息子の緘黙・学童期6~7歳(その6)特別扱いはしません

もう3月も終わりに近くなりましたね。イギリスは今週ずっと晴天が続き、気温がぐんとあがって春爛漫という感じです。

もうクリスマスローズの季節も終わりです。

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ロンドンには毎週土曜日に国語(日本語)を学ぶための補習授業校があります。駐在員のお子さんが帰国した際に困らないよう、日本の学習指導要領に準じた国語教育を行うのが目的。日本人ハーフの子も大勢通っていますが、2、3年で辞めてしまうケースがほとんど。でも、私の周りでは、ハーフで補習校に行ってない子はいなかったような…。

だから、私も6歳になった息子を2007年の4月から補習校に入学させるつもりでした。が、問題は息子の緘黙。やっと学校で少しずつ改善してきたのに、新たに補習校に入れて後退しちゃったらどうしよう。でも、日本語はちゃんと勉強させたいし…。

(ハーフだからこそ、自分のルーツと両方の言葉を持っていることが大切なのでは、と今でも考えています)

実は、息子が近所の現地校に入学した当日、「僕の英語、みんなみたいに上手くない…」と告白されてビックリ。それまで家庭では日本語中心だったのですが、自信をつけさせるために私も英語で話すことにしたのでした。

だから、日本語はみんなより遅れているだろうし、そこでまた自信を無くす可能性も充分ありました。

本人は補習校には絶対行きたくないと泣いて拒否。同時期にそれまで通っていたミュージックセンターで土曜日の楽器練習が始まる予定で、そちらを希望していました。

複雑な気持ちを抱えながら、新入生の保護者のための授業参観に参加しました。見学させてもらったのは1年生のクラス――なんだか厳しそう。まず、教室がシンとしていて、生徒達がひとりずつ個別の机に座ってきちんと前を向いている――日本では当たり前の風景だけど、久しぶりに見て軽いカルチャーショックを受けました。イギリスの小学校は机をくっつけたグループ学習で、いつもザワザワしているので。

補習校では、当てられたらまず立って、答を言ったり、本を読んだりしなければなりません。現地校では座ったままでいいし、答えられなくてもそれほど注目が集まらないので、その辺りも緘黙児には楽…。

子ども達が席順に読本を始めたところ、あるハーフの女の子が起立したまま固まってしまいました。今にも泣きだしそう…。

教室の後ろには知らない父兄(母親ばかりだったけど)がズラリ。大人たちの視線を感じて緊張感がすごかったんでしょう。教師は半泣きになった彼女に優しく声を掛けましたが、どうしても言葉がでそうになく、いったん座らせました。

一通りみんなが読み終わった後、教師が彼女に「今ならできるかな?」と声をかけたところ、小さな声ですが短い文章を読むことができました。ほっ、いい対応。

皆が耳を澄ませているところで起立して答えたり、本読みしたり――緘黙児や引っ込み思案の子には至難の業…。日本の緘黙児たちはどう対処してるんでしょう?

もうひとつ気になったのは、駐在員の子女とハーフの子とでは、やはり語学力にかなり差があること。前者はスラスラ読みますが、後者はたどたどしかったり、棒読みだったり。読みながら意味が取れているのか疑問でした(だから数年で辞めてしまうんでしょうね)。

これは、息子にはめっちゃハードルが高い!就寝前に日本語の本の読み聞かせやひらがなを書くことなどはやっていましたが、家庭で英語を話す様になったので、日本語に英語が混じるようになっていました。う~ん。

授業参観の後、補習校の校長先生とアポを取って面会に行きました。場面緘黙のことを説明して、配慮してもらおうと思ったのです。

当時は日本ではまだ場面緘黙がほとんど知られていませんでしたが、校長は「ああ、日本で教えていた時にひとりいました。結局、小学校を卒業するまで話せなかったんですが、いつ頃話せるようになるんでしょうか?」と…。えっ、話せるようになるまでずっと放っておかれたんでしょうか?!

そこで、場面緘黙は放っておくと悪化すること、気長な支援が必要なことを説明し、配慮してもらえるかどうか訊いてみたのですが…。

「補習校ではみんな同じ扱いです。特別扱いはしません」と、きっぱり断言されてしまいました。

当時は「合理的配慮」という言葉はなく、校長先生は場面緘黙は成長すれば治ると信じておられたよう。その生徒さんがその後どうなったのか――なんだか不憫でした。

息子が自分の席に立ったまま硬直して何も言えないところを想像したら、恐ろしくてとても入学なんかさせられない。息子が自信を失ってしまったら今までの努力が無駄になってしまう――もう日本語は自分で教えるしかない、と腹をくくったのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その5)持ってる先生と持ってない先生

ロシアがウクライナに軍事侵攻してから、もう2週間以上…。戦火は止むどころか、市民を巻き込んでますます激化しています。本当にもう止めて欲しい。

先週末、誕生日の前祝いをかねてサフォーク州の海辺の町へ行ってきました

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さて、息子の緘黙話の続きです。

子どもの担任が誰になるのか?――これは宝くじのようなものですよね。

緘黙についての知識があるにせよ、ないにせよ、問題を抱えている子どもにどう対応すればいいか、クラスにどう馴染ませるかは、担任の力量にかかってくるのではないでしょうか? 頭で緘黙を理解できていても、子どもはそれぞれ違うので、日々どう接するかは先生次第というところが大きいと思います。まあ、クラスの状況にも左右されますが。

「当たり」の先生は、緘黙(や他の問題)の知識がなくても、自然に察知して子どもによりそえるタイプ。対応の仕方を学ばなくてもさり気なく配慮できる、もう既に「持ってる」先生です。

息子が緘黙になった2005年当時、場面緘黙は学校関係者にも知られていませんでした。SENCOでさえこの症状名を聞いたことがあったかどうか。SMiRAの会長、アリスさんに「あなたが先生たちを啓蒙するのよ」と言われたほど。

それでも、レセプション時代(4~5歳)の担任は、滑り台事件を機に突然固まって全く話さなくなってしまった息子に対して、神対応をしてくれました。場面緘黙と判明するまで4か月ほどかかったのですが、その間も息子の不安を少しずつ少しずつ解きほぐしてくれたのです。明るくて包容力のある若い女性教師で、私よりずっと年下だったけど絶大の頼もしさ(笑)。

女の子に「先生、どうして◯◯君は(課題の活動を)やらないの?」と訊かれ、「◯◯君は準備ができたら自分でするから、放っておいてね」と。

ごくごく自然に、息子も傷つかず、質問した子どもも納得できるような受け答えをしてくれていました。

持ってる先生というのは、マニュアルがなくても自然と子どもが安心できるような対応ができるんですね。

反して、残念ながら2年生の時の担任二人は私と息子にとっては「外れ」でした。

「外れ」というと大変失礼なのですが、IEP(個別指導プラン)に則して緘黙支援をしてもらっているはずなのに、子どもへの接し方のピントがずれているというか…。お願いしても、うまく話がかみ合わない感じでした。自分の生活が忙しすぎて、緘黙について学ぶ余裕がなかったのかもしれませんが。

それが解ったのは、2学期が終わるころ。

私は1年生の時と同様クラスのボランティアに立候補し、週に一度ITの授業のお手伝いをしていました。ある日、珍しくL先生が声をかけてくれたのです。

「昨日の夕方、スーパーであなたたちを見かけたわよ」

「そうですか」

「◯◯君が大きな声でしゃべっていて、ビックリしたわ。あんなに元気よく話せるなんて。いつ学校であんな風に話すようになるのかしら?」と、まるで他人事のよう。

どうしたら学校で同じように話せるよう支援できるか――という話には全くならなかったのでした。

その少し後に、E先生からも声をかけられました。

「今日学年で劇場に行ったんだけど、◯◯君がB君と大きな声で話しているのを初めて見たわ」

「えっ、そうなんですか?」

きっと劇場内では生徒達がはしゃいで、ガヤガヤした楽しい雰囲気だったんでしょう。また、薄暗いので誰かに見られている意識がうすれ、安心感があったんだと思います。

「それで、何歳ぐらいになったら治るのかしら?」

絶句…。

E先生は、緘黙は成長したら自然に治ると信じていたよう。最初にあれだけ説明し、専門書をお貸しして、IEPに沿って取り組みをしているはずなのに、全く緘黙を理解してもらえてなかった?!

正直、ガッカリしました。

でも、緘黙児の保護者はこんなことでメゲてはいられませんよね。担任がダメなら自分ができる範囲で何とかするしかない!模索の道はまだまだ続くのでした。

追記:息子の場合、小学校時代は当りと外れの先生が半々だったかなと思っています。でも、緘黙になったレセプションクラスと1年生、それからジュニアスクールにあがった3年生(8歳になる年)の時の担任が当たりで、本当に助かりました。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その4)小2の放課後の教室

もう2月も残りわずかですね。先週からの嵐が止んで早春の気候になってきたところで、ロシアのウクライナ軍事侵攻が始まりました…。NATOや欧米の牽制でロシアが踏みとどまると思っていたのに――自分か生きている間にこんな戦争が起きるなんて、信じられません。一刻も早く停戦して欲しいです。

イギリスでは感染者数が一日4万人以下に減ってきて、2月24日からコロナ規制を全て解除。感染しても自宅待機しなくてOK(政府は5日間の待機を奨励してますが)、なんと雇用主に申告する必要もないんです(*_*; 濃厚接触者になっても連絡は来ないし、どう行動するかは本人次第。「コロナとの共存」というのは、全てが自己責任になるということで、政府は国民の良識に任せるらしい…。もう公共の場でマスクする必要もなく、4月からは無料のPCR検査と抗原検査も打ち切り(*_*; また新株がでてきても、しばらくは判らないんじゃ?!

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さて、ものすごく久しぶりに息子の緘黙の続きです。

IEPミーティングで2人の担任がしぶしぶ承知してくれた放課後の教室訪問。IEPに場面緘黙と明記されているし、事前にSMiRAの本は渡したし――なんとか協力してもらえるだろうと期待してました。

でも結論から言うと、なんだか空回りしてしまい、息子も私も担任と打ちとけるところまでいきませんでした…。担任たちの忙しさ(無関心?)もあって、両者とも尻切れトンボで終わってしまい、反省点がたくさんあります。

(ジョブシェアをしていた担任2人は、幼児の子育て中で忙しい身。放課後は勤務時間外なので、自分の時間を割きたくないという心境だったと思います。それなのに「10分くらい会話する時間を」と頼みこむなんて、今思うとほんとうに図々しいですね。でも、その時はせっかく改善してきた息子の緘黙を停滞させたくなくて、必死でした(^^; )

まず行ったのは、

1) 週に1回ずつE先生とL先生に会いに放課後の教室へ行く

2) 先生の様子をみながら挨拶して、時間がありそうだったら話し相手になってもらう

E先生の場合:

いつも忙しそうで、挨拶してからだいたい一言二言くらいで会話が続かず。先生、笑顔だけど息子の沈黙がかなりつらそう…。あとは教室の展示などをみて私が息子に質問したりしていたのですが、先生を意識して声がでなかったり、ひそひそ声になったり。長居しては悪いので、そそくさと教室を去るというパターンでした。先生に馴染ませる意図もあったのですが、ほとんど効果は見られず(先生側も馴染もうとはしてくれてなかったように感じました)。

1か月くらい経ったところで、E先生の方から「忙しいから、もう無理」と断られてしまったのでした。

L先生の場合:

自分の意見をはっきり言うL先生は、好き嫌いが解れるタイプ。ちょっと恐くてとっつきにくい印象だったのですが、何故か息子はL先生の方が安心度が高かったんですね(詳しくは『息子の緘黙・学童期(その2)』をご参照ください)。

L先生はE先生と違って、息子が返事をしなくても、どんどん話しかけてくれました。そのせいか、息子もE先生の時より返事がしやすかったよう。また、先生の息子さん(同じ学校のレセプションクラス(1年生の前の学年)が教室に来ることも多く、おいかけっこをしたりして遊ぶようになりました。これでかなり緊張が解けたと思います。

そのうちに息子が家で書いたマンガや創作文(?)をL先生に見てもらい、私はすぐ退出して教室の外で待つようにしました。その様子がどうだったのか、、先生は何も言ってくれないし、息子も何も言わないので、少しは進歩したのかしなかったのか、全く不明のまま…。それでも、L先生との10分間セッションは2学期の終わりくらいまで続いたように記憶しています。

<反省点>

・場面緘黙とは何か、放課後の活動の意味を簡潔に伝えておくべきだった

・事前に担任たちと話し合いを持ち、何をしたいか、どうしたいか明確にしておくべきだった(担任たちは放課後の教室訪問の意味が解っていなかったと思う)

・たとえ10分であっても、活動を決めスモールステップの目標を立てておくべきだった(でも、それには担任の協力が不可欠)

思い起こせば、SENCOを巻き込んでしっかり計画を立て、IEPの一部にすればば良かったですね…でも、それには関与する人全員が同じ方向を向いている必要がある訳で。ジョブシェアをしている、あまり評判の良くない担任に当たってしまったのも時の運だし、自分が上手く対応できなかった点も多くあると思います。

息子の学校では毎年担任が変わる(クラスは7年間同じ)システムだったのですが、担任にも自然に子どもに寄り添えるタイプ、勘がいいタイプというのがあるような気がします。緘黙のことを何も知らなくても、クラスの中で孤立しない様にさり気なく振舞える担任だと「当たり」かな(^^;

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その25)水泳の授業

先週は息子の誕生会もかねて、湖水地方での夏休みを楽しんできました。イギリスでは7月中旬に1週間ほど真夏日が続いたあと、秋のような気候に。夏の雰囲気を楽しめないまま、夏休みが終わってしまいそうです。コロナ感染は相変わらず世界トップ5を走り続けていますが、政府はもうロックダウンは考えず、予防は個人任せでコロナと共存していく方針のよう…。

  

   天気が悪かったためか、水をやらなくても庭の植物が元気で助かりました

赤しそが大豊作で、収穫後もこんな感じ

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すっかり忘れていたのですが、息子の学校には温水プールがあって、1年生から水泳の授業が始まりました。実は、息子はその1年ほど前にプール恐怖症になっていたのです(詳細は『息子の緘黙・幼児期(4~5歳)プール恐怖症になる』をご参照ください)。

「はたして水に入れるのか?」と心配でしたが、「学校の授業でみんなとやるなら、大丈夫かもしれない」という期待も。

また、私が付き添って市民プールに行き(最初に主人と行かせたら、嫌がってすぐ戻ってきてしまいました😢)、身体を支えて水に浮く練習、顔を水につける練習、バタ足の練習などはしていました。だから、水に入る恐怖は少し減っていたんじゃないかなと。

プールに入れるようになってから、水泳を習いに行くよう何度誘ったことか…。でも即座に拒否されてました。

忘れもしない水泳の授業の初日。朝、息子のおなかに蕁麻疹のようなブツブツができているのを発見し、「これじゃあ、水泳は無理だね。今日は見学させてもらおう」と、息子に言ったのでした。

それで、水着を持たずに学校に行き、担任(見返してみたら、名前を書かずにずーっと「担任」ですませてましたね(;^_^A)に事情を説明したところ、

「ああ、原則的に医者の手紙がないと休めないのよ。それくらいなら大丈夫」

「えっ?でも、すごい湿疹だし、水着を持ってこなかったんですが…」

「学校のを使えばいいわ」

という感じで、きっぱりと押し切られてしまいました…。水泳の授業は1時間目だし、水着を取りに行く時間はもうない。

「息子よ、頑張れ~!」と、心の中で祈りつつ家路につきました。

心配しつつ午後のお迎えに行くと、息子は割と平気なかお。でも、水泳の授業についてはまったく触れません。多分、不安で嫌だったものの、授業だから仕方なく水には入ったんだと思います。

帰宅して学校で借りた水泳パンツを洗濯しようとビニール袋から出してみると、「えええっ?!」めっちゃ大きい! Sサイズの子がLサイズのパンツをはいているような感じで、これじゃ水の中で脱げちゃうよねという大きさ…。

「授業の間ずり落とすことなく、どうやってはいてたんだろう????」とプール恐怖症のことより、こっちの方が気になったりして。

それ以降も、息子は水泳の授業には欠かさず参加しましたが(通学に関してはいつも皆勤賞)、その話題についてはひと言も触れないので、授業中に一体どうしてるのか全く分からず。

担任に訊いても、「大丈夫」と言われるだけで、実態は不明のまま。水泳の先生は常勤ではないので、多分話す機会もあまりなかったんだと思うのですが。

それでも、「水に入らなくて困ります」とか「問題があります」などと注意されることはなかったので、プールに入っていたことは確かでしょう。本人のプライドもあるし、息子が自分からいいだすまで、こちらからは訊かないことにしていたのですが。

でも、2年生の終わりに判明したのは、息子はその時点でも10m・25m・50m泳げたという証書がもらえていなかったということ(クラスでも数少ないひとりだったはず)。本人は何も言わないし、ママ友の話題にものぼらなかったので、そのままにしておいたんですが…。ちっとも進歩してなかったんですね(;^_^A。私は証書の存在すら知りませんでした。

水泳の先生はものすごく大柄の怖そうな中年女性(男性みたいだった)で、学校で出会う機会はほとんどなく、声をかけずじまいで2年間が終わってしまったという。

息子本人は自分は水が怖くて泳ぐところまでいかず、きっと肩身の狭い思いをしたり、コンプレックスになっていたと思います…。

息子が泳げなくて困っていたのなら、親に伝えてくれていたらなあ、と今でもせつないです。

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緘黙児の気持ち

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その1)祖父母の反応

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その2)社会的な機会を増やす

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その3)1年生に進学

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その4)先生が僕を喋らせようとする

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その5)学校外でのスモールステップ

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その6)もうひとりの緘黙児

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その7)1学期の個別指導プラン

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その8)初めて声が出た!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その9)教室内で囁き始める

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その10)S君宅に招かれる

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その11)初めての言語テスト

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その12)誤解されてた!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その13)目からウロコ

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その14)誕生会とF君の涙

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その15)個別指導プランNo1

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その17)緘黙息子の仮装大会

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その18)個人指導プラン No2

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その19)初めてのSMiRA定例会

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その20)放課後の教室

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その21)しゃべれない親族

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その22)みんなの前で声が出た!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その23)トランジションの支援

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その24)小1の夏休み

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その3)2年生1学期の指導プラン

もう8月に入ってしまいましたね。イギリスでは7月中旬に猛暑日が1週間ほど続いたあと、「もう夏は終わっちゃったの?!」と感じるような肌寒い気候に。地中海周辺では記録的な猛暑で山火事が多発しているのを考えると、まあ文句は言えないんですが…。

サリー州のヴァージニアウォーターにて。雨が降る前にピクニック

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なんとか学校で息子をサポートできればと、私はこの学年でも週1回の保護者ボランティアを引き受けることにしました。また、新担任たちが落ち着いてきたら、放課後の教室を訪問する許可を得ようと待ち構えていたのです;^_^A。

1年生からの進歩が少し後退し、大人に対しては囁き声に戻ってしまったとはいえ、息子はそつなく学校生活をおくっていました。クラスメイト達は息子の緘黙状態に慣れているので、通常運転ですね。

11月に入ってやっと2年生最初のIEP(個人指導プラン)が作成されました。

2006年11月からのIEP Y2・No1

ターゲット1: 大人に聞こえるよう、もっと大きな声で話す

  • 達成目標:異なる小グループ活動で3回
  • リソース/ テクニック:小グループでのディスカッション
  • 作戦:聞き手を意識して、より明確に、人に聞こえるように話すよう促す
  • 担任とTAへの提案:グループ内で発言するよう促したり、テープレコーダーを使ってみる(これは一度も試されなかった)

ターゲット2: 大人に聞こえる場所で、友達と小グループでゲーム遊びをする

  • 達成目標:5回
  • リソース&テクニック:ロール(役割)プレイ、ドラマ、小グループでのディスカッションやゲーム
  • 作戦: 仲のいい友達といっしょに座らせ、安心して話す自信がでてくるまで待つ。参加できたら褒める。
  • 担任とTAへの提案:小グループでロールプレイを使い自信を持たせていく。トライできたら肯定的なフィードバックを返す。

この時のIEPミーティングには、担任のE先生とSENCo(特別支援コーディネーター)と私が出席。SENCoは息子が新しい担任に慣れてきたら、だんだん声が大きくなると楽観視していました。が、私としては1年生で「囁き声」から普通の声に進歩したのに後退してしまってモヤモヤ。また、あまり熱心には見えない担任たちになんとなく不安を感じていました。

このミーティングで、放課後に教室を訪問してもいいか話を切り出したところ、E先生はあまり乗り気ではない様子…。前担任のF先生は学年主任をしていたため、教室で会うことはほとんどありませんでした。が、E先生とL先生は放課後少し教室に残って、翌日の引継ぎなどの仕事をすることが多いとのこと。

先生が教室にいるのなら、先生たちと話すことに慣れるチャンス!

ずうずうしくも、「仕事のお邪魔はしないようにします。でも、できたら10分くらい会話をする時間を作っていただけないでしょうか?」と頼み込んだのでした。

E先生は相変わらず渋い顔でしたが、SENCoがいた手前か「週に1回くらいなら」とOKを出してくれました。やった! L先生にも伝言してくれるということで、翌週から放課後に教室訪問ができることになったのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その2)進歩の停滞 

イギリスは昨日からロックダウン解除の第3弾として、4か月ぶりにパブが再開し外庭での飲食が可能になりました。その他、生活必需品以外を扱うショップや美容室、ジムなども再オープン。2週間後の感染率がちょっと心配ですが、やっと普通の生活に一歩近づいた感じです。

 

4月なのに何度も降雪…我が家ではワイルドに育った塀のアケビが花盛りです

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E先生とL先生のジョブシェアで始まった2年生。前評判があまり芳しくなかったのですが、実際会ってみたら前任と比べてどこかそっけない印象…。

当たり障りなさそうなE先生と、実務的でちょっとむっつりした感じのL先生。なんとなく不安なスタートを切りました…。

そして、その予感が的中したかのように、息子はちょっと後退・停滞気味に。

必要事項や聞かれたことへの返答は、新学期が始まってすぐ先生たちに囁けるようにはなりました。でも、前学年でできていた「小声で話す(結果的には大きめの囁き声だったような)」から「小さめの囁き声」に後退してしまい、それが継続することに。

話すこと以外でも、作文の課題をする時など、「促されないとやらない」、「書く分量が少ない」など、1年生で乗り越えた問題がまた出てきてしまいました。

友達に関しても、安心できる特定の子とだけ喋る傾向が強くなりました。また、日によっては担任と一言も話さないこともあったようです。週中に担任が交代するためか、担任から息子に関する情報があまり入らなくなりました。

やはり、1対1の読本やグループセションなど、1年生の時に受けていた手厚いサポートがなくなったせい?

今思うに、新たな環境での不安や緊張で緘黙症状が後退しても、新担任たちにはそれが判らなかったんでしょう。クラスメート達は息子の緘黙症状に慣れていて、対処の仕方も判っているし、本人も困ったり、都合が悪かったりすることはなかったんじゃないかと。要するに、慣れですね。

学校にしてみたら、予算不足や人手不足があって、前年度かなり進歩した息子は「あまり問題のない子」とみなされていたような…。

また、息子は新学期のざわざわした雰囲気や友人関係の変化にも敏感に反応していたように思います。特に親しかった友達2人に対しても、少々引っ込み思案になっていました。(ちなみに、先学期にすごく進歩したのは、夏休み前の開放的な雰囲気も手伝っていたかと)。

新学期の忙しさのためか、SENCOや担任と話し合う機会があまり取れず、息子の状態が判らなくて段々とフラストレーションが溜まっていきました。現状が掴めないと、どう対策を立てていいかも判りません。

そこで、Knetの『資料No.5 場面緘黙児が自分の不安を把握するためにをやってみました。「学校の先生がどのくらい恐いか教えて」と、5段階評価で。

そうしたら、私が思っていたのとは随分違う評価だったのです。

超恐い(5)のは校長先生、かなり恐い(4)のは担任のE先生と1年の時に読本を1対1で教えてくれていたA先生、そして前担任のF先生。ええっ? 結構恐い(3)のはTAのS先生、ちょっとだけ恐い(2)はSENCOと担任のL先生…。

意外でした。A先生とは個室(カーテンで仕切った部屋)で普通に話せていたし、E先生にも必要事項は囁けます。

新担任に関しては、息子の安心度はE先生よりL先生の方が圧倒的に高いことが解り、ちょっと驚いたのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その1)小学2年の心構え

早いもので3月も半ばを過ぎてしまいました。ロックダウン解除第一段階のイギリスでは、ここ3週間毎日の感染者数が5,000~6,000人と高止まり…。多くの地区で感染率が下がっているものの、改善がみられずリバウンド傾向の地区も。それでも、ワクチンのお陰で集中治療室の使用率はかなり減ってきたよう。

そこかしこの前庭で春の花がほころんでいます

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夏休み中に6歳になった息子は、小学2年生に進級しました。日本だと小学校に入学する年齢ですね。

今度の担任は女性2人のジョブシェア。2人とも小さな子どもがいて子育てが忙しく、保護者の評判はあまり芳しくありませんでした。噂では、2人の間の連絡がうまく取れていないとのこと…。

その上、予算の関係で1年生の時に受けていた主な支援が終了してしまったのです。TAとの1対1の読本セッションがなくなり、ASDの子ども達のためのソーシャルグループからも外されました。

小1でかなり緘黙が改善したのに、この学年で停滞してしまったらと不安に。「まだ幼くて自覚がない内に治してやりたい」という気持ちも強く、私からもっと積極的に先生たちに働きかけようと決心しました。

(息子は「緘黙」という言葉は知らなくても、自分が皆と違うことは幼稚園時代から解っていました。だから、自覚がない内にというのは無理だったんですが…)

新学期の初めに二人の担任に会いに行って息子の緘黙状態を説明し、対応と支援をお願いしました。そして、緘黙児の学校での様子が見られるDVDがついたSMiRAの本、『Silent Children(日本では、場面緘黙へのアプローチという題名で翻訳本が出ています)』を二人に貸したのです。

E先生とL先生は、その時「じゃあ、読んで勉強するわね」と笑顔で本を受け取ってくれました。

が、結果的に言うと、本は一読もされないまま、ずっと教室に付属する準備室の片隅に押しやられていたよう…。

どうしてそれが判ったかと言うと、Knetで『Silent Children』を翻訳することになり、2学期の終わりに返してもらいに行ったところ、

「えっ、どこ行ったかしら? 準備室にあるかもしれないから、探してみるわ」

という返事が返ってきたんです。

ガビ~ン! あのぉ、本を失くしてしまったかもしれないということ?!

結局、本は出てきたのですが、返してくれた時「読んだ」とも、内容についての言葉も全くなく…。まったく悪びれた様子もなく。

(どうもこの国では「本を貸す」は、「本をあげる」に近い傾向にあるような。頼まれて貸した本でも、催促しないと返って来ないことが多いです…)

この事件から得た教訓:

  • ただでさえ忙しい教師には、本や資料を読む時間がない(負担になるので、要求されない限り多くの資料は渡さない)
  • 学期が始まる前に、子どもの症状と対処法を簡潔にまとめたもの(A4の紙に箇条書きが良い)を提出する
  • 記録に残るようメールで送り、返事を確認・子どもの様子を随時確認する
  • 手渡しの場合はコピーを残し、 継続的に子どもの様子確認する

イギリスでは、何も言わなければ問題がないと思われることが多く、学校や教師によってはSEN(特別支援)リストに載っていても、それほど気にかけてもらえないことも。まあ、他にクラスで問題を起こす子がいれば、その対応で精いっぱいになってしまいますよね。大人しい緘黙児は問題をおこすことはまずないので、見過ごされてしまうことが多いかもしれません。

担任達に直接お願いに行っただけでなく、他にも何か息子を手助けできることはないものか? 今考えると図々しいですが、息子の緘黙のお陰で私もたくましく鍛えられていったのでした(笑)。

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その24)小1の夏休み

イギリスではロックダウン解除の第一弾として、3月8日から全国で学校を再開(大学を除く)させました。ここのところ、毎日の感染者数は5,000~7,000人の間で高止まりしていて(イギリスにしては低いんですが…)、まだまだ安心できません。

感染拡大を防ぐため、各学校で週2回コロナ感染の簡易検査を行うことに。私の勤めている特別支援校では月・木曜日が検査日なのですが、私は両日とも授業がないので、検査キットをもらってきて自宅でしています。

2度とも陰性でひと安心

学校再開とともに、戸外で家族以外の人ひとりとコーヒーが飲むこともOKに。今までダメだったんですよ(;^_^A さっそく初日に友人の市民農園にポットを持ちこみ、ふたりでお茶したのでした。ちょっと肌寒かったけれど、誰かとお茶できるのがこんなに嬉しいとは…。

さて、息子の緘黙話の続きです。

夏休みの前半は、クラスの仲良しB君と再びサマークラブに参加。とってもありがたいことに、前の年にアルバイトで来ていた女子大生が、この年もまた来てくれていました。前年、彼女がこまめに声掛けしてくれたお陰で、ポツポツと言葉が出るようになったのです!(詳しくは『息子の緘黙・幼児期5~6歳(その2)社会的な機会を増やす』をご参照ください)

日本人の親友、T君は帰国してしまいましたが、今回は同じクラスの仲良しB君が一緒。さらに、この女子大生さんがいたので、けっこう楽しく過ごせたようでした。

迎えに行くと彼女が声をかけてくれ、その日の出来事をだいたい把握できました。やはり、自分からは自発的に動かないので(B君がやるとついていく感じ)、彼女が指示を出して色々やらせてくれていたよう。ありがたや。

やっぱり「慣れていて、心を許せる大人」がいることで、ずいぶん安心できたんだと思います。緘黙の知識があればそれに越したことはありませんが、自分のことを気にかけてくれている人が側にいるだけで、子どもの不安はぐっと減ります。

この夏休みには、学校で行われるサマークラブに参加するついでに、新しい教室に何度か行って慣れさせる計画も立てていました。休み前にSENCo(特別支援コーディネーター)にお願いしたら、「休み中でも教室は開いてるから、いつでも入れるわよ」との返事。

ところが、イザ教室に入ろうとしたら、ドアに鍵がかかっていたのです!

「やられた~!」と思いました。きっとSENCoはそこまで調べてなかったんでしょう。

学校だけじゃなくて、イギリスでは割とこういうことがよくあるんです…。

SENCoに文句をいう訳にもいかず、次からはきちんと最後まで詰めるようにしようと心に誓ったのでした。

T君が帰国してから初めての夏休みでしたが、後半は祖父母の家に泊まりに行ったりと、かなり落ち着いて過ごせました。

   

 今週は私の誕生日だったのですが、息子が花束を贈ってくれて大感激!

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その4)先生が僕を喋らせようとする

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その5)学校外でのスモールステップ

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その6)もうひとりの緘黙児

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その7)1学期の個別指導プラン

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その8)初めて声が出た!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その9)教室内で囁き始める

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その10)S君宅に招かれる

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その11)初めての言語テスト

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その12)誤解されてた!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その13)目からウロコ

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その14)誕生会とF君の涙

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その15)個別指導プランNo1

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その16)校庭で声が出た!

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その18)個人指導プラン No2

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その19)初めてのSMiRA定例会

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その20)放課後の教室

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その21)しゃべれない親族

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その22)みんなの前で声が出た!

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その23)トランジションの支援

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その23)トランジションの支援

2月も今日で終わりですね。イギリスではやっと変異種の感染拡大がおさまってきて、ここ1週間は毎日の感染者数が1万人を切るように。今日は6,035人まで下がったのですが、なんと昨年の9月以来だそう。

3回目のロックダウン解除の第一弾として、来月8日から大学を除く学校を一斉に再開する予定です。リバウンドが心配なので、来週は感染者数がもっともっと下がるといいんですが。

 

 公園に咲き乱れる黄金色の水仙たち。春の陽気が希望を運んでくれます

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さて、久しぶりに息子の緘黙話の続きです。

2年生に進級するにあたり、小1・3学期のIEP(個人指導プラン Y1・ No2)には、「次に進むクラスの新しい担任たちと良い関係を築き、2年生にスムーズに移行する」というターゲットがありました(詳しくは『息子の緘黙・幼児期5~6歳(その18)』をご参照ください)。

緘黙児が進級したり、新しい学校に進学・転校する際は、トランジション(移行)の準備が大切になってきます。新たな学年・学校では環境が大きく変わるため、まずは子どもが安心して学校に行けることが重要。

抑制的な気質を持つ緘黙児は変化に弱く、新しい環境に慣れるまでに時間がかかります。どの子にとっても不安と期待が入り混じる時期ですが、繊細な緘黙児にとってはかなり試練の時?

新学期の前には長めの休みが入るため、学校環境から遠ざかることで不安が増すことが多いのです。4月入学制の日本では春休み、9月入学制のイギリスでは長い夏休みを挟むので、それまでの進歩が大きく後退したり、停滞したりするかもしれません。

反対に、スモールステップを積み重ねて自信をつけた子、自分を変えたい気持ちが強い子にとって、新たな環境は話し始める絶好のチャンス。新しいクラスの中で、より自分を出せるようになる子もいます。

幸いにも、息子の学校ではクラスは7年間持ち上がり。毎年担任だけが変わる制度で、クラスの顔ぶれがガラリと変わるような大きな変化はなし。それでも、休みの間に学校のことを忘れないよう、家庭でも色々な作戦を考えました。

学校の支援:

息子の学校では3学期(夏休み前)に次学年の担任を発表。クラス全員が早く新しい環境に馴染めるよう、新教室で新担任と交流する機会を作ってくれます。

2年生の担任は、女性教師2人がジョブシェアという形で担当。実は、彼女たちは幼稚園時代の親友T君のクラス担当だったので、あまり評判が良くないということは聞いていました。

(双方とも小さな子どもがいて忙しく、二人の間で密な情報交換ができていないと…。私から積極的にアプローチしないと、1年生のような手厚い支援は受けられないかもと心配でした)。

それでも、1年の担任に「囁き声だけど、新しい担任達にもしっかり返事ができています!」と言われた時には、ほっと胸をなでおろしました。

2006年7月にIEPの見直しが行われた結果、2つターゲットは達成できていました。

<2006年4~7月 IEP Y1・No2>

ターゲット1:TAと一緒にグループでのゲームに参加し、グループの子どもたちの前でTAに囁く

  • 達成目標:5回   ← 達成

ターゲット2:次に進むクラスの新しい担任たちと良い関係を築き、2年生にスムーズに移行する

  • 達成目標:新担任たちに囁き声で話せるようにし、自信をつけさせる ← 達成

家庭の支援:

  • 夏休みは再びB君と一緒に学校で行われるサマークラブに参加

少しでも学校環境を体験でき、同年代の子ども達と遊べる機会を作る

  • SENCOに頼んで夏休みでも教室に入れるよう許可をもらう

新しい教室で話す練習をする

  • 夏休み中に息子の誕生会れ)8月生を開き、クラスメートを招待
  • 休み中も、なるべくB君やS君らと遊ぶ機会を作る

クラスメートとの交流を継続させ、家でも話題にする

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息子の緘黙・幼児期5~6歳(その20)放課後の教室

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その21)しゃべれない親族

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その22)みんなの前で声が出た!

 

 

息子の緘黙・幼児期5~6歳(その22)みんなの前で声が出た!

イギリスではロックダウン後に少し感染率が下がったものの、1万人を切ることなく反転!ロックダウン前はイングランド北部中心だったのが、今度は南西部で感染が拡大しています。

私が住むロンドンでも東部で感染が爆発し、他の地区へもじわじわと拡大している状態。ハンコック大臣によると、変異種が猛威を振るっているらしく、始まったばかりのワクチン接種が効くのかどうか…。

科学者や医療関係者の大反対にかかわらず、政府はクリスマス休暇の自由な移動を取り消さず…。個々の良識に任せるということで、もし感染したら自己責任?!

専門家や個人の間でも意見が分かれ、どうしたらいいのか迷ってしまいます…。義父母は来て欲しいというのですが、もし感染させたらと思うと不安だし…。

クリスマス飾りは出しましたが、あまりそういう気分になれないですね…

…………………………………………………………………………………………………………………………

さて、息子の緘黙話の続きです。

1年生の3学期からは、私と放課後の教室を訪問し始めたと同時に、仲良しのB君と学校の放課後クラブに週2回ほど行き始めました。

B君と一緒だったお陰で、嫌がることなく2時間ほどクラブで過ごせるように。常にB君にひっついていたようですが、トイレなど要求がある場合は、スタッフに囁いて伝えることができていました。

幼稚園時代の親友、S君は2学期の終わりに日本に帰国。その1年位前にも、入園前まで仲良しだった初めての日本人の友達が帰国…。仕方がないとはいえ、突然いなくなって全く会えないのは大人の私でも辛く、地元の友達ができてひと安心でした。

(どういう訳か、息子は同じクラスにいた日本人駐在員の子ども達とは、それほど親しくなりませんでした。タイプが全然違ってたせいだと思うのですが。それでも、S君にくっついて、彼のクラスの日本人の子ども達と遊んでいた時期もありました)

さて、3学期も終わりに近くなったころ、教室の庭(低学年クラスの教室は専用の庭付)で、クラスのお楽しみ会がありました。保護者も招かれ、ひとり一品食べ物を持参。私は提供されたリストの中から、ニンジンスティックを選びました(超簡単(;^_^A )。

好天に恵まれ、賑やかな雰囲気の中、子ども達は遊びまわり、大人は並んでおしゃべり。しばらくして、お待ちかねのおやつタイムがやってきました。子ども達は好きなお菓子や食べ物を取りに、我先にとテーブルに集まってきます。

息子も来たなと思ったら、

「それ、僕のマミーが持ってきたんだ!」

ニンジンスティックを手に取った子どもに向かって、息子がいきなりこう言ったのです!それも周囲に聞こえるような大きな声で。

心臓が飛び出るくらい驚いた半面、内心「やった~!」と興奮し、それを顔に出さないようにするのが大変でした。

周囲がガヤガヤしていたせいか、息子が大きな声を出したことに対してのリアクションは別になし。ほっ…。

そうしたら、隣にいたB君ママが「声が出たね」とにっこり。また、あとからTAがやって来て、「皆の前で、あんなに大きな声を出したのは初めてよ」と。

ちゃんと見ててくれてる人はいるんだなあと、また感激したのでした。

野外での賑やかで楽しい雰囲気、皆の中で目立たないことや、B君や私がいる気安さから、意識せずに声が出たんじゃないかなと思います。それにしても、ニンジンがバリアを超える力になるとは…。

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