クリスマスの憂鬱

12月の日々はあっという間に過ぎて、今日は既にクリスマスイヴです。今年のクリスマスは義妹家族とは合流せず、義両親の家で静かに過ごすことになりました。主人は今日まで仕事だったため、明日、クリスマスの早朝に車で高速を飛ばして行く予定です。殆どの人は今晩までに移動を済ませていることと推測してるんですが、なるべく早く出発しないとダメかな…。

IMG_7431イギリスのクリスマスで何が大変かというと、クリスマスを一緒に過ごす家族や親族や友だちに対して、ひとりひとりにしっかり贈りものを準備しなくてはならないことです…。日本だと、クリスマスって子どもと若いカップルが祝う日みたいになってますが、イギリスでは大人・子どもに関係なく、プレゼント交換は必須。

うちの場合、本命プレゼント+おまけプレゼント(チョコやお菓子、ちょっとした小物など)の各自2個以上ずつ。毎年、毎年、何を買えばいいのかすご~く悩み、街や大型ショッピングセンターを何時間も行ったり・来たりすることになるのです。プレゼントを買うのはいつも私の役目――主人に任せると最後までやらないので、めっちゃ焦って大混雑するショップを巡るハメに…。ネットで注文すればいいんですが、グズグズしているうちにデリバリー期限が過ぎちゃうんですよね~。で、それらを梱包するのに、また時間がかかるのです。

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今年もまたショッピングセンター巡り…

例年は、一番大きく部屋数が多い義妹夫婦宅に集結するんですが、それぞれの家族が持参したプレゼントをクリスマスツリーの根本に積むと、本当に壮観(義妹夫婦は友人たちとも贈りものを交換し合うのですごい数です)。ラッピングにも趣向を凝らしたプレゼントの山を見て、毎年すごいなあとため息をつくのでした。

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ミンスパイとカフェオレでちょっと休憩

でも、でも、もらって嬉しいものって、なかなかナイんですよね――ラッピングペーパーのゴミだけで、黒いゴミ袋2つ分…。各自一個だけ好きなものをもらえたら、嬉しくて楽でいいのになあ…。

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今年のラッピングはこれ

もうひとつ憂鬱なのは、どうも私が料理長になりそうなこと…クリスマスくらい誰かに作ってもらったものが食べたい!と思うんですが、義両親は熱心なキリスト教信者なので、イヴの夜もクリスマスの朝もしっかり教会に行く予定なんです。日本のお正月と同様、イギリスのクリスマスは家族団らんのイベント。公共交通機関はストップし、レストランもショップも全部閉まってるから、自分たちで料理するしかないんですよね…。

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前庭のバラ。暖冬なので、12月末までポツポツ咲いてました

話は変わりますが、先週末久しぶりにハムステッドヒースの森林公園を歩いてきました。このところずーっと曇り空と雨ばかりで、この日も靄がかかったようなぼんやりした天気。でも、湿った空気と落ち葉や木樹が放つ芳香に、とてもゆったりした気分になれました。

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名前不明の渡り鳥?向こうに見える建物がケンウッドハウスです

帰り際にケンウッドハウスのクリスマスショップに寄って、最後まで決まらなかった義父へのプレゼントをゲット。贈りものがやっと全部揃って、ほっと一息つけました。

 

 

 

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それでは、みなさんも素敵なクリスマスをお過ごしくださいね。

 

秋から冬へ

11月に入ってからもう9日間が過ぎてしまいました。今年はエルニーニョ現象の影響なのか、例年よりかなり暖かな気候が続いています。ここのところ雨が多く、毎日どんよりした曇り空ばかり。でも、10月中はイギリスには珍しいほど、気持よく晴れた日が何日も続きました。

そんないい天気に恵まれた10月の半ば、ブルガリアから友人家族がやってきました。10日間ほどうちに滞在して、休みをとった主人と一緒にロンドン巡り。昔の思い出の場所だそうで、リスの餌を持ってセントジェームスパークに何度も行ったとか。ロンドンに公園多しといえど、セントジェームスパークほど人馴れしているリスがいる公園はないかも…。なでられるほど至近距離まで近づいてきたり、人の手から食べ物をもらうリスもいます。

ある日の午後、彼らの三歳になる娘を男性陣に任せて、女二人で散歩に出かけることに。彼女に初めて会ったのは、5年ほど前にブルガリアに行った時。山登りが好きな彼ら(当時はまだ子どもがいなかった)は私たち家族をリラ山脈に案内してくれたのですが、これが本当にキツかった(笑)。朝10時に山小屋を出て、夜10時に戻るまで誰も一度もトイレに行かず、延々と歩き続けた想い出は一生ものです。今回は、澄みきった高い秋空のしたいつもの散歩コースをぶらぶら歩きながら、お互いの5年間について語り合うことができました。

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今は使われていない鉄道高架橋と沼に潜むワニ(誰のイタズラ?)

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週末には一緒にグリニッジ天文台まで行ってきました

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 ヴィクトリア&アルバート博物館のコスチューム館。コムデやヨージヤマモトも

IMG_20151014_151720IMG_20151014_162318IMG_20151014_160838     自然史博物館はとにかく広くて、1日かけても観きれない!ムーミンみたいなマナティー(海牛)に遭遇

彼らが帰った後、急に気候が変わって横殴りの激しい雨が振りました。そしたら、あれっ、寝室の天井から雫が…雨漏りだ~!エドワード王朝時代に建てられた我が家は、住宅が棟続きになった「ロンドン長屋」と呼ばれるテラスドハウスのひとつです。築100年以上経った家の張り出し窓の平屋根は、5年毎くらいに大修理してるんですが、先回10年間保証と言われたにもかかわらず、またまた同じ場所から雨漏り…。

そして、ロンドンでは屋根専門業者というか、評判の業者や腕の良い職人は予約がいっぱいで、なかなか捕まらないんです。しかも、カウボーイと呼ばれる素人まがいのペテン師も多くて…。見えない場所だけに「ここも修理が必要」とふっかけられても、判断が難しい。何度か引っかかって、「ああやられた。今度こそ」の繰り返しなのです。

先日、やっと二人の業者が見積もりに来てくれて、そのひとりに臨時で補正修理をしてもらいましたが、根本的な問題は据え置き状態…予約がいっぱいなうえに天気が悪すぎて仕事が溜まっていく一方のようです。

それ以来、家も、家庭も、仕事も、あっちこっちで色々な問題が起きて、今あっぷあっぷしているのでした…。

それでも、先週の木曜日には息子と一緒にベルギー人の音楽家、ヴィム・マーテンズ(Wim Mertens)のコンサートに行き、すこし息抜きできました。ピアノと管弦楽カルテットかなと思っていたら、ピアノソロ。時々歌も入るのですが、高音の歌声はちょっと苦手かも…。

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フランドル地方出身のこのアーティストの作品を吹き込んだカセットテープ(前世紀ですね)をくれたのは、もうずっと前に亡くなった女友達…。ピアノ中心のミニマルだけど情緒的な旋律を聴いていると、心に様々な情景が浮かんできます。

潮風に吹かれながら彼女と一緒に歩いた伊良湖岬の海岸。もう決して帰ってこない時間や季節…懐かしい人たち。

偶然見つけてチケットを衝動買いし、初めてコンサートに行ったんですが、やっぱり生演奏っていいですね。吹奏楽をやっている息子(友だちが行けなくなって、ピンチヒッターで付き合ってくれた)が「ステインウェイのグランドピアノだ」と教えてくれたものの、私には??? でも、ピアノの音色に包まれるような様な心地よさというか、音に触れられそうな感覚でした。キラキラした音から深みのある音色まで、感性のままに自由自在に操れるってすごい。

   1時間半の予定でしたが、複数曲のアンコールが3回も。しかも、一番最後の曲は観客のリクエストに答えて、多分最も有名なこの曲を弾いてくれました

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コンサートの後にCDサイン会に参加。今年出した最新アルバムを無視して、好きな曲が入ったCDを購入。よく見てみたら、何と83年の作品だったのでした!

9月ももう終わりですね

冷夏の年は、9月に学校が始まるくらいから天候が回復するパターンが多いのですが、今年はとても変わりやすい天候でした。ここ2週間ほど、日中よく晴れて気持ちのいい日が続き、夜になるとかなり冷え込むように。中秋の名月だった昨夜は、ロンドンでも満月がとてもきれいでした。10月の扉がもう目の前までやってきて、何だか焦っています。

ここのところ、週末ごとにロンドン中心部で人と会うことが重なり、しばらく行ってなかった観光スポットを再訪する機会にも恵まれました。

8月最後の土曜日は、夏の名残を思わせるような快晴。久しぶりに友達家族と待ち合わせて、テムズ河南岸のサウスバンクへ。まだ水遊びができるほど暖かく、おあつらえむきのお散歩日和でした。

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   まず川岸を少し散歩してから、サウスバンクセンターのルーフガーデンにあるカフェへ。この頃はまだオリーブの枝が茂り、ヒマワリが満開

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   気温は20度くらいでしたが、噴水遊びをしている人がいっぱい。みんな、ちゃんと着替えを持ってきたのかな…

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観覧車ロンドンアイやアクアリウムなどがあるテムズ河沿いの道は、人気の観光スポット。メリーゴーランドなどの乗り物もあり、大道芸人も大勢いました

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大きなシャボン玉に、子どもも大人も大喜び

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向こう岸には大時計ビッグベンと国会議事堂が見えます

9月中旬には、予期せず岐阜県の故郷にかかわる人たちと会う機会が2度もありました。ひとりは、知り合いの息子さんで、何とロンドンの一流ギャラリーで展示会をしたのです!もうひとりはイギリスの大学で勉強するため、単身で留学しているママさん。

お洒落なチェルシー地区にある有名ギャラリー、 Saatchi Gallery で展示会を行ったのは、東京で活動しているアートグループChim↑ Pom。”Prudential Eye Award 2015”という国際的な賞を受賞し、個展をする栄誉に預かったそう。でも、ドイツや東南アジアなど、すでに世界的な活動をしてるグループなんですね。

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おお、すごい行列!と思ったら、同時にコンテンポラリーアート販売展もあったからでした

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左のピカチュウを模したネズミと映像『スーパーラット』で一躍知られるようになったとか。壁の作品『Puzzle』は、各国で集めた写真やアイテムをパズルのように組み合わせたもの

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メンバーのひとり、同郷の水野俊紀さん。グループに美大出身者はいないそうで、観る側の視点を持ち続けながら、日常の気になることに向き合って作品作りをしているとか。社会問題も身近に感じさせてくれる視点とコンセプトがユニーク

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『広島!』の作品の一部。折り鶴の山は平和記念資料館から借りてきたもの。メンバーのエリイがひとつひとつの鶴を開き、それを展示会に来た人が再び折ることで、量は増やさずに祈りを2倍にするというコンセプトだそう

単身留学中の女性と会った日は、あいにくの土砂降りでした。ランチまで少し時間があったので、10年ぶりくらいにトラファルガー広場にあるナショナルギャラリーへ。古典画の中でも宗教画の大作が多く、長いこと足が遠のいていたのです。

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13世紀から1900年までの作品を2300点以上所蔵していて、センズベリー館にはルネサンス期の名画がいっぱい。ダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』と『聖アンナと聖母子と洗礼者聖ヨハネ』はとても見応えがあります。

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初期フランドル派の画家、ヤン・ファン・エイク『アルノルフィーニ夫妻像』。いつも思うのですが、この絵の男性ロシアのプーチン大統領に似てません?

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大移動して人気の印象派の部屋へ。名画がこんなに近くで観られて、しかも無料というのがイギリスの文化だなあと思います

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モネとルノワールは数点ずつあります。雨の日の『睡蓮』がなんだかとても心に残りました。

たまごの謎

9月に入って息子の学校が始まると同時に、秋もどんどん深まってきました。夏休み最後の週末に主人の実家に行ってきたんですが、そこでなんとも不思議なものを見ることに…。

夕飯にスパニッシュオムレツを作ろうと、卵のパックを開けた時です。6つある中のひとつに目が釘付け――なんですか、この卵?!

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表面がクレーターのようにデコボコ――まるで恐竜の卵みたい!よく見たら、もうひとつ表面がザラザラしてちょっと割れてるのも。今まで数えきれないほど卵料理を作ってきましたが、こんな卵を見たのは生まれて初めてでした。

これらはファームショップで購入した農家直売の Free range の卵です。多分、スーパーだったら規格外で棚に並ばないと思うのですが、直売だから農家の判断で普通にパック詰めしちゃったんでしょう。

それにしても、卵といえばつるんとした表面と滑らかな曲線が特徴なのに、これはあまりに違いすぎる…。森茉莉さんがエッセイ集『貧乏サヴァラン』の中で、卵の形を「《平和》という感じがする」と記述していて、その通りだなと思っていたんですが、この卵は平和というよりも不気味…。

聞くところによると、若い雌鶏の卵は少し細長かったり、いびつだったり、黄身が2つになる二黃卵になったりするんだそう。(昔、農家の庭先に「卵売ります」という看板を見つけ、そこで買った半ダースの卵が全て二黃卵でビックリ)。このデコボコ卵も新米の鶏が産んだ可能性が大きいですね。こういうのって、養鶏場ではよくあることなんでしょうか?

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この春日本で出会った細長い卵

ちなみに、イギリスでは大きく分けて3種類の鶏卵を販売。卵を産ませる環境によって、値段や品質が異なります。安い順に、狭い檻の中に大量の鶏をつめこむ Battery-farmed、次に放し飼いにする Free-range、一番高いのは放し飼いで有機栽培の餌のみ与える Organic。サルモネラ菌が怖いので、生で食べても安心なのは有機卵だけ。

それから、こちらでは茶色の卵が普通で、白い卵は殆ど見かけません。かなり前に、有名な女性料理家、ディリア・スミスがTVの料理番組で白い卵を使って一躍話題になりました。

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       知人が誤って冷凍してしまった卵を、殻を割って解凍中の写真。ちゃんと元に戻って、普通に卵焼きができました

話を戻すと、このデコボコ卵はオムレツには使わず、その後どうなったのかは不明…。でも、夕飯の時にみんなに見せたら大受け。それぞれの反応が違っていて面白かったです。

「これを産むのは苦しかったに違いない」と、義母の思いは卵を産んだ鶏の方に。私は「こういう卵から、どんなヒヨコが生まれるの?」と、そっちの方に興味が(まあ無精卵なので無理ですが…)。男性陣はというと、「見たことない!珍しいね」で終わっていました。

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ところで、中国では人造偽卵が出回っているという話…。先日、息子が教えてくれて、一緒に見た映像です。

 

プラハの夏休み(その5)

今日は8月最後の日。学校の夏休みは今週末までですが、金曜日には職員会もあるし、雨続きでもうすっかり秋の気候--今年の夏は肌寒いまま終わってしまったような…。今ではその猛暑が嘘のようなプラハの夏休みの記録は、今回でお終いです。

プラハ滞在5日目は、カレル橋の袂にある大複合建築、クレメンティナム(Klementinum) の見学から。入口がすご~く判りにくくて、やっと探り当てたら、入口のある中庭は巷の雑踏がウソのような静けさ。私たちと一緒に30分毎のツアーに参加したのは、わずか20名弱でした。

クレメンティナムの前身は11世紀に建てられた聖クレメント教会。中世にドミニコ会の修道院として使われた後、16世紀にイエズス会の神学校となり、17世紀には大学に昇格。18世紀には、オーストリア女大公マリア・テレジア(マリー・アントワネットの母君)のもと、2ヘクタールの敷地に天文塔、大学、図書館を有するヨーロッパ有数の大複合施設となったそう。

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 中庭から見た天文塔の外観(左)と鏡の礼拝堂。礼拝堂にはパイプオルガンがあり、毎晩のようにコンサートが行われているようでした

上階に行く際「エレベーターが必要な方?」というガイドの問いかけに、手を挙げた人は誰もいませんでした--が、実はひとりずつしか登れない狭い螺旋階段しかないんです!年配の方にはかなり危険!2階にはフレスコ画が美しいバロック様式の図書館があり、神学書を中心に2万冊ほどの蔵書と中世の地球儀や天文儀の貴重なコレクションが。

残念ながら入場も撮影も禁止だったんですが、画像を見つけたのでよろしかったらどうぞ。https://en.wikipedia.org/wiki/Clementinum#/media/File:Clementinum_library2.jpg

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    天文塔からの風景。塔に登る階段も1段1段が高くて、しかも下が丸見えなので、手摺につかまらないと怖い…

さて、次はモルダヴ河の西岸河にあるカフカ博物館へ。ここはミュシャ美術館と提携していて、一方の入場券を購入すると、もう一方が半額になるシステム(どちらも小規模なので、そのくらいでちょうどいい値段です)。ミュシャ美術館は前日訪れたんですが、ついでに書いておきますね。

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アールヌーボーの旗手として知られるアルフォンス・ミュシャ(1860-1939年) といえば、美麗な女性を描いた装飾的なポスターや商業デザインで有名。女優サラ・ベルナールの舞台ポスターを描いて大ブレークしましたが、実はピンチヒッターとして依頼された仕事だったとか。

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ミュシャの生涯を綴った映像を観て、祖国チェコや自分のルーツに対する愛着の深さを初めて知りました。パリやアメリカで商業的な成功をおさめた後祖国に戻り、20年かけて油彩画の連作『スラヴ叙事詩』を制作し、市庁舎の内装など精力的に行っています。チェコスロバキア共和国成立の際には、無償で紙幣や切手などのデザインを請け負ったそう。

余談ですが、パリ時代の白黒写真の中に、ミュシャのアトリエでポスト印象派の画家、ポール・ゴーギャンがオルガンを弾いているユーモラスな写真(1893-4年撮影)を発見。上着からシャツがはみ出し、ズボンも靴も履いてないんです。気のおけない間柄だったんでしょうね…ポスト印象派と後のアールヌーボーの巨匠の共同生活って、なんだか不思議な感じがしました。その5年前、ゴーギャンがアルルでゴッホと共同生活した際は、ゴッホの壮絶な耳切り事件が起きてしまったんですよね…ゴッホは全く売れない画家のまま1890年に死没。現在のゴッホへの評価を思うと、やるせない気持ちになります。

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話を元に戻して。カフカ博物館へはカレル橋の雑踏を避けてその北側にある橋を渡って行きましたが、とにかく暑い!でも、館内では外の光を遮断し、展示は全て薄暗がりの中。

プラハの裕福なユダヤ人家庭に生まれたカフカ(1883-1924年)は、少数派だった支配階級の言語、ドイツ語で教育を受けました。そのため、ドイツ文化にもユダヤ文化にも馴染めず、文学や芸術を解さない父親との軋轢もあり、自らを異端と感じていたそう。プラハ大学で法律を学んだ後、保険局員として働きながら執筆活動に励みましたが、無理がたたって肺結核にかかり41歳になる前に短い生涯を閉じています。

ここでカフカがものすごい心配症だったことを知り、彼もHSP(Highly Sensitive Person) だったんだ~と、とっても親近感を覚えました。人前ではいたって物静かで目立たず、聞き役に回っていたとか。カフカが安全ヘルメットの発明者だって知ってました?! 仕事で諸企業の生涯危険度の査定・分類、これに対する訴訟の処理を担当していたため、出張や工場視察が多かったらしいのですが、万一のことを考えて常に軍用ヘルメットを被っていたんだそう。事故防止のマニュアル作成の実績もあるのです。心配症で神経細やかで几帳面でもあったのかな?

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とっても立派なギフトショップ。ミュシャアイテムも揃ってました

カフカが深く関わった女性は4人いたようですが、最初に婚約したフェリーツェとは、結婚したら執筆活動ができなくなるかもという不安が募り、婚約を破棄…。この女性にはめちゃくちゃ酷ですが、ああそういう面倒な性格だったんだと、何となく納得してしまいました。(フェリーツェとは再婚約したのですが、その時は肺結核に侵されていることが発覚して、再び婚約破棄--うわ~2回も辛酸を舐めたんですね…)。

カフカといえば、学生時代に『変身』を読んで鮮烈な印象を受けた記憶があるものの、その後ずーっとその存在を忘れてました。村上春樹の『海辺のカフカ』を読んで、彼のことを思い出した方も多かったのでは?主人公の少年はカラスと呼ばれてるんですが、カフカはチェコ語で「子ガラス」という意味。ちなみに、カフカの著作『田舎の婚礼準備』では、主人公ラバン(Raban)がドイツ語の「カラス(Rabe)」を思わせる名前です。

” ある朝、グレゴール・ザムザが、落ち着かない夢から目ざめてみると、彼は自分がベッドのなかで、大きな毒虫に変わっているのに気がついた。(『カフカ:変身 世界の文学セレクション36』辻ひかる訳)”

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展示されていたカフカ自筆のイラスト。独特の味がありますね。

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カフカの小説は不条理で非現実的な世界で知られていますが、その作風から”カフカエスク” (Kafkaesque「カフカ風」「カフカ的」)という言葉が生まれています。カフカの出生地であることを意識してか、小綺麗なプラハの街を歩いていると、カフカエスクな彫刻やオブジェとの「あれっ」という出会いが…。

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最後の大道芸人さんは別ですが、予期してないところにこういう不思議な光景が見られます

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  最後の夜は、モルダヴ河で足漕ぎボートに乗って夕涼み。むっとした暑さが嘘のように河辺の涼風が心地よかったです

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9時を過ぎると、ボートにカンテラを灯してくれます

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ボートを降りた後に遭遇したこのオブジェも、相当不思議な光景でした

あれっ、書いてる内に日付が変わって9月に突入してしまいました。最後までお付き合い下さった方、長いことありがとうございます。

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プラハの夏休み

プラハの夏休み(その2)

プラハの夏休み(その3)

プラハの夏休み(その4)

 

プラハの夏休み(その4)

ホリデー4日目は、半日ツアーでプラハの東40kmほどのところにあるクトナ-・ホラ(Kutná Hora)という町へ。ホテルにあったリーフレットの骸骨堂の写真を見て「面白そう」と決めたんですが、行った後に納骨堂を含めた町全体が世界文化遺産 (UNESCO)に登録されてることを発見。我が家の旅行は行き当たりばったりで(事前にちょこっと調べるのは私のみ)、後々になって色々な事実を知ることになるのです。

ミニバスだろうと思っていたら、やってきたのは冷房完備の立派なコーチ!英語とスペイン語のガイド2名と、世界各国から来た30名あまりの参加者と一緒に出発。「チェコのカントリーサイドが見られる」と楽しみにしてたのに、冷房が心地よくて知らないうちに爆睡していました(笑)。

クトナ-・ホラは13世紀頃から中欧最大の銀鉱の町として栄え、14世紀にはボヘミア王国の銀貨製造を担う経済の中心地に。14~16世紀初頭までは首都プラハと肩を並べるほど繁栄し、町は地方から独立して壮大な聖バーバラ大聖堂の建築に着手しました。が、17世紀に戦争や宗教的な争い、銀鉱の閉鎖などにより衰退の一途をたどったとか。

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まず最初に、郊外にあるセドレク区墓地の納骨堂 (Kostnice v Sedlci) に到着。足を踏み入れた途端、どこを見ても骨ばかり。骨を積み上げたピラミッドが4つもあり、想定4~7万人の骨が納められているとか。他にも、シャンデリアや紋章など、見事というしかない精巧な骨装飾がいっぱい。

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何故こんなに大量の人骨が収められているかというと、その起源は1278年に遡るそう。ボヘミア国王の命を受けて聖地エルサレムに赴いたセドレク修道院長が、ゴルゴタ(キリストが十字架にかけられたとされる地)の土を持ち帰り、復活の象徴として墓地に撒いたのがその始まり。噂はどんどん広まり、中欧中の人たちがこの墓地に埋葬されることを願うようになったとか。加えて、14世紀半ばには黒死病の犠牲者が、15世紀初めにはフス戦争の戦死者が多数葬られ、墓地は満杯状態。15世紀に墓地の中央にゴシック様式の教会を建て、その際に掘り起こした大量の骨はチャペル兼納骨堂に収めることに。とにかく、墓地が足りなくなったんですね。その後も骨を掘り起こしてはチャペルに積み上げることを繰り返したよう。

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   人体の骨を全部を使って作ったシャンデリア(左)とその作者、フランチェスコ・リント(František Rint)の名前を標した壁(右)

ここまでくるとアッパレというか、不気味というより精密なアートワークのようでした。ローマのカタコンベの様な暗さはなく、骸骨堂の中は明るくて結構あっけらかんとした雰囲気です。動画を見つけたので、良かったら見てください。

次は、16世紀に「銀鉱夫の聖堂」として建築を始めたものの資金が底をつき、19、20世紀になるまで着手しなかったという聖バーバラ大聖堂。その過程で、最初の設計図をかなり変更しているとか。アメリカ人のガイド、ジェ-ムス曰く、「中欧で最も美しい未完成の大聖堂」だそう。

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正面(左)と横から見た支柱の細部

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基本はゴシック様式ですが、バロックやロマネスク様式の箇所も

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写真左の奥に見えるのは聖バーバラ大聖堂の後部。尖塔の造りが繊細ですね。石畳の右側には17世紀に大学だったバロック様式の建物が。写真右は中世の名残が残る塔のある建物

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ジェームス推薦の「チェコで一番美味しい」というピザリア。息子がマルガリータを注文

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 メニューにアイスコーヒーがあったので思わず注文したら、来たのが左。アイスコーヒーにヘーゼルナッツのアイスクリームと生クリームが乗ってました。右はヨソで頼んだレモンが入ってないレモネード。どちらも200円ちょっと

帰りはまた冷房車で爆睡してしまい、ついにカントリーサイドの風景は見られず…。最後にチェコ語の表現を10個くらい教わったのに、「アノ、またはノ(Yes)」と「ネ(No)」しか覚えられませんでした。情けない…。

長くてすみません、次で最後にしますね。

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プラハの夏休み

プラハの夏休み(その2)

プラハの夏休み(その3)

プラハの夏休み(その3)

8月12日は息子の15歳の誕生日でした。本人はカントリーサイドに行きたがったんですが、日程が合わず世界遺産のプラハ城に行くことに(城だけでなく街全体が世界遺産だそう)。旅行案内所で「歩いて行ける」と教わったものの、暑すぎて坂道を上るのは無理。地下鉄とトラムを使えば余裕で30分内に着けると思い、24コルナ(約120円)のチケットを買ったところ、トラムが20分来なくて焦りました…。IMG_praguecastle

なだらかな丘の上にそびえ立つプラハ城は、世界最古かつ最大の城。9世紀から建て始め、現在の形になったのは14世紀だそう。宮殿、聖堂、修道院など建築様式の異なる複数の建物群からなり、神聖ローマ帝国王が住んだ歴史も。敷地の広さは東西430mということで、とにかく広くてめっちゃ混んでました。

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  現在は大統領府として使われていますが、英国王室のように近衛兵がいて交代式も。北門の歩哨兵はこの酷暑のなか微動だにせず。本当にご苦労様です~

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王宮前の広場で近衛兵によるブラスバンド演奏が始まると、わらわらと人が集まってきました

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600年かけて完成させたゴシック様式がメインの聖ヴィート大聖堂。正面(左)と聖堂内

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ステンドグラスとメインタワー(右)。下の写真は東側の景観

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旧王宮の外観(左)と戴冠式が行われた大ホール

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プラハ城で2番目に古い聖イジー教会は10世紀の建物。窓が小さい…

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敷地の左端にある「黄金小路」は、色とりどりの小さな家が15軒ほど並ぶ石畳の狭い路地。この名称は16世紀に錬金術士が住んだという伝説に由来しているそう。左側2軒目のブルーの家(22番)をカフカが1916年から2年ほど妹と借り、毎晩執筆に通ったとか。後の作品『城』は、プラハ城からインスパイアされたんですね。現在はカフカ関連のグッズを売るショップになっていて、通りの半分くらいがお土産店でした。

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当時の暮らしを再現した部屋の数々。これらはプラハで最も小さい家なんだそうで、間取りが狭くて、奥行きもない..戸口で頭をぶつけないよう要注意。左側は仕立て屋さんの家ですが、ベッドは普通のシングルの半分くらい--当時はヨーロッパ人も小さかったんですね

夜は8時頃にホテルを出て、河岸にあるダンシングハウスを見てから、イギリスで友達が推薦してくれたちょっと遠くのレストランへ行く予定でした。

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  1996年に建てられたダンシングハウスには「ジンジャー&フレッド」の愛称も。そういえば、カップルがダンスを踊っているように見えますね

この後、歩けども歩けども目的のレストランに行き着けず…。観光地から外れているためか街灯も暗いし、スマホも役に立たたないし。ついに主人が怒り出し、その時そばにあった『マチルダ』というイタリアンレストランへ。混んだテラス席で待つこと30分、既に10時近くになってしまい、息子の誕生日だというのにとっても険悪な雰囲気に…。

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夫婦の危機を救ってくれたのが上のサラダでした~。暗かったのですごく写りが悪いのですが、私のダックサラダ(上)は、鴨肉のスライスとオレンジの組み合わせが絶妙。クルミのトッピングとプラムソースも美味でした。主人のチキンサラダ(下)は、炭火焼きしたチキンとパイナップル、オレンジのスライスの組み合わせで、炭焼きの香ばしい味がサラダ菜と相性抜群。息子はマルガリータピザを注文したのですが、食べはじめた途端に全員の機嫌がコロっと治りました。美味しいものの威力ってすごいですね。

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    帰りは地下鉄で。プラハの地下鉄は深いのでプラットホームはひんやり。かなり斬新なデザインですね

すいません、まだ続きます。

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プラハの夏休み

プラハの夏休み(その2)

プラハの夏休み(その2)

初日の体験を活かし、翌日から「外歩きは午前中と夕方過ぎ、午後は冷房が効いた(多分)美術館などで過ごす」という計画を立てました。まずは、メニュー豊富なホテルの朝食バーでしっかり腹ごしらえし、近くのミニスーパーでミネラルウォーターを買い込んで出発。

2日目は徒歩で「ユダヤ人街」へ。中欧最古の「新旧シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)」を訪れる予定が、ちょっと道をそれたら「スパニッシュ・シナゴーグ」が目の前。無計画でブラブラ行くのが我が家式なので、複数の見学コースの中で一番お得なファミリーチケットを買って、シナゴーグ内を見学しました。

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   高級ブティックが立ち並ぶ通りを抜け少し東に行くと、ちょっと違和感を感じる小説家カフカの銅像に遭遇。お隣にあるのが「スパニッシュ・シナゴーグ」

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  ユダヤ人街で最も美しい会堂。19世紀半ばに、スペインのアルハンブラ宮殿を模して設計・建築されたとか。2階にはプラハにゆかりのある著名なユダヤ人たちの資料が。恥ずかしながら、カフカ(1883-1924年)がユダヤ人だったこと知りませんでした

内装はものすごく美しかったんですが、それより印象に残ったのは、第二次世界大戦時にホロコーストの犠牲になったユダヤ人の子どもたちの絵や日記など。この子たちは、誰ひとりとして息子のように15歳の誕生日を迎えることはできなかったんだと思うと、なんともいえない気持ちになりました。

実は、SMIRA代表のアリスさんは、ナチス党政権下のドイツがチェコスロバキアを解体する直前、チェコからイギリスに亡命してきたのです。当時19歳のアリスさんは、たった独りで汽車を乗り継ぎ、船でイギリスに辿り着いたそう。後から合流すると信じていたご両親と弟さんは、アウシュビッツ強制収容所に送られて亡くなられたとか…。それを想い出し、平和な時代に生まれ育ったことを本当に幸運に思いました。現在と未来の子ども達のためにも、戦争のない世界を願ってやみません。

もしアリスさんがイギリスに亡命していなかったら、仕事で緘黙児に出遭って緘黙の研究をすることもなかったでしょう。リンジーさんと共にSMIRAを設立することもなかったんだと思うと、人の運命や出遭いって、本当に不思議ですね…。

この後、旧ユダヤ墓地に行ったところ、猛暑の中でチケットを求める長~い列が。家族全員が即「やめとこ」と諦め、近くのカフェでひと休み。主人はビール、私はレモネード、息子は100gのハンバーガーとフレンチフライをパクリ。ちなみに、ハンバーガーは4段階・400gまであって、チェコ人ってお肉好きなんだなと感心した次第です。

ひと休みした後、地下鉄に乗って国立美術館へ。街に貼られたエゴン・シーレのポスターを見て、「あっ、シーレ展やってる!」と思い込んで出かけたら、実は『アーティストと預言者たち』と題したグループ展でした。

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観光客が殆どいないHolesovice地区は、ちょっと寂びれた雰囲気

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  国立美術館の中は涼しくて人もまばら。たっぷり時間をかけて周り、シーレの絵もじっくり堪能出来ました

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最後は切り絵でスライド遊び(これは息子による配置)

トラムに乗ってホテルへ戻り、夜はイギリスで予約しておいたバレエ公演『白鳥の湖』を観に出かけました。街には劇場やホールが多数あり、教会や会堂の中でも毎晩のようにコンサートが行われているよう。

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「百塔のプラハ」と呼ばれるだけあって、石畳の街のいたるところに尖塔が。大戦の戦火を逃れることができたため、中世以降1000年に渡る様々な建築様式が残っています

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バレエ鑑賞した劇場。演目は『白鳥の湖』のハイライト場面を集めたもの

値段がイギリスの三分の1くらいだったので文句は言えませんが、幕が開いてダンサー達が出てきた途端に、「う~ん、これはイマイチかも」と素人の私でさえ思いました。特に、男性陣のジャンプ力と回転が…熊哲氏の三分の1も跳べてなかった。しかも、会場にはエアコンがなくて、もう蒸し風呂のような暑さ!

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私のワガママで一番高いチケットを取ったのにどうしようと思っていたら、主役のバレリーナだけが群を抜く上手さ――というか、それが当たり前なんでしょうが、ひとりだけ動きが全然違ってました。彼女が白鳥と黒鳥役を踊り分け、ひとりで舞台を引っ張っている姿に感動。後でネット評を見たら、やっぱりケチョンケチョンに酷評されてましたが…

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私たちが行った劇場の真向かい側にあったのが、『のだめカンタービレ』が撮影されたスメタナホールのあるプラハ市民会館。ミュシャが内装やステンドグラスを手がけた瀟洒なアールヌーボー様式です。黒ずんだゴシック様式の建物は15世紀に建てられた火薬塔

夜11時近くなのに観光客がぞろぞろ。きれいな夜景を眺めながら、夜更けの旧市街をぶらぶら歩いてホテルに戻りました。

長くてすいませんが、また次回に続きます。

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プラハの夏休み

プラハの夏休み

先週、というかすでに1週間ちかく経ってしまいましたが、息子の誕生祝いとホリデーをかねて、家族でチェコ共和国の首都、プラハに行ってきました。冷夏のイギリスから、異常気象でいきなり猛暑のプラハに移動したためか、喉風邪をひいたよう…最高気温23度⇔37度はキツかった。という訳で、今週はどうも体調が今イチでした。

ロンドンからプラハまでは飛行機で1時間半ほど。短時間で行けるので、国内旅行と同じような感覚です。格安航空会社の一番安い時間帯のチケットを購入したため、出発は日曜日の午後6時半。最近、飛行機事故が多いせいか、タラップ式の小型機が無事にプラハ空港に着陸すると大拍手が起きました(笑)。

何とかバスと地下鉄を乗り継いでホテルに着いたのが11時過ぎ。モダンなアパートメントホテルと思って予約したら、実はアパート部分は4階のみで我々の部屋は普通のトリプルでした。同じ値段でもっと豪華っぽいホテルが沢山あったんですが、何故かどこも赤・緑・金の派手な縞模様のベッドリネン。さすがに6泊は耐えられないと、コンセプトが面白そうなこのエコホテルを選んだのでした。

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      ミュシャ美術館の1件右隣にあるFusion Hotel。同じ通りにミニスーパーと観光案内所があって便利。旧市街までは徒歩5分ほど

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天井が高くスペース的には悪くないシンプルな部屋。各室テーマが違い、我々のところは金魚(?)モチーフ。バスルームの壁は真紫!シャワーのみで最初は不満でしたが、暑すぎてバスタブは必要なく…巨大なシャワーヘッドに加え、ノズルがついてるのがGood

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なんですか~?と驚いたトイレのサイン。このホテルの特徴はむき出しのパイプや壁のへたうま風イラスト

12時過ぎに眠りについたのですが、とにかく暑い!エアコンのスイッチを探しても見つからず、説明書を見たら「エコ主義に則り空調は建物全体で」と。天井の太いパイプから、生ぬるい風が入る中、汗をかきながら就寝。全員が何度も目を覚まし、朝5時前に耐えられなくなった息子が窓を開けました。でも、やっぱり暑い!

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このホテルで一番良かったのは広い食堂での朝食でした

親子3人で朦朧としながら朝ごはんを食べ、主人が頭が痛いというのでまず最初に薬局へ。ここからやっと旧市街を歩いて観光。

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旧市街は観光のメッカ。露店商が集中するコーナーの果物屋さんにあったフルーツ盛り合わせ。「これで250円って安い!」と思ったら、100gのお値段でした

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有名なボヘミアグラスとガーネットのお土産店が多数

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有名な天文時計 。旧市庁舎経由でこの塔に登るのに、待つこと約1時間

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   でも、時計台の上からの景色は最高でした。右側の写真の丘の上に黒く見える塔がプラハ城

塔から降り、旧市庁舎の建物の中や広場を見学しただけで、すっかり疲れ果てた私たち。迷路のような路地の中で見つけたカフェへ。食欲は消え失せ、とにかく冷たいものが欲しい!

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暑すぎて次を巡る元気がなく、ホテルに戻って冷たいミネラルウォーターとホテルの無料アイスクリームを食べて、3人でお昼寝。この時点で私も頭痛が――もしかして熱中症?

午後6時ころに有名なカレル橋に向かってぶらぶら。夕暮れ時には多少涼しくなるかもと期待していたら、甘かった--西日が射してさらなる暑さ!そして、すごい人混みなのでした。

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左上の写真はカレル橋に行く道。大きなゲートをくぐると橋なのですが、もう人だらけ

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夕食は旧市街の裏通りで見つけたレストランで。殆どのレストランはエアコンがなくて、蒸し暑かったです…。驚くことに、ミネラルウォーターよりビールの方が安い!大きなジョッキで200円弱

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まずはチェコの伝統料理を注文。写真 左はハンガリー料理としても有名なグラーシュ(牛肉のシチュー)、右はローストポーク。双方とも「チェコの茹でパン」と呼ばれるクネドリーキが添えてあり、ポークの方にはじゃがいもの蒸しパン、ブランボロクネドリーキとザワークラウトも。疲れてたので、お酢の味が嬉しい。お値段は各150コルナ(約770円)くらい

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別の日に食べてみた、こちらも伝統料理というグラーシュのスープ。3人がかりでパンを食べたのですが、食べきれませんでした。これで450円くらい。ちなみに、スーパーで買ったクロワッサンは8コルナ(約40円)でした~パンもめちゃ安い

ということで、まだ1日分しか書けなかったので、次回に続きます。ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございます。

何だか肌寒いイギリスの夏休み

息子の夏休みは7月25日から始まりましたが、ロンドンのお天気は今ひとつ。初日の夕方に友達家族を招いてバーベキューパーティを計画していたところ、大雨になってしまい急遽スシパーティに変更するはめに…。この水曜も泊まり客があったのでBBQにしようと計画していたら、またもや雨!で、今度は手巻き寿司にしたのでした(外国人に「何がいい?」と訊くと、必ず「スシ」という答えが返ってくるのです)。

7月中旬に一度決行したきりの幻のバーベキュー。夏の醍醐味なので、8月下旬にも予定してるんですが、果たして実現できるかどうか…。でも、既に5袋入りの炭を購入済みなんですよね。

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これは7月に行った時のもの。主人の従兄弟がベジタリアンなので、豆腐バーベキューに挑戦。今友達から連絡があって、明日再びBBQに挑戦することになりました!

我が家の夏の恒例行事になっているカーブーツセールも、夏休み最初の日曜日に予定していたら大雨…。仕方ないのでパブランチに出かけたところ、「今日はシェフが急病で、今代わりが来るから」と、待つこと1時間。他のお客さんが帰り始め、主人が訊いたところ「まだ来てない。着いてから準備するまで1時間かかる」とのこと。「え~っ、そういうことは最初に言ってよ」と、日本ではあり得ない対応なのでした…。

なんだか天気は冴えないけれど、日本から友人が来ていたので、曇り空の下を一緒に歩いて、ロンドン巡りをしました。

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セントポール寺院で騎乗警察官に遭遇

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セントポール寺院からテムズ河を超えた真向かいが、テートモダン美術館。2000年にできたミレニアムブリッジを歩いて渡ります

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橋から見た風景。このところガラス張りの高層ビルが急増中です

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テートギャラリー内。無料のうえ、展示を柵で囲ってないので間近で見られます

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カムデンタウンに移動し、マーケット内で休憩

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ハイストリートから脇に入ったDelancey Street で 発見したCamden Coffee Shop。サイプロス出身のジョージさんが、1978年に伯父さんから引き継いだ店なんだそう。看板は剥げかけてるし、何だか薄暗くて怪しげ…。でも、通りいっぱいにコーヒーのいい香りが漂っていて、思わず中に入ってしまいました。写真のロースターは60年代のものだとか

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エチオピアン・モカを購入したら、その場で挽いてくれました。帰宅中も、帰ってからもモカのいい香りが漂って幸せな気分

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イーストエンドにあるスピタルフィールズとブリックレーン・マーケットにも行きました。住んでいるとなかなか行かないんですが、友達と一緒に地元民が行くディープな蚤の市にも潜入。戦利品は、大きな真珠がついたシルバーのネックレス£10(約2000円)

そうそう、この夏はメタボ対策をと思いたちフラフープを購入しました。庭の納屋に息子が小学生の頃使っていたプラスティック製のがあったんですが、やってみたら全くできず――これは玩具だからできないんだと思い、エアロビクス用のを購入したものの、やはりできなかった(笑)。息子にやらせてみたら、何と平気な顔をして50回くらい!小学校の頃流行って校庭でやってたらしんですが、通常運動は苦手な方なので、びっくりしました。

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毎日練習していたら、私もついに20回くらい回せるように。でも、腰を回すのではなく、前後に動かすんだと解り、う~んウエストを取り戻すのは無理かも…。

皆さんも素敵な夏休みをお過ごしくださいね。