不安のメカニズム(その3)


前回、不安から起こる様々な症状とその原因に関する記事の翻訳を載せました(『不安のメカニズム(その2)』)。一般的な症状の中には、場面緘黙の特徴的な症状「声が出なくなる」や緘動の症状である「動けなくなる」はありませんでした。

これらは一般的に出る症状ではないため、不安からおきる症状として広く認識されていないということ…。だから、「わざと話さない」とか「意固地」とか思われてしまうんですね――その反面、家庭や学校外では普通に話せるので、保護者は「今は恥ずかしがり屋でも、成長すれば大丈夫だろう」と思いがちです。

子どもが自分から「学校で話せない」と言い出すことは殆どないと思うので、担任に「学校でひとことも話しません」と指摘されて驚愕する保護者も多いのでは?だからこそ、学校側が「あれっ」と思ったら、放っておかないで保護者に相談して欲しいと思います。

子ども自身は「自分と他の子との違い」に早い時期から敏感に気づいているよう。「なぜ自分は他の子のように話せないのか?できないのか?」――幼児の心の中でそれはとても大きな問題です。が、幼心に「話せないことは悪いこと」と感じ、そのことに触れられることを嫌がる子が多いんじゃないでしょうか?

問題に気づくまでに時間がかかると、かかった時間だけ緘黙が定着してしまい対応がより大変になる可能性があるので、とにかく早期発見が第一。専門家の助言がなくても、子どもの不安を減らす工夫はできるはず。気づいたらすぐ、どうしたらその子が安心できるのか、よく観察してその子に合った対応をすることが大切だと思います。

Country Living誌の記事を翻訳していて気になったのは、「何種類かの症状が重ねて出る人もいる」という部分。不安だから緘黙状態になっている訳ですが、重症の場合は「身体全体が硬直」「動きが緩慢になる」、いわゆる「緘動」の症状が出てしまうことも(これは筋肉の緊張に関係在るんでしょうか?)。

他にも、心臓がドキドキしたり、緊張でお腹が痛くなったり、頭が真っ白になったりすることもあるかと思うんです。そういう時、子どもはそれを隠そうとして、身体がこわばって姿勢がぎこちなくなったりするのでは?授業中にそんな状態だと、相当疲れるはずだし、授業が耳に入らなくなるでしょう。

以前にも書きましたが、私は中学生になるまですごい内弁慶で、非常に大人しい子どもだと思われていました。学校ではとにかく目立ちたくなかったです。

小学校2年生くらいのある日、授業中にお腹が痛くなったんです。「お腹痛~い」「先生に言わなくちゃ、でも怖い」「保健室に連れて行かれるかも」「もしかして盲腸?死んじゃうかも」などと、頭の中は不安でいっぱい。

心臓ではなく頭が鼓動してるような感じで、冷や汗まで出てきたのですが、絶対に気付かれたくない。とにかく平静を装うよう努力しました。休み時間まで多分20分ほどだったと思うのですが、時間が永遠に過ぎないのではないかと思うくらい長かったです。

ところが、チャイムが鳴って授業が終わった途端、私の腹痛はきれいサッパリなくなってしまったのです!(きっと不安のために腹痛が増長されたんでしょう)たしか国語の時間だった覚えがあるのですが、全く授業どころじゃありませんでした。

(この時の先生はそれほど神経の細やかな人ではなかったと思うんですね。まあ、当時はひとクラス45人くらいいたので、授業を進めるのに集中してたのかもしれませんが…。子どもの細かな変化に気づく先生、さり気なく支援できる先生というのは、それほど多くないのかもしれません)

あと、私は授業中に手を挙げることはありましたが、いつも当たらないように願ってました…。答えが解っていても、立ち上がってみんなの前で言うのは恥ずかしい。でも、手を挙げないと解ってないと思われる――胸の中には常にこんな葛藤があったんです。でも、「当てて欲しくない」という気持ちが強いほど、当てられるんですよね…。きっと、隠れよう隠れようとする態度が、かえって悪目立ちしてたんでしょう。

それから、自分ではちゃんと手を挙げてるつもりでも、傍から見ると中途半端な挙げ方だったんだろうなと…。よく観察すれば自信がないのがミエミエだっただろうと思います。小学校までは、休み時間に自分が属する「おとなしい子小グループ」にいる時だけが、ほっとできる時間でした。

緘黙であっても、授業中でも割とリラックスして見え特定の友達となら小声で話せる子、話せなくても休み時間は友達と元気に遊べる子から、緘動で授業中は先生に手を添えてもらわないと字も書けない子まで、緘黙の状態は様々です。

だからこそ、ひとりひとりの子どもをよく観察して、その子にあった対処法・支援法を考えてもらいたいと思います。

緘黙が長期間に渡ると、社会不安障害、パニック障害、強迫性障害(OCD)など不安に起因するメンタルヘルスの問題を併発することが多くなるよう。多分、思春期に入ると「集団の中の自分」を客観的に捉えるようになり、人と比較して「自分ができないこと」を自覚し、自己否定したり、自信をなくして悩み・苦しむことが大きな原因じゃないかと思えるのです。

(緘黙であっても、自己肯定感をキープできることが重要になってくると思います。のびのびできる家庭環境、得意なこと、打ち込めることがあるといいですよね)。

それまで抱えてきた他の不安の症状も、緘黙と同じように悪化したり、固定化してしまうのではないか?そうなると、もう自分ひとりでは克服が難しくなるかもしれません。

複数の不安の症状が表面化し、勉強面で遅れが出たり、登校拒否や不登校になってから保護者が動き出しても、子どもが思春期だと支援に抵抗を覚えることも..。

小学校の低学年くらいまでは、周囲の子どもも「他者と自分の差」にそれほど頓着しないもの。大人のような疑問や偏見はまだなく、「この子はこういう子」と丸ごと受けとめる年齢だと思います(反面、あまり考えずにストレートにものを言うので要注意ですが)。

やはり、早期発見・介入は大切だなと思わずにはいられません。

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