最新の緘黙研究、『選択性緘黙への治療』を読んで(その4)

入院治療の有効性

『選択性緘黙への治療』では、入院を含めた治療の結果、外での(家庭外?)言語的コミュニケーションがどのように変化したかというデータも出しています。

あいち小児保健医療センターで緘黙の治療を受けた子ども89名(うち17名が入院治療)のうち、

  • 通常に近い会話が可能になった子ども 33名                                 (小3以前に受診 18名、小4以降に受診 15名)、うち入院治療は11名
  • 限定された会話が可能になった子ども 46名                                 (小3以前に受診 18名、小4以降に受診 28名)、うち入院治療は6名
  • 不変 10名                                                      (小4以降に受診)、うち入院治療は 0名

(『そだちの科学』2014年4月号掲載、『選択性緘黙への治療(山村淳一・内山幹夫・加藤大典・杉山登志郎)』より)

結論として、下記のことが明らかになっています。

  1.  小3以前(年齢が低い方が)が治りやすい
  2. 入院治療を受けて成果のでなかった子どもはいない

1. について

緘黙児が小学校中学年になると回復がゆっくりになることは、SMart Center(アメリカの場面緘黙症不安研究治療センター)のシポンブラム博士が早くから指摘していました。また、SMIRAは1992年の創設当時から早期発見・介入を唱えています。

この研究でも、上記の理論の正当性が証明されてますね(他に同じような調査結果かあると思うのですが、まだチェックしていません)。

どうして9歳の壁と重なる小学校中学年が、治療の転帰が分かれる年齢となるんでしょうか?論文では「この時期は神経の剪定が終了する時期であり、母国語や基本的なジェスチャーが決まることが知られている。さらに、この神経の剪定の後、新たな神経ネットワークの構築のためには、これまでとは別の方法が必要になる」と説明しています。

9歳という年齢は、自分のことを客観視できるようになり、自己肯定感や劣等感を持ちはじめる時期です(告知するかしないか(その3))。緘黙している自分を意識しすぎて自意識過剰になり、「しゃべらない子」として定着している自分のイメージを壊すことがより難しくなるんじゃないでしょうか?

また、小学校の6年間は、だいたい同じ学校・同じ顔ぶれのまま続くので、大きな変化がありません。あまり変化のない環境の中で、「しゃべらない子」として定着したイメージを変えることは、難しいのではないかと思います。

進学や転校などの大きな変化があれば、子ども自身が「何とかしたい」と危機感を持ち、自ら動き始めるきっかけになることもあるかと思います。ただ、中学進学時は思春期の真っ只中で、身体と心が大きく変化する時期なので、周りの目がもっと気になる時期でもありますね…。

2. について

確かではないのですが、場面緘黙の入院治療というのは日本以外では聞いたことがありません。イギリスにもそういう治療オプションはなく、多分日本特有ではないかと思います。

でも、入院治療が有効というのは、何となく納得できる気がします。というのは、緘黙治療というのは、基本的には子どもの不安を取り除き、信頼関係を築く(この人の前で話しても大丈夫と感じられるようになる)ことだと思うので。

子どもは家庭では話せるのだから、学校・クラスで話すという恐怖、クラスメートや先生、集団への不安を取り除くことができれば、家庭で話すほどではなくても、話せるようになるはずです。

イギリスでは、小学校低学年のクラスにはたいてい担任の他にTA(教員助手)がいます。クラスに2人大人がいるため、子どもへの支援をしやすい状況。また、学校によって差はありますが、特別支援教育のシステムが浸透しています。さらに、地区の医療機関が学校とつながっていて、専門家が学校に出張するなど、教育現場での治療が可能です。

一方、日本ではクラスに担任がひとりしかおらず、授業の妨害になるような子がクラスにいる場合、緘黙児にまで手が回らないのではないでしょうか?学校と児相などの相談機関、医療機関の繋がりが薄く、特別支援教育の制度もまだまだ浸透していない…。担任まかせのところが大きいため、教育の現場で治療(直接介入・支援)をするのが難しいと思います。

入院治療がどういうものか判らないのですが、小グループ療法のような感じじゃないかなと推測しています。保護者から切り離して、あてがわれた病室の環境と人間関係に慣れさせることで、不安を減少させ、少しずつ信頼関係を築き、コミュニケーションが取れるようにしていくような方法ではないかと…。

24時間病院にいて、同じメンバーの医師や看護師たちと頻繁に顔を合わせていれば、嫌でも慣れてくると思うんです。学校で担任が子どもと1対1でゆったり向かい合う時間なんて殆どないんじゃないんじゃないでしょうか?

緘黙児への接し方は、『北風と太陽』方式で忍耐が必要だと思います。繊細で傷つきやすい子どもが、自分で上着を脱ぐまで待つ必要があるのではないかなと。

論文の終わりでは、「緘黙の治療には得手不得手があり、頭が良すぎたり、切れすぎたりする治療者、積極的な治療者は緘黙児と相性が良くない」と述べています。こういう医師は、時として大人でも脅威ですものね。「こどもを脅かさない治療者や看護師が、子どもの沈黙を解く働きをすることが多い」のだそう。

忍耐強く見守りながら、必要なところで少しずつ後押しできるのが理想的なんじゃないでしょうか?

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最新の緘黙研究、『選択性緘黙への治療』を読んで(その3)

場面緘黙とASDの併存率

この研究では、自閉症スペクトラム障害(ASD)が89名中34名で全体の38%でした。

なお、2009年の金原洋治氏の『選択性緘黙例の検討-発症要因と併存障害を中心に』(日本では発達障害と見なされやすい?(その3))では、ASDは23名中12名で全体の52%となっています。

アスペルガー障害やコミュニケーション障害の緘黙児を除外していない、H.クリステンセンの研究 『Selective Mutism and comorbidity with developmental disorder/delay, anxiety disorder、and elimination disorder(2000年)』では、アスペルガー症候群が7%(ASDという項目はなし)とそれほど多くありません。

発達障害以外の問題を調べた結果は、

<言語発達関連>

  • 言語の遅れ 55名 (全体の62%)
  • 聴力障害 3名

<迫害体験の有無>

  • 被虐待児 29名
  • 学校でのいじめ体験が契機 16名

驚いたことに、純粋な場面緘黙児は20名(全体の22%)のみとあります。全体の75%が介入を要する問題を抱えていると、場面緘黙の背景にある問題にもスポットを当てています。

緘黙発症から受診まで

また、大変気になったのは、緘黙の発症年齢と初診年齢にかなりの差があること。

●平均初発年齢 4.7歳

  • 3歳(幼稚園入園時) 45名 (全体の51%)
  • 6歳(小学校入学時) 35名 (全体の39%
  • 7歳 4名
  • 8歳 2名
  • 9歳 2名
  • 11歳 1名

(7~11歳の9名は、もともと不適応があり途中から緘黙が加わったケース)

●平均初診年齢 9.45歳

90%の子どもたちは、集団教育の開始から緘黙があったのに、場合によっては6年間放置されておかれたことになる。緘黙は非行児とちがって人に迷惑をかけないので、放置されやすいという状況が如実に示されている」

(『そだちの科学』2014年4月号掲載、『選択性緘黙への治療(山村淳一・内山幹夫・加藤大典・杉山登志郎)』より)

もしかしたら、子どもが家で普通にしゃべっていれば、保護者はそれほど深刻に捕えられないのかもしれません。きちんと学校に通い、成績も良く、友達との交流もあり、学校から問題視されていない場合は、特に。また、児相やスクールカウンセラーには相談しても、病院の児童精神科を受診するまではいかないのかも…。

眠れない・朝起きれない、腹痛・体調不良といった身体症状が出たり、登校しぶり・不登校、学業不振、いじめなどの問題が起こってから、初めて病院を訪ねるケースが多いのかもしれません。この調査において、緘黙のみで受診した子どもが何人だったのか、とても知りたいです。

でも、問題が起こってから受診しても、緘黙も固定化しているだろうし、問題も深刻な状態になってますよね…。学校で話さないことが1ヶ月以上続いたら、保護者もですが、学校も動いて欲しいです。

全体の38%を占めるASDの子どもたちは、社会性とコミュニケーションに問題があるため、学校生活が大変だったはず。この子達は、受診するまでずーっとASDの診断がなかった訳でしょうか?学校で何らかの支援を受けていたのならいいんですが…。家族も気づかないということは、ASDの傾向くらいだったかも…それが、ずっと放置さ れマイナス体験が重なった結果、悪化したということも考えられると思います。また、精神遅滞、ADHD、言葉の遅れを持った子ども達も、授業についていくのが大変だったのでは?また、児童虐待が多いのも気になりますね…。

日本ではクラスに担任1人しかいないので、他に授業の妨害になるような子どもがいる場合、手が回らないような気がします。担任まかせではなく、子どもに何か問題があると感じたら、学校全体で取り組んでもらえるようになるといいなと思います。

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最新の緘黙研究、『選択性緘黙への治療』を読んで(その1)

最新の緘黙研究、『選択性緘黙への治療』を読んで(その2)

 

【今月は場面緘黙症啓発月間です】

  • 場面緘黙は子どもの将来を大きく左右しかねない深刻な状態です!早期の発見と介入が望まれます。どうか後回しにしないでください
  • わざと話さないのではありません。本当は皆と同じように話し、行動したいんです!ひとり黙っているのは、とても辛くて苦しいんです
  • 周囲の理解と共感が不可欠です!すぐには治りません。温かく、忍耐強く見守ってください
  • 緘黙していると、言語、社会性、コミュニケーション・スキルの発達が妨げらる恐れがあります。家庭では安心して、楽しくおしゃべりできる環境を整えましょう

 (5月の場面緘黙症啓発月間の発起人は、『場面緘黙ジャーナル』の富重さんです)

 

最新の緘黙研究、『選択性緘黙への治療』を読んで(その2)

緘黙と不安障害、自閉症スペクトラム障害との関連性は?

緘黙と不安障害の関連性については、過去に多くの文献で取り上げられていて、最新版のDSM-V(アメリカ精神医学会による診断・統計マニュアル)から、場面緘黙は「不安障害」のカテゴリーに含まれるようになりました。

緘黙と不安障害の強い関連性を示した文献:

“研究対象となった50名の子ども全員が、社交恐怖症または回避性障害というDSM-III-Rの基準を満たした” -1997 ”Systematic Assessment of 50 Children With Selective Mutism”(Dummit, E.S. Klein, R.G. Tancer他著)の抄録より引用

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S089085670962832X

“対象となった30名の子どもの97パーセントは、幼年期あるいは青春期に、社交恐怖症または回避性障害と診断された” -1995 ”Psychiatric Characteristics of Children with Selective Mutism: A Pilot Study”(Black, Uhde著)の抄録より引用

http://www.jaacap.com/article/S0890-8567%2809%2963594-2/abstract

上記の2つの文献では、不安障害を併せ持つ割合は97%と100%。ものすごく高いです。

一方、『選択性緘黙への治療』では、分離不安35%、不登校46%(回避性障害とは異なりますが…)。論文内でも、「選択性緘黙は本当に不安障害なのだろうか」と疑問を投げかけています….。

説明が遅れましたが、『選択性緘黙への治療』の調査対象は、2001年~2010年までの9年間に、あいち小児保健医療センター診療科を受診し、選択性緘黙の診断を受けた89名(男児35名、女児54名)の子どもたち。母集団が89名というのは、緘黙研究では規模が大きい方だと思います。

ちなみに、2009年の金原洋治氏の『選択性緘黙例の検討-発症要因と併存障害を中心に』(日本では発達障害と見なされやすい?(その3))では、社会不安障害は23名中15名で全体の65%となっています。

こちらも、海外の2つの研究と比べると、不安障害の割合は低いですね…。日本では社会的、文化的な背景が異なるため、欧米とは異なる特有のパターンになるんでしょうか??

次に気になったのが、「調査の対象はいずれもDSM-IVの選択性緘黙の診断基準を満たしている」のところ。

発達障害の有無を調べた結果、

  • 自閉症スペクトラム(ASD) 34名 (その多くは高機能で、全体の38%)
  • 精神遅滞 7名
  • ADHD 2名

という結果が出ているのですが、DSM-IVによる場面緘黙の定義には下記の項目が入っています。

E. コミュニケーション障害(例えば、吃音)が原因ではなく、また、広汎性発達障害、統合失調症やその他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものは含めない

(『場面緘黙へのアプローチ-家庭と学校での取り組み-』(Rosemary Sage & Alice Sluckin/編著 かんもくネット/訳 田研出版 2009年)より引用)

ASDは「広汎性発達障害」に、精神遅滞とADHDは「その他の精神病性障害」に含まれるのではないでしょうか?その場合、この定義によると場面緘黙は二次障害になるため、診断基準を満たさないのではないか、と思ったのですが…。

(尚、2013年に改定されたDSM-Vでは、広汎性発達障害(PDD)という診断がなくなり、自閉症スペクトラム(ASD)に代わりました。また、ASDの判断基準が変わり、アスペルガーという用語が消滅しています)

★追加情報: DSM-Vでは、場面緘黙の定義の部分でも、PDDがASDに変更されています。(ネットで見つけることができず、SMIRAのVicky Roeさんが助けてくださいました)

E. コミュニケーション障害(例えば、吃音)が原因ではなく、また、自閉症スペクトラム障害、統合失調症やその他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものは含めない

長いので、またまた次回に続きます。

関連記事:

最新の緘黙研究、『選択性緘黙への治療』を読んで(その1)

場面緘黙とは?(その2)

 

【今月は場面緘黙症啓発月間です】

  • 場面緘黙は子どもの将来を大きく左右しかねない深刻な状態です!早期の発見と介入が望まれます。どうか後回しにしないでください
  • わざと話さないのではありません。本当は皆と同じように話し、行動したいんです!ひとり黙っているのは、とても辛くて苦しいんです
  • 周囲の理解と共感が不可欠です!すぐには治りません。温かく、忍耐強く見守ってください
  • 緘黙していると、言語、社会性、コミュニケーション・スキルの発達が妨げらる恐れがあります。家庭では安心して、楽しくおしゃべりできる環境を整えましょう

 (5月の場面緘黙症啓発月間の発起人は、『場面緘黙ジャーナル』の富重さんです)

 

『選択性緘黙への治療』を読んで(その1)

この春出版された『そだちの科学』2014年4月号に、『選択性緘黙への治療』と題された特集記事が掲載されました。山村淳一・内山幹夫・加藤大典・杉山登志郎(敬称略)と、4人の名だたる児童精神科医たちが共著した最新の緘黙研究論文です。

http://www.nippyo.co.jp/magazine/maga_sodachi.html

(その中でも、杉山登志郎氏は日本における高機能自閉症の権威と呼ばれる存在(日本では発達障害と見なされやすい?(その5))。『そだちの科学』の編集にも関わり、複数の記事を執筆されています)。

この論文を入手することができたので、元緘黙児の保護者として、勝手に疑問点をあげさせていただき、更にちょっとツッコミを入れさせていただけたらと思います。

まず冒頭の書き出しから、

「選択性緘黙は、家庭でのコミュニケーションは問題がないにも関わらず、学校など、主として集団教育場面での言語交流を拒否するという病態である」

(『そだちの科学』2014年4月号掲載、『選択性緘黙への治療(山村淳一・内山幹夫・加藤大典・杉山登志郎)』より引用)

えっ、どうして!?しょっぱなから、「言語交流を拒否」と断言されてしまうと、ものすごいショック…。最近ではメディアの露出も徐々に増え、緘黙児が「話さない」のではなく、不安のため「話せない」のだという概念は、かなり定着してきていると思ってたのに…。臨床医の先生方はそれが間違いだと考えておられるのか、それとも場面緘黙がまだまだマイナーで古い文献を参照しておられるのか…。

1994年にDSM-IVにおいて、場面緘黙の診断名は、”elective mutism” から”selective mutism” に変更されました。これは、”elective” という単語が、子どもが特定の場面で話さないことを、自らの意思で選んでいるという意味合いが強かったため。多数の研究に基づいた変更であり、SMIRAのアリスさん達の尽力もあったと聞いています。

更に、2013年5月に改訂された最新版(DSM-V)では、場面緘黙が「通常、幼児期・小児期、または青年期に初めて診断される疾患」というカテゴリーから、「不安障害」へと移行しました(場面緘黙とは?(その2))。

『選択性緘黙への治療』では、緘黙と不安障害との関連を調べていて、その結果が下記のように示されています。

  • 分離不安 全体の35%
  • 不登校 全体の46%                                                (重複しているのは16名(全体の18%)、有意の相関は認められない)

またまた疑問ですが、どうして分離不安と不登校?社会不安についてはどうだったんでしょう?また、この結果を受けて、「不安が原因で話せないのではない」という見地から、上記の書き出しになったんでしょうか?とっても知りたいです。

ちょっと時間がないので、今回はここまで。

 

【今月は場面緘黙症啓発月間です】

  • 場面緘黙は子どもの将来を大きく左右しかねない深刻な状態です!早期の発見と介入が望まれます。どうか後回しにしないでください
  • わざと話さないのではありません。本当は皆と同じように話し、行動したいんです!ひとり黙っているのは、とても辛くて苦しいんです
  • 周囲の理解と共感が不可欠です!すぐには治りません。温かく、忍耐強く見守ってください
  • 緘黙していると、言語、社会性、コミュニケーション・スキルの発達が妨げらる恐れがあります。家庭では安心して、楽しくおしゃべりできる環境を整えましょう

 (5月の場面緘黙症啓発月間の発起人は、『場面緘黙ジャーナル』の富重さんです)