10年後のレッド


先日、BBCのウエブサイトを見ていたら、見覚えのある名前が――10年前に緘黙のドキュメンタリー番組『My Child Won’t Talk(うちの子は話さない)』に出演した少女のひとり、レッドちゃんでした。https://www.bbc.co.uk/news/stories-48557674

     あの幼かった少女が、あっという間に成長してもう大学生なんですね(サイドの剃り上げにビックリ!メタルファンなんだ~)

記事の冒頭部分の翻訳:

19歳のレッドはメタル系音楽のファンで、メイクアップアーティストを目指す大学生。子ども時代の彼女は、家でだけおしゃべりで活発な女の子でした――が、家の外ではまったく違っていたのです。

ノーサンプトン州ケタリングにあるセカンダリースクール(12~16歳)の見学日。来期新入生の子ども達とゲームをしていた先生は、近くにいた女の子にも参加するよう声をかけました。

11歳のレッド・エリザベス・ジョリーは、肩をすくめて「OK」と応え、仲間に加わりました。その様子を見て、思わず視線を交わす両親。レッド自身はというと、「普通の子がやることをするだけ」と自分にいいきかせ、落ち着こうと努めていたのです。帰宅後、母親のキャリーさんはFBを更新し、「娘のことが本当に誇らしい」と書き込みました。

この短い「OK」が、レッドが家の外で何年も守り続けてきた沈黙を破る突破口となったのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

話せる人が8人しかいなかった小学生時代

レッドが緘黙になったのは幼稚園のころ。最初は、誰もいない教室でなら先生と話をすることができていました。でも、先生が変わるとそれも一切なくなり、11歳で「OK」と発するまで、園や学校ではひとことも口をきかなかったのです。

緘黙だった頃のことを「周囲がガラスの壁で遮断されていて、それを外から眺めているような感じだった」と振り返るレッド。知らない顔や「話すだろう」という周囲の期待が、大きな不安を引き起こしました――体は固まり、脳は過剰反応と停止の繰り返し…。

これではパニック状態に近いので、話すどころじゃないですよね?(でも、人からはそういう風に見えないことが多いのが辛いところ…)。学校でフラストレーションがたまり、帰宅してから泣いたり、叫んだりした記憶が強く残っているそう。

現在のレッドは静かながらも自信を持って話し、笑顔も多く出ています。セカンダリースクール入学後、少しずつ自信をつけて先生に応えられるようになり、話せる友達のサークルを広げていきました。まだ不安になる傾向は消えませんが、人前での発表も、知らない人との会話も問題ありません。

現在も話せない人

一見すると場面緘黙を克服したかのようにみえる彼女ですが、実はいまだに話せない人も。母方の祖父を含む、親戚の何人かがそうです。

BBCのドキュメンタリーでは、この祖父と話すことを目標に、携帯電話を使った試みを実行。番組内では上手くいっているようにみえました。この試みは番組放送後も続けたそうですが、いつの間にか止まってしまったよう。

話せない理由は不明ですが、祖父とは今後も話せないだろうと感じているよう…。周囲と自分の「話せるようになるだろう」という期待が重すぎたのかもしれませんね。頑張りすぎて、かえってトラウマになってしまったのかも…。

彼女は少しびっこをひいて歩きます。これは12歳の時に膝を脱臼した影響だとか。当初、不安のため病院で誰にも足を触らせず、医者の問いにも応えず、治療を拒否。やっとのことで、鎮静剤を打ってMRIスキャンにこぎつけ、2回の手術を決行。学校を5か月間休むことになりました。この時期、家族の心労はピークに達し、ストレスのため父親が休職を余儀なくされたとか…。

うちの息子もそうですが、緘黙克服といっても、生まれ持った不安気質が変わる訳ではないようです(人によって異なると思いますが)。でも、自分に合った対処法を身に着けていくことで、耐性がつき、生きることが楽になるのは確かだと思います。

それから、彼女が母親の変化について語っているのも興味深いところ。「かつて母は常に私のことを心配していたけれど、それがなくなった」と。ちゃんと解ってるんですね。子どもの緘黙克服を支援し、自立を後押しし、タイミングよく徐々に手を放すことができたら最高だなと思います。

<関連記事>

緘黙のドキュメンタリー

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください