多くなるこのプレ思春期あたりから、併存する症状が悪化する可能性があるのではないか――そう思い当たりました。

例えば、入園したばかりの園児の中には、初めて母親と離れて大泣きする子がよくいますよね?それでも、大体の子は1ヶ月くらいで園に馴染みはじめるんじゃないでしょうか?こういった子ども達は「母子分離不安」はあるものの、「障害」まではいってないはず。

(1ヶ月以上経っても全く母親から離れられず、ストレスで心や体に不調が出てくるようであれば、「障害」になるのかな?その場合は、専門家に相談したり、入園を見合わせる必要もでてくるかと思います。年齢的な目安はありますが、子どもは一人ひとり違うので、我が子からのサインを見逃さないことが重要になってきそう)。

マギーさんとアリソンさんのリストをみると、「障害」という名がつく不安症は最後から2番めの「社会不安障害」。順番からいって、幼児期ではなくプレ思春期~思春期のころかなと想像できます。幼児期でも社会不安を感じている子は多いはずですが、それは家庭とは違う学校や園の雰囲気、知らない大人達に対する、感覚的・生理的なものが大きいんじゃないでしょうか?

それが、プレ思春期や本格的な思春期に入ると、より深刻化する可能性がでてくるように思います。その理由は、社会不安障害の定義は、「他者から否定的な目で見られたり、否定的な評価をされることへの恐怖や不安」というものだから。周囲の目が気になるようになり、自分についてより深く考えることができるようになってはじめて、「他者から見た自分の評価」を下すことが可能になるからです。

子どもの体と心が急激に変化する思春期は、誰もが悩みや葛藤を経験する時期。不安になりやすく繊細な緘黙児は、緘黙だけでなく併存症を抱えていることが多いのに、それに加えて、思春期特有の葛藤を抱えながら毎日を過ごさねばなりません。それが、かなりのストレスとなり、併存症が悪化しても不思議ではないと思うんです。

場面緘黙は早期発見・治療が重要といわれますが、それは緘黙の併存症を悪化させないことにも繋がるのではないかーー今回のワークショップで感じたことのひとつです。

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場面緘黙のワークショップに行ってきました

場面緘黙と他の不安障害の関連性--場面緘黙のワークショップから

専門家に相談する必要性?

告知するかしないか(その3)

 

場面緘黙と他の不安障害の関連性――場面緘黙のワークショップから

前の記事『場面緘黙のワークショップに行ってきました』の続きです。

ここからは、場面緘黙と他の不安障害の関連性について、ワークショップで学んだことと、私が思ったことを書きますね。

データ1については出典が定かでないのですが、発達的な障害は除外して、情緒的な障害に的を絞っているようです。データ1と2の「不安障害全般」を比較すると、61-97%と74%で同じような傾向といえます。緘黙児には、不安になりやすい抑制的な気質の子が多いことが解っていますが、それを証明する数字ではないでしょうか?

2つのデータからみえてくるのは、場面緘黙の子どもや大人は、場面緘黙+別の不安障害を発症している確率が70%くらいは(あるいはそれ以上)あるということ。アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアルの最新版、DSM-V (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) では、「場面緘黙」は不安障害に分類されています。ということは、同じ不安障害のカテゴリー内で、「場面緘黙」に加え、多くの子どもや大人が「社会不安障害」や「分離不安」などを併行して発症しているのです。

そんなこと当たり前と思われるかもしれませんが、

不安になりやすい気質 → 様々な不安障害になりやすい

ということを心しておくべきではないでしょうか?(もちろん、生まれ持った気質や発達の問題、育った環境、人間関係などが影響してくると思いますが)。

合併症ではなく併存症という言葉が使われているので、「場面緘黙」になったから、それが原因で「社会不安障害」など他の不安障害になる訳ではありませんよね…。どちらかというと、不安になりやすい子どもが、社会的な場面に適応できなかった場合、何らかの不安障害を発症したり、複数の不安障害を併せもつ傾向が強いといえるのではないでしょうか?

(Wikiで調べると、

合併症:「あ病気が原因となって起こる別の病気」または「手術検査などの後、それらがもとになって起こることがある病気」 

併存症:「異なる病気が時系列に関係なく起こる」)

マギーさんが強調していたのは、「場面緘黙」と「社会不安障害」などの他の不安障害は、異なるということ。一般的に緘黙児には社会的な不安が強い子が多いですが、社会不安が悪化して「社会不安障害」になった時、別の独立した障害として、緘黙と切り離して考える必要が出てきます。

  • 場面緘黙:人前で話すことに対する恐怖や不安
  • 社会不安障害:他者から否定的な目で見られたり、否定的な評価をされることへの恐怖や不安

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“場面緘黙の権威”として知られる、マギー・ジョンソンさん

例えば、不登校を考えてみると、緘黙だから不登校になる訳ではないですよね?学校や園の環境が整っていれば、緘黙児は毎日普通に学校に通い、普通に学校生活を送ることができるはず。不登校になる背景には、社会不安障害や何らかの恐怖症が潜んでいるのではないでしょうか?

場面緘黙治療や取り組みは、子どもの持つ「不安」にスモールステップで対処し、自己評価を高めていく、(認知)行動療法が主流。これは他の不安障害にも有効なようです。特に、早期発見・治療ができれば、その後の学校生活に問題が残らないことが多いよう。ただ、緘黙は治っても、併存していた他の不安障害が同時に治るとは限りません。特に、緘黙期間が長く続くと、併存症を発症する傾向が大きくなるように思います。ただでさえ心のバランスが崩れやすい思春期に、緘黙を抱えていることが大きなストレスになるのは想像に難くありません。

もし「社会不安障害」や「パニック障害」などが残ってしまった場合は、程度にもよりますが、そのための治療が必要になってきます。「後遺症」だから仕方ないと諦めず、早い段階で心理士やセラピストに相談してみてください。

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場面緘黙のワークショップに行ってきました

場面緘黙のワークショップに行ってきました

先週から、なにやらバタバタ忙しくなり、また更新が遅れてしまいました。なので、今回の記事の内容ももう1週間以上前のこと…時間が過ぎるのが早いです!

先週の水曜日、SMiRAが主催した場面緘黙ワークショップのエクステンションレベルに参加しました。講師は『場面緘黙リソースマニュアル』の共著者、言語療法士のマギー・ジョンソンさんとアリソン・ウィンジェンズさん。

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講師のアリソン・ウインジェンズさん

2日間の集中コースでしたが、基本的な対応を学ぶコアレベルは3年ほど前に済ませたので、今回は複合的な場面緘黙やティーンの支援に焦点をあてたエクステンションレベルに挑戦。この日の参加者30名のうち、両日参加した人が9割を占めました。言語療法士、教師、TA、看護師といった専門家が多かったです。

ちなみに、私の隣に座っていたのは、ポーランド出身でアイルランド在住という緘黙児のママ。ポーランド人のための支援グループを立ち上げ、今や会員が2000人近くいるとか。彼女の隣には、わざわざポーランドからやってきた言語療法士が2人。国内に場面緘黙の専門家がいないということで、彼らの熱意が伝わってきました。

ところで、3月14日に『ポーランドから場面緘黙の画期的な治療法?』という記事を書いたんですが、いまひとつピンと来ず。お隣さんに訊ねてみたところーー「私は信用していない!」と否定的な返答が…。実際のところはどうなんでしょうね?

 

さて、話を元にもどすと、今回のワークショップで興味深かったのは、場面緘黙と併存症、それぞれの対処方について。まずは、併存症とその発症率について、3つのデータを紹介します。

データ1:場面緘黙に併存する症状と併存率(概要)

□ 不安障害全般 ― 全体の61-97%

  • 社会不安障害(SAD)― 約65%
  • 分離不安 ― 12-32%
  • 特定の恐怖症 ― 30-50%

□ 反抗性障害 ― 6-10% (平均より高め)

  • 軽度の反抗的な兆候 ― 非緘黙児における不安障害の割合と同じ

*注:反抗性障害の認識は、教師よりも保護者の方がが少ない

*みく注:多分、イギリスにおける最新の統計かと思うのですが、資料にはこのデータのソースがついておらず出典は不明。できたらマギーさんに質問しようと思ってます。

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データ2:Hクリステンセン(2000年)による併存症と併存率/(研究対象:54名の緘黙児)

発達障害全般 ― 69% (うち調節障害 13%)

□ コミュニケーション障害 ― 50%

  • 音韻障害 ― 43%
  • 受容-表出混合性言語障害 ― 17%
  • 表出言語障害 ― 11%

□ 排泄障害 ― 30% (うち調節障害 9%)

□ 発達性協調障害 ― 17%

□ アスペルガー(ASD児は除外) ― 7%

□ 軽度の学習障害 ― 8%

不安障害全般 ― 74%

  • 社会不安障害(SAD) ― 68%
  • 分離不安障害 ― 32%
  • 全般性不安障害(GAD) ― 13%
  • 特定の恐怖症 ― 13%
  • 強迫性障害(OCD) ― 9%

★全体の46%の子どもが発達関連の障害と不安障害を併存

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データ3:マギーさんとアリソンさんの治療現場から見た併存症

  •  分離不安
  • 全般性不安
  • 問題行動
  • 他の恐怖症
  • 自閉症スペクトラム(ASD)
  • 社会不安障害(SAD)
  • 自傷/ うつ

*注:幼児からティーンまで、年齢の低い順から顕著な症状を並べています。

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ちょっと長くなりそうなので、次回に続きます。