母子登園卒業へあと一歩 - 息子の緘黙・幼児期3~4歳(その5) 


 

いつまで続くのかと不安だった母子登園でしたが、4週間を過ぎた頃からずっと傍にいなくても大丈夫になってきました。初めは「マミーは○○に行くからね。すぐ戻ってくるよ」と告げると、目で私の姿を追っていたのですが、徐々に慣れてきてひとりで落ち着いて遊べるように。朝一緒に教室に入って短時間付き添えば、あとは終わりまでOKという感じ。

もうひとりのママさんも同じようなペースで進行していて、一緒にペアレントルームでの待機に成功。「もうそろそろ付き添いも卒業だね」と安堵の笑顔を交わしたのです。

ところで、それまで担任からは何の提言もありませんでした。毎日「後片付けご苦労様」とは言われるものの、子どもに関する話はなし。今だったら解るんですが、こちらでは自分から相談しないと、「この人は別に困ってないんだ」と思われてしまう傾向が強いんですね…。まだ心配なので最初の15分ほど付き添いたい旨を告げると、簡単に承諾してくれました。

11月も半ばを過ぎ、やっと一時帰宅できるようになった私。でも、園まで徒歩15分はかかるので、途中で買い物をして、洗濯などしていると、すぐお迎えの時間…。時間には厳しい園だったので、焦って迎えに行ってました。無料でありがたいけれど、2時間半の保育って短すぎ!

ある日お迎えに行くと、担任から保育士の研修中というイギリス人女性を紹介されました。聞けば、彼女は最近まで日本に住んでいて、日本語が話せるとのこと。「○○君(息子の名)はなかなかクラスに馴染めなかったけれど、この人が日本語で話してくれるから色々スムーズにできるようになったのよ」と。

それまで私は、外では英語、家庭では日本語を話していれば、自然にバイリンガルになるだろう、なんて気楽に構えてました。息子の母国語の問題とか、全く気にしてなかったのです。この頃、息子の話し言葉は日本語90%、英語10%程度でしたが、英語も聴く方は殆どできてたので、あとは自然に習得できるだろうと――なんと楽観的だったことか…。

今思えば、私から離れていきなり英語だけの環境に放り出され、かなりのストレスだったに違いありません。この頃から、家での癇癪が酷くなりつつあったのですが、成長過程でよくあることなのかな、くらいに思っていました。

幼稚園が始まる前に里帰りした際、教員だった父が「この子はイギリス人なんだから、ちゃんと英語で生活させないと…」と、日本語ばかり話している息子のことを心配していました。それを私は、「大丈夫だよ。周りが英語環境だから、英語は自然に身につくから。それより日本語をしっかりキープしないと」なんて呑気に言ってたのです…。

考えてみれば、あまりにも慎重で繊細すぎる性格の息子のこと。知らない人の前で、慣れない英語を平気で話すようになるはずもなく…。家で慣らしておけば良かったんでしょうが、主人は「英語で話して」という私のリクエストなど全くおかまいなし。日本語でないと息子との会話が成り立たないので、ずっとちょっと変な日本語で話してました。

そういえば、この頃息子を寝かしつけるのは私しかダメで、主人がやろうとすると「マミーがいい!」と泣くのです…。これではマズイと思い、毎日父子タイムを設けて、スキンシップを増やすようにしてました。しかし、お天気のいい週末にボールを持たせて2人を公園に送り出しても、少しボールを蹴って、アイスクリームを食べて、すぐ帰ってきちゃうんですよね…。

余談ですが、IT関係の仕事をしている主人はスポーツに全く興味がなく、ワールドカップもウィンブルドンも観ません。5年ほど前、会社の忘年会で当てたアーセナルの試合チケットも、息子が「寒いから行かない」というので、友人父子に譲ったという…。ということで、スポーツ少年にしたいなんていう思いは、最初から全然なかったのでした。

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