ケント&東サセックス州のコテッジホリデー(その6)


9月に入って新学期が始まった途端に次々と問題が持ちあがり、その一方で日本から急ぎの仕事も入っていて、本当にあっという間に1か月が過ぎ去ってしまいました。ブログの更新もままならぬ内に、今日からもう10月(って、まだ深夜ですが)!

8月のホリデーはもうずいぶん昔のことのよう…。もういい加減にこの話題に終止符を打たないとですね。

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ホリデーの最終日は、再びブライトンの東側にあるルイス近郊へ。まず訪れたのは、ブルームズベリーグループの主格だったヴァージニア・ウルフ夫妻の田舎の隠れ家、モンクスハウス。彼らは1919年にこの17世紀のコテッジを入手、週末はロンドンの喧騒を離れここで過ごすことが多かったようです。

 

 ロドメルという小さな村にあるモンクスハウスはナショナル・トラストの所有

入口は門から右にぐるっと回った中庭側あります

ヴァージニアの姉、ヴァネッサ・ベルが住んでいたチャールストン・ハウスにも近く、ここもブルームズベリーグループの仲間たちで賑わいました。でも、ロンドンからルイスまで鉄道で移動した後、駅から舗装されていない田舎道を車で走るのは結構大変だったとか。モンクハウスからチャールストンハウスまでは徒歩で2時間半弱ですが、姉妹は頻繁に行き来していたといいます。

ヴァージニアの彫像や肖像画が飾られた居間は、当時の面影が偲ばれて

ヴァージニアは次々と小説を発表して高い評価を受けますが、第二次世界大戦中の重苦しい空気の中、ロンドンの自宅が空襲で壊滅。モンクハウスに移住した後、うつ病が悪化して幻聴に悩まされ、執筆活動ができない状態に。1941年の春、愛する夫に遺書を残し自宅近くのウーズ川で入水自殺してしまいました。

      

もうすぐ朗読があるということで中庭へ出てみると、家と比較して随分広い!奥の方は果樹園になっていて、その向こうに村の教会の塔が見えました。シシングハースト城のヴィタの庭に似せたのか、庭を部屋のように区切ってそれぞれ違う仕立て。ちなみに、ヴィタとは別れた後もずっと友人であり続けたそう。

        

ヴァージニアが夏の間仕事をしたという東屋

     

 

      訪問客も巻き込んでボランテイアの男性がヴァージニア作品を朗読。右は夫レナード・ウルフの墓碑。二人の遺骨は楡の木元の下に埋葬されています

この後、主人の大学時代の友達と奥さんに会うため、アンティークの町といわれるルイスの中心地へ。早目に着いてルイス城を見学する計画を立てていたのですが、なんだか空が暗くなり雲行きが怪しくなってきました。

     

       今から1000年ほど前、イギリスを征服したノルマン公、ウィリアム1世の部下が建てた石造りの城。2つの丘に2つの天守閣を設け城壁で繋げた珍しい構造。

  

廃墟になった天守閣からは町が一望できますが、今にも降り出しそうな気配

たまたまウエディングの準備中だったのですが、お天気持つかな…

       

    場内はまだ結婚式の飾りつけ続行中でした。城門前ではウエディングゲスト達に遭遇

     

    待ち合わせのカフェBillsに向かう途中、土曜日のマーケットや素敵なアンティークショップを通過。町並みも可愛い。温かいエルダフラワードリンクが来たところで、ついに大粒の雨が!結婚式大丈夫だったかな?!

ということで、ホリデーの記事はこれでお終いです。最後までお付き合いくださった方、ありがとうございます。

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