息子の緘黙・幼児期5~6歳(その6)もうひとりの緘黙児

昨日から11月に入り、今年もあと2か月を切りました。イギリスでは先週末に時計を1時間遅らせ冬時間に突入したため、午後4時半ころになるともう辺りは真っ暗。

久しぶりに森に行ったら、紅葉はもうピークを過ぎていました。落ち葉が地面いっぱいに積もって、歩くとカサカサ音がする季節です。

  

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息子の症状が場面緘黙であることが判明したのが2005年5月、それからは息子のことで無我夢中で周りがよく見えていませんでした。

2005年9月に息子が1年生になり、私もクラスボランティアを始めて少し落ち着いてくると、息子のクラスのことが見えるようになってきました。そして、「あれっ」と気付いたことが…。

どうやら、息子のクラスには、もうひとり緘黙児がいるみたい。

記憶を遡ると、息子がレセプションに入ったばかりの2005年1月後半(緘黙傾向はあったものの、まだ顕著ではなかった)、担任が放った謎の言葉がありました。

「大丈夫、もっと重症の子がいるから」…。(詳しくは『息子の緘黙・幼児期4~5歳(その5)』をご参照ください)。

それが何のことかさっぱり解らないうちに、滑り台事件が起こって息子が緘黙・緘動状態に陥ってしまい、何とかしなきゃと必死だった日々。毎晩ネットを徘徊しているうちに「場面緘黙」という言葉に巡り合い、SMiRAに助けを求め、SENCoと担任に資料を渡して、緘黙の支援をお願いすることができたのです。

今考えると、息子への支援が最も手厚かったのが小学校1年生(幼児部4~5歳)の時でした。その理由は、学校の方針と予算によるものだったと思います。

支援の内容は:

  1. TAとの読本セッション(1対1 週1回15分ほど)(詳しくは『息子の緘黙・幼児期5~6歳(その4)』をご覧ください)
  2. ソーシャルグループへの参加(小グループ 週1回30分ほど)。ASD児のために社会性を育てる小グループに混ぜてもらい、少人数でゲームなどの活動をする
  3. クラスでの小グループ活動における配慮。学校外で話せる仲良しのB君と同じグループに、TAのいるグループにしてもらう

注:なお、1)と2)の活動は授業中に教室から別の部屋に連れ出して行われます。

新学年からこれらの支援が実施されるようになり、ふと気づけば息子と全く同じ支援を受けている男の子がいる…。それは、レセプションクラスに入ったばかりの時、担任が「もっと重症の子」と評した、同じ幼稚園出身のF君でした。

F君は身長が高く、内気ながら結構スポーツができる子でしたが、両親はともに外国人。息子もそうですが、やはりバイリンガル環境や文化の違いが緘黙の発症に影響していたものと推測されます(学校で使う言葉が母国語ではない場面、緘黙の発症率は通常より高い)

ある日のお迎え時間、F君のママが「あなたの子もTAと読本してるでしょ?」と、声をかけてくれました。短い立ち話で、支援が助かるね~と確認し合ったのです。

数日後、また話す機会があったので、「私はSMiRAの会員になって、緘黙の本や資料を持ってるから貸しましょうか?」と訊いてみたのです。そしたらすごく引かれて、「うちの子は違うから」と拒絶されたのでした…。

どうやら、SENCoは彼女に子どもの症状が緘黙だということを説明してない???ただの恥ずかしがり屋で、時間が経てば治ると言われていたようでした…(F君は早生まれの息子より半年前に入学し、その頃学校もSENCoも緘黙についての知識がない状態だったと思います)。

学校で全く話さず、息子と同じ支援を受けてるんだから、絶対緘黙だよ――そうは思ったものの、押し付ける訳にもいかず…。ちょっと凹みましたが、まあ人それぞれだし、とその後は傍観することにしたのでした。

でも、SMの知識があろうとなかろうと、F君ママも子どもの交友関係を大切にして、よく彼の友達を家に招いていたようです。

それが功をなしたのか、F君は息子より早くクラスで話せるようになりました(^^;) クラスに仲の良い友達がいて、休み時間にサッカーなどの遊びに必ず加わっていたことも、克服の助けになったんじゃないかなと思っています。

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その1)祖父母の反応

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その2)社会的な機会を増やす

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その3)1年生に進学

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その4)先生が僕を喋らせようとする

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その5)学校外でのスモールステップ

元緘黙のアーティスト、クリスティーナさん(その2)

前の記事を投稿してから3週間以上過ぎてしまい、何と今日で8月が終わりです。義父が入院して緊急手術を受けたため、義両親宅に介護に行ったりと落ち着きませんでした。ふと気づくと、もう風に秋の気配がする季節に…。

さて、先回に続きクリスティーナさんの話題です。まず、BBC Storiesに掲載された彼女のインタビュー記事をご紹介します。

WHAT I CAN’T SAY BY TALKING I CAN SAY WITH MY PAINTINGS.🎨.Christina, 24, London: "When I was three years old I stopped…

Posted by BBC Stories on Monday, 29 October 2018

 

WHAT I CAN’T SAY BY TALKING I CAN SAY WITH MY PAINTINGS.🎨
話せないことを、私は絵で表現できる

ロンドン出身のクリスティーナは、現在24歳:
3歳のとき、母と祖母以外の人と話すことをやめました。これは場面緘黙(SM)と呼ばれる症状で、家族間のトラウマを経験した後に発症しました。

場面緘黙は深刻な不安障害であり、特定の状況、もしくは特定の人と話すことができません。

セカンダリースクール(12~16歳)では、事態がひどく悪化しました。自己防衛ができなかったため、苛められたのです。活動への参加を強制する教師もいて、クラスの面前で侮辱されたように感じました。

よく授業を避けてトイレに隠れたものです。最終的には、1年以上学校を休むことを余儀なくされました。

その間、うつ病と不安に苦しみ、3ヶ月間入院しました。 そんなに落ち込んでしまったのは、場面緘黙を全く理解してもらえなかったからです。

私にとってはアートが治療であり、不安から解放してくれるもの。また、オンラインのFBグループでたくさんのサポートを得ることができ、ソーシャルメディアを通してボーイフレンドとも出会いました。SNSは、顔をつきあわせて(不安で)胃が痛くなるような思いをせずに人と知り合える、より簡単な方法といえるでしょう。

場面緘黙の影響はいまだにあります。アポに臨む、お店に行く、電話をかけるといった行為で、パニックに陥ることもありますが、徐々に少なくなってきました。また、場面緘黙の良い面を見るようにすることを学んでいます。

場面緘黙は、私にもっと敏感で、共感的で、観察力のある人になること、そしてより力強いアートを生み出すことを教えてくれたと確信しています。

私は言葉で話せないことを、絵で表現することができます。私の話を共有することで、誰かの助けとなり、場面緘黙の認識を高めることができたら嬉しいです。

今場面緘黙に苦しんでいる人には、自分を表現する術を見つけ、同じ志を持つ人たちに出会うことを勧めたいです。

FBには、自分と同じように苦しんでいる人たちと話せるグループがたくさんあります。あなたは独りじゃありません。

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元緘黙のアーティスト、クリスティーナさん(その1)

2019年SMiRAコンファレンス(その10)緘黙のティーンの声

6月ももう半ばを過ぎたというのに、イギリスではまだ肌寒い天候が続いています。去年は春から夏まで天候が良かったので、また通常運転に戻ったかなという感じかな…。

   ケンジントンにあるデザインミュージアム。スタンリー・キューブリック展は見ごたえがありました

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「教師に伝えて欲しいこと」 SLT リビー・ヒルさん “What would you have wanted me to tell your teachers?”

リビー・ヒルさんは、CBTやアニマルセラピーなど多面的なアプローチでSM治療に取り組むSLT(言語療法士)。彼女が主催する言語療法センター、Small Talkの取り組みについては、 4年前に記事にしました(詳しくは『SMIRA2016年コンファレンス(その2)』をご参照ください)。

リビーさんは緘黙のティーンの治療にも多く関わっており、全員にかなりの改善があったと報告。今回の講演では、30名の緘黙のティーンの協力を得、治療の現場から彼らの生の声を届けてくれました。

<緘黙のティーンと保護者への質問>

1) SMを発症した時期は?

幼稚園・小学校入学時 / セカンダリースクール(12~16歳)入学時(原因:社会不安、虐め、ASDなど)

2) 今もSMの影響を感じているか

  • ティーン自身がまだSMだと感じている 22人
  • 保護者がまだSMだと感じている     6人

<緘黙のティーンの声>

  • もっと緘黙を理解して欲しい(話すことを拒否している訳ではない)
  • 緘黙症状の改善には担任の役割が大きいと感じている(75%)
  • 学校での不安を減少させることが、自信につながる(95%)
  • クラスでの席順はとても重要 → どの席がいいか訊いて欲しい
  • クラスで目立つのが嫌 → 支援も、褒める時も他の子に判らない様にして欲しい
  • 長期に渡って同じ支援スタッフをつけて欲しい。継続して関係を保ちたい(75%)
  • 自分から助けを求めることができない(100%) → 先生から聞いてくれると助かる
  • 先生に何か聞かれて応えることができなければ(非言語も含め)、とばして欲しい
  • 先生やTAとコミュニケーションを取るツールが欲しい(75% 例:WhatAppなどのSNS機能)
  • 場面緘黙であることで、周囲から好奇/哀れみの目で見られていると感じる(67%)
  • 信頼できる友達がいると安心(100%)
  • 小グループ活動の時に信頼できる友達と一緒だと安心(93%)
  • 放課後の活動に参加したいけど、できない(67%)

リビーさんから:

クラスにひとりだけでも信頼できる友人がいると、学校生活がぐんと楽になる。緘黙症状の改善には小グループ活動が効果的。休み時間、特にお昼休みはSMのティーンにとってトリッキーな時間。他の子たちと一緒にご飯を食べられないこともあるので、適切な配慮を。また、課外活動では、話せなくても役割を考慮してあげると良い(演劇部だったら、照明や音響、衣装係など裏方の仕事を)

不安を感じている状態だと、情報処理に時間がかることが多い。課題を与える時は、何を求められているかを明白にすること。SMのティーンは目立つことを嫌がるので、クラス全体に指示を出した方がいい。また、次にする活動を事前に教えておくと安心できる。

セカンダリースクールでは子どもの自立を推奨し、家庭との連絡が少なくなる傾向にあるが、連絡は密に取ること。介入・支援することで、学業・社会性ともに進歩が見られることが多い。緘黙や不安が試験の結果に影響を与えている場合は、試験会場や試験の方法、時間を延長することなどを考慮に入れる

SMのティーンは自分のSMに対する周囲の反応に非常に敏感。言動には注意が必要。場面緘黙と関係ない分野で、子どもを評価してあげる必要がある。

みく備考:

イギリスの公立校システムでは、小学校(5~11歳)の次は、5年間のセカンダリースクール(12~16歳)に通います。2018年調べによると、小学校の全校生徒数は平均で280名ほど、それがセカンダリーになると平均で1000名近くに膨れ上がります。

小学校では1学年が平均1、2クラスとアットホームな感じなのに、セカンダリーに上がると途端に規模が大きくなり、大学のような移動教室式に。ベースになる教室や自分の机はなく、カバンを持ったまま次の教科の教室(別棟のことが多い)に移動しなければなりません。休み時間やランチタイムにいられる教室がないため、緘黙のティーンにとっては、過酷な環境といえます。

(息子がセカンダリーに入った時は(2012年)、学校との距離がとても遠くなったように感じました。連絡は学校のサイトで確認、担任や教師との面会は、メールでアポを取る形式。学年末の懇談会やたまにある保護者会をのぞき、学校に行った記憶があまりないです。そういえば、入学時の保護者会では「子どもを自立させるため、保護者はあまり学校のことに口を出さないように」と言われたような…)。

小学校で緘黙症状が改善したのに、セカンダリーに入って逆戻りしてしまったというケースも…。セカンダリーでは複数の小学校から生徒が集まるため、新たな友達関係を築く必要があります。緘黙児が新しいクラスで新たな友達の輪に加わることは、かなりの難関…。思春期の生徒がそれぞれ悩みを持つ難しい年頃でもありますね。教科数も担当教師もぐんと増えることから、学校での支援も難しくなると予測されます。

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