期待大!『場面緘黙リソースマニュアル』改訂版

イギリスで緘黙治療のバイブルと呼ばれているのが、言語療法士のマギー・ジョンソンさんとアリソン・ウィンジェンズさんが共著した『場面緘黙リソースマニュアル』。場面緘黙の状態把握と学校での対処・支援において、最も効果の高い実用書として知られています。大版で312ページもあるうえ値段も高いため、保護者は購入をためらうことも多いよう。でも、言語療法士(SLT)やSENCOといった専門家の間では、必要不可欠な参考書なのです。

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そのマニュアルが改訂され、第2版としてこの8月に出版される予定です。

3月上旬に開催されたSMIRAコンファレンスでは、マギー・ジョンソンさんが講師として招かれ、改訂版の特別プレビューが行われました。

注目すべきなのは、オリジナル部分が修正された訳ではなく、下記の追加項目が加わったこと。

  • 家庭、学校外での支援
  • ティーンと大人の支援

改訂版の総ページ数はなんと、なんと900ページに及ぶそう!そのうち書籍として印刷されるのは500ページ、残りの400ページはインターネットでアクセスする仕組みです。書籍を購入するとアクセスコードがもらえて、資料を閲覧・ダウンロードできるとか。

緘黙状態を表すスケール(段階)表は4つの部門に着目。より的確なサポートができるよう、緘黙児が到達しているコミュニケーション状況をさらに細かく分けたということです。

第1版ではイギリスの学校における支援が中心でしたが、改訂版は日本でも充分に活用できそう。家庭や学校外での有効な支援法が解れば、保護者が中心になってどんどん支援の輪を広げていけるかも。また、まだまだ資料が少ないティーンや大人の支援法にも大いに期待したいところです。

ところで、先回のエントリーから随分日数が経ってしまいました。その間に仕事が集中したのと、復活祭の連休で主人の実家に出かけていたのとで、バタバタしていてなかなか更新ができず、すみません。

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復活祭というとお花はやはり水仙ですね

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3家族、合計9名が集まってローストランチを楽しみました

その間に桜の季節はすっかり終わり、今は沿道の黃水仙が満開です。義母の庭では忘れな草やムスカリが可憐な花を咲かせていました。

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場面緘黙の成人、サブリーナさんのプレゼンテーション

昨年の夏、イギリスの国営放送BBCで場面緘黙の特集があり、サブリーナ・ブランウッドさんという35歳の緘黙の女性が登場しました。(詳しくは『BBCが大人の場面緘黙を紹介』を参照してください)。そのサブリーナさんが、今回のSMiRAコンファレンスでプレゼンを行ったのです。

偶然、私の後ろの席に妹(?)さんと一緒に座っていたので、図々しくも声をかけてしまいました。そうしたら、無言でしたが、はにかんだ笑顔で応じてくれたんです。TVで観た時の殻に閉じこもったような印象はなく、ずっと穏やかな表情になっていました。

サブリーナさんのプレゼンは、小さい頃から現在までの写真&映像アルバムに、字幕で短い説明をつけたもの。本人は前に出ずに、最後列の自分の席に座ったままでした。

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一番手前のポニーテールの女性がサブリーナさん。

写真の中のサブリーナさんは、ずっと微笑みを絶やしません。途中、「あれっ?」と思ったら、サブリーナさんが車を運転しているんです!そこに、「運転免許を取りました」と字幕が。次に、「NHS(国民保健サービス)でボランティアをしています」と…。

プレゼンを観ているうちに、BBCが取材する前からSMiRAとマギー・ジョンソンさんが介入していたことが判明。それから、ひとり暮らしを始め、運転免許を取得して、今ではボランティアの仕事もしてるんです。実家に閉じこもりがちだったサブリーナさんが、外に出てどんどん交際範囲を広げている!

最後の方では、特にお世話になったというマギー・ジョンソンさんやSMiRAの役員に対するお礼の言葉が。サブリーナさんの隣に座っていたマギーさんが、感極まってウルウルしていたのが、とても印象的でした。

サブリーナさんは今でも、初対面の人に対して普通にしゃべれる状態にはなっていません。でも、実家から出て自分ひとりで行動できるようになったんです。これって、すごくないですか?

長期間場面緘黙が続くと、社交・社会不安が高まって、外に出て働いたり、活動することを怖れる傾向が強くなります。その結果、就職できても長続きしなかったり、自宅に引きこもりがちになる人も多いんじゃないでしょうか?

このプレゼンは、緘黙の成人でも適切なサポートと周囲の理解が得られれば、ちゃんと自立できるという証明だと思いました。長い間自分を閉じ込めていた心の枷から抜けだして、自由になることができるんだと。

勇気を出してSMiRAコンファレンスに来てくださったサブリーナさんに、会場から惜しみない拍手が送られました。

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<感情的なスピーチブロック(発話の壁)を打ち破る>

SMIRAコンファレンスの2人目の講演者は、ポーランドのシレジア大学で「言語と感情」について研究しているソニア・ツァラメック-カルツ(?)教授。吃音も場面緘黙も「感情的な発話の壁」に阻まれて起こる症状であり、全く新しい発声・発話方法を習得することによって、緘黙を克服できるというもの。

最初におことわりしておきたいのですが、私はこの講演の内容について、実はよく理解できていないのです。いきなり「吃音」と「場面緘黙」が出てきて解りづらかったうえ、ポーランド語訛りが強い英語と私の聞き取り能力のなさが重なって、最後まで??でした。後からメールで確認して、多分こういうことだろうと思って書いています。

私は吃音症については全く知識がありません。なので、吃音症の子ども/人が、ある場面ではスラスラよどみなく話せるのに、ある場面では吃ってしまうものなのか--また吃音の程度が場面によって違うものなのか、その辺りがよく判らないのです。場面緘黙の場合は、だいたい学校などの公の場で言葉がでないことが多いのですが、話せる相手も場所も人によって違いますよね?

ソニア教授は、吃音や場面緘黙の症状が起こるのは、「Emotional Speech Block Syndrome」(直訳すると「感情的なスピーチブロック症候群」)のためと捉えています。最初は吃音が原因で場面緘黙になった子どもや人のケースを話しているのかなと思い、会場で質問したのですが、なんだか要領を得ないまま…。で、メールで確認した結果、どちらの症状も同じように感情的な要因が大きいと理解しているとのことでした。

場面緘黙は不安のために「話せない」訳ですが、「言葉がうまく出てこず吃ってしまう」のも不安のせい?どちらも原因はメンタル面にあるんでしょうか?「うなく話せない」と焦れば焦るほど、吃音がひどくなる傾向にあるのは解るような気がするんですが…。そして、何故Psychological (心理的/心理的)Speech BlockでなくEmotional(感情的)という単語を使っているのか?

ソニア教授のチームは、体を完全にリラックスさせ、従来とは異なる新たな発声・発話方法を習得することで、吃音や場面緘黙を克服するというユニークなプログラムを発案。すでに多くの子どもや大人に試して、成功例を重ねているようです。

人は恐怖や不安に襲われると、声帯が閉まったようになって声が出にくくなります。場面緘黙になるきっかけも、こういった不安体験が絡んでいそう。もしくは、声を出そうと不安のなかで頑張りすぎて、どうしても声がでない状態で固まってしまい、緘黙症状が持続することもあり得るのではないでしょうか?

そう考えると、体と心を完全にリラックスさせれば、声帯もリラックスするため、声は出しやすくなりますよね。映像で新たな発声方法を見せてくれたのですが、最初は言葉を長く発音し、徐々に普通の長さに調節していくという感じだったように記憶しています。

早い人では2日くらいで、遅くても12日間で声が出るようになるということ。Youtubeの”Nowa Mowa”というチャンネルで映像を観ることができます。が、ポーランド語なので何を行ってるのか分からないんですよね…。

下の映像は新たな発話方法によって吃音が治った例のようです。

なお、4月2~4日にポーランドのカトワイスで「言語と感情」と題した国際的なコンファレンスが開催される予定だそう。シレジア大学の主催でソニア教授も講演する他、『場面緘黙リソースマニュアル』の共著者であるアリソン・ウィンジェンズさんの講演も予定されています。場面緘黙治療の新しい方向性を示唆するものになるかもしれませんね。早く英語の翻訳が欲しいです。

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SMIRA2016年コンファレンス(その2)– 二人の少女の例

言語療法士のリビー・ヒルさんの講演の続きです。

<治療例2>

小学校低学年のスージーちゃん: 話せるのは唯一お母さんのみ。父親とも、親しくしている3人の叔父とも全く話せない。

このケースでは、犬の調教を利用したスライディングイン法の説明をしてくれました。スライディングインというのは、通常は緘黙児が話せる大人(母親やTA)と言葉ゲームをしているところに、徐々に第三者(大人もしくは子ども)を入れていき、緘黙児が自分の声を聞かれる・言葉を交わすことに慣れさせていくという手法。学校や自宅の一室で行うイメージが強いですが、スージーちゃんの場合はアニマルセンターで犬を介して行いました。動物が好きな子にはぴったりですね。

どの段階で、犬の調教をセラピーとして取り入れたのかは不明ですが、多分お父さんや家族に話せるようなってからかな?まずは、スージーちゃんが、「来て」「お座り」「待て」など言葉をかけ、ラルフという名の犬をしつけました(どれ位で声がでるようになったかは不明)。慣れてきた頃、スージーちゃんとセラピストがいる部屋に叔父さんがひとりずつ入り、スージーちゃんがラルフに話しかけるところを見せました。最後は3人の叔父さんたちが見ている前で、「Come! 来て!」と大きな声を出せたそう!

<治療例3>

4歳のミリーちゃん: 家庭外では全く話せない。母親との分離不安あり。2歳半の時にリビーさんのセンターで治療を開始。

まず、関係者の教育・啓発からスタート。まず、「ただ内気なだけ」と考えていた父親や幼稚園の先生たちに、本や映像を使って場面緘黙について説明しました。遠方に住んでいたため、Skypeを利用してファミリーセラピーを行ったそう。

イギリスでは5歳になる年から小学校のレセプション・クラスが始まります。ミリーちゃんはまだ4歳ですが、昨年9月に同じ建物内にある幼稚園から小学校に進学。進学前に、新しい教室に慣れさせるため、幼稚園の教室から小学校のレセプションクラスに何度も足を運んだとか。また、新しい教室を中心に、これから使用する施設の写真を撮って写真付ストーリーブックを作成。上級生の女の子にお世話係を頼むなど、スムーズに小学校生活に移行できるよう計らいました。出席を取る際は、名前を呼ばれた子が「I am here(ここにいます)」というべき返事を、クラス全員に言わせるという工夫も。

<まとめ>

  • 取り組みは常に計画通りにはいかない。子どもの心によりそって、じっくり構える
  • 子ども、保護者、学校のスタッフのサポート体制が整っているか、省みることが必要
  • どの子も違うので、決まったルールはない。柔軟な対応を心がける

以上が、リビーさんの駆け足の講演内容でした。なお、この講演については資料が配布されず、私のメモと記憶からお伝えしているため、誤りがあるかもしれません。その点はどうぞご容赦ください。

リビー・ヒルさんのサイト Small Talk http://www.private-speech-therapy.co.uk

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