10年後のレッド

先日、BBCのウエブサイトを見ていたら、見覚えのある名前が――10年前に緘黙のドキュメンタリー番組『My Child Won’t Talk(うちの子は話さない)』に出演した少女のひとり、レッドちゃんでした。https://www.bbc.co.uk/news/stories-48557674

     あの幼かった少女が、あっという間に成長してもう大学生なんですね(サイドの剃り上げにビックリ!メタルファンなんだ~)

記事の冒頭部分の翻訳:

19歳のレッドはメタル系音楽のファンで、メイクアップアーティストを目指す大学生。子ども時代の彼女は、家でだけおしゃべりで活発な女の子でした――が、家の外ではまったく違っていたのです。

ノーサンプトン州ケタリングにあるセカンダリースクール(12~16歳)の見学日。来期新入生の子ども達とゲームをしていた先生は、近くにいた女の子にも参加するよう声をかけました。

11歳のレッド・エリザベス・ジョリーは、肩をすくめて「OK」と応え、仲間に加わりました。その様子を見て、思わず視線を交わす両親。レッド自身はというと、「普通の子がやることをするだけ」と自分にいいきかせ、落ち着こうと努めていたのです。帰宅後、母親のキャリーさんはFBを更新し、「娘のことが本当に誇らしい」と書き込みました。

この短い「OK」が、レッドが家の外で何年も守り続けてきた沈黙を破る突破口となったのです。
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話せる人が8人しかいなかった小学生時代

レッドが緘黙になったのは幼稚園のころ。最初は、誰もいない教室でなら先生と話をすることができていました。でも、先生が変わるとそれも一切なくなり、11歳で「OK」と発するまで、園や学校ではひとことも口をきかなかったのです。

緘黙だった頃のことを「周囲がガラスの壁で遮断されていて、それを外から眺めているような感じだった」と振り返るレッド。知らない顔や「話すだろう」という周囲の期待が、大きな不安を引き起こしました――体は固まり、脳は過剰反応と停止の繰り返し…。

これではパニック状態に近いので、話すどころじゃないですよね?(でも、人からはそういう風に見えないことが多いのが辛いところ…)。学校でフラストレーションがたまり、帰宅してから泣いたり、叫んだりした記憶が強く残っているそう。

現在のレッドは静かながらも自信を持って話し、笑顔も多く出ています。セカンダリースクール入学後、少しずつ自信をつけて先生に応えられるようになり、話せる友達のサークルを広げていきました。まだ不安になる傾向は消えませんが、人前での発表も、知らない人との会話も問題ありません。

現在も話せない人

一見すると場面緘黙を克服したかのようにみえる彼女ですが、実はいまだに話せない人も。母方の祖父を含む、親戚の何人かがそうです。

BBCのドキュメンタリーでは、この祖父と話すことを目標に、携帯電話を使った試みを実行。番組内では上手くいっているようにみえました。この試みは番組放送後も続けたそうですが、いつの間にか止まってしまったよう。

話せない理由は不明ですが、祖父とは今後も話せないだろうと感じているよう…。周囲と自分の「話せるようになるだろう」という期待が重すぎたのかもしれませんね。頑張りすぎて、かえってトラウマになってしまったのかも…。

彼女は少しびっこをひいて歩きます。これは12歳の時に膝を脱臼した影響だとか。当初、不安のため病院で誰にも足を触らせず、医者の問いにも応えず、治療を拒否。やっとのことで、鎮静剤を打ってMRIスキャンにこぎつけ、2回の手術を決行。学校を5か月間休むことになりました。この時期、家族の心労はピークに達し、ストレスのため父親が休職を余儀なくされたとか…。

うちの息子もそうですが、緘黙克服といっても、生まれ持った不安気質が変わる訳ではないようです(人によって異なると思いますが)。でも、自分に合った対処法を身に着けていくことで、耐性がつき、生きることが楽になるのは確かだと思います。

それから、彼女が母親の変化について語っているのも興味深いところ。「かつて母は常に私のことを心配していたけれど、それがなくなった」と。ちゃんと解ってるんですね。子どもの緘黙克服を支援し、自立を後押しし、タイミングよく徐々に手を放すことができたら最高だなと思います。

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緘黙のドキュメンタリー

緘黙のドキュメンタリー

イギリスではこれまでに場面緘黙のドキュメンタリーが複数制作されています。国営放送のBBCでも、2009年に『My Child Won’t Speak(うちの子は話さない)』を制作。これは、3人の少女の緘黙克服への道を追いかけたもの。

それぞれの心の葛藤や家族たちの心境がとてもよく描けていて、秀逸な番組だと思いました。また、架け橋となるキーワーカーを軸に、新しい人に少しずつ話せるようにする「スライディング・イン(Sliding In)法」や、クラスメートに緘黙のことを告げる貴重な映像も含まれています。

実は、2010年に日本語に訳してサブタイトルを入れ、内輪で公開したのです。それ以後、すっかり忘れていたのですが、先日出演者のひとりのレッドちゃんがBBCニュースで取り上げらているのを発見。久しぶりにこのドキュメンタリーのことを思い出し、再度新しい映像を入手し、日本語のサブタイトルを修正して、ツベにUPしました。

もしかしたら、すぐ消されてしまうかもしれないので、良かったら早めにご覧ください。

2019年SMiRAコンファレンス(その12)緘黙のティーン・成人の大学進学

昨日、イギリスでは今年の最高気温、34度を記録しました。刺すように暑い陽射しの中、徒歩とバスを使ってウォーキング仲間と近隣のオープンガーデンへ。木陰でいただいた紅茶とケーキが美味しかったです。お隣のフランスは45度を超えたそうで、地球温暖化を防がないと今後どうなってしまうのか恐ろしい…。

さて、今回で今年のSMiRAコンファレンスの記事もやっと終わりです。長い間おつきあいくださった方、ありがとうございました。

   SLTのマギー・ジョンソンさん(中央メガネの女性)に支えられ、プレゼンや講演に臨むSMiRA会員たち。(左端ナターシャさん、中央奥ジェーン・サラザーさん、右端クリスティーナさん)

4) 緘黙の大学生による短い講演とプレゼンほか  SMiRA会員

場面緘黙を抱えながら大学で学ぶナターシャさんとクリスティーナさんは、10代後半に緘黙を克服し始めました。かなり話せるようになったものの、いまだその影響が残るといいます。

  • ナターシャ・デールさん(23歳) イーストアングリア大学 心理学専攻

2017年のコンファレンスでも講演したナターシャさん(23歳)(詳しくは『ナターシャ・デールさん (21歳)の緘黙克服』をご覧ください)は、最近になってASDの診断も下りたそう。イギリスの大学では、1年目は大学の寮で共同生活を経験することを推奨しています。生徒の部屋は個室か少人数でのシェアですが、キッチン、居間、バスルームはグループで共用。彼女はこの共同生活がとても辛かったと語ってくれました。

見知らぬ人たちと生活を共にする不安に加え、常に聞こえる人の声や生活音が気になり、部屋から出るのが怖かったとか。また、ルームメイトの場面緘黙に対する理解が浅く、孤独を感じたとも…。

その反面、大学には障害を持つ学生への支援サービスがあり、支援者に相談できるメリットも。偶然にも、クリスティーナさんと同じ大学だったため、頻繁に会うことができたのも大きな助けになりました。

  • クリスティーナ・キム=シムズさん(24歳) イーストアングリア大学 アート修士課程専攻

クリスティーナさんは、自分の作品も含めた画像を使ってプレゼンを行いました。アートが場面緘黙を克服する助けとなり、話す代わりに自分を表現できる媒体となっています。また、FBグループやSNSで多くの人と知り合い、支援を受けたとか。8月にはロンドンで個展を開く予定で、今後の活躍が楽しみです。

(余談ですが、私がコンファレンス会場に着いて受付に行くと、クリスティーナさんがいました。どうやら不安が大きく、受付にいたリンジーさんに空き室(控室)はないかと相談中のよう。こうやって、自分から配慮をお願いできることは強みだなと思いました)

この後、会場にいないメンバー2人の話もありました。

  • サブリーナ・ブランウッドさん(39歳)  オープン・ユニバーシティ 心理学専攻

2015年にBBCのドキュメンタリー番組で緘黙の成人として紹介され(詳しくは『BBCが大人の場面緘黙を紹介』をご参照ください)、2016年のコンファレンスに登壇(詳しくは『サブリーナさんのプレゼンテーション』をご参照ください)したサブリーナさん。彼女はオンラインでの通信教育を選び、週に一回メンタルヘルスの支援を受けているそう。

  • スザンナさん(19歳) バース大学  文芸科専攻

彼女もまた大学での寮生活が大きなネックとなりました。不安で共同キッチンに行くことができず、誰かに聴かれるのではという心配から、母親に電話することも、音楽をかけてリラックスすることもできなかったそう。寮を出て、出席できない時は講義をスカイプで聴講するなど、現在はうまく対応できているとのことです。

みく備考:

場面緘黙の人は、ASDの特性でもある感覚過敏を持つことが多いとされています。年齢があがるにつれて症状が和らぐことも多いようですが、不安な状態になると過敏さは増す傾向に。

また、生まれ持った不安になりやすい性質は、成長してもそれほど変わらないとも言われます。自分なりの対処法を身に着けていけば、徐々に社会不安とうまく付き合っていけるようになるのかな…。

新しい環境に慣れるまで頑張れればいいですが、無理は禁物。どんな配慮が必要か、どこまで我慢できるか――人によって違うので難しいですが、なんとか落ち着ける環境を整えられるといいですね。でも、それには周囲の理解が必須です。

夢に向かって一歩一歩進んでいる彼女たちの姿は、今緘黙で苦しんでいる子どもや成人、保護者に大きな希望と勇気を与えてくれたと思います。

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2019年SMiRAコンファレンス(その11)緘黙を解ってもらう手紙

もう6月も終わりに近づいてきましたね。今週はヨーロッパ全体が猛暑に襲われているのですが、何故かイギリスは最高気温が22度ほど。でも、明日は33度に達するらしいです。

  

好天に恵まれ、友達の市民農園ではブラックベリーが豊作

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午後の部では、『大学生活をスタートするにあたって』と題して、約2時間に渡り緘黙のティーンの進学・進路について、複数の短い講演とディスカッションが行われました。イギリスの教育システムは日本のシステムと違うため、さらっとまとめたいと思います。

  1. 当事者が場面緘黙の理解を求める手紙/ メール
  2. 16歳からの進路、申請、インタビュー等について
  3. 大学における支援
  4. 緘黙の大学生らによる短いプレゼン

1) 当事者が場面緘黙の理解を求める手紙/ メールのテンプレート  SMトーキングサークル代表 ジェーン・サラザーさん Template for a letter/e-mail

ジェーン・サラザーさんは45歳で緘黙を克服し、成人のための支援グループ、SMトーキングサークルを主催する女性。昨年のコンファレンスにも登場しています(詳しくは『2018年SMiRAコンファレンス(その7)』をご参照ください)。

今回は、サークル活動から生まれた成果、「緘黙を理解・配慮してもらうための手紙/メールのテンプレート」を紹介してくれました。このテンプレートが役立ったというサークル員の声も多数あがっています。

緘黙の人が進学、アルバイト・就職、ボランティア活動、病院の受診などをする際、やはり話せない/うまく言葉が出てこないことがネックになりがち。そのため、事前に手紙やメールで自分について(緘黙・得意分野・希望・配慮して欲しいことなど)説明し、理解と配慮を求めるという趣旨です(テンプレートは状況に合わせて変更可)。

<テンプレートを使う前に、まず考慮すべきこと>

  • 手紙/メールを読んでもらった後、期待することは?
  • 相手に伝えたい自分の特技、才能、ポジティブな態度など
  • 相手に解ってもらいたいことは?(誤解されたり、実際とは異なる印象を持たれる不安を解消)
  • 前回コンタクトを取った際、伝えられなかったことは?

<テンプレートの重要部分>

  • 場面緘黙の説明(SMは公式な障害)
  • 自己アピール(SMが自分の能力の妨げにはならないことを強調)
  • 配慮して欲しいこと(教育、就労の機会均等を強調)

みく備考:

このテンプレートでは、場面緘黙が公式な障害であること(SM-officially a disability)を明記し、そのための配慮を自分からお願いします(例:面接の質問を事前に送ってもらう/ 大学のグループ活動では話すように強要しない等)。

ただ、イギリスでも「そこまで配慮してもらえるのかな?」と思われる事項もあり、日本ではちょっと難しいかなと感じてしまいました…。

自己アピールの箇所では、自分のやりたいことや得意分野を説明。「〇〇する(例:仕事/入学/ボランティアなど)にあたり、場面緘黙が私の〇〇(例:勉強/働き/理解力/責任能力/思考能力など)に影響しないことを保証します」と結んでいます。

緘黙の人は自己評価が低い傾向にあり、特に就活の場合は「保証します」とは言いづらいかも…。日本における緘黙の認識状況や文化的な背景を考慮して、独自のテンプレートを考案できるといいですよね。

進学、ボランティアや病院での受診の際、事前に緘黙のこと・自分のこと・配慮して欲しいことを告げるのは、とてもいい方法だと思います。

2) 16歳からの進路、申請、インタビューについて  SMiRAチーム

3) 大学での支援   レスター大学学生支援サービス、シャロン・スタージェスさん

イギリスの教育システムについてなので、大部分を省きますね。重要部分は緘黙のティーンが持つ権利について:16歳で受ける全国試験GCSEや大学進学のためのAレベル試験では、SMを理由に試験時間の延長や個室での受験などが可能。また、大学やカレッジ(専門科目・就労コースなど)では、教育の均等機会を重視するため、事前に場面緘黙だと告げることで、一定の配慮を受けられます(各学校によって異なる)。

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2019年SMiRAコンファレンス(その10)緘黙のティーンの声

6月ももう半ばを過ぎたというのに、イギリスではまだ肌寒い天候が続いています。去年は春から夏まで天候が良かったので、また通常運転に戻ったかなという感じかな…。

   ケンジントンにあるデザインミュージアム。スタンリー・キューブリック展は見ごたえがありました

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「教師に伝えて欲しいこと」 SLT リビー・ヒルさん “What would you have wanted me to tell your teachers?”

リビー・ヒルさんは、CBTやアニマルセラピーなど多面的なアプローチでSM治療に取り組むSLT(言語療法士)。彼女が主催する言語療法センター、Small Talkの取り組みについては、 4年前に記事にしました(詳しくは『SMIRA2016年コンファレンス(その2)』をご参照ください)。

リビーさんは緘黙のティーンの治療にも多く関わっており、全員にかなりの改善があったと報告。今回の講演では、30名の緘黙のティーンの協力を得、治療の現場から彼らの生の声を届けてくれました。

<緘黙のティーンと保護者への質問>

1) SMを発症した時期は?

幼稚園・小学校入学時 / セカンダリースクール(12~16歳)入学時(原因:社会不安、虐め、ASDなど)

2) 今もSMの影響を感じているか

  • ティーン自身がまだSMだと感じている 22人
  • 保護者がまだSMだと感じている     6人

<緘黙のティーンの声>

  • もっと緘黙を理解して欲しい(話すことを拒否している訳ではない)
  • 緘黙症状の改善には担任の役割が大きいと感じている(75%)
  • 学校での不安を減少させることが、自信につながる(95%)
  • クラスでの席順はとても重要 → どの席がいいか訊いて欲しい
  • クラスで目立つのが嫌 → 支援も、褒める時も他の子に判らない様にして欲しい
  • 長期に渡って同じ支援スタッフをつけて欲しい。継続して関係を保ちたい(75%)
  • 自分から助けを求めることができない(100%) → 先生から聞いてくれると助かる
  • 先生に何か聞かれて応えることができなければ(非言語も含め)、とばして欲しい
  • 先生やTAとコミュニケーションを取るツールが欲しい(75% 例:WhatAppなどのSNS機能)
  • 場面緘黙であることで、周囲から好奇/哀れみの目で見られていると感じる(67%)
  • 信頼できる友達がいると安心(100%)
  • 小グループ活動の時に信頼できる友達と一緒だと安心(93%)
  • 放課後の活動に参加したいけど、できない(67%)

リビーさんから:

クラスにひとりだけでも信頼できる友人がいると、学校生活がぐんと楽になる。緘黙症状の改善には小グループ活動が効果的。休み時間、特にお昼休みはSMのティーンにとってトリッキーな時間。他の子たちと一緒にご飯を食べられないこともあるので、適切な配慮を。また、課外活動では、話せなくても役割を考慮してあげると良い(演劇部だったら、照明や音響、衣装係など裏方の仕事を)

不安を感じている状態だと、情報処理に時間がかることが多い。課題を与える時は、何を求められているかを明白にすること。SMのティーンは目立つことを嫌がるので、クラス全体に指示を出した方がいい。また、次にする活動を事前に教えておくと安心できる。

セカンダリースクールでは子どもの自立を推奨し、家庭との連絡が少なくなる傾向にあるが、連絡は密に取ること。介入・支援することで、学業・社会性ともに進歩が見られることが多い。緘黙や不安が試験の結果に影響を与えている場合は、試験会場や試験の方法、時間を延長することなどを考慮に入れる

SMのティーンは自分のSMに対する周囲の反応に非常に敏感。言動には注意が必要。場面緘黙と関係ない分野で、子どもを評価してあげる必要がある。

みく備考:

イギリスの公立校システムでは、小学校(5~11歳)の次は、5年間のセカンダリースクール(12~16歳)に通います。2018年調べによると、小学校の全校生徒数は平均で280名ほど、それがセカンダリーになると平均で1000名近くに膨れ上がります。

小学校では1学年が平均1、2クラスとアットホームな感じなのに、セカンダリーに上がると途端に規模が大きくなり、大学のような移動教室式に。ベースになる教室や自分の机はなく、カバンを持ったまま次の教科の教室(別棟のことが多い)に移動しなければなりません。休み時間やランチタイムにいられる教室がないため、緘黙のティーンにとっては、過酷な環境といえます。

(息子がセカンダリーに入った時は(2012年)、学校との距離がとても遠くなったように感じました。連絡は学校のサイトで確認、担任や教師との面会は、メールでアポを取る形式。学年末の懇談会やたまにある保護者会をのぞき、学校に行った記憶があまりないです。そういえば、入学時の保護者会では「子どもを自立させるため、保護者はあまり学校のことに口を出さないように」と言われたような…)。

小学校で緘黙症状が改善したのに、セカンダリーに入って逆戻りしてしまったというケースも…。セカンダリーでは複数の小学校から生徒が集まるため、新たな友達関係を築く必要があります。緘黙児が新しいクラスで新たな友達の輪に加わることは、かなりの難関…。思春期の生徒がそれぞれ悩みを持つ難しい年頃でもありますね。教科数も担当教師もぐんと増えることから、学校での支援も難しくなると予測されます。

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2019年SMiRAコンファレンス(その9) ノーサンプトン州のSMケアルート

イギリスは相変わらず雨模様の日が続き、今朝やっと晴れたと思ったら、また雨雲が…。6月だというのに、室内で洗濯物を乾かす日々です。

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一番手の『SMとASD』がものすごく長くなってしまい、ここでやっと二番目の講演に移ります(^^;)。イングランド中部のノーサンプトン州における、場面緘黙のケア・パスウエイ(ケアルート)です。

イギリスのNHS(国民保健サービス)におけるSM治療は、住んでいる地区の方針によって千差万別です。また、学校によっても異なってくるため、まるで宝くじのよう。ノーサンプトンシャーではNHSのSLT(言語療法士)がSM治療に積極的に取り組んでいて、本当にラッキーだなと思います。

●ノーサンプトン州における緘黙児支援   SLT(言語療法士)ベス・シェリーさん&ハリエット・ウィルスさん Supporting Children with Selective Mutism in Northamptonshire

<ケアルート>

1) 初回アセスメント

最初のアセスメントには緘黙児を出席させず、まずSLTと保護者だけで面談。

  • できるだけ多くの情報を収集
  • SMかどうか話し合う
  • SMだと思う場合は、これからの治療ルートについてアドバイス

2) 支援チームの基礎作り

緘黙児に関わる人(NHS:  SLT、学校心理士?/ 学校:担任、SENCO、TA? / 家庭: 両親?)をできるだけ多く集める

  • 場面緘黙とは何か(そうでないケースも説明)
  • 緘黙になるリスク要因、引き金要因、持続要因
  • 適正な環境づくり:家庭と学校
  • キーワーカーの役割
  • 子どもに話す勇気を出させる方法
  • 支援計画

3) 介入(戦略)

毎日の生活における優先度を考えながら、直接的および間接的な戦略を立てる

  • 間接的な援助(子どもが言わんとすることをコメント風に解説/ 質問形式の考慮(まずYes, No形式から)/ 保護者が子どもの代わりに言う場合など)
  • CBTのエクスポージャー法(活動やコミュニケーション量は?)
  • 優先度に応じた支援計画を立てる

4) 介入(スモールステップのプログラム)

既成のプログラムに加え、子どもの性格を考慮したアプローチにする

  • 支援計画の実施
  • スライディング・イン法
  • その他の介入方法(読本、電話、電子メール、テキストなどを利用)
  • 自信のある話し方の模範を見せる

5) 支援プログラムのモニタリングと問題解決

  • 資料や活動を関係者でシェア
  • 特定の問題を発見・解決
  • ケーススタディと実践的なアドバイス
  • もし進歩がない場合は、SMが継続する要因を見直す
  • 活動プラン練り直し

6) 一般化と次の段階への移行

  • 学校で不安に向き合う
  • コミュニティ内で不安に向き合う
  • 社会的な機能: 自発的な会話への移行
  • 移行の支援
  • 活動プラン

<ポリシー>

  • SMが固定する前に早期発見・介入する
  • スモールステップ方式のプログラムを始める前に、子どもをめぐる環境を整え社会的に快適な状態にする
  • 緘黙治療に関わるキーパーソンの重要性
  • 治療に関わる関係者全員を教育し、子どもの情報を共有する

SLTが中心になって場面緘黙支援を整えた結果、1か月に4人ほどの子ども紹介されてくるようになったとか。

<実例: 9歳の少女ホリーのケース>

緘黙症状: 幼稚園時代に始まり、小学校4年生まで学校では全く話せない。

家庭状況: 両親は離婚しており、母親と同居。母親とは自由に話せるが、父親とは非言語のコミュニケーションのみ。学校では非言語だが、十分なコミュニケーションが取れている状態。

SMを持続させる要因:「しゃべらない子」としてのIDが確立されてしまっていた。母親は「性格的なもの」「成長したら治る」と娘のSMを容認。家族でも、学校でも、「話せるかもしれない」という期待は全くなく、「話す機会」が全く与えられていなかった。

介入の成果: 一回目のミーティングで母親がSMの知識を得、ホリーへの接し方を180度転換。ホリー自身にもSMを説明し、母娘が週に2回学校に行って支援をするように。現在10歳のホリーの緘黙状態は飛躍的に改善し、学校では自発的に話せるよう支援を受けている段階。父親とは普通に会話ができるようになった。

みく備考:このケアルートで大切なポイントは、各セクターで子どもに関わる大人にできるだけ多く支援チームに加わってもらうこと。家庭や学校での子どもの様子、緘黙支援の方法を皆でシェアすることで、サポートにブレがでないと思います。また、保護者にとっても、多くの関係者と直接話す機会があるので、とても心強いでしょう。

また、最初のミーティングは子どもを交えず、SLTと保護者だけというのもいい考えだと思います(この時点で、学校と保護者は連絡が取れているはず)。緘黙児には繊細な子が多いので、話せない場で自分のことを言われるのは嫌でしょうし。保護者が緘黙について知り、自分の子どものことをじっくり話せたら安心できますね。

日本では各クラスにTAがおらず、担任ひとりなので、緘黙支援のキーワーカーをつけるのが難しいですよね…。イギリスではキーワーカーが確保できない場合は、保護者が週に2回ほど学校に行って支援を行うことが多いんですが(小学校低学年)、日本ではそういう訳にはいかないでしょうし…。担任ひとりの努力に任せず、学校で子どもが頼れる人がいるといいなと思います。

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2019年SMiRAコンファレンス(その8)SMとASDが併存している子どもへの介入

6月も半ばに近づいてきましたが、イギリスはここのところ雨模様の天気が続いています。今日は一日中雨で、最高気温が14度…寒っ。先週の土曜は午後から雨があがって天候が回復したので、ハイドパーク内のSerpentine Sackler Gallery に行ってきました。

    ギャラリー&カフェをデザインしたのは、東京の国立競技場の初回コンペで選ばれた建築家、故ザハ・ハディド氏。曲線の遊び心溢れるデザインは、昔流行ったTeletabbiesという子ども番組に出てくるTeletabby House(右)に似てる?

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SMとASDが併存している子どもへの介入

<SMを併発するASD児への対応>

ASDは理解されているが、SMは理解されていないケースの問題点

  • ASD児には、期待されていることを明確にする(例:ソーシャルストーリーなどを使って、社会性を身につけさせる)対応がとられる。しかし、SMを併発している子どもに対しては注意が必要。それがプレッシャーになると、不安による反応を誘発し問題が深刻化することもある
  • 言葉が出ない理由を、何を期待されているかを理解できていない(例:社会的な理解の問題)、会話をする気持ちの欠如(社会的コミュニケーションの問題)と限定して考えると、間違った指導方法に結び付きやすい(「何をしなければいけないか解っているのに、やりたがらない」と考えがち)。不安が原因、また話さない状態を持続させている要因だということを考慮すべき
  • 話さないこと、対話/ 自分の意見をいう課題をやらないことを、「頑固」「拒否」と誤解される可能性がある。賞罰式の指導に結び付いたり、長期に渡ってネガティブな評価を受けかねない

★早期介入がなされないと、緘黙状態が固定してしまう傾向が強い

SMは理解されているが、ASDは理解されていないケースの問題点

  • 表出している行動・言動のみに焦点が当てられ、ASD児が持つ三原則(TRIAD)と感覚過敏を背景にした通常とは異なる情報処理の方法や社会的理解のニーズが理解されにくい。子どもの行動・言動をひきおこしている要因への対処がないため、介入の成功がより難しくなる
  • 時間割変更などの問題に積極的に対処する支援が得られにくいため、学校での不安が続きやすい
  • 学校で一日中我慢し続けているため、家で「爆発」しやすく、保護者は子どもをネガティブに評価する傾向が強い。また、特別扱いしがち
  • 学校側は「単に言葉の問題だけではない」ことを理解できず、頑固な子と誤解されやすい

<結論>

  • ほとんどのASD児はSMを併発していない
  • ほとんどのSM児はASDを併発していない
  • しかしながら、重複する部分がある――根源に不安があり、コミュニケーションに影響を与えている
  • 表出している行動・言動の根底にある要因を探る
  • 子どもの幅広いコミュニケーションに着目する
  • 常に不安を減らすサポートを心がける――現時点からのスモールステップで可能なチャレンジを

クレアさんの講演はSMとASDの併存について、以下の点に着目して、今後のさらなる研究が必要ということで締めくくられました。

  • 2018年リサーチの結果と男女比に対しての更なる研究
  • SMとASDが併存する若者の支援
  • ASD児(人)が抱える社会不安がSMを引き起こす可能性
  • SMの若者に対して、適切なASD診断プロトコルが必要

みく備考:

ASDに関しては、「発達障害」という概念のもと1980年代くらいから一般に広く知られるようになりました。これに反して、SMの知名度はまだまだ低いように思います。

ただ、「自閉症」が一般に知られているといっても、ASD児は「人に興味がない」「一人でいることを好む」「視線が合わない」「会話ができない」など、ステレオタイプにはめ込んでいないでしょうか?実は、私がそうでした。

私が今働いている特別支援学校は、いわゆるアスペルガーの子どもを対象にしています。最初、「人に興味がない」はずのASDの子どもたちが、友達同士でゲームをしたり、校庭で一緒に遊んだりしているのを見てびっくり。一方的ではあっても「会話」は通じるし、視線を全く合わせないということもありません。「友だちが欲しい」と思っている子、「自分は人と違う」と違和感を持っている子が多いことも、だんだん判ってきました。

SM児もそうですが、ASD児にも色々なタイプの子がいて、一人ひとり個性が違います。また、発達の凸凹を持った子も多くいることが解ってきています。子どもの個性や特性を良く見極めて、困っている部分をうまくサポートしてあげたいですよね。

SM=ASDではないし、例えSMのお子さんがASD診断を受けたとしても、お子さん自身は今までと全く変わりません。最後にクレアさんが、「グレッグがASDじゃなかったら、今の彼じゃなくなるから、ASDで良かった」「今の彼が好き」と、息子さんをありのまま受け止めていたのに、とても共感できました。

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2019年SMiRAコンファレンス(その3)

2019年SMiRAコンファレンス(その4)

2019年SMiRAコンファレンス(その5)

2019年SMiRAコンファレンス(その6)

2019年SMiRAコンファレンス(その6-2)

2019年SMiRAコンファレンス(その7)

環境問題の旗手は場面緘黙(その1)

環境問題の旗手は場面緘黙(その2)

 

2019年SMiRAコンファレンス(その7)ASDとSMの併存が疑われる場合

あっという間にもう6月ですね。イギリスではバラの花薫る季節が到来し、どこを歩いても美しいバラが目に飛び込んできます。

リージェントパークにあるメアリー女王のバラ園。今が真っ盛りです

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ASDSMの併存

  • 大部分のASDの人たちは、SMを併存していない
  • ASDの人は社会不安、特に予測不安を抱えていることが多い
  • 内気なASDの人でも、不安が薄れれば状況に慣れてくる
  • ASDの診断基準にSMは含まれていない

2018年度、SMiRAのFBグループで行った調査から(詳しくは『2018年SMiRAコンファレンス(その5)』をご参照ください)

1) 第一調査:参加者(大半は保護者)364名

SMのみ   66% (240名)  /  SM とASDが併存 34% (124名)

2) 第二調査(1) 対象:「SMのみ」の診断に納得している参加者(162名)

男女比:      男子 23%(37名) :  女子 77%(125名)

3) 第二調査(2)対象:「ASDとSMが併存」の診断に納得している参加者(98名)

男女比:      男子 50%(49名) : 女子 50%(49名)

みく備考:この調査はSMiRAのFBグループに呼びかけて行われたもので、参加したのは364名(FB参加者は現在1万人に達しているので、調査に参加したのは全体の4~5%程度ではないかと考えられます)。その中の3割近くの回答者が併存と答えています。今のところ、ASDとSMの併存率については公式な数字が発表されておらず、イギリスではこれまでもっと少ないと考えられていたように思います。

この結果について、クレアさんは「きちんとした調査が必要」と語っていました。SMとASDの特性に重なる部分があるため、過剰に診断されている可能性がある。また、まだASDの診断が下りていないため、過少に診断されている可能性も考えられるとのこと。以前は、SMがまだ一般に浸透しておらず、ASDの二次障害として現れるSMが見逃されていた点があるとも。

ASDSMの併存が疑われる場合

<ASD児に対するチェックポイント>

  • 他の状況と比べ、ある状況では格段に良く話すか?
  • ある特定の状況において、殆ど話さない、または特定の人(たち)にしか話さないか?
  • 答えが正しいと解っている時のみ話す?
  • 自らコミュニケーションを始めるか?(SM児には困難)
  • 話すこと以外にも、広範囲の行動抑制があるか(例:給食が食べられない、学校でトイレに行けない、決まった解答のない課題は拒否するなど)?
  • 人から「無作法、不愛想、引込み思案」と思われているか?

★もし上記の答えが「はい」の場合は、SMを考慮に入れる

<SM児に対するチェックポイント>

  • 子どもが安心でき、話せる状況で、非定型な言語特徴があるか?

(極端に狭い範囲の話題、ひとりで延々と話し続ける、エコラリア、声の高低や音量の異常、限定的な会話のやり取りなど)

  • 社交的というより、内容重視の会話ではないか?

下記の事項を確認(ビデオ、マジックミラー、保護者の報告などを利用)

  1. 視線が合わない
  2. 拒否的、否定的なボディランゲージ(自分が興味のあること以外は、会話をするモチベーションが低い)
  3. ジェスチャー他の非言語的なコミュニケーションの有無(表情が豊かでジェスチャーを多用する=ASDではない可能性大)
  4. 挨拶など社会的習慣は?
  5. 質問されると不安がる
  6. 感覚過敏があるか

★これらのチェックポイントは子どもが普通に話せる場面・状況においてのみ有効

みく備考:SMであれASDであれ、子どもの普段の姿や言動を撮影しておき、心理士にビデオを見せることはとても重要だと思います。病院やクリニックで子どもが本来の姿を見せることは難しいため、診断の大きな助けになるはず。長年の習慣で家族が個性と捉えていることでも、専門家の目から見ると何かの症状ということもあるかもしれません。

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2019年SMiRAコンファレンス(その6-2)ASDの定義

5月も後半に入り、イギリスでは天気のいい日が続いています。先日、仕事の帰りに公園を抜けていったら、不思議な光景に出遭いました。

  「葉っぱが白くなってる?」とよく見たら、どうやら花のよう。調べたところ、Dove Tree(鳩の木)という名前らしいんですが、「ハンカチの木」とも呼ばれているらしいです。不思議な光景でした~。

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この講演におけるASDの定義について

ある方から、この講義におけるASD(Autistic Spectrum Disorder自閉症スペクトラム障害)の定義について訊かれたので、講演者のクレアさんに確認を取りました。

結論から言うと、クレアさんのいうASDの中には、グレーゾーンやASD傾向の子は含まれていません。なので、確実にASDと診断された子ども(人)を対象にしています。

教育心理学者のクレアさんはASDの診断の専門家でもありますが、勤務するマンチェスター地区ではグレーゾーンやボーダーラインASDという診断は避けているということ。曖昧な診断は本人のためにならないという見解で、疑いがある場合は時間を空けて再度様々な角度から慎重に診察するそう。

イギリスではグレーソーンやASD傾向という言葉をあまり聞かないので、イギリス全国で同じような方針なのかな?自閉症のような習性(Traits)を持っていても、3つの特性が備わっていなければASDと診断しないということですね。

(DMS5 では「コミュニケーション」と「社会性」の質的障害から、「社会的コミュニケーションと対人相互交渉の障害」にまとめられ、自閉症の「3つの特性」から「2つの特性」に変わりました。が、イギリスでは80年代にアスペルガー症候群の研究を発表したローナ・ウィング女史(英国人)の「3つの特徴」説が基本となっているよう)

対して、日本ではグレーゾーンやASD傾向と診断を下すことが多いようです。そう診断することで、本人や周囲の利点になると考えてのことだと思います。多分、各国の医学的・文化的な背景の違いが影響しているのではないでしょうか?

以前、『イギリスの学校ではASD児が場面緘黙になりにくい?(その3)』で、発達障害の権威、杉山登士郎氏の考え方について書きました。

杉山氏は、認知に高い峰と低い谷の両者を持つグループを発達凸凹とし、その中で適応障害があるグループを自閉症スペクトラム障害としています。典型的な自閉症ではなく、知的障害のない、より軽度の、しかし社会的な問題を多発させている人たちの中で、適応障害がない状態(=困っていない状態)が発達凸凹

発達凸凹レベルの問題を自閉症スペクトラム適応障害を持ち、教育的、治療的な介入が必要なレベルのものを自閉症スペクトラム障害と分けて書くことにする(『発達障害のいま』より引用)。

(日本ではASDに対して、自閉症スペクトラム、自閉症スペクトラム症、自閉症スペクトラム障害と3種類の呼び方があり、グレーゾンについては明確な定義がないように思います)

ASDの特性を持っていても、周囲とうまくやっていけるようであれば、「障害」と診断する必要はないということですね。発達凸凹というと、誰でも多少なりとも持っている感じがして受け入れやすいです。

SM児とASD児の特性は重なるところがあり、見分けは難しいです。大事なのは、それぞれの子どもの特性をふまえてサポートを行うことだと思います。

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2019年SMiRAコンファレンス(その6)SMとASDへの基本姿勢

早いもので、5月もすでに中ば。イギリスではずっと天気がすぐれず肌寒い日が続いていたのですが、やっと5月らしい陽気になってきました。まだまだSMとASDの記事が続きます。

森林公園ハムステッドヒースで午後の散歩

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ASD児とSM児に対する基本的な姿勢

<ASD: 考慮すべきこと>

  • 自閉症は生涯続く
  • 当事者にとっては、自分が一生自閉症のままであること、それは問題ではないことを自覚することが精神的な助けとなる
  • 常に自閉症の三原則(アイスクリームサンデーの3種類のアイスクリーム、及びシロップ(感覚の違い))が存在するが、ウエハース部分(行動・言動)は時間の経過とともに変化してゆく
  • 自閉症の脳は一般的な脳とは異なるが、劣位にあるという訳ではない = 脳の多様性
  • 自閉症はその人から切り離せる症状ではなく、その人の個性を形成しているもの
  • 本人が自閉症を個性として受容する
  • 周囲はその子の個性として捉える

<ASD児が問題行動を起こしてしまうリスク要因>

  • 常に不安や恐怖症を抱えている
  • 感情的な反応を規制することが難しい
  • 他人の意図を読み取ることが難しい
  • 予測可能でない・自分でコントロールできない状況だと不安になる
  • 場や人に合わせたり、応じたりするモチベーションの欠如
  • 経験から学ぶことが難しい

みく備考:ASD児は成長するにつれて自分が他の子と違うこと(人とうまく関与できず、社会的な集団になじめない等)を意識するようになります。この違和感 /疎外感が自己否定感に繋がらないよう、自分も周囲もASDを個性として受容し、自己肯定感を育んでいくことが課題になってくるかと思います。

ASD児は常に不安や恐怖症を抱えており、思考の柔軟性に困難があるため、二次障害としての不安障害(恐怖症、社会不安、強迫性障害)やうつ病などを発症しやすい傾向にあります。私が働いている特別支援学校の生徒たちも、高機能ASDと他の症状を抱えているケースが多いです。

先月、『環境運動の旗手は場面緘黙?』というタイトルで、今欧州で時の人となっているグレタ・トゥーンベリさんについての記事を書きました。彼女はASDとSMの併存のみならず、OCD(強迫性障害)や摂食障害など(定かではないですが)にも苦しんできたよう。現在では、物事を「白か黒か」でしか見られないことやこだわりの強さを自分の個性と受け止め、活動の原動力としています。ASDの特性を生かした彼女の強さは賞賛に値しますし、ニュートンやアインシュタインなど、多くの天才たちがASDだったという説も。

(もし時代が変わって、自閉症の人口が健常と呼ばれる人たちの人口を越えれば、健常の人たちがマイナリティになり、「社会性」は重要ではなくなるのかも…。私たちはもっと脳の多様性(ニューロダイバーシティ)を理解し、色々な個性を尊重し合って共生していくべきなのかもしれませんね)

<SM: 考慮すべきこと>

  • SMは表に現れるウエハース部分(行動・言動)で、本人の意思で話さないのではない
  • 症状は変えることが可能で、時間をかければ改善できることが多い
  • SMを個性として受容することは、本人の精神的な助けにはならない
  • その子・人の個性として捉えず、外側にあるものとして捉える
  • 本来のその子らしさを第一に

みく備考:SMに対しては、「話せない」ことをその子の個性としないことが肝心です。「話せないのが自分」と自ら納得し、周囲が温かく見守り続けるだけだと、緘黙が定着してしまいます。本人が「変われる」「変わりたい」と思うことが克服の第一歩。

ただ、不安になりやすい抑制的な気質の子は、自分がそういう気質であることを認識し、対応策を身に着けていくことも大事かなと思います。自己評価が低い子が多いので、保護者は子どもにどんどん成功体験を積ませ、自己肯定感を育てていけるといいですね。緘黙だと社会的な場で「自分らしさ」を出せないことが多く、自信を持たせることが難しいのですが…。

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