不安の対処法

PSHEの授業で脳に「心配」と「楽しい」を書き入れた翌週、お試し入学で8歳のM君がクラスにやってきました。私がお世話してたんですが、お昼の時間が近づくにつれて、「ダイニングホールに行くのが嫌だ」と繰り返し言い始めました。多分、今通っている学校のホールが苦手なのでしょう(人が大勢集まる講堂・ダイニングホールの騒音や雰囲気が苦手なASD児は多いよう)。勉強が手につかなくなってきたので、下記のように話してみました。

  • この学校のホールは小さくて人数も少ない
  • 休み時間に実際に見に行ってみよう

休み時間に担任に相談してみたところ、こんな風に対処していました。

担任: 「M君、これは大きな心配かな?それとも小さな心配?」

M君: 「う~ん、大きい心配」

担: さらっと、「例えば、今大嵐が来るなら大きな心配だけど、これは色々対策を考えられるから、そんなに大きな心配じゃないよ。どうしたらいいか、一緒に考えてみようね」

M: 「うん」

担: 「ダイニングルームがガヤガヤ騒がしいから嫌なの?」

M: 頷く。

担: 「このヘッドホンをすると音が聞こえないよ。試してごらん」と、ヘッドホンを持ってくる。

M: 「嫌っ」と即座に拒否!

担: 「じゃあ、一緒にダイニングホールに行ってみようか」と連れて行く — 誰もいなくて静かだったので、M君も落ち着いていました。

担: 「ランチタイムには、ここにテーブルを6つ並べるんだよ。もしどうしても嫌だったら教室でお昼を食べても構わないから、まずここに来て食べてみようね」

M: 「うん」

という会話があって、ランチタイムには皆と一緒にダイニングホールに行くことができたのですが、やはり食べ始める前に教室に戻ってきてしまいました。

ローマは一日にして成らず、ですね。でも、担任は「よくダイニングホールに行けたね」と褒めることを忘れませんでした。

小さなステップで不安に立ち向かい、何らかの成果をあげていくことで、子どもは自信を積み上げていくことができます。スモールステップ方式ですね。最初は大人がアドバイスしてですが、いずれは子どもが自分で不安と向き合い、対処法を考えられるようになることが目標なんだと思います。

ところで、前回の記事に書き忘れてしまったのですが、担任はPSHEの授業を始める前に、心配や不安は誰でも持っているものだと子ども達に説明しました(前記事に青地で追加したので、良かったら確認してください)。「車を駐車するのが苦手」と自分の不安を子ども達に明かし、TAや私達にもそれぞれ不安や困ったことの具体的な例を出させて、「ほら、みんな不安を持ってるね」と。

それから、授業の終わりに各生徒の「大好き」と「心配」を確認。それぞれに言葉をかけ、課題をこなした報酬として3分間のPCタイムを与えました。ブースでひとり離れて課題を終えた子にも、「苦手と思えることでも、ちゃんと終えることができたね」と労いの言葉と報酬は忘れません。

(ちなみに、もし授業で目標を達成できなかった場合や集中できなかった場合など、担任は簡単に問題点を指摘し、報酬やトークンを減らします。また、1日の終わりに反省タイムがあり、こども自身にその日の行動を評価させます。翌日の朝の会でも、前日の行動を振り返って評価し、チャートに信号の色を入れるので、その週の行動評価がひと目で判ります。これって多分ABA(応用行動分析)かな?)。

ブースでひとり課題に取り組んだ子は、すごく知能が高く、実年齢より1~2学年上の学力の持ち主です。ぱっと見た感じは理路整然としていて弁が立ち、とても賢い子という印象。ASD児には見えません。が、対人関係に問題があり、自己防衛のためか常に上から目線でものを言い放ってしまう…キレやすく、嫌なことにはものすごく抵抗します。

プライドが高いため、自分の弱点を見つめること、人前で自分の感情について書くこと(考えること)に大きな抵抗があるのではないかなと…。担任は、大声で異議を唱える彼にタイムアウトの時間を取らせた後、自分のブースに行かせました。どうするかは彼自身に委ねられたのですが、結局すごく小さな字で「心配」と「楽しい」を書き入れることができました。

子どもが嫌がる場合は、無理にやらせないことも大切かなと思います。年齢や性格で反応が違ってくると思いますが、家庭で不安について話したり対処法を考える際は、特に本人の意思や気持ちを大切にして、子どもに合うやり方を見つけてあげられるといいなと思います。無理強いして親子の信用をなくしてしまったら、元も子もないですから。

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不安を可視化する

イギリスの小中学校では、現在や将来の生活に役立つ知識や技術が身につくようPSHE(Personal, Social, Health and Economic Education 個人、社会、健康、経済にまつわる教育?)という科目を設置しています。先学期のPSHEは、「自分の持つ不安とどう向き合うか」というのがテーマのひとつでした。

ASD児は、社会性・コミュニケーション・想像力の問題を抱えているため、人との交流が難しく、気持ちや感情、暗黙のルールや場の空気、時間や空間といった曖昧な概念を理解することが苦手です。脳の構造や機能が通常とは異なるが故に、社会性がない振るまいをしがちになり、周囲から非常識と思われたり、変な目で見られてしまう…。それが大きなストレスになったり、どうすればいいのか判らず不安になることが多いようです。

一方、場面緘黙はDMS-V(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル)では不安障害のカテゴリーに含まれ、SM児には抑制的な気質の子どもが多いといわれています。ひと一倍敏感で臆病に生まれついているため、新しい状況に慣れにくく、不安になることが多い…他の子どもが何とも思わないようなことが、この子達にとっては大きな恐怖となり得るかもしれません。

また、ASD児には感覚過敏の子が多く、特定の音、質感、味などを苦手とすることが往々にしてあります。程度の差はあれ、抑制的な気質のSM児にも感覚過敏を持つ子が多くいるよう。感覚過敏の子どもにとって、集団のざわめきや、運動会のピストルの音、水に濡れること、特定の食べ物の味などが、他の人には想像もつかないくらい苦痛だったりすることも…。

PSHEの授業では、子ども達が自分の心配と楽しみを、大きな画用紙に描かれた自分の頭のなかに書き入れました。自分は何に不安を感じ、どんなことに困っているのか?それを書くことで、自分の持つ不安を客観視することができます。頭の中では解っていても、文字や絵にするともっと具体的に把握できるよう。ASD児は特に視覚優位の子が多いため、目に見えると理解しやすいようですが、どんな子どもでも理解しやすいのではないでしょうか?

追加情報

絵を描く作業を始める前に、担任は「人は誰でも困ったこと、不安なことを抱えているものです」と切り出しました。そして、自分が不安に思っていることを話し、TA達も私も同じように子ども達に「私はこんなことが心配」という例をあげました。子どもの目には、大人は完璧な存在として映っていることが多いもの。「大人も同じなんだ」と解れば安心でき、心を開いてくれやすいと思います。

<授業で行った方法>

  1. 大きな紙に横向きの子どもの頭のシルエットを2つ、向かい合わせに描く                 授業では、映写機で子どもの横顔をA1の紙に写し、それをマジックでなぞりました(実際に自分のシルエットなので、ASDの子ども達には解りやすかったと思います)
  2. 頭の中に脳を書き入れる
  3. 一方に「ハッピーな脳」、もう一方に「困った脳」と題をつける
  4.  それぞれの脳の中に、自分の「大好き」と「不安・困った」を書き入れる                   簡単な言葉の他に、絵や印刷した写真・ロゴマークなどを入れてもOK

Sm notes2            クリックすると拡大します。実際は言葉や絵を脳の中に書き入れたのですが、スペースの都合上こうなりました(シルエット画は息子作です)。

上記の図の「困った」、「大好き」は私が適当に記入しましたが、「困った」では「ホールの騒音」が共通してました。後は、「評価が悪い時」、「好きなPCプログラムで遊べない時」、「意地悪された時」などなど。「大好き」で共通していたのは、「人」が全く出てこず、「モノ」ばかりだったこと…(人への興味が薄いというASD児の特質が色濃いかも…)。

場面緘黙の支援をする際、まず様々な場面での子どもの安心度をチェック(かんもくネットKnet資料No.13-安心度チェック表・発話状態チェック表  かんもくネットのHPから無料ダウンロードできます http://kanmoku.org/tool.html)しますが、上記の方法だと「大好き」も判るので、そちらも支援の際に使えて便利かなと思いました。

不安の対処法については、残念ながら私のいない時に教えた模様…。でも、それから何度か困った問題に対処している場面に出くわしたので、また別エントリーで書きたいと思います。

 

ASD児の不安と緘黙児の不安

クラスの5人の子ども達に共通しているのは、「自閉症の三つ組」と呼ばれる特性です。子どもによって三つ組のバランスや現われ方は違いますが、程度の差はあれ全員これらの特性を持ちあわせているなあ、と納得しているところです。

1) 社会性の質的な差異

年齢相応の常識や社会性を身につけるのが難しく、場の空気を読んだり、人の気持ちを察して行動することが苦手

2) コミュニケーションの質的な差異

適切な言葉やボディランゲージを使って人と交流することが難しい

3) イマジネーションの質的な差異

目の前にない事柄(もの・情報・可能性など)について推測したり予測したりすることが困難

研修初日にクラス担任に言われたのは、「この子達は、時間や空間といった抽象的な概念を捉えるのが苦手だから、教室の移動やスタッフの顔ぶれが変わるだけでも不安になりやすいの。だから、スケジュールが変わる時は要注意」ということでした。

「抑制的な気質」を持つ緘黙児も、新しい状況に慣れるのに時間がかかり、未知の体験・環境・人に対して不安になると言われています。また、ASD児と同様に、感覚過敏がある子も少なくないようです。それでは、ASD児とSM児の感じている不安は同種類のものなのでしょうか?

以前、『Selective Mutism in Children(2003)』の著者のひとりであるトニー・クライン教授にこの質問をしたところ、「SM児とASD児では、抱えている不安の質が違う」という興味深い返事が返ってきました。

彼によると、SM児の不安は「自分が話しているところを人に見られたくない=人前で失敗したくない、目立ちたくない」という社会不安であり、ASD児の不安は「予測がつかない事態への不安」だということ。

これまで体験入学でやってきた子のお世話を何度かしたのですが、どの子も「次はなにをするの?」と質問してきます。担任が事前に必ず作成しておくのが、その子用の時間割。最初に時間割の説明は済ませているのですが、訊かれる度にそれを見せて、「今この授業をやってるから、次はこれだよ」と説明すると、みんな安心するのです。

(ちなみに、教室内には仕切りのついた個別のブースが5人分あり、それぞれの子どもに机とPCが与えられ、壁にはラミネート加工したその日の時間割が貼ってあります(曜日毎に貼りかえます)。驚いたのは、子どもによって時間割の表記が異なること。数字と教科を記しただけのシンプルなものもあれば、時計の絵と教科のシンボルマークが入ったもの、1教科終わるごとに閉じて、その時やっている教科と時間が明確になるものなど、実に工夫に富んでいて感心します)。

朝の会では、まず最初に担任がその日のスケジュールと変更事項などを説明するのですが、これが子ども達の不安を低減するのに役立っているよう。また、ひとりひとりの子どもに対し、その日の具体的な目標を確認(例えば、発言する時は手を挙げるなど)するのも、どう行動すればいいか解りやすいと思います。

子ども達には、普段心配そうだったり、不安そうにしている様子は見られません。何か嫌なこと、したくないことがあって不安になった場合は、即座に「嫌だ」、「やりたくない」と強い拒否反応を示すことが多いかな…。ASD児はとても正直なので、嫌な時、不安な時、困っている時はストレートに言動に現われるように思います。

学校にはホールがあって、ランチや全校集会、屋内体育の授業などに使用するのですが、全校集会に出ることを嫌がる子がいました(現在はあまり問題ありません)。途中で転校してきたこの子は、ランチの時間は全く平気なのに、全校集会の時だけ時々問題児に…。聴覚過敏で騒音が気になる部分もあったようですが、何をするのか予測がつかない部分と前の学校での嫌な体験が不安に繋がっていたようです。

皆と一緒にベンチに座っていたのに急に立ち上がって教室に戻ろうとした時もあれば、問題なく話を聞いていた時、嫌がってホールに入らず教室のドアを蹴飛ばして大声で叫んだ時もあり、何が原因なのか??? そうかと思うと、うちのクラスが発表会をした時には、皆の前でPCを操作し、堂々と発言するという…。

その時々の雰囲気や心理状態などが強く影響しているという印象で、すごく波がありました。人にどう思われるかを気にする面は、あまり大きくなかったような…。

一方、息子も全校集会を酷く嫌がっていた時期(小3の頃)があったのですが、理由を訊いてみたら、「もし校長先生に呼ばれたら、何か訊かれるかもしれない。怖い」と。更に、様々なシチュエーションを想像して、もし何か失敗したらどうしようと、心配しているのです。ちょっと考えすぎ、想像しすぎじゃないのと思えるくらいに。

全校集会では、その週に頑張った子ども達を校長先生が表彰(といっても、とても簡単なもの)する習慣があって、大勢前に出て行って簡素な表彰状をもらい、大抵は”Thank you”を言う程度だったと思います。何とかそういう場でも返事ができるくらいまで回復していた時期でしたが、まだまだ不安は大きかったよう。実際に体験してみて、「あっ、思ったほど大変じゃなかった」と実感することで、徐々に慣れていくことができたように思います。

この2つのケースを比較してみて、不安の質が違うというのはこういうことなのかなと考えていますが、どうなんでしょうか?