緘黙支援 電話でのスモールステップ

もう8月に入ってしまいましたね。今年はコロナの規制が外されたからか、世界中の人たちが動き回っているよう。私のところへも日本とイタリアから友達がやってくる予定です。嬉しいけれど、色々なことが一気に動き出したようで、なんだか目まぐるしい毎日です。

    先週末、ウォーキング友達2人とダブリンで珍道中を楽しんできました(^^; Ashling Hotelは各部屋ダブルかキングサイズで朝食も美味♡

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場面緘黙から抜け出せても「いまだに電話が苦手」という人は意外と多いようです。元緘黙児だった2013年のミスイングランド、カースティー・ヘイズルウッドさん(詳しくは『ザ! 世界仰天ニュース』(その1)』をご覧ください)もそう述べていました。

やっぱり、電話をかけてきた相手が誰か判らないのが一番の不安なんでしょうか? まあ、今だったら携帯に名前が出るから、相手が誰か判る訳ですが。あと、緘黙児は自分からアクションを起こすことが苦手なので、電話をかけるのが苦手というのは頷けますね。

帰省中の元緘黙の息子に訊いてみたら、「今は全く苦手意識はないよ」とのこと。考えてみれば、息子の世代はセカンダリースクール(12~16歳)から自分の携帯を持ち、コロナ禍の大学生活ではオンラインレッスンとビデオチャットが主流だったので、慣れもあるかもしれませんね。

(息子は緘黙だった頃のことは殆ど口にしないし、「もうあまり覚えてない」といいます。辛かったからもう思い出したくないのか、それともその記憶を頭の片隅に追いやってしまったのか…。それとも、私と話をするのが面倒なのか(^^;

そういえば、小5、6年の頃に、緘黙の過去のことや当時の自分の気持ちを唐突に伝えてきた時期がありました。徐々に話せるようになってきて、その安心感と自信から自分の中にため込んでいたものを吐き出したくなったのかも。初めて聞いて、目から鱗のことも多かったです)

本題に戻ると、息子も緘黙症状が顕著だった小学校低学年の頃は、大の電話嫌い。頑として受話器を取ろうとしませんでした。電話が鳴る度にナーバスになっていたような…。「ダディからだよ」と受話器を渡そうとすると、どこかに逃げていってしまうんですよね。

そんな息子が電話に出られるようになったのは、小2(6歳)の2学期に入ったある冬の日。急用で郵便局に行かなければならなくなったのですが、息子は一緒に行きたくないと…(ちなみに、イギリスでは小さな子どもを一人で留守番させることは不可。でも、必要に迫られてました)。いつも混みあう大きな郵便局なので「時間がかかるかもしれないけど、家で待ってて」というと、息子の顔がにわかに曇りました。

――行きたくないけど、長時間一人にされたくない――そんな不安な気持ちだったんでしょう。

「マミー、郵便局から電話して…」と思いもよらないリクエストが! これはまたとないチャンス!

何分ごろ電話するか時間を決め、3回鳴って一度切れたら私だから、また3回鳴ったら電話を取るという約束に。

そして、本番! 受話器から「Hello」という声が聞こえてきた時は、本当に感激しました!

「今並んでるから、あと15分位で帰れるよ」

「ウン」

超短い返事だったけど、ちゃんと電話で答えることができました。帰宅してから、さりがなく褒めたらちょっと自慢気。

翌日、主人が息子を買い物に誘うと、また行きたがらず(いきなり環境が変わるのが嫌?!)。さっそく次のチャンス到来とばかり、主人にスーパーに着いたら息子に電話をしてくれるよう頼みました。息子のチャレンジは買ってきて欲しいおやつの名前を言うこと。

この時何をリクエストしたのか覚えていないのですが、主人も息子と初めて電話で会話ができたと感激していました。

緘黙児は少し時間が空くと元の状態に戻ってしまうことも多いので、それから電話での受け答えの機会を増やしていきました。

この年の春休みには家族で帰国。最初は照れて私たちと英語だけで話していましたが、息子は割とすぐに祖父母に馴染み日本語で話せるように。この時は、子ども向けのTV番組から色々な単語や言い回しをどんどん覚えて、ビックリしました。

更に、イギリスに戻ってきてから生まれて初めて日本の祖父母と電話で話すことに成功!! 亡父が「初めてだなぁ」と感激していたのを、今でも忘れることができません。2007年当時はまだSkypeが普及しておらず、実家にPCはあれどモデムに繋げる技術がないという状態で、電話でしか声が聞けなかったのです。

<電話での取り組み要点>

  • 緘黙児は自分から行動するのが難しいので、電話をかけるより取る方が楽
  • 話せる人(保護者や友だちなど)からの電話なら安心度が高い
  • 予め電話がくる時間を決めておくとより安心
  • 会話は最初は 一言 ⇒ 言葉数を増やす(「はい」「いいえ」で応えられる閉じた質問 ⇒ 開かれた質問へ)
  • 自分から電話をかける時は、まず安心して話せる人(日時や話す内容を決めておくと安心)、もしくはピザの注文などセリフが決まっている会話を
  • 始めたらあまり時間を空けず、慣れて定着するまでスモールステップを繰り返す
  • 家で電話ごっこをして慣れる(息子は玩具のトランシーバーを使用)

子どもによって得意苦手が違うので、一番安心できる人・環境・話題からスタート。様子を見ながら、少しずつステップアップを測りましょう。どの子にも「これならできるかも」という時期があると思うので、子どもの反応を見ながらスモールステップに工夫を加えるといいと思います。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その9)同世代ということ

7月ももうすぐ終わりですね。イギリスではどの学校も夏休みに入り、大勢の人が海外のホリデーへと旅立っています。コロナ感染率は相変わらず高いままですが(17人にひとり)、オミクロン種はそれほど悪化しないということで、コロナ規制は全廃されたまま…。秋になったらどうなるか判らないので、みんなこの機にと3年ぶりの海外旅行(といっても近場の欧州が殆どですが)に押しかけている訳です。

     ものすごく久しぶりに、ケント州のラムズゲートにある友人宅へ。美味しいBBQをご馳走になった後、海岸線に沿って海辺を散歩しました

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さて、息子の緘黙話の続きです。

イギリスでは2005年から長寿SFTVドラマ番組『Dr Who』の新シリーズが始まり、デビッド・テナントが10代目のドクターになってから人気が沸騰。小学生の男の子たちの間でカードやフィギュア集めが大流行しました。

息子もご多分に漏れず毎週欠かさずTVを観て、グッズやカードも集めていました。でも、熱狂的なファン&コレクターというより、周りに感化された部分が大きかったような…。(仲良しのB君はそれはマニアックなファンで、その知識や集めたカードの数は学校で一二を争うほどでした(^^;)。

(ちなみに、このブームのお陰で学校外での取り組みに熱が入ることに。近くの文房具店で Dr Who のカードを店員さんに直接手渡して購入し、「これください」「ありがとう」などを言う練習です(詳しくは『買い物作戦』をご参照ください)。「カードが欲しい」という気持ちが、息子の背を押してステップアップに繋がりました)

学校では Dr Who の話題でもちきりで、雑誌やその付録の文房具、フィギュアやカードなどを教室に持ちこむ子も多かったよう(後に問題が発生して禁止となりましたが)。番組を観ていないと話題について行けないし、みんなが競ってグッズ集めをしている中、何も持っていなかったり、関心がなかったりすると、輪から外れてしまいますよね…。

このようなTVや映画、音楽などのサブカルチャーの流行、スポーツイベント、学校での出来事などは、同時代を生きているからこそ分かちあえ、価値観を共有できるもの。そこから独特の流行語やグッズ、スタイルなどーその世代が共有する時代の産物といえばいいでしょうかーが生まれたりもしますよね。

(例えば、プリクラ、たまごっち、『セーラームーン』や『ポケモン』などもそうかな)

同世代の子ども達と共通の話題を持ち、自分がその世界に属していると感じることが、子どもにとっていかに大切か―たとえ話せなくても繋がっていることはとても重要だと思うのです。

大人にとっては取るに足りない、つまらないことでも、子どもにとっては大きな意味を持つことも多いもの。子ども達だけの世界があり、価値観があることを忘れないでいたいものです。それは保護者や大人が与えることができないものだから。

だから、どんなにつまらないもの・ことだと思っても、子どもが興味を示したら、子どもの目線で見てどうするか判断してあげて欲しいと思います。

知らない人同士でも子どものころ好きだったTV番組やバンド、コメディアンなどの話で盛り上がることができますよね。そういう子ども時代の思い出をたくさん持っていることがとても大事じゃないかなと思う今日この頃です。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その8)B君、ありがとう!

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その7)B君、ありがとう!

先週はイギリスではジョンソン首相の電撃辞任、日本では安倍元総理の暗殺と、予想だにしなかった事件が続きましたね…。世界中そうですが、EU離脱やコロナ禍、ウクライナ戦争などで急激なインフレが起こりつつあり、社会不安が増している今日この頃。生活の中に小さな幸せを見つけて、心を潤したいものです。

   果物や野菜の美味しい季節になりましたね。近所のアフガニスタンの八百屋さんで大好きなアメリカンチェリーを箱買い。庭から極小の苺とブルーベリー、友達の市民農園からは野菜が♡

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さて、息子の緘黙ストーリーの続きです。

仲良しのB君が他のグループに移ってしまい、一時的に孤立してしまったように見えた息子。新しく仲の良い友だち作れるんだろうかと、母親としてはとても心配でした…。

この頃は、B君とその周辺の子達とは学校でも小声で短い会話ができるようになり、クラスの子全員と一応口がきける(呼ばれたら簡単な返事ができる)状態にまできていました。が、その状態で新たに友達を作るのはかなり難しい?

息子は転入生が来ると仲良くなる(自分の緘黙を知らないから、近づきやすいという論理があったらしい)傾向がありましたが、もう小2も2学期。同じ顔触れで3年目なので、仲良しグループはほぼ固まった状態。

先生に相談しても頼りにならないし、どうしたものかと思案に暮れましたが、私のできることといえばB君やS君が空いてる日に家に招くことぐらい。う~ん、どうしたらいいものか…。

そんな悶々とした日々を過ごしていたら、ある日E君のママから「〇〇君、今週の金曜日に家に遊びに来れる?」とお誘いが!!!

え~っ、ありがたすぎる( ;∀;)

息子が自分でE君グループにアプローチできるとは思えないので、B君が誘ってくれたに違いない。B君、本当にありがとう!

それ以来、E君の家に招かれることが多くなり、小学校6年生になるまで「5人組のひとり(キャラ:大人しいやつ)」としてグループから外されることはなかったのです\(^o^)/(その後、息子はE君S君と同じセカンダリースクールに進学しました)。

私もここぞとばかり頑張って、5人組を極力家に招くことに。E君の家で夕食をごちそうになってくることが多かったので、私も週に一度5人組を招いて夕食をふるまうことが定番となりました。

結構面倒でしたが、彼らは食べられるものがほぼ決まっていて(息子も結構偏食気味だと思っていたのですが、その比ではなかった)、メニューはいつもフライドチキンかソーセージ&ポテトかパン、付け合わせの野菜(ニンジン、ブロッコリー、スィートコーン)。簡単にできるものばかりで、こちらは大助かり(^^;

彼らが家に長くいることで、どの子がどんな性格で、息子がひとりひとりとどの様に関わっているのか観察することができました。息子は相変わらずいつも遠慮して一歩引いているのですが、何とかグループの輪の中に溶け込めているよう。というか、他の子達はそんな息子を「そういうヤツ」として受け入れてくれた様でした。

これで、とにかくクラス(学校)での孤立を免れることになり、B君には本当に感謝してもしきれないです。今考えると、B君ママが助けてくれていたのかもですね。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その7)校庭の友情ベンチ

いつまでも小2のまま、息子の話がなかなか先に進まなくてスミマセン。現在21歳になった息子は、大学の夏休みで帰省中です。以前バンドに入っていた関係で、音楽仲間とギグをする羽目になったり、大学の友達に会いに行ったり。昨年はアルバイトをしていたんですが、今年はどうなることやら…。あと、小さい頃は本当に食が細くて心配だった息子が、今も身体は細いままなのに呆れるほど食べるんです。家の冷蔵庫があっという間にカラッポになって、ちょっと怖い^^;

    ロンドンの北にあるハートフォードシャーのラベンダー畑。£3(約500円)の紙袋いっぱいにラベンダーと野の花を摘んできました

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小2の2学期ごろ、息子の友達関係に大きな変化がありました。レセプションクラスから仲良くしてもらっていたB君が、別のグループと行動するようになったからです。それも、クラスで一番目立つグループ…。そこにはクラスの代表格のE君と彼の幼馴染で人気者のQ君、スポーツ万能のサッカー少年F君が。そこにB君が加わりつつあった訳です。

B君は、何というか一番目立つものに心惹かれるという特性がありました。息子と一緒だとおとなし目の目立たない男の子っぽいのですが…。そういえば、B君が仲良くしていたもう一人の友達、S君もクラスで目立つ存在でした。(B君はみんなと違う中学校に進学し、そこで最初にできた友達が学年一の不良だったという…)。

以前も書きましたが、イギリス人ママ達は子どもの意見を第一に尊重します。だから、親が「〇〇君も招こうよ」と主導権を握ることは難しい。親が勝手にプレイデートの相手を決められるのは、せいぜい小2くらいまで。だから、子どもの友人関係に口を出せるうちは、親が動けるなら動いた方がいいかなと思うのです。

息子がちょっと孤立しているらしいことに気づいたのは、お迎えの時間にE君ママが連れて帰るグループにB君が入りはじめたから。幼稚園時代の親友T君は帰国してしまったし、放課後いっしょに校庭で遊ぶ相手もいなくて息子はしょんぼり…。

もしかして、お昼休みとかもひとりぼっち? 一体、どうしているんだろう…。

心配になって息子に訊いてみると、校庭には友情ベンチ(friendship bench)なるものがあり、そこに座っていると…。でも、ポツンとひとりで座っている遊び相手のいない子を、他の子ども達がちゃんと気にかけて仲間に入れてくれるものか?!

遊びに夢中になっている6歳の子ども達がそんなに思慮深いのか--私には疑問でした。滑り台事件(詳しくは『息子の緘黙・幼児期4~5歳(その7)』をご参照ください)以来、忙しいお昼休みに子ども達全員に目を光らせてくれている先生がいるのかどうか、疑わしく思ってたし(^^;

放課後の教室で担任のL先生におそるおそる相談してみたところ、「そうねえ。Q君なんかは面倒見がいいから、友達になるといいかもしれないわね」と。でも、そのあと間伐入れず、

「もう2年生にもなれば自分たちで友達を作っていくから、教師は口を出せないわ」

そうですか…先生に手助けしてもらえるかもと、期待した私がバカでした😢

9歳から寄宿舎学校で育った主人は、昔から「学校は戦場」と言っていましたが…。う~ん、仁義なき戦いなのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その6)特別扱いはしません

もう3月も終わりに近くなりましたね。イギリスは今週ずっと晴天が続き、気温がぐんとあがって春爛漫という感じです。

もうクリスマスローズの季節も終わりです。

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ロンドンには毎週土曜日に国語(日本語)を学ぶための補習授業校があります。駐在員のお子さんが帰国した際に困らないよう、日本の学習指導要領に準じた国語教育を行うのが目的。日本人ハーフの子も大勢通っていますが、2、3年で辞めてしまうケースがほとんど。でも、私の周りでは、ハーフで補習校に行ってない子はいなかったような…。

だから、私も6歳になった息子を2007年の4月から補習校に入学させるつもりでした。が、問題は息子の緘黙。やっと学校で少しずつ改善してきたのに、新たに補習校に入れて後退しちゃったらどうしよう。でも、日本語はちゃんと勉強させたいし…。

(ハーフだからこそ、自分のルーツと両方の言葉を持っていることが大切なのでは、と今でも考えています)

実は、息子が近所の現地校に入学した当日、「僕の英語、みんなみたいに上手くない…」と告白されてビックリ。それまで家庭では日本語中心だったのですが、自信をつけさせるために私も英語で話すことにしたのでした。

だから、日本語はみんなより遅れているだろうし、そこでまた自信を無くす可能性も充分ありました。

本人は補習校には絶対行きたくないと泣いて拒否。同時期にそれまで通っていたミュージックセンターで土曜日の楽器練習が始まる予定で、そちらを希望していました。

複雑な気持ちを抱えながら、新入生の保護者のための授業参観に参加しました。見学させてもらったのは1年生のクラス――なんだか厳しそう。まず、教室がシンとしていて、生徒達がひとりずつ個別の机に座ってきちんと前を向いている――日本では当たり前の風景だけど、久しぶりに見て軽いカルチャーショックを受けました。イギリスの小学校は机をくっつけたグループ学習で、いつもザワザワしているので。

補習校では、当てられたらまず立って、答を言ったり、本を読んだりしなければなりません。現地校では座ったままでいいし、答えられなくてもそれほど注目が集まらないので、その辺りも緘黙児には楽…。

子ども達が席順に読本を始めたところ、あるハーフの女の子が起立したまま固まってしまいました。今にも泣きだしそう…。

教室の後ろには知らない父兄(母親ばかりだったけど)がズラリ。大人たちの視線を感じて緊張感がすごかったんでしょう。教師は半泣きになった彼女に優しく声を掛けましたが、どうしても言葉がでそうになく、いったん座らせました。

一通りみんなが読み終わった後、教師が彼女に「今ならできるかな?」と声をかけたところ、小さな声ですが短い文章を読むことができました。ほっ、いい対応。

皆が耳を澄ませているところで起立して答えたり、本読みしたり――緘黙児や引っ込み思案の子には至難の業…。日本の緘黙児たちはどう対処してるんでしょう?

もうひとつ気になったのは、駐在員の子女とハーフの子とでは、やはり語学力にかなり差があること。前者はスラスラ読みますが、後者はたどたどしかったり、棒読みだったり。読みながら意味が取れているのか疑問でした(だから数年で辞めてしまうんでしょうね)。

これは、息子にはめっちゃハードルが高い!就寝前に日本語の本の読み聞かせやひらがなを書くことなどはやっていましたが、家庭で英語を話す様になったので、日本語に英語が混じるようになっていました。う~ん。

授業参観の後、補習校の校長先生とアポを取って面会に行きました。場面緘黙のことを説明して、配慮してもらおうと思ったのです。

当時は日本ではまだ場面緘黙がほとんど知られていませんでしたが、校長は「ああ、日本で教えていた時にひとりいました。結局、小学校を卒業するまで話せなかったんですが、いつ頃話せるようになるんでしょうか?」と…。えっ、話せるようになるまでずっと放っておかれたんでしょうか?!

そこで、場面緘黙は放っておくと悪化すること、気長な支援が必要なことを説明し、配慮してもらえるかどうか訊いてみたのですが…。

「補習校ではみんな同じ扱いです。特別扱いはしません」と、きっぱり断言されてしまいました。

当時は「合理的配慮」という言葉はなく、校長先生は場面緘黙は成長すれば治ると信じておられたよう。その生徒さんがその後どうなったのか――なんだか不憫でした。

息子が自分の席に立ったまま硬直して何も言えないところを想像したら、恐ろしくてとても入学なんかさせられない。息子が自信を失ってしまったら今までの努力が無駄になってしまう――もう日本語は自分で教えるしかない、と腹をくくったのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その5)持ってる先生と持ってない先生

ロシアがウクライナに軍事侵攻してから、もう2週間以上…。戦火は止むどころか、市民を巻き込んでますます激化しています。本当にもう止めて欲しい。

先週末、誕生日の前祝いをかねてサフォーク州の海辺の町へ行ってきました

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さて、息子の緘黙話の続きです。

子どもの担任が誰になるのか?――これは宝くじのようなものですよね。

緘黙についての知識があるにせよ、ないにせよ、問題を抱えている子どもにどう対応すればいいか、クラスにどう馴染ませるかは、担任の力量にかかってくるのではないでしょうか? 頭で緘黙を理解できていても、子どもはそれぞれ違うので、日々どう接するかは先生次第というところが大きいと思います。まあ、クラスの状況にも左右されますが。

「当たり」の先生は、緘黙(や他の問題)の知識がなくても、自然に察知して子どもによりそえるタイプ。対応の仕方を学ばなくてもさり気なく配慮できる、もう既に「持ってる」先生です。

息子が緘黙になった2005年当時、場面緘黙は学校関係者にも知られていませんでした。SENCOでさえこの症状名を聞いたことがあったかどうか。SMiRAの会長、アリスさんに「あなたが先生たちを啓蒙するのよ」と言われたほど。

それでも、レセプション時代(4~5歳)の担任は、滑り台事件を機に突然固まって全く話さなくなってしまった息子に対して、神対応をしてくれました。場面緘黙と判明するまで4か月ほどかかったのですが、その間も息子の不安を少しずつ少しずつ解きほぐしてくれたのです。明るくて包容力のある若い女性教師で、私よりずっと年下だったけど絶大の頼もしさ(笑)。

女の子に「先生、どうして◯◯君は(課題の活動を)やらないの?」と訊かれ、「◯◯君は準備ができたら自分でするから、放っておいてね」と。

ごくごく自然に、息子も傷つかず、質問した子どもも納得できるような受け答えをしてくれていました。

持ってる先生というのは、マニュアルがなくても自然と子どもが安心できるような対応ができるんですね。

反して、残念ながら2年生の時の担任二人は私と息子にとっては「外れ」でした。

「外れ」というと大変失礼なのですが、IEP(個別指導プラン)に則して緘黙支援をしてもらっているはずなのに、子どもへの接し方のピントがずれているというか…。お願いしても、うまく話がかみ合わない感じでした。自分の生活が忙しすぎて、緘黙について学ぶ余裕がなかったのかもしれませんが。

それが解ったのは、2学期が終わるころ。

私は1年生の時と同様クラスのボランティアに立候補し、週に一度ITの授業のお手伝いをしていました。ある日、珍しくL先生が声をかけてくれたのです。

「昨日の夕方、スーパーであなたたちを見かけたわよ」

「そうですか」

「◯◯君が大きな声でしゃべっていて、ビックリしたわ。あんなに元気よく話せるなんて。いつ学校であんな風に話すようになるのかしら?」と、まるで他人事のよう。

どうしたら学校で同じように話せるよう支援できるか――という話には全くならなかったのでした。

その少し後に、E先生からも声をかけられました。

「今日学年で劇場に行ったんだけど、◯◯君がB君と大きな声で話しているのを初めて見たわ」

「えっ、そうなんですか?」

きっと劇場内では生徒達がはしゃいで、ガヤガヤした楽しい雰囲気だったんでしょう。また、薄暗いので誰かに見られている意識がうすれ、安心感があったんだと思います。

「それで、何歳ぐらいになったら治るのかしら?」

絶句…。

E先生は、緘黙は成長したら自然に治ると信じていたよう。最初にあれだけ説明し、専門書をお貸しして、IEPに沿って取り組みをしているはずなのに、全く緘黙を理解してもらえてなかった?!

正直、ガッカリしました。

でも、緘黙児の保護者はこんなことでメゲてはいられませんよね。担任がダメなら自分ができる範囲で何とかするしかない!模索の道はまだまだ続くのでした。

追記:息子の場合、小学校時代は当りと外れの先生が半々だったかなと思っています。でも、緘黙になったレセプションクラスと1年生、それからジュニアスクールにあがった3年生(8歳になる年)の時の担任が当たりで、本当に助かりました。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その4)小2の放課後の教室

もう2月も残りわずかですね。先週からの嵐が止んで早春の気候になってきたところで、ロシアのウクライナ軍事侵攻が始まりました…。NATOや欧米の牽制でロシアが踏みとどまると思っていたのに――自分か生きている間にこんな戦争が起きるなんて、信じられません。一刻も早く停戦して欲しいです。

イギリスでは感染者数が一日4万人以下に減ってきて、2月24日からコロナ規制を全て解除。感染しても自宅待機しなくてOK(政府は5日間の待機を奨励してますが)、なんと雇用主に申告する必要もないんです(*_*; 濃厚接触者になっても連絡は来ないし、どう行動するかは本人次第。「コロナとの共存」というのは、全てが自己責任になるということで、政府は国民の良識に任せるらしい…。もう公共の場でマスクする必要もなく、4月からは無料のPCR検査と抗原検査も打ち切り(*_*; また新株がでてきても、しばらくは判らないんじゃ?!

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さて、ものすごく久しぶりに息子の緘黙の続きです。

IEPミーティングで2人の担任がしぶしぶ承知してくれた放課後の教室訪問。IEPに場面緘黙と明記されているし、事前にSMiRAの本は渡したし――なんとか協力してもらえるだろうと期待してました。

でも結論から言うと、なんだか空回りしてしまい、息子も私も担任と打ちとけるところまでいきませんでした…。担任たちの忙しさ(無関心?)もあって、両者とも尻切れトンボで終わってしまい、反省点がたくさんあります。

(ジョブシェアをしていた担任2人は、幼児の子育て中で忙しい身。放課後は勤務時間外なので、自分の時間を割きたくないという心境だったと思います。それなのに「10分くらい会話する時間を」と頼みこむなんて、今思うとほんとうに図々しいですね。でも、その時はせっかく改善してきた息子の緘黙を停滞させたくなくて、必死でした(^^; )

まず行ったのは、

1) 週に1回ずつE先生とL先生に会いに放課後の教室へ行く

2) 先生の様子をみながら挨拶して、時間がありそうだったら話し相手になってもらう

E先生の場合:

いつも忙しそうで、挨拶してからだいたい一言二言くらいで会話が続かず。先生、笑顔だけど息子の沈黙がかなりつらそう…。あとは教室の展示などをみて私が息子に質問したりしていたのですが、先生を意識して声がでなかったり、ひそひそ声になったり。長居しては悪いので、そそくさと教室を去るというパターンでした。先生に馴染ませる意図もあったのですが、ほとんど効果は見られず(先生側も馴染もうとはしてくれてなかったように感じました)。

1か月くらい経ったところで、E先生の方から「忙しいから、もう無理」と断られてしまったのでした。

L先生の場合:

自分の意見をはっきり言うL先生は、好き嫌いが解れるタイプ。ちょっと恐くてとっつきにくい印象だったのですが、何故か息子はL先生の方が安心度が高かったんですね(詳しくは『息子の緘黙・学童期(その2)』をご参照ください)。

L先生はE先生と違って、息子が返事をしなくても、どんどん話しかけてくれました。そのせいか、息子もE先生の時より返事がしやすかったよう。また、先生の息子さん(同じ学校のレセプションクラス(1年生の前の学年)が教室に来ることも多く、おいかけっこをしたりして遊ぶようになりました。これでかなり緊張が解けたと思います。

そのうちに息子が家で書いたマンガや創作文(?)をL先生に見てもらい、私はすぐ退出して教室の外で待つようにしました。その様子がどうだったのか、、先生は何も言ってくれないし、息子も何も言わないので、少しは進歩したのかしなかったのか、全く不明のまま…。それでも、L先生との10分間セッションは2学期の終わりくらいまで続いたように記憶しています。

<反省点>

・場面緘黙とは何か、放課後の活動の意味を簡潔に伝えておくべきだった

・事前に担任たちと話し合いを持ち、何をしたいか、どうしたいか明確にしておくべきだった(担任たちは放課後の教室訪問の意味が解っていなかったと思う)

・たとえ10分であっても、活動を決めスモールステップの目標を立てておくべきだった(でも、それには担任の協力が不可欠)

思い起こせば、SENCOを巻き込んでしっかり計画を立て、IEPの一部にすればば良かったですね…でも、それには関与する人全員が同じ方向を向いている必要がある訳で。ジョブシェアをしている、あまり評判の良くない担任に当たってしまったのも時の運だし、自分が上手く対応できなかった点も多くあると思います。

息子の学校では毎年担任が変わる(クラスは7年間同じ)システムだったのですが、担任にも自然に子どもに寄り添えるタイプ、勘がいいタイプというのがあるような気がします。緘黙のことを何も知らなくても、クラスの中で孤立しない様にさり気なく振舞える担任だと「当たり」かな(^^;

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その3)2年生1学期の指導プラン

もう8月に入ってしまいましたね。イギリスでは7月中旬に猛暑日が1週間ほど続いたあと、「もう夏は終わっちゃったの?!」と感じるような肌寒い気候に。地中海周辺では記録的な猛暑で山火事が多発しているのを考えると、まあ文句は言えないんですが…。

サリー州のヴァージニアウォーターにて。雨が降る前にピクニック

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なんとか学校で息子をサポートできればと、私はこの学年でも週1回の保護者ボランティアを引き受けることにしました。また、新担任たちが落ち着いてきたら、放課後の教室を訪問する許可を得ようと待ち構えていたのです;^_^A。

1年生からの進歩が少し後退し、大人に対しては囁き声に戻ってしまったとはいえ、息子はそつなく学校生活をおくっていました。クラスメイト達は息子の緘黙状態に慣れているので、通常運転ですね。

11月に入ってやっと2年生最初のIEP(個人指導プラン)が作成されました。

2006年11月からのIEP Y2・No1

ターゲット1: 大人に聞こえるよう、もっと大きな声で話す

  • 達成目標:異なる小グループ活動で3回
  • リソース/ テクニック:小グループでのディスカッション
  • 作戦:聞き手を意識して、より明確に、人に聞こえるように話すよう促す
  • 担任とTAへの提案:グループ内で発言するよう促したり、テープレコーダーを使ってみる(これは一度も試されなかった)

ターゲット2: 大人に聞こえる場所で、友達と小グループでゲーム遊びをする

  • 達成目標:5回
  • リソース&テクニック:ロール(役割)プレイ、ドラマ、小グループでのディスカッションやゲーム
  • 作戦: 仲のいい友達といっしょに座らせ、安心して話す自信がでてくるまで待つ。参加できたら褒める。
  • 担任とTAへの提案:小グループでロールプレイを使い自信を持たせていく。トライできたら肯定的なフィードバックを返す。

この時のIEPミーティングには、担任のE先生とSENCo(特別支援コーディネーター)と私が出席。SENCoは息子が新しい担任に慣れてきたら、だんだん声が大きくなると楽観視していました。が、私としては1年生で「囁き声」から普通の声に進歩したのに後退してしまってモヤモヤ。また、あまり熱心には見えない担任たちになんとなく不安を感じていました。

このミーティングで、放課後に教室を訪問してもいいか話を切り出したところ、E先生はあまり乗り気ではない様子…。前担任のF先生は学年主任をしていたため、教室で会うことはほとんどありませんでした。が、E先生とL先生は放課後少し教室に残って、翌日の引継ぎなどの仕事をすることが多いとのこと。

先生が教室にいるのなら、先生たちと話すことに慣れるチャンス!

ずうずうしくも、「仕事のお邪魔はしないようにします。でも、できたら10分くらい会話をする時間を作っていただけないでしょうか?」と頼み込んだのでした。

E先生は相変わらず渋い顔でしたが、SENCoがいた手前か「週に1回くらいなら」とOKを出してくれました。やった! L先生にも伝言してくれるということで、翌週から放課後に教室訪問ができることになったのでした。

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息子の緘黙・学童期6~7歳(その2)進歩の停滞 

イギリスは昨日からロックダウン解除の第3弾として、4か月ぶりにパブが再開し外庭での飲食が可能になりました。その他、生活必需品以外を扱うショップや美容室、ジムなども再オープン。2週間後の感染率がちょっと心配ですが、やっと普通の生活に一歩近づいた感じです。

 

4月なのに何度も降雪…我が家ではワイルドに育った塀のアケビが花盛りです

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E先生とL先生のジョブシェアで始まった2年生。前評判があまり芳しくなかったのですが、実際会ってみたら前任と比べてどこかそっけない印象…。

当たり障りなさそうなE先生と、実務的でちょっとむっつりした感じのL先生。なんとなく不安なスタートを切りました…。

そして、その予感が的中したかのように、息子はちょっと後退・停滞気味に。

必要事項や聞かれたことへの返答は、新学期が始まってすぐ先生たちに囁けるようにはなりました。でも、前学年でできていた「小声で話す(結果的には大きめの囁き声だったような)」から「小さめの囁き声」に後退してしまい、それが継続することに。

話すこと以外でも、作文の課題をする時など、「促されないとやらない」、「書く分量が少ない」など、1年生で乗り越えた問題がまた出てきてしまいました。

友達に関しても、安心できる特定の子とだけ喋る傾向が強くなりました。また、日によっては担任と一言も話さないこともあったようです。週中に担任が交代するためか、担任から息子に関する情報があまり入らなくなりました。

やはり、1対1の読本やグループセションなど、1年生の時に受けていた手厚いサポートがなくなったせい?

今思うに、新たな環境での不安や緊張で緘黙症状が後退しても、新担任たちにはそれが判らなかったんでしょう。クラスメート達は息子の緘黙症状に慣れていて、対処の仕方も判っているし、本人も困ったり、都合が悪かったりすることはなかったんじゃないかと。要するに、慣れですね。

学校にしてみたら、予算不足や人手不足があって、前年度かなり進歩した息子は「あまり問題のない子」とみなされていたような…。

また、息子は新学期のざわざわした雰囲気や友人関係の変化にも敏感に反応していたように思います。特に親しかった友達2人に対しても、少々引っ込み思案になっていました。(ちなみに、先学期にすごく進歩したのは、夏休み前の開放的な雰囲気も手伝っていたかと)。

新学期の忙しさのためか、SENCOや担任と話し合う機会があまり取れず、息子の状態が判らなくて段々とフラストレーションが溜まっていきました。現状が掴めないと、どう対策を立てていいかも判りません。

そこで、Knetの『資料No.5 場面緘黙児が自分の不安を把握するためにをやってみました。「学校の先生がどのくらい恐いか教えて」と、5段階評価で。

そうしたら、私が思っていたのとは随分違う評価だったのです。

超恐い(5)のは校長先生、かなり恐い(4)のは担任のE先生と1年の時に読本を1対1で教えてくれていたA先生、そして前担任のF先生。ええっ? 結構恐い(3)のはTAのS先生、ちょっとだけ恐い(2)はSENCOと担任のL先生…。

意外でした。A先生とは個室(カーテンで仕切った部屋)で普通に話せていたし、E先生にも必要事項は囁けます。

新担任に関しては、息子の安心度はE先生よりL先生の方が圧倒的に高いことが解り、ちょっと驚いたのでした。

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早いもので3月も半ばを過ぎてしまいました。ロックダウン解除第一段階のイギリスでは、ここ3週間毎日の感染者数が5,000~6,000人と高止まり…。多くの地区で感染率が下がっているものの、改善がみられずリバウンド傾向の地区も。それでも、ワクチンのお陰で集中治療室の使用率はかなり減ってきたよう。

そこかしこの前庭で春の花がほころんでいます

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夏休み中に6歳になった息子は、小学2年生に進級しました。日本だと小学校に入学する年齢ですね。

今度の担任は女性2人のジョブシェア。2人とも小さな子どもがいて子育てが忙しく、保護者の評判はあまり芳しくありませんでした。噂では、2人の間の連絡がうまく取れていないとのこと…。

その上、予算の関係で1年生の時に受けていた主な支援が終了してしまったのです。TAとの1対1の読本セッションがなくなり、ASDの子ども達のためのソーシャルグループからも外されました。

小1でかなり緘黙が改善したのに、この学年で停滞してしまったらと不安に。「まだ幼くて自覚がない内に治してやりたい」という気持ちも強く、私からもっと積極的に先生たちに働きかけようと決心しました。

(息子は「緘黙」という言葉は知らなくても、自分が皆と違うことは幼稚園時代から解っていました。だから、自覚がない内にというのは無理だったんですが…)

新学期の初めに二人の担任に会いに行って息子の緘黙状態を説明し、対応と支援をお願いしました。そして、緘黙児の学校での様子が見られるDVDがついたSMiRAの本、『Silent Children(日本では、場面緘黙へのアプローチという題名で翻訳本が出ています)』を二人に貸したのです。

E先生とL先生は、その時「じゃあ、読んで勉強するわね」と笑顔で本を受け取ってくれました。

が、結果的に言うと、本は一読もされないまま、ずっと教室に付属する準備室の片隅に押しやられていたよう…。

どうしてそれが判ったかと言うと、Knetで『Silent Children』を翻訳することになり、2学期の終わりに返してもらいに行ったところ、

「えっ、どこ行ったかしら? 準備室にあるかもしれないから、探してみるわ」

という返事が返ってきたんです。

ガビ~ン! あのぉ、本を失くしてしまったかもしれないということ?!

結局、本は出てきたのですが、返してくれた時「読んだ」とも、内容についての言葉も全くなく…。まったく悪びれた様子もなく。

(どうもこの国では「本を貸す」は、「本をあげる」に近い傾向にあるような。頼まれて貸した本でも、催促しないと返って来ないことが多いです…)

この事件から得た教訓:

  • ただでさえ忙しい教師には、本や資料を読む時間がない(負担になるので、要求されない限り多くの資料は渡さない)
  • 学期が始まる前に、子どもの症状と対処法を簡潔にまとめたもの(A4の紙に箇条書きが良い)を提出する
  • 記録に残るようメールで送り、返事を確認・子どもの様子を随時確認する
  • 手渡しの場合はコピーを残し、 継続的に子どもの様子確認する

イギリスでは、何も言わなければ問題がないと思われることが多く、学校や教師によってはSEN(特別支援)リストに載っていても、それほど気にかけてもらえないことも。まあ、他にクラスで問題を起こす子がいれば、その対応で精いっぱいになってしまいますよね。大人しい緘黙児は問題をおこすことはまずないので、見過ごされてしまうことが多いかもしれません。

担任達に直接お願いに行っただけでなく、他にも何か息子を手助けできることはないものか? 今考えると図々しいですが、息子の緘黙のお陰で私もたくましく鍛えられていったのでした(笑)。