ぐずぐずした天気が続くなか、イギリスのバラの季節が終わってしまいました。雨の合間に出会ったバラたちの美しい姿を、ここに留めておきたいと思います。
<5月中旬に開催されたオンラインサミット、第2回Selective Mutism H.E.L.Pから>
今回のサミットでは、子どもが「話せない」ことの根底に潜む問題にスポットを当て、作業療法やサウンドセラピー、感覚統合に関わるスピーカーも招いていたのが特徴的でした。その中に、内耳にあって重力と直線加速度を司る働きをする前庭器官(vestibular system) についての話が出て、とても興味深かったです。
私が勤めている高機能ASD児とティーン専門の特別支援校には、作業療法士と言語聴覚士が常勤。生徒たちの運動能力や言語・コミュニケーション力、情緒面など総合的な発達を支援しています。今まで粗大運動などの不器用さが、前庭器官と関係しているとは知りませんでした。
◎ジョリーン・ファーナルドさん:米国の音声言語病理学者(Speech & Language Pathologist)、DIR-SMモデル(Developmental, Individual-differences, & Relationship-based model 発達段階と個人差を考慮に入れた相互関係に基づく緘黙治療のモデル)を考案し、独自の治療方を持つクリニックを運営。著書に『The Comprehensive Guide to Selective Mutism』がある。
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ジョリーンさんが場面緘黙症と向き合うことになったのは、娘さん(今年20歳)が3歳で場面緘黙症を発症したから。それまでは大学で少し学んだ程度で、緘黙とトラウマを結びつけていたそう。でも、それが間違った知識だということにすぐ気づきました。
緘黙治療といえばCBTのエクスポージャー法が定番ですが、ジョリーンさんが最初に採用したのは、ソーシャルワーカーとの遊戯療法(箱庭療法?)。社会的な場で固まって動けなくなる娘を見て、まずは遊びで不安を下げようと考えたのです。
次に、作業療法(OT: Occupational Therapy)を追加していく過程で、大きな変化があったといいます。(作業療法は人の感情的、社会的、身体的ニーズに影響を与える障壁を下げるための療法)。
「基本的に娘の行動が全く変わったのよ。前庭は私達の身体を統制する窓口のような器官だけど、それが正常に働いていなかったのね。だから、脳から出た司令を体に伝えるシステムが上手く機能していなかった」
脳は身体が受ける感覚的な刺激を統制していますが、その情報が脳にきちんと伝わらないと、闘争か逃走か反応(fight or flight)、フリーズ反応(freeze)、疲労感覚(fatigue)のシステムが誤作動してしまうといいます。緘黙は喉がしまったような感じになって声がでないのが特徴ですが、一部の緘黙児がそうであるように娘さんも体全体が硬直。また、感情の統制がうまくいかず、学校から帰ると癇癪を爆発させ、社会的な場に出ると疲労が激しかったとか。
それ以外にも、課題が見えてきました。
「娘にはまず自分自身の感情を理解する必要があった。それから、人の感情を理解することも」(ジョリーンさんは子どもの情緒面の発達を支援することの大切さを訴えています)。
「6歳のころに人の絵を描かせてみたら、大きな頭から短い手足が直接出ているだけ。胴体も首もなかった。普段の行動からみて、空間における自分の身体の位置がきちんと把握できていないようだったわ」
作業療法を続けることで、娘さんの不安の根底に何があるかを理解できたといいます。「話せないことは氷山の一角でしかない。それがよく解ったの」と回想。そこからは、薬も考慮に入れた総合的なアプローチに目を向けたそう。その過程で出会ったのが発達心理学者、スタンレー・グリーンスパン博士によるDIRモデル(ASD児の治療プログラムとして有名)でした。
緘黙児の中には音声や言語、コミュニケーション、感覚処理、運動機能、視覚空間など様々な問題を抱えている子がいます。その複雑さ考えると、障害のすべての側面に対処するDIR/ Floortime のような包括的な治療モデルが必要。
それぞれの子どもの発達に合わせて、音声や言語、運動や感覚の処理などを含む個人差を考慮したうえで、家庭・学校・地域での相互関係を通じて、社会性や情緒面の発達をサポートしていく。それがジョリーンさんの治療方針です。
追記:
緘黙児でなくても感覚過敏があったり、ちょっと体が硬かったり・バランス感覚が悪かったり、文字を書くのが苦手だったり、というようなことがあるかと思います。イギリスの公立学校では、5歳になる歳で入学。1年目はレセプションと呼ばれ、1年生になる前の準備コースのような感じです。
この学年中に、入学した子どもたちに対して、ひとりずつ身体面・情緒面(社会面を含む)・言語面・学習面(数字の観念や指示に従えているかなど)などの発達状態を調査。気になる点がある子に関しては、SENリストに載せ、保護者に連絡を入れ対策を考えます。
例えば、息子のクラスでは35人のうち半数以上がリストに。ASDや身体的な障害を持つ子から、話し言葉が不明瞭だったり、友達に譲ることができないといった情緒的な面まで幅広くカバーされていたよう(息子ももちろん入っていて、小児クリニックで診察を受けたため、IEPは「アクション+」という評価でした)。
SENリストに乗った子は、学期中は要観察。問題がないと分かるとリストから外され、レセプションが終わるころには半数以下になりました。
学校とNHS(国民保健制度)が連携しているため、気になるところがあれば学校を通じて保護者や医療機関に連絡が行きます。家庭では少々問題があってもそれを個性と捉え、保護者が気づかないこともあるかと思うので、このシステムは利点が多いと思います。
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