2019年SMiRAコンファレンス(その6-2)ASDの定義

5月も後半に入り、イギリスでは天気のいい日が続いています。先日、仕事の帰りに公園を抜けていったら、不思議な光景に出遭いました。

  「葉っぱが白くなってる?」とよく見たら、どうやら花のよう。調べたところ、Dove Tree(鳩の木)という名前らしいんですが、「ハンカチの木」とも呼ばれているらしいです。不思議な光景でした~。

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この講演におけるASDの定義について

ある方から、この講義におけるASD(Autistic Spectrum Disorder自閉症スペクトラム障害)の定義について訊かれたので、講演者のクレアさんに確認を取りました。

結論から言うと、クレアさんのいうASDの中には、グレーゾーンやASD傾向の子は含まれていません。なので、確実にASDと診断された子ども(人)を対象にしています。

教育心理学者のクレアさんはASDの診断の専門家でもありますが、勤務するマンチェスター地区ではグレーゾーンやボーダーラインASDという診断は避けているということ。曖昧な診断は本人のためにならないという見解で、疑いがある場合は時間を空けて再度様々な角度から慎重に診察するそう。

イギリスではグレーソーンやASD傾向という言葉をあまり聞かないので、イギリス全国で同じような方針なのかな?自閉症のような習性(Traits)を持っていても、3つの特性が備わっていなければASDと診断しないということですね。

(DMS5 では「コミュニケーション」と「社会性」の質的障害から、「社会的コミュニケーションと対人相互交渉の障害」にまとめられ、自閉症の「3つの特性」から「2つの特性」に変わりました。が、イギリスでは80年代にアスペルガー症候群の研究を発表したローナ・ウィング女史(英国人)の「3つの特徴」説が基本となっているよう)

対して、日本ではグレーゾーンやASD傾向と診断を下すことが多いようです。そう診断することで、本人や周囲の利点になると考えてのことだと思います。多分、各国の医学的・文化的な背景の違いが影響しているのではないでしょうか?

以前、『イギリスの学校ではASD児が場面緘黙になりにくい?(その3)』で、発達障害の権威、杉山登士郎氏の考え方について書きました。

杉山氏は、認知に高い峰と低い谷の両者を持つグループを発達凸凹とし、その中で適応障害があるグループを自閉症スペクトラム障害としています。典型的な自閉症ではなく、知的障害のない、より軽度の、しかし社会的な問題を多発させている人たちの中で、適応障害がない状態(=困っていない状態)が発達凸凹

発達凸凹レベルの問題を自閉症スペクトラム適応障害を持ち、教育的、治療的な介入が必要なレベルのものを自閉症スペクトラム障害と分けて書くことにする(『発達障害のいま』より引用)。

(日本ではASDに対して、自閉症スペクトラム、自閉症スペクトラム症、自閉症スペクトラム障害と3種類の呼び方があり、グレーゾンについては明確な定義がないように思います)

ASDの特性を持っていても、周囲とうまくやっていけるようであれば、「障害」と診断する必要はないということですね。発達凸凹というと、誰でも多少なりとも持っている感じがして受け入れやすいです。

SM児とASD児の特性は重なるところがあり、見分けは難しいです。大事なのは、それぞれの子どもの特性をふまえてサポートを行うことだと思います。

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2019年SMiRAコンファレンス(その6)SMとASDへの基本姿勢

早いもので、5月もすでに中ば。イギリスではずっと天気がすぐれず肌寒い日が続いていたのですが、やっと5月らしい陽気になってきました。まだまだSMとASDの記事が続きます。

森林公園ハムステッドヒースで午後の散歩

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ASD児とSM児に対する基本的な姿勢

<ASD: 考慮すべきこと>

  • 自閉症は生涯続く
  • 当事者にとっては、自分が一生自閉症のままであること、それは問題ではないことを自覚することが精神的な助けとなる
  • 常に自閉症の三原則(アイスクリームサンデーの3種類のアイスクリーム、及びシロップ(感覚の違い))が存在するが、ウエハース部分(行動・言動)は時間の経過とともに変化してゆく
  • 自閉症の脳は一般的な脳とは異なるが、劣位にあるという訳ではない = 脳の多様性
  • 自閉症はその人から切り離せる症状ではなく、その人の個性を形成しているもの
  • 本人が自閉症を個性として受容する
  • 周囲はその子の個性として捉える

<ASD児が問題行動を起こしてしまうリスク要因>

  • 常に不安や恐怖症を抱えている
  • 感情的な反応を規制することが難しい
  • 他人の意図を読み取ることが難しい
  • 予測可能でない・自分でコントロールできない状況だと不安になる
  • 場や人に合わせたり、応じたりするモチベーションの欠如
  • 経験から学ぶことが難しい

みく備考:ASD児は成長するにつれて自分が他の子と違うこと(人とうまく関与できず、社会的な集団になじめない等)を意識するようになります。この違和感 /疎外感が自己否定感に繋がらないよう、自分も周囲もASDを個性として受容し、自己肯定感を育んでいくことが課題になってくるかと思います。

ASD児は常に不安や恐怖症を抱えており、思考の柔軟性に困難があるため、二次障害としての不安障害(恐怖症、社会不安、強迫性障害)やうつ病などを発症しやすい傾向にあります。私が働いている特別支援学校の生徒たちも、高機能ASDと他の症状を抱えているケースが多いです。

先月、『環境運動の旗手は場面緘黙?』というタイトルで、今欧州で時の人となっているグレタ・トゥーンベリさんについての記事を書きました。彼女はASDとSMの併存のみならず、OCD(強迫性障害)や摂食障害など(定かではないですが)にも苦しんできたよう。現在では、物事を「白か黒か」でしか見られないことやこだわりの強さを自分の個性と受け止め、活動の原動力としています。ASDの特性を生かした彼女の強さは賞賛に値しますし、ニュートンやアインシュタインなど、多くの天才たちがASDだったという説も。

(もし時代が変わって、自閉症の人口が健常と呼ばれる人たちの人口を越えれば、健常の人たちがマイナリティになり、「社会性」は重要ではなくなるのかも…。私たちはもっと脳の多様性(ニューロダイバーシティ)を理解し、色々な個性を尊重し合って共生していくべきなのかもしれませんね)

<SM: 考慮すべきこと>

  • SMは表に現れるウエハース部分(行動・言動)で、本人の意思で話さないのではない
  • 症状は変えることが可能で、時間をかければ改善できることが多い
  • SMを個性として受容することは、本人の精神的な助けにはならない
  • その子・人の個性として捉えず、外側にあるものとして捉える
  • 本来のその子らしさを第一に

みく備考:SMに対しては、「話せない」ことをその子の個性としないことが肝心です。「話せないのが自分」と自ら納得し、周囲が温かく見守り続けるだけだと、緘黙が定着してしまいます。本人が「変われる」「変わりたい」と思うことが克服の第一歩。

ただ、不安になりやすい抑制的な気質の子は、自分がそういう気質であることを認識し、対応策を身に着けていくことも大事かなと思います。自己評価が低い子が多いので、保護者は子どもにどんどん成功体験を積ませ、自己肯定感を育てていけるといいですね。緘黙だと社会的な場で「自分らしさ」を出せないことが多く、自信を持たせることが難しいのですが…。

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2019年SMiRAコンファレンス(その5)SMとASDの対比

日本では10連休ももうすぐ終わりですね。昨日は関東地区でゲリラ豪雨が発生し、大量の雹が降ったとか…やはり、世界各国で気候変動の影響が出ているように思います…。さて、SMiRAコンファレンスの続きです。

<ASDとSMの対比>

  • ASD: 自閉症スペクトラムは、人がコミュニケーションをする方法、世界を見る方法、他者と関与する方法に影響を及ぼす、生涯続く症状。程度の差はあれ、全ての状況で起こる
  • SM: 場面緘黙はある気質的な素因を持つ人が、不安をベースにした反応として起こす症状。全ての状況で起こる訳ではなく、生涯続く訳ではない
  • そして、ASDに不安障害はつきものであるため、ある気質的な素因を持つ人の何割かはASDであると思われる

もし、表に出てくる行動や言動――アイスクリームサンデーのウエーハウスの部分――だけを見るならば、SM児もASD児も似たように見えるかもしれない。

<ASDとSMで重複する行動>

  • 視線を合わせるのを避ける
  • 自発的に、自由に人の輪に参加しない
  • 限定された社会的興味
  • 限定された相互関係
  • 感覚の違和
  • メルトダウン

<ASDの人が抱える困難>

  • 社会的な相互関係
  • 社会的コミュニケーション
  • 思考の柔軟性(想像力)
  • 知覚

          ↑

   ★あらゆる状況で常時存在する(うまく隠せているケースもある)

<SMの人が抱える困難>

  •  社会的な相互関係
  • 社会的コミュニケーション

       ↑

   ★常時ではない(子どもの不安が強い時)

  • 思考の柔軟性
  • 知覚

                         ↑

   ★時として困難が伴うこともある

<なぜ混同されるのか?>

  • 他人の言動や行動は目に見えるが、それを起こしている要因は見えない
  • 自閉症は場面緘黙より認知度が高い
  • 専門家がSM状態の子どもといる時、当然子どものコミュニケーションは通常とは異なる → 保護者に普段の様子をきく必要がある

ASDとSMの併存率は現在のところ知られていない

みく備考:人前では引込み思案な割に、頑固で完全主義なところがある緘黙児は多いのではないでしょうか?ただの「頑固」なのか「こだわり」なのか、判断が難しいところだと思います。でも、「こだわり(柔軟な思考の困難)」が強いからといって、すぐに自閉症には結びつきません。3つの特性をすべて持ち併せているかが鍵となります。

また、騒音が苦手、服のラベルが肌に触れるのを嫌がるなど、SM児の感覚過敏に悩まされる保護者は多いと思います。感覚過敏もASD児に共通する特性ですが、感覚過敏=自閉症ではありません。ただ、SM児の感覚過敏は、成長するにつれて薄らいでいく/ うまく適応・対処していけるケースが多いのでは? うちの学校のASD児やティーンを見ていると、年齢があがっても食べられる食品が極端に少なかったり、「〇〇は絶対にしない」と頑固一徹(思考の柔軟性がない)なような…。状況から判断して、「ちょっと我慢・妥協した方がいいかな」という姿勢は見られません。

イギリスでは、最近になってASDの診断を受ける女の子や成人女性の増加が報告されています。女子は男子より精神的な成長が早く、周囲を見て模倣することや社会性の欠如を隠すことに長けているため、見つけにくいというのが理由のひとつのよう。また、ASD児の男女比は4:1とされているため、女子がアセスメントを受ける機会が少ないとも。アスペルガーや高機能ASDのアセスメントには、女子用のマニュアルが登場しているようです。

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2019年SMiRAコンファレンス(その4)SMとは何か?

<場面緘黙(SM)とは何か?>

  • 場面緘黙とは、学校のクラスメイトやたまにしか会わない親戚など、ある一定の社会的場面で話せなくなる深刻な不安障害
  • 通常は幼年期に始まり、未治療のままだと成人した後まで継続することがある。SMの子どもや成人は話すことを拒否したり選んている訳ではなく、文字通り話すことができない
  • しかし、SMの人たちは、身体がすくむような反応が起きる対象の人(たち)がいない状況であれば、親しい家族や友達など特定の人と自由に話すことができる
  • 幼児のSM発症率は140人にひとり。女子及び、外国に移住し第二言語を習い始めたばかりの子どもに多い

  注)バイリンガルの子どもの発症率は49人にひとりとされている

<ASDとの違い>

  • SMは根底にある要因から生じる行動・言動であるため、変えることが可能であり、多くの場合は治療が可能
  • SMは症状であり、アイスクリームサンデー・モデルのウエハースの部分(表出する行動・言動)に該当する
  • これは、自閉症のような広汎性の発達障害ではないことを意味する
  • SMは話すことのみでなく、他方面に影響を与えていることが多い: 特定の状況下および/ または特定の人とのコミュニケーションに対する極端な抑制がある(自発的な会話、ジェスチャー、文書による作業、食事などを含む)
  • 場面緘黙(Selective Mutism)という名は、根底に潜む困難さ――不安、恐怖症、そして?―― が起因して生じる行動の一つにちなんで名付けられたもの

注)「?」の部分には、バイリンガル環境、遺伝的な精神疾患などが考えられるが、現在の所明らかになっていない

みく備考:

以前にも書きましたが、緘黙のせいで社会的な体験を長期間積むことができないと、後々大きな弊害となることがあります(俗にいう緘黙の後遺症)。

話し言葉・言語・コミュニケーションの発達は、誕生から18歳くらいまで続きます。冗談のやりとり、比喩や隠喩、同年代特有の言葉遣いや付き合い方などは、現場で実際に体験しながら学んでいくもの。SMのために会話の輪に入れず、人との交流が少ないと、いざ話せるようになっても、すぐには上手くいきません。特に、同年代やグループでの自由な会話やコミュニケーションが難しいと感じる人が多いよう。

家族や話せる親しい人との会話、SNSを使った交信など、言語&非言語のコミュニケーションを絶やさないこと、なるべく社会的な場に参加することが、とても大切になってくると思います。

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2019年SMiRAコンファレンス(その3)ASDとは何か?

<自閉症スペクトラム障害(ASD)とは何か?>

「自閉症とは生涯にわたる発達の障害であり、他者とのコミュニケーションの仕方、関与の仕方、周囲の世界に対する感じ方に影響を与える(英国のASD支援団体National Autistic Societyより)

すべての自閉症者は共通する3つの特性を持つ TRIAD(三徴候)

• すべての自閉症者は、社会的なコミュニケーション、社会的な関わり、思考の柔軟性(想像力)に困難を抱えている
• すべての自閉症者は、感覚の違和(感覚過敏)を持つ
• 自閉症は広汎にわたる――その人が世界を見、関わり、経験する方法に影響を与える。それは恣意的にスイッチを入れたり、切ったりできるものではない。

クレアさんによる自閉症のアイスクリームサンデー・モデル

(ASDをアイスクリームサンデーに例え、実際に会場で作りながら説明してくれました)

  • アイスクリームの器:脳
  • 3種類のアイスクリーム: ASDの3つの特性
  • バニラ:社会的コミュニケーションの困難
  • ストロベリー:社会的な関わりの困難
  • チョコレート:思考の柔軟性の困難(想像力の欠如)
  • アイスクリーム全体にかけられたシロップ: 感覚の違和(感覚過敏)
  • ウエハース:*表出する行動・言動

アイスクリームは必ず3種類あることが定義。かけられたシロップの濃度や分量は人によって異なるが、行動・言動に影響を与える。

みく備考:

注意していただきたいのは、はっきり見えるのは*行動・言動 / ウエハース部分のみということ。感覚過敏 / シロップ部分は、本人も明確に説明できないため、保護者や周囲がよく観察し、対処法を考える必要があります。

ひとくくりにASD児・SM児といっても、各自それぞれ違います。私はここ5年ほど高機能ASDのティーンたちに日本語を教えているのですが、本当に個性も行動パターンも千差万別。ASDの3つの特性で判断といわれても、スペクトラム状になっていて明確な境界線がないため、解り難いと思います。

高機能自閉症専門の特別支援学校で会うティーンの中には、ぱっと見ただけだと「この子本当にASD?」と思える子も。ぴょんぴょん跳んだり、手をひらひらさせたりというような目に見えやすい常同行動がない子が多く、あっても中学生くらいになると目立たなくなる傾向にあるような…。

何度かやり取りすると、「あれっ?」と違和感が強くなり、その子独特の行動パターンが見えてくるという感じです。普通の公立校で学校生活や友人関係に支障をきたし、転校してくる子も多いよう。数は少ないですが、小学校高学年までASDと診断されなかったケースも。

幼少期にASDを疑われなかった子どもは、高機能(アスペルガー)でそれほど言葉に問題がない子が多いのではないでしょうか?学校でそれなりに順応できていれば、発見されにくいと思います。家族は一緒に暮らしている年月が長いため、子どものコミュニケーション方法や行動パターンに慣れてしまい、それを「個性」ととらえがち。「何か変だな」と思いながらも、問題が起こるまで受診しないことも多いのでは?

確かに、ASD児の行動パターンはその子の「個性」ですが、早く気付いて支援を受けることができれば、日常生活の困難さや生きづらさを改善できます。成長の過程で、自己肯定感や自尊心を培うことができないと、自己評価が下がってしまい、社会不安などの二次障害をおこしやすい――これはSM児にも言えることだと思います。

もし子どもが「グレイゾーン」や「ASDの傾向が強い」と言われた場合も、その子の生きづらさや苦手分野を認識し、その子に合う支援ができれば、随分違ってくると思います。

目標は子どもが「その子らしく」、自己肯定感を持って生きられるということじゃないでしょうか?

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2019年SMiRAコンファレンス(その2)SMとASD

講演1:場面緘黙と自閉症スペクトラム障害:コミュニケーションに影響を与える二つの症状:  類似点、相違点、重複部分 Selective Mutism and Autism Two conditions affecting communication: Similarities, differences and overlap

イングランド北西部のマンチェスター市に勤務する教育心理士のクレアさん

講演の一番バッターは、昨年のコンファレンスでも『SMとASDの併存(詳しくは『2018年SMiRAコンファレンス(その5)』をご参照ください)』というタイトルで短い報告をしてくれた教育心理学者のクレア・キャロルさん。今年はそのテーマをもっと掘り下げて、より詳しく説明してくれました(資料は、クレアさんが勤務するマンチェスター市のOne Educationスキームから)。

今回のコンファレンスで最も注目を集めた議題なので、複数回に分けてお伝えしたいと思います。

まずはクレアさんの紹介から。

クレアさんは2000年に教育心理士の仕事を始め、2004年に自閉症の専門家に。場面緘黙の研修を受けたのは2014年とのこと。

クレアさんの長男、グレッグ君(仮名17歳)は、SMとASDの両方を抱えています。ASDの診断は幼少の頃におりたものの、SMは10歳(2012年?)になるまで診断されなかったとか。

(イギリスでは2006年にTVで場面緘黙のドキュメンタリー番組が放送されてから、少しずつ場面緘黙が知られるようになりました。私の息子が2005年春にSMを発症した当時は、SENCOを含む学校関係者も全く知識がなかったのです)。

グレッグ君は家の外では話さなかったものの、学校では答えが明確な質問には、声を出して答えることができていたそう。クレアさんは「緘黙児は学校で全く話さない」と思い込んでおり、長年息子さんの緘黙に気付いてあげられなかったことを悔やんでいました。

当時は専門家の間でも場面緘黙のトレーニングは殆どなかったそうです。早期発見が重要なのに10歳まで診断されなかったことを後悔し、「誰にも同じ思いをして欲しくない」と。その思いが、このSM とASDの研究に繋がっているよう。

SMiRA委員会のメンバーは、自分の子どもがSMだった、または現在も当事者である方が殆ど。それだけに、研究や啓蒙活動にも熱が入るんだと思います。

講演の内容は:

  • 自閉症とは何か? 場面緘黙とは何か?
  • 何故この二つは混同されるのか?
  • 違いは何か?
  • 類似性は何か?
  • 重複する部分はあるのか?
  • 次にすべきこと

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2019年SMiRAコンファレンス(その1)

2019年SMiRAコンファレンス

今年もまた、SMiRAの定例コンファレンスが、SMiRAの本拠地レスターにて3月30日に開催されました。例年のように、全国から70名ほどの保護者や専門家が集結。今回は、特に場面緘黙の成人とLST(言語療法士)の参加者が多かったのが印象的でした。

   故アリス会長への追悼をのべる現会長のシャーリー・ランドック゠ホワイトさん(最後列に座っていたので、写真がブレててすみません)

<コンファレンスの内容>

  • SMiRA創始者、故アリス・スルーキン会長への追悼
  • 場面緘黙と自閉症スペクトラム障害 教育心理士&SMiRA委員会メンバー クレア・キャロルさん SM & ASD Two Conditions affecting Communication: similarities, differences and overlap
  • ノーサンプトン州における緘黙児支援 SLT(言語療法士) ベス・シェリーさん&ハリエット・ウィルスさん Supporting Children with Selective Mutism in Northamptonshire
  • 「教師に伝えて欲しいこと」 専科SLT リビー・ヒルさん “What would you have wanted me to tell your teachers?”
  • 当事者が緘黙を説明する手紙のテンプレート  ジェーン・サラザー 元当事者& SMトーキングサークル主催 SM Adjustment Templates
  • 大学生活を始めるにあたって Starting at University:
    • 選択肢、申請&インタビュー SMiRAチーム
    • 大学で受けられるサポート レスター大学・学生支援サービス シャロン・スタージェスさん
    • 実際の体験談 SMiRA会員

SMiRAは承認制の活発なFBページを運営していて、現在のところ50カ国以上の国から1万人近くが登録。毎日、相談の投稿にたくさんのコメントがついています。

最近の傾向として、ASDとSMを併発する子ども、緘黙のティーンに関する相談が増えているよう。今回のコンファレンスはその傾向を反映しているように感じました。

私は息子がSMを発症した2005年にSMiRA会員となり、2006年からできるだけコンファレンスに参加するようにしてきました。かつてはSM児とASD児を分けて考えるような風潮がありましたが、現在はSMとASDを併せ持つ子どもの存在が、周知の事実になってきているような。

イギリスでは各地区によって差はあるものの、最近では学齢期の緘黙児への支援方法は学校関連機関(小児・青少年のメンタルヘルスサービスを含む)に定着してきた感があります。そのため、まだ支援が行き届いていない分野での相談が増えているのかなと…。

また、場面緘黙が一般に知られるようになり、ASDの二次障害としてのSMが注目されるようになったのではないか?SMで医療機関を受診する人口が増え、その際にASDが疑われるケースが増えてきたのではないか?とも推測しています。

これから順を追って公演の内容を報告していく予定ですが、特に注目が集まったクレア・キャロルさんの『SMとASD』について詳しく触れていきたいと思っています。

【訃報】SMiRA創設者、アリス・スルーキンさん逝く

2月15日夜、SMiRA創設者で、一昨年前まで代表を務めていたアリス・スルーキンさん(Alice Sluckin)が亡くなりました。99歳でした。

アリスさんは、1992年にリンジー・ウィテントンさん(SMiRAコーディネーター)と支援団体SMiRA(Selective Mutism Information Research Association)を設立。場面緘黙の支援に情熱を注いで来られました。設立当時すでに精神医学ソーシャルワーカーの仕事を退いており、晩年を場面緘黙の子ども、大人、保護者たちの支援に捧げたといっても過言ではありません。

アリスさんと場面緘黙児たちとの出遭いは、緘黙が殆ど知られていなかった60年代に遡ります。夫君(Wladyslaw Sluckin )がレスター大学教授で心理学者という環境の中、心理学の原則を当てはめながら緘黙を研究し、論文を発表。場面緘黙治療のパイオニア的な存在となりました。

アリスさんとSMiRAのお陰で、イギリスではいち早く場面緘黙の支援・治療の方法が一般に浸透していきました。現在でも支援体制が整ったとはいえませんが、SLTのマギー・ジョンソンさん他、多くの専門家が誕生し、学校関係者の知識も豊富になっています。

私自身も、息子が緘黙になり闇の中にいた14年前、アドバイスや温かな激励をいただき、アリスさんには感謝してもしきれません。個人的にも懇意にさせていただき、昨夜リンジーさんから訃報を聞いて以来、心にぽっかり穴があいたように感じています。

2005年にSMiRAとアリスさんとの出遭いがあり、2006年に『場面緘黙ジャーナル』のフォーラムで心理士の角田けいこさんや緘黙児の保護者たちと出遭い、その翌年にK-netが誕生したのです。考えてみると、縁というのは本当に不思議ですね。

       2013年、SMiRA創設21周年記念パーティにて。緘黙経験者でミスイングランドのカースティ・ヘイズルウッドさんと

19歳の時に単独でチェコからイギリスに亡命したアリスさん(詳しくは『プラハの夏休み(その2)』をご参照下さい)。小柄ですがバイタリティーにあふれ、慈愛とユーモアに富む、本当に可愛らしい方でした。

アリスさんとの想い出は尽きませんが、2009年のSMiRAコンファレンスにKnet代表の角田さんと私を招待してくださり、会の後にレスターのご自宅に泊めてくださった時のことが鮮明に心に残っています。

当時89歳だったアリスさんは、すでに夫君を亡くされて一人暮らしでした(息子さん二人は独立)。閑静な住宅地にある家は、書籍だらけ。日当たりのいい居間には、ご家族の写真と鉢植えがたくさんありました。

すでにご高齢だったにもかかわらず、テキパキ動き回って会話も達者。夕食をご馳走になったんですが、アリスさんの食べるスピードの速いこと!食事に集中する姿に驚き、感動し、これが彼女のバイタリティの源なんだな、と思いました。翌日、私たちが作った具沢山のインスタントラーメンを、同じように「美味しいわ」と食べてくださり、また感激。

アリスさんは、2010年にその貢献を称えられ、OBE大英帝国勲章(Order of the British Empire)を受勲しています。受章者はバッキンガム宮殿に赴き、エリザベス女王から直接勲章を授かるのです。が、「衣装は?」「晴れ舞台よ!」と浮かれる周囲の興奮をよそに、アリスさんは何とチャリティショップで中古の洋服を購入。誰かのおさがりを身に着けて、女王様に謁見したのでした。

自然体で飾らない、彼女らしいエピソードなのですが、まだ続きがありました。昨年夏、99歳の誕生会に参加させていただいた時、ご子息が「母らしい」と、額縁ではなくチョコレートの空き箱に張り付けた受章時の記念写真を見せてくれたのです!

2010年代に入ってからは、SMiRAコンファレンスの昼食後、講演中にこっくり居眠りをする姿が頻繁に。今考えれば、90歳代だったので当然なのですが、保護者や専門家たちと歓談し、積極的に会に関わっておられました。

2015年SMiRAコンファレンスにて

2015年にプラハ旅行から帰った後、プラハのシナゴグ(ユダヤ教会堂)でホロコーストの犠牲になった子どもたちの遺品や日記を見た話をしました。「たった一人で亡命して、本当に大変でしたね」と声をかけると、「それはもう昔のことだから」と…。

アウシュビッツの強制収容所で家族全員を亡くしたアリスさんですが、一言も誰も責めようとはしませんでした。現在SMiRAは海外の支援団体と協力し合っていて、その中にはKnetはもちろん、ドイツの支援団体も含まれています。

後ろではなく、前を向いて生きていく――アリスさんの生きる力に尊敬の念を抱かずにはいられません。彼女の情熱が人々を動かし、場面緘黙を一般に広め、支援の輪を広げてきたのです。

2年ほど前、ケアを受けながらまだご自宅で独り暮らしを続けるアリスさんを訪たことがあります。ものすごく喜んでくれて、帰り際に私の手をぎゅっと握ってくださいました。その手の温かさを、今も忘れることができません。その温もりは、アリスさんの人柄そのもののように感じました。

アリスさん、本当にありがとうございました。

本当に温かくて、芯が強くて可愛らしい女性――誰からも愛されたアリスさんのご冥福を、心からお祈りいたします。

2018年SMiRAコンファレンス(その7)

場面緘黙トーキングサークル―場面緘黙経験者による成人のためのサポート              SM Talking Circles- Peer support for adults with lived experience of SM

公演の最後は、緘黙経験者のジェーン・サラザーさん。何と45歳の時までずーっと緘黙だったんだそう! 5年かけて克服し、現在はTalking Circleというグループの代表として場面緘黙の成人たちを支援しています。

Talking Circleはその名前通り「話すためのサークル」です。同じ緘黙で苦しんでいる仲間が集り、お互いに助け合いながら一緒に克服していこうという趣旨。グループに加わって、気軽に参加して欲しいとのことでした。

ジェーンさんは1対1のセラピーでグループセッションを勧められて参加し、グループによる支援の効果を実感したといいます。不安を感じる状況で、普通に話すことがどんなに難しいか――それを理解し合える仲間同士なら、言葉に詰まっても、黙っていても気兼はいりません。

今やSNSの時代ですが、同じ問題を抱える人同士が顔を突き合わせて対話に挑むことの大切さ、人と接することの大切さを力説。とにかく、まずは人と繋がりを持つことが重要だと。長い間緘黙が続くと、人と接したり、コミュニケーションを持つ機会が少なくなるので、こういったグループの存在は本当に貴重だと思います。

それぞれの頑張りを見て、刺激し合えるという利点もありますよね。例えば、ひとりでダイエットに挑戦すると、どうしても甘えてしまいがちですが、グループに参加することで頑張れるのと同じように。

ジェーンさんは、2016年に地元のカンタベリーでこのグループを立ち上げ、最近南ロンドンでも新たなグループを開始したとか。機会があったら、是非一度のぞいてみたいなと思います。

堂々と明確な口調で話すジェーンさんは、とても45年間(?)緘黙だった人とは思えませんでした。そんなに長い、長い年月をどんなに苦しい思いで過ごしてきたのかと思うと、本当に胸が痛みます。ジェーンさんの努力と勇気に、会場からは暖かい拍手が沸き起こりました。

余談ですが、私のすぐ近くにSMの成人として2015年にBBCのドキュメンタリー(詳しくは『BBCが大人の場面緘黙を紹介』をご覧ください)に出演し、一昨年のコンファレンスでプレゼン(詳しくは『場面緘黙の成人、サブリーナさんのプレゼンテーション』をご覧ください)を行ったサブリーナさんと妹さんが座っていました。

最初に声をかけた時は、まだ緊張が強かったのかちょっと固い表情で会釈してくれました。それが、時間が経つにつれて表情がリラックスし、妹さんと内緒話も。実際に声を聞いた訳ではないですが、ランチタイムには多くの人に話しかけられ、笑顔で応えていたよう。

「皆が理解してくれる場」として、SMiRAコンファレンスに参加するSMのティーンや成人が増えています。参加したら話せるようになるという訳ではありませんが、当事者や保護者が勇気づけられる場所になっていることは確か。

SMの克服は長期戦で、人によって、また状況によっても回復のスピードはそれぞれ違います。焦らずマイペースに前進できるよう、トーキングサークルのようなグループが全国各地にできればいいなと思います。

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2018年SMiRAコンファレンス(その6)

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保護者そして教員の視点から見た場面緘黙 SM from a parent and teacher’s perspective

次の講演は、小学校の教員で緘黙児の母親、そしてSMiRA委員会メンバーでもあるクレア・ニールさん。彼女の娘さんは4歳の時に場面緘黙になり、12歳の現在も克服中だとか。小学校の現状や教師がおかれている立場を踏まえ、いかに学校と協力関係を築くかを語ってくれました。

娘さんについてはあまり触れなかったので、今緘黙症状がどの程度なのかは不明です。ただ、7歳の時引っ越しのため転校することになり、本人は「次の学校では話す」と強く決意していたものの、結局話すことはできなかったと(家族もですが、本人は相当ショックだったでしょう…)。

(みく注:転校や進学は子どもが話し始めるチャンスといわれます。成功率が高いのは、本人の「話せる」という自信や「話したい」気持ちが充実していているケース。「これまでずーっと黙っていたのに、今話し始めたら皆に変に思われる」という自意識から「今いる学校では、どうしても話せない」と強く思いこんでいる子が多いようです。

新しい学校では、話し始めるという課題だけでなく、新たな友人関係や先生たちとの関係の構築、新たな環境への適応も必要となってきます。新しいクラスに途中からは入っていくのは、SM児でなくても勇気がいりますよね?それを考えると、転校よりも皆が新しいスタートを切る進学の方が、チャレンジしやすいかもしれません。それでも、どんなクラスか、どんな先生か、初日がどうだったかに随分左右されると思います)

クレアさんによると、今小学校で何らかの問題を抱える子どもが増えているとのこと(私も5年ほど前に小学校でボランティアをしてみて、同じように感じました。35人のクラスのうち、10人弱がSEN(特別支援)リストに載っていてビックリ。でも、そのうち何らかの診断が下りている子は2人だけでした)。

それぞれの子どものニーズが異なる中、一番手がかかるのは行動に問題がある子です。席にじっと座っていられない、友達と問題をおこす、授業についていけない――こういった子どもの支援をするだけで、教師とTAは手いっぱい。クレアさん自身はSM児を受け持ったことはないそうですが、普通に授業についていければ、どうしても支援の優先順位が低くなってしまうと実感しているそう。

イギリスだったらキーワーカーがついて支援プログラムを実行してくれる、と思われるかもしれませんが、現実は厳しいです。学校側がいち早く場面緘黙を察知して、支援プログラムを用意してくれるケースもあるようですが、ほんの一握りの本当にラッキーな例にすぎません。

クレアさんのアドバイスは、「ひとりでもいいから子どものことを理解してくれる人を味方につける」こと。日本だと普通はTAがいないので、担任の先生が一番子どもに近い存在になるかと思います。忙しい担任にいかにアプローチするかは、とても難しいですよね。保護者も内向的な傾向が強い場合は、不安やストレスも大きいと思います。

イギリスの学校には必ずSENCo(特別支援教育コーディネーター)がいるので、相談することができますが、日本では教師と兼任というケースが多いと聞きます。でも、できるだけ多くの学校関係者に相談して、子どもの問題を理解してもらうことが必要不可欠だと強調していました。

もうひとつ、進学や転校の際は、なるべく早く進学先・転校先に連絡を入れ、できるだけ多くの教師や学校関係者に関わってもらうようにとのアドバイス。子どもが「言わないで」と主張しても、念のため手を打っておいた方がよさそうです。

なんらかの支援をお願いする時は、スケジュールと期限を決め、できるかどうか返事をもらうこと。というのも、忙しい教育現場ではイベントやハプニングも多く、時間が経つとうやむやになってしまいがち。できない場合は、他のできそうな方法を提案してみましょう。支援の効果をきちんと記録して、次の支援やステップを話し合ったり、提案したりしていくのも大切とのこと。

やはり、保護者が積極的に関わって、教師たちの動きを監視(?)しながら、一緒に子どもを支援していくことが大切だという結論でした。話し合いをした後も継続して関わっていかないと、途中で支援が止まってしまうことも…。緘黙治療は長期戦故に、保護者も途中でメゲずにマラソン感覚で頑張らなくては、ですね。

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