子どもと学校環境

夏休みに入ったらもっと頻繁にブログの更新をしようと思っていたのに、あれよあれよという間にもう1週間以上が過ぎてしまいました。

学校ではサマータームが終了し、SENエージェント経由の個人レッスンもお休みに入る予定でしたが、生徒さん達の希望によりエキストラでレッスンが入ることに。他に片づけなければいけない仕事もあるし、目前に迫った家族旅行の計画も立てなきゃいけないし…(個人旅行なので誰かがやらなきゃいけないんですが、うちの家族はいつも私に任せっぱなし)。

そう思いつつも、久しぶりに友達家族を招いてBBQをしたり、旦那様の実家にやってきた地方の友達と再会したり。子どもが夏休みだと私もお休みモードになるので、いつもよりゆったりできるような気がしちゃうんですよね。で、今ごろ焦ってます。

さて、話は変わりますが、私は場面緘黙の子どもの支援をしたくて頑張ってSENTA(特別支援員)のエージェントに登録したのに、ふと気づくと何故かTAではなく日本語講師をしているという…。きっかけは、「日本語を習いたい子がいるからお願い」というエージェントからの依頼だったんですが、流れに任せているうちに、目標からかなりハズレてしまいました…。

でも、エージェントから来るTAの仕事って、たいていがASD児のサポートなんです…。イギリスでは特別支援教育が定着していますが、地方自治体から支援の予算が出るのは、「特別教育のニーズ」を認定された子どものみ。認定されると、EHCプラン(Education, Healthcare and Care Plan教育・医療・ケアプラン)を立てて、遂行する義務が生じます。

子どもの問題が場面緘黙だけの場合は、「特別教育のニーズ」を認定してもらうのが難しく、学校が緘黙児のためにTAを雇うことは殆どないんです。だから、いくら待っても緘黙児の支援で声がかかることはないかも…。

(学校にもよりますが、インファント(小学校低学年)ではクラスにTA(学習支援員)が常任し、EHCプランを持つ子どもにはだいたい専属のTAがつきます。特別支援の予算が多い学校なら、TAの数はもっと多いかもしれません。

EHCプランはなくても特別支援が必要な子どもは、これらのTAができる範囲で面倒を見ているという感じです。だから、緘黙児が受けられる支援は、学校や予算、クラスの状況によって千差万別。イギリスだから手厚い支援やケアが受けられるかというと、そうでもないのです)。

さて、私が今日本語を教えているのは、高機能自閉症(ASD)の子どもを対象にした小さな私立の特別支援学校です。2年ほど前、1年間TAの修行をさせていただいたのですが、当時も今も緘黙児はひとりもいません。

生徒は14~19歳のアニメ大好きティーンばかりなのですが、彼らを見ていて感じるのは、学校がちゃんと自分の居場所になっているなということ。

全校生徒が30名ほどのこの小さな学校は、1クラスが6人以下。生徒2人に対し大人が1人という割合で、きめ細やかな支援を行っています。SLT(言語療法士)と作業療法士が常務し、アートセラピーや音楽セラピーなども。

公立の普通校に適応できず転校してきた子が大勢いるのですが、転入当時どんなに荒れていても、いつの間にか先生や学校に慣れて、ある程度友達付き合いができるようになるのがスゴイ。

子どもと学校スタッフの距離がとても近く、生徒がみんな安心して暮らしているというか――セカンダリー(12~16歳)になってくると、自分の長所と短所をちゃんと把握していて、かなり落ち着いて学校生活を送っているようにみえます。

まあ、ティーンなので時々は誰かが事件を起こしたりする訳ですが、なんというか、みんな自分に自信を持っているように感じるんですよね。

授業をしていても、わからないところはどんどん訊いてくるし、ある生徒は「僕は理論的に理解できないと、次に進めない」と、納得するまでプリントを読み返します。自分がみんなより遅れていても、「自分の学習スタイルはこうだから」と卑屈にならないんですよね(まあ、あまり人のことを気にしないのもありますが)。

子ども達にとって、学校の環境が合ってるからだと思うんです。不安が強い緘黙児たちにも、彼らに合う環境の学校があったらいいですよね。

実際に学校環境を変えるのは無理でも、周りの教師や大人の配慮で、緘黙児がほっと安心できるひとときや場所を作ってあげられるんじゃないかな…。繊細な緘黙児はそういうことにはとても敏感なので、先生が自分を気にかけてくれていると感じるだけでも違うんじゃないでしょうか。

 

勝手にアンケート

マギー・ジョンソンさんのSMIRA講演会の翻訳を続ける予定でしたが、疑問点が出てきたので今問い合わせをしています。その間、ちょっと違うトピに飛びますね。

夏休みに入る前、せっかくASD専門校で研修をしてるんだから、先生や専門家たちの場面緘黙に対する意識調査をしたいなと思いました。

まず副校長の了承を得て、終業式の4週間前に彼女に簡単なアンケート用紙を送付し、先生方にアンケート用紙を転送してくださるようお願いしました。が、3学期末は行事が多く、学校見学に来る家族もいっぱい。何度もお願いして、結局終業式の当日にアンケート用紙が配られることに…。

翌日から夏休みに突入だし、どのクラスも終業式の準備で忙しく、どう考えてもアンケートに答えている時間はなさそう — お昼休みに校庭に出ていた先生やTAにお願いして回り、何とか6名から回答をゲット。更に、5名がメールで回答を添付してくれて、総計36名のうち11名から回答を得ることができました。

今から考えるともっと詳細なアンケートにすれば良かったなと思うのですが、何せ忙しい職場。書き込み蘭はなしで、殆どYes/Noで答えられる質問をいくつかに留めました。

<場面緘黙に関する意識調査 2014年7月>

回答者: 北ロンドンのASD専門校(殆どは高機能/アスペルガーの子ども)の職員 計11名(内訳: クラス担任 3名、TA(クラス担任補助員) 5名、専門家 2名、事務員 1名)

Q1. 場面緘黙という症状を聞いたことがありますか?

a) はい  10名                                                            b) いいえ 1名

* b)と答えたのは教師暦3年のクラス担任の先生でした。多分、このASD専門校が初めての職場だと思うのですが、2010年の創設から現在まで、SMの児童・ティーンはひとりもいないということで、知識がなかったものと思われます。

Q2. 下記のどの説明が場面緘黙の症状に適していると思いますか?(Q1で「はい」と答えた10名のみが回答/複数の回答可)

a) 話すことを拒否している     5名

b) 不安のため話せない      6名

c) 引っ込み思案で話せない    3名

d) (子どもが)誰に話すかを選んでいる   8名

* 現在SMの説明は、b) の 「不安のため話せない」が代表的と思うのですが、意外にもa) とd)が多かったのに驚きました。いまだ60年代の”Elective Mutism” という名称のイメージが強いのか、それとも”Selective Mutism”のselective という単語に「選択している」というイメージがあるのか…。経歴18年というベテランSLT(言語療法士)がa)~d)までを全部選んでいたので理由を訊いてみたら、彼女が受け持ったSMの子どもの中に、わざと話さないようにしていたらどんどん話せなくなっていった子がいたそう。その子は、結局話せないまま卒業してしまったようです…。

Q3. 今までに、学校で話さないASD児に出会ったことはありますか?ある場合は、何人ですか?

a) ある 6名                                              b) ない 5名

  • 1人   3名
  • 2-3人   2名
  • 10人以上  1名

* 10人以上と答えたのは、職歴14年というTAの女性。かなり多いので、多分SM児だけでなく重い自閉症で言葉が出ない子も含まれていると思います。

Q4. 自閉症スペクトラム症の子どもが、場面緘黙になることもあると知っていましたか?

a) はい 8名                   b) いいえ 3名

この学校には、現在まで緘黙症状のある子どもがひとりもいないためか、職員の場面緘黙に対する興味・知識はそれほど深くないように感じました。場面緘黙という症状は知っていても、不安障害のひとつという認識はそれほどないような…。イギリスの国民医療サービス、NHSのサイトには「発症率は150人にひとりの割合」とあるので、普通の小学校だったら(イギリスの学校は小規模で全校生徒数が2、300人のところが多いです)、1~2人いるという計算になります。ちなみに、息子の小学校のインファントスクールには3学年315名の児童の中に、緘黙児が2人いました。息子はもちろん含まれてますが、同じクラスにもうひとりいたんです!

イギリスの国民医療サービス・サイトの場面緘黙ページ

 

ASD児と緘黙児--類似する特性?

先週の金曜日、ASD児専門校の子ども達に付き添って、近隣の名門私立校に行ってきました。学校同士の交流があり、わが校のセカンダリー(12~16歳)の子ども達を対象にしたワークショップを開催してくれたのです。うちのクラスからも、6年生の子が3人参加しました。

地下鉄利用ということもあり、総勢16名の子どもに付き添いの大人がぞろぞろ…。スタッフの息抜きも兼ねた、学年末のイベントのひとつだったよう。

16世紀から続くという歴史ある名門校を訪問してみて、学校施設や人材の充実ぶりに驚かされました。広々とした敷地内に立派な校舎や専門の施設が点在し、専用のテニスコートやアスレチックグランドも。入学試験の難度が高く、学費もかなり高額らしいのですが、この充実度だったら納得という感じ。いや、ケタ違いにすごい!

最初に案内されたスポーツグランドではテニスの授業中でしたが、体育の先生じゃなくて、テニス専用のコーチが教えてるんです。生徒数は20名ほどなのに、助手が2名。各教科についても、えり抜きの優秀な教師陣と助手を揃えているだろうことは、容易に想像できました。

ワークショップはスポーツコーチ、D&T(デザイン&技術)教師、そして科学者(後で調べたら、結構有名な方でした!)が担当。スポーツで汗を流した後は、立派なD&T教室でミニLED懐中電灯作りに取り組みました(PC搭載のレーザーカッターで製作したキーホルダーのお土産つき)。最後の科学講座は、液体窒素などを使って次から次へと実験を繰り広げるスリリングな内容。おしまいに子ども達を部屋の隅に退去させ、ものすごい大音響で風船を爆発させたのには度肝を抜かれました。

どのセッションもプロ意識の高さが伝わってくる内容で、毎日こういう授業を受けてる子ども達がイギリスの将来を担っていくんだなと、感慨深かったです。予算の少ない公立の学校では、こうはいかないでしょう…。

話は変わりますが、このイベントを通じて感じたのは、緘黙児と似た傾向の子がいるということ。

スポーツイベントでソフトフハードル走をした際、付き添っていたグループの女の子が逃げ腰に…。やったことがないと不安がるので、「柔らかいハードルだから当たっても痛くないよ」 「一緒に走ろうか?」と声をかけ、手をつないでスタート。ひとつ目のハードルを飛び越えた後、ひとりで走っていくことができました。その後の競技でも「また一緒に来て」と頼まれて、一緒に走ったのですが、私の方が遅かったので自信がついたと思います(笑)。

また、最後の記念撮影では、ひとりだけ撮影拒否の子が…。いくらスタッフが誘っても頑として動かないので、そのままに。でも、担任が「じゃあ、写真撮って」と声をかけ、撮影側として参加させることに成功しました。

緘黙児と大きく違ったのは、D&T教室で男子生徒が我先にと手を挙げて質問に答えていたこと。得意分野に関する知識は、半端ないものがあります。実に堂々と答えるので、何だか誇らしかったです。

2011年にマギー・ジョンソンさんの緘黙支援ワークショップに参加した際、「緘黙児とASD児の特性は重なるところがあるので、ASD児に有効な支援はSM児にも役に立つことが多い」と話されてました。その資料とメモを見つけ出して、もう少し詳しく説明できたらいいなと思ってます。

 

衝撃のロビンさん

もう先学期のことになってしまったのですが、研修中のASD児専門校で、アスペルガーの女性、ロビン・スチュワード(Robyn Steward )さんの講演会がありました。

講演は小学生の部(9~12歳)とセカンダリー以上の部(11~18歳)に分けて、少し違う内容で1回ずつ行われました。私は両方視聴させてもらったのですが、まず彼女の出で立ちにビックリ。

ラメが光るパープルの帽子と紫のメガネ、自らハンドペイントしたというジーンズ、足元はDr Martin’sでも珍しい、パテントの青いワークブーツ。一度見たら忘れられない、鮮烈な印象!

ロビンさんのサイトはここ→ http://www.robynsteward.com/knowing-me-knowing-autism/

彼女の肩書きは、

  • ASDの専門家のトレーナー
  • ASD児のメンター
  • ASDコンサルタント&啓発者
  • ライター (著書に『The Independent Woman’s handbook to super safe living on the Autistic Spectrum』など)
  • アーティスト
  • ミュージシャン

現在28歳のロビンさんは、7ヶ月の未熟児で生まれ、アスペルガーを筆頭に10種類の障害を併せ持っているそうです。小児脳性麻痺のため真っ直ぐに歩けず、相貌失認症(prosapagnosia)のために、何と人の顔を認識できないのだとか。

道でお母さんに会っても、お母さんと判らない。むこうで知人が手を振っていても、一体誰だか見当もつかないんだとか…。自分の顔も同じで、写真に写った自分の顔が判別できないそう。うわ~、めちゃくちゃ大変そう。

なのに、本人は「帽子を見て自分だって判るの」と涼しい顔。なるほど~、だから他の人が選ばないような、ちょっと奇抜な帽子をかぶってる訳なんですね。自分以外の人はというと、何と履いてる靴で見分けてるんだそう!

かつて、自分が21歳になる頃には、麻薬中毒のホームレスになってるかもしれない、と将来を悲観していたロビンさん。

アスペルガーの特性で小学校の頃からクラスに馴染めず、長い間いじめに遭い、学校のトイレが怖くて行けなかったり、先生やクラスメイトに理解されなくて問題を起こしたり…。結局、セカンダリースクールから放校されてしまいました。

そんな彼女を救ったのが、何とか入ったカレッジ(大学へ行く前の段階)のICT教師。ICTが好きで放課後毎日ICT教室に通い、この教師を相手に話しまくったとか。教師は、ただただ彼女の話に耳を傾けてくれたといいます。

緘黙も同じだと思うのですが、やっぱり根本にあるのは信頼関係なんじゃないかな…。誰かが自分のことを解かってくれる、自分の話(悩みでなくても)を聞いてくれるというのは、本当に心強いことだと思うんです。

これを機に、彼女はどんどん自信をつけ、苦手な人間関係もなんとかこなし、自分のやりたいことに向かってまい進できたそう。大学に進学後、経験者としてASDを啓発すべく世界に飛び出しました。

今でも抱えている問題が消えてしまった訳ではなく、次々と新しい壁にぶつかることは容易に想像できます。それにどうやって対処するか--自分で考えてひとつひとつクリアすることで、「大丈夫、やれる」というポジティブな姿勢になれるそう。

どんな問題を持って生まれたにしろ、子どもはそれに対処していく力を持ち合わせている--そんな風に思わせてくれた講演会でした。

 

不安の対処法

PSHEの授業で脳に「心配」と「楽しい」を書き入れた翌週、お試し入学で8歳のM君がクラスにやってきました。私がお世話してたんですが、お昼の時間が近づくにつれて、「ダイニングホールに行くのが嫌だ」と繰り返し言い始めました。多分、今通っている学校のホールが苦手なのでしょう(人が大勢集まる講堂・ダイニングホールの騒音や雰囲気が苦手なASD児は多いよう)。勉強が手につかなくなってきたので、下記のように話してみました。

  • この学校のホールは小さくて人数も少ない
  • 休み時間に実際に見に行ってみよう

休み時間に担任に相談してみたところ、こんな風に対処していました。

担任: 「M君、これは大きな心配かな?それとも小さな心配?」

M君: 「う~ん、大きい心配」

担: さらっと、「例えば、今大嵐が来るなら大きな心配だけど、これは色々対策を考えられるから、そんなに大きな心配じゃないよ。どうしたらいいか、一緒に考えてみようね」

M: 「うん」

担: 「ダイニングルームがガヤガヤ騒がしいから嫌なの?」

M: 頷く。

担: 「このヘッドホンをすると音が聞こえないよ。試してごらん」と、ヘッドホンを持ってくる。

M: 「嫌っ」と即座に拒否!

担: 「じゃあ、一緒にダイニングホールに行ってみようか」と連れて行く — 誰もいなくて静かだったので、M君も落ち着いていました。

担: 「ランチタイムには、ここにテーブルを6つ並べるんだよ。もしどうしても嫌だったら教室でお昼を食べても構わないから、まずここに来て食べてみようね」

M: 「うん」

という会話があって、ランチタイムには皆と一緒にダイニングホールに行くことができたのですが、やはり食べ始める前に教室に戻ってきてしまいました。

ローマは一日にして成らず、ですね。でも、担任は「よくダイニングホールに行けたね」と褒めることを忘れませんでした。

小さなステップで不安に立ち向かい、何らかの成果をあげていくことで、子どもは自信を積み上げていくことができます。スモールステップ方式ですね。最初は大人がアドバイスしてですが、いずれは子どもが自分で不安と向き合い、対処法を考えられるようになることが目標なんだと思います。

ところで、前回の記事に書き忘れてしまったのですが、担任はPSHEの授業を始める前に、心配や不安は誰でも持っているものだと子ども達に説明しました(前記事に青地で追加したので、良かったら確認してください)。「車を駐車するのが苦手」と自分の不安を子ども達に明かし、TAや私達にもそれぞれ不安や困ったことの具体的な例を出させて、「ほら、みんな不安を持ってるね」と。

それから、授業の終わりに各生徒の「大好き」と「心配」を確認。それぞれに言葉をかけ、課題をこなした報酬として3分間のPCタイムを与えました。ブースでひとり離れて課題を終えた子にも、「苦手と思えることでも、ちゃんと終えることができたね」と労いの言葉と報酬は忘れません。

(ちなみに、もし授業で目標を達成できなかった場合や集中できなかった場合など、担任は簡単に問題点を指摘し、報酬やトークンを減らします。また、1日の終わりに反省タイムがあり、こども自身にその日の行動を評価させます。翌日の朝の会でも、前日の行動を振り返って評価し、チャートに信号の色を入れるので、その週の行動評価がひと目で判ります。これって多分ABA(応用行動分析)かな?)。

ブースでひとり課題に取り組んだ子は、すごく知能が高く、実年齢より1~2学年上の学力の持ち主です。ぱっと見た感じは理路整然としていて弁が立ち、とても賢い子という印象。ASD児には見えません。が、対人関係に問題があり、自己防衛のためか常に上から目線でものを言い放ってしまう…キレやすく、嫌なことにはものすごく抵抗します。

プライドが高いため、自分の弱点を見つめること、人前で自分の感情について書くこと(考えること)に大きな抵抗があるのではないかなと…。担任は、大声で異議を唱える彼にタイムアウトの時間を取らせた後、自分のブースに行かせました。どうするかは彼自身に委ねられたのですが、結局すごく小さな字で「心配」と「楽しい」を書き入れることができました。

子どもが嫌がる場合は、無理にやらせないことも大切かなと思います。年齢や性格で反応が違ってくると思いますが、家庭で不安について話したり対処法を考える際は、特に本人の意思や気持ちを大切にして、子どもに合うやり方を見つけてあげられるといいなと思います。無理強いして親子の信用をなくしてしまったら、元も子もないですから。

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不安を可視化する

イギリスの小中学校では、現在や将来の生活に役立つ知識や技術が身につくようPSHE(Personal, Social, Health and Economic Education 個人、社会、健康、経済にまつわる教育?)という科目を設置しています。先学期のPSHEは、「自分の持つ不安とどう向き合うか」というのがテーマのひとつでした。

ASD児は、社会性・コミュニケーション・想像力の問題を抱えているため、人との交流が難しく、気持ちや感情、暗黙のルールや場の空気、時間や空間といった曖昧な概念を理解することが苦手です。脳の構造や機能が通常とは異なるが故に、社会性がない振るまいをしがちになり、周囲から非常識と思われたり、変な目で見られてしまう…。それが大きなストレスになったり、どうすればいいのか判らず不安になることが多いようです。

一方、場面緘黙はDMS-V(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル)では不安障害のカテゴリーに含まれ、SM児には抑制的な気質の子どもが多いといわれています。ひと一倍敏感で臆病に生まれついているため、新しい状況に慣れにくく、不安になることが多い…他の子どもが何とも思わないようなことが、この子達にとっては大きな恐怖となり得るかもしれません。

また、ASD児には感覚過敏の子が多く、特定の音、質感、味などを苦手とすることが往々にしてあります。程度の差はあれ、抑制的な気質のSM児にも感覚過敏を持つ子が多くいるよう。感覚過敏の子どもにとって、集団のざわめきや、運動会のピストルの音、水に濡れること、特定の食べ物の味などが、他の人には想像もつかないくらい苦痛だったりすることも…。

PSHEの授業では、子ども達が自分の心配と楽しみを、大きな画用紙に描かれた自分の頭のなかに書き入れました。自分は何に不安を感じ、どんなことに困っているのか?それを書くことで、自分の持つ不安を客観視することができます。頭の中では解っていても、文字や絵にするともっと具体的に把握できるよう。ASD児は特に視覚優位の子が多いため、目に見えると理解しやすいようですが、どんな子どもでも理解しやすいのではないでしょうか?

追加情報

絵を描く作業を始める前に、担任は「人は誰でも困ったこと、不安なことを抱えているものです」と切り出しました。そして、自分が不安に思っていることを話し、TA達も私も同じように子ども達に「私はこんなことが心配」という例をあげました。子どもの目には、大人は完璧な存在として映っていることが多いもの。「大人も同じなんだ」と解れば安心でき、心を開いてくれやすいと思います。

<授業で行った方法>

  1. 大きな紙に横向きの子どもの頭のシルエットを2つ、向かい合わせに描く                 授業では、映写機で子どもの横顔をA1の紙に写し、それをマジックでなぞりました(実際に自分のシルエットなので、ASDの子ども達には解りやすかったと思います)
  2. 頭の中に脳を書き入れる
  3. 一方に「ハッピーな脳」、もう一方に「困った脳」と題をつける
  4.  それぞれの脳の中に、自分の「大好き」と「不安・困った」を書き入れる                   簡単な言葉の他に、絵や印刷した写真・ロゴマークなどを入れてもOK

Sm notes2            クリックすると拡大します。実際は言葉や絵を脳の中に書き入れたのですが、スペースの都合上こうなりました(シルエット画は息子作です)。

上記の図の「困った」、「大好き」は私が適当に記入しましたが、「困った」では「ホールの騒音」が共通してました。後は、「評価が悪い時」、「好きなPCプログラムで遊べない時」、「意地悪された時」などなど。「大好き」で共通していたのは、「人」が全く出てこず、「モノ」ばかりだったこと…(人への興味が薄いというASD児の特質が色濃いかも…)。

場面緘黙の支援をする際、まず様々な場面での子どもの安心度をチェック(かんもくネットKnet資料No.13-安心度チェック表・発話状態チェック表  かんもくネットのHPから無料ダウンロードできます http://kanmoku.org/tool.html)しますが、上記の方法だと「大好き」も判るので、そちらも支援の際に使えて便利かなと思いました。

不安の対処法については、残念ながら私のいない時に教えた模様…。でも、それから何度か困った問題に対処している場面に出くわしたので、また別エントリーで書きたいと思います。

 

ASD児の不安と緘黙児の不安

クラスの5人の子ども達に共通しているのは、「自閉症の三つ組」と呼ばれる特性です。子どもによって三つ組のバランスや現われ方は違いますが、程度の差はあれ全員これらの特性を持ちあわせているなあ、と納得しているところです。

1) 社会性の質的な差異

年齢相応の常識や社会性を身につけるのが難しく、場の空気を読んだり、人の気持ちを察して行動することが苦手

2) コミュニケーションの質的な差異

適切な言葉やボディランゲージを使って人と交流することが難しい

3) イマジネーションの質的な差異

目の前にない事柄(もの・情報・可能性など)について推測したり予測したりすることが困難

研修初日にクラス担任に言われたのは、「この子達は、時間や空間といった抽象的な概念を捉えるのが苦手だから、教室の移動やスタッフの顔ぶれが変わるだけでも不安になりやすいの。だから、スケジュールが変わる時は要注意」ということでした。

「抑制的な気質」を持つ緘黙児も、新しい状況に慣れるのに時間がかかり、未知の体験・環境・人に対して不安になると言われています。また、ASD児と同様に、感覚過敏がある子も少なくないようです。それでは、ASD児とSM児の感じている不安は同種類のものなのでしょうか?

以前、『Selective Mutism in Children(2003)』の著者のひとりであるトニー・クライン教授にこの質問をしたところ、「SM児とASD児では、抱えている不安の質が違う」という興味深い返事が返ってきました。

彼によると、SM児の不安は「自分が話しているところを人に見られたくない=人前で失敗したくない、目立ちたくない」という社会不安であり、ASD児の不安は「予測がつかない事態への不安」だということ。

これまで体験入学でやってきた子のお世話を何度かしたのですが、どの子も「次はなにをするの?」と質問してきます。担任が事前に必ず作成しておくのが、その子用の時間割。最初に時間割の説明は済ませているのですが、訊かれる度にそれを見せて、「今この授業をやってるから、次はこれだよ」と説明すると、みんな安心するのです。

(ちなみに、教室内には仕切りのついた個別のブースが5人分あり、それぞれの子どもに机とPCが与えられ、壁にはラミネート加工したその日の時間割が貼ってあります(曜日毎に貼りかえます)。驚いたのは、子どもによって時間割の表記が異なること。数字と教科を記しただけのシンプルなものもあれば、時計の絵と教科のシンボルマークが入ったもの、1教科終わるごとに閉じて、その時やっている教科と時間が明確になるものなど、実に工夫に富んでいて感心します)。

朝の会では、まず最初に担任がその日のスケジュールと変更事項などを説明するのですが、これが子ども達の不安を低減するのに役立っているよう。また、ひとりひとりの子どもに対し、その日の具体的な目標を確認(例えば、発言する時は手を挙げるなど)するのも、どう行動すればいいか解りやすいと思います。

子ども達には、普段心配そうだったり、不安そうにしている様子は見られません。何か嫌なこと、したくないことがあって不安になった場合は、即座に「嫌だ」、「やりたくない」と強い拒否反応を示すことが多いかな…。ASD児はとても正直なので、嫌な時、不安な時、困っている時はストレートに言動に現われるように思います。

学校にはホールがあって、ランチや全校集会、屋内体育の授業などに使用するのですが、全校集会に出ることを嫌がる子がいました(現在はあまり問題ありません)。途中で転校してきたこの子は、ランチの時間は全く平気なのに、全校集会の時だけ時々問題児に…。聴覚過敏で騒音が気になる部分もあったようですが、何をするのか予測がつかない部分と前の学校での嫌な体験が不安に繋がっていたようです。

皆と一緒にベンチに座っていたのに急に立ち上がって教室に戻ろうとした時もあれば、問題なく話を聞いていた時、嫌がってホールに入らず教室のドアを蹴飛ばして大声で叫んだ時もあり、何が原因なのか??? そうかと思うと、うちのクラスが発表会をした時には、皆の前でPCを操作し、堂々と発言するという…。

その時々の雰囲気や心理状態などが強く影響しているという印象で、すごく波がありました。人にどう思われるかを気にする面は、あまり大きくなかったような…。

一方、息子も全校集会を酷く嫌がっていた時期(小3の頃)があったのですが、理由を訊いてみたら、「もし校長先生に呼ばれたら、何か訊かれるかもしれない。怖い」と。更に、様々なシチュエーションを想像して、もし何か失敗したらどうしようと、心配しているのです。ちょっと考えすぎ、想像しすぎじゃないのと思えるくらいに。

全校集会では、その週に頑張った子ども達を校長先生が表彰(といっても、とても簡単なもの)する習慣があって、大勢前に出て行って簡素な表彰状をもらい、大抵は”Thank you”を言う程度だったと思います。何とかそういう場でも返事ができるくらいまで回復していた時期でしたが、まだまだ不安は大きかったよう。実際に体験してみて、「あっ、思ったほど大変じゃなかった」と実感することで、徐々に慣れていくことができたように思います。

この2つのケースを比較してみて、不安の質が違うというのはこういうことなのかなと考えていますが、どうなんでしょうか?

 

ただいまSENTA(特別支援補助員)の修行中

私は昨年9月から自閉症児専門の小規模な私立校で、週に1回TA(教育補助員)の研修をさせてもらっています。できれば緘黙児の支援をしたいんですが、緘黙だけでは予算がおりないため、学校が専属の支援員を雇うことは殆どありません。ASD児に対する支援員の需要が多いのと、ASDの二次障害として緘黙を発症するケースが知られているため、まずはASD児支援の現場で経験を積みたいと思いました。

この学校には8歳~18歳まで、30名ほどの子ども(殆どがアスペルガー症候群)がいますが、SM児はひとりもいません。子ども達を見ていると、少人数のためか教師と生徒、生徒同士の交流が多く、子ども達がのびのびしている様に感じます。でも、時々切れて暴れる子もいて、怪我をしないようにパッディングした特別室も…。

私が研修している日は放課後に勉強会を開くことが多く、知識と英語力のなさで落ちこぼれながらも、学ぶことがいっぱい。ふと気がついてみれば、今週からもう3学期に突入…。緘黙児にも使えそうな支援も多いので、忘れないうちに書き留めていきたいと思っています(話題があっちこっちに飛び、解りづらくてすみません)。

その前に、まずざっとクラスの説明を。配属されたのは、小学校高学年の男児ばかり5名のクラスです。全員が高機能自閉症で、うち4名はアスペルガー症候群ということですが、自閉の度合いも性格も千差万別。これらの生徒5名に対して、クラス担任に加えTAが2名。その他、言語療法士、作業療法士、音楽療法士など専門家も勤務していて、大人の人数が圧倒的に多い!

まず子ども達に接してみて驚いたのは、いきなりやってきた謎の東洋人の私に対して、すんなり馴染んでくれたこと。少人数で落ち着いた学校生活をおくっているためか、はたまたスタッフへの信頼が厚いためか…。いきなり「ねえ、これ見て、見て!」とよってくる子が多く(われ関せずという子もいましたが)、みんな友好的で嬉しかった!どの子も本当に可愛いくて、今では身内になったような気分です(笑)。

教室のレイアウトから時間割まで、子どもの特性や能力、年齢に合わせて、こんなにきめ細かな学習&生活支援をしてるんだと驚ろくことばかり。彼らは日々成長していて、急にぐーんと伸びることも。それを見て驚きと喜びを感じるとともに、何も変わっていないようにみえても、毎日の積み重ねが大事なんだなと思い知らされます。

私はASD児に対して、

  • 視線が合わないことが多い
  • 変化を嫌い、初対面の人には馴染みにくい
  • 他人に対する興味が薄い
  • 会話がなりたたないことが多い
  • 社会性がなく、友人関係が育ちにくい
  • 話し言葉やイントネーションにクセがあることが多い
  • 表情が乏しいので何を考えているのか判りづらい
  • 積極奇異型、受動型、孤立型などがある

こんな知識を頭に入れていたのですが、実際に接してみると、視線は合うし普通に話せるおしゃべりな子が多い。ぱっと見ではASDと判らない子も多いです。スペクトラム(連続体)なので、そんなに単純明快に特徴が分かれている訳じゃないんですね。

ネットで調べてみると、高機能自閉症の定義は知的な発達が正常で、アスペルガーの場合は言語の発達においても遅延や遅滞が見られないというもの。でも、5人いれば5通り、本当にそれぞれ違うんです。これは緘黙児も同じですよね。だからこそ、それぞれの子どもの特徴や性格を把握して、一番合う支援をすることが大切なんだなと痛感しています。

(私はASD関連の知識が殆どないので、トンチンカンなことを書いているかもしれません。間違いがあったら、指摘してくださるとありがたいです)。