場面緘黙と精神的な発達の関係


8月も半ばを過ぎ、森を散歩していると秋の気配が感じられるようになりました。1週間前には連続6日間の猛暑日を記録したのに、その後一気に気温が下がり、雨や強風が多い変わりやすい天候に。ちなみに、今日の最高気温は22度。イギリスでもやっと収まりかけていたコロナ感染が少しずつ拡大していて、秋の新学期がものすごく心配です。

広葉樹の葉っぱやドングリが地面に落ち始めました

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最近SMiRAの掲示板に、20歳の女子大生からの興味深い投稿がありました。彼女は小さな頃から実年齢より幼いところがあり、小学校の同級生に「ちょっと足りない」と言われていたとか。外見のことも含め12歳で酷い虐めにあい、ものすごく内向的になったと同時に場面緘黙に。それ以後6年間ずっと話すことができず、社会不安も大きかったそう。

大学生になって初めて友達ができ、それから話せるようになり、場面緘黙も社会不安も克服。初めて人生の素晴らしさ、ポジティブな面に目覚めたといいます。そして、それまでの自分を振り返り、いかに未熟で子供っぽい思考だったか――まるで時間が小学生時代で止まってしまったかのようだったと。

これは場面緘黙のせいで話せず、様々なことに参加できなかったため、社会的な体験を積んだり、人間関係を育むことができなかったりした弊害?

詳しくは書かれていませんでしたが、両親が彼女を医者や専門家に連れて行ったことはなかったよう。多分、学校での支援も受けてなかったのでしょう(中東在住と思われます)。

学業の面では自信を持ち、それなりの結果を出せていたそうなので、決して頭が悪い訳ではありません。ただ、社会的な面・精神的な面で非常に未熟で、年齢に見合う思考が全くできていなかったと…。話せる人との会話も年相応ではなかったと…。

長期化した場面緘黙の弊害として、精神的な発達が遅れることはあるのでしょうか?

この投稿には賛同的なコメントが多く目立ちました。自分も同じように感じていたと。成長し、どんどん新しい社会体験を積み重ねていく同年代の子供たち・ティーンたちとは対照的に、自分は殻の中に引きこもって外の世界をのぞくこともできなかったなど。社会不安を克服した後、新しい世界に足を踏み入れた様な気がしたという経験者も。

その中で印象に残ったのは、トラウマになるような事件にあって場面緘黙になった場合は、感情的な成長が止まってしまうこともあるという意見。(注:心的外傷性緘黙Traumatic (Reactive) Mutismは通常の緘黙とは異なり、心的外傷後ストレス障害(PTSD) の症状のひとつと言われています)。これは心的外傷性緘黙の娘の支援をしたという父親の言葉。

娘の心の成長が止まってしまったと心配したこの父親は、専門家に相談したそう。彼によると、6歳の心のままで中学・高校へと進んだため、実年齢と精神年齢がかみ合わず、娘の毎日は恐怖や不安、ストレスでいっぱいだったと。

カウンセラーは、彼女が感じている恐怖は本物だけれど、それらは潜在意識に基づいたもので現実とは異なることをひとつずつ例をあげて本人に説明。不安が徐々に減少し、少しずつ年齢相応の反応ができるようになっていったとか。

今月20歳になった元緘黙の息子(現在大学生で帰省中)にどう思うか聞いてみたら、「緘黙(4歳半~7歳くらいまで)だったせいで、いつも皆と比べて未熟な気がしていた」とのこと…。シャイな性格は昔とそれほど変わらず、人付き合いもそれほど得意ではないようですが、友達もでき大学生活をエンジョイしているようです(割と近くですが、殆ど家に帰ってきません😢)

場面緘黙のせいで精神的な発達が遅れるという学術研究はありません。ただ、緘黙児は学校で声が出ないだけでなく、皆からどんどん引き離されていくような気持になることが多いのだと思います。緘黙になる子は、ただでさえ抑制的な気質で自己評価が低い傾向にあります。引け目を感じて自尊心をなくしてしまわないよう、早期に発見して支援してあげて欲しいです。

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